第9話 夢と感想文
心配しなくていいから。私がいなくても、直に眠れるようになる。
先生は泣いてる僕を受け止めるように抱きしめた。そして、僕の心の中を見透かしたように、耳もとで囁く。
なんで泣いてるのか、僕は自分でわからない。けど、先生の体温と優しい声が、乾いた地面に雨がしみこむように、自分の体に浸透していくのがわかる。
こんなふうに人に触れられたのはいつぶりだろうか。ずっと人との接触を避けてきた。彼女どころか、男同士だって肩を組むのも苦手だったんだ。
――――けど、全然嫌じゃない。全部、持ってかれる。
このまま……眠りたいとか、願ってはだめかな。眠るまでそばにいて欲しいと言っては駄目かな。
天宮先生、今帰って来たばかりなのに。僕は……こんなに我が儘だったのか……。
「光……もう眠っていいんだよ。おやすみ」
けれど、先生にはそれも全てお見通しだったのだろうか。僕の耳にささやき声とともに柔らかいなにかが触れた。その途端、僕はまた眠りの縁へと降りて行った。
『私がいなくても、直に眠れるようになる』
天宮先生はそう言った。眠りに落ちながら、僕は『そうじゃない』と心の中で呟いていた。
先生がいないと眠れなくなるのが不安なんじゃない。先生がいないことが不安なんだ。うまく言えないけど、そこには大きな隔たりがあると思う。
――――先生といたいと思う気持ちは、ただ眠りたいだけじゃない。
だからこそ、眠りたいときに眠れる体にならなければ。頭では理解する。いや、ようやくそう思えるようになったんだ。
その夜、僕は夢を見た。妙にはっきりした夢だった。
『待って、待って』
陽の光を十分に受け生い茂った草原。僕は誰かを追いかけて走っていた。地面が近い。風が草の背を撫でている。それをかき分け必死で走るけど、その人には追いつかなかった。
『みーちゃん、待ってえ』
舌足らずの甘えた……これは僕の声か。僕は泳ぐようにして走りながら前を見る。逆光で顔が見えないその人は、誰かと手をつないでいた。
――――みーちゃん? 誰?
僕は夢のなかで必死に目を凝らし、逆光になってる人の姿を捉えようとした。
――――わかんない……。
けれど、見ようと思えば思うほど目の前は霞んでいき、霧でも発生してんのかと思うほど、なにも見えなくなってしまった。
結局、汗だくになっただけだった。
朝シャワーしてすっきりした後、昨夜の僕の呆れた振舞いが、じわじわと恥ずかしくなってきた。謝罪もしたいのだが、大抵先生は僕が出勤した後に起きてくる。
――――置手紙でもしておくか。なんか、これまたこっぱずかしいけど。
『みっともない姿をお見せしました。一日も早く治癒できるよう頑張ります』
なんて……小学生の感想文かよ……。




