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第8話 心細さ


 5日目の夜。

 仕事がいつも以上にはかどった僕は、定時で帰ることができた。


「綾瀬、調子良さそうやんか。たまには一緒にご飯でもどうよ?」


 三笠が同じように片づけをしながら声をかけてきた。確かに、ずっとこういうのを断ってきた僕。今ならいけそうな気はした。けど……。


「ああ、ごめん。今夜は用事があるんだ。それにまだ、本当に治ったのかわかんないし」

「おまえ、まさかと思うが……」


 次の言葉は容易に予想できた。天宮先生と同居してる(あくまでルームシェアだ)ことを三笠には言ってない。おそらく気がついてるとは思うけど。

 だから、それを指摘されるとまた嘘を吐かなくてはならない。


「あ、もう行かなきゃ。今度は僕が誘うよ。じゃ、お疲れ」


 なんて言って、そそくさとその場を立ち去った。




「ただいま……」


 天宮先生はもう帰宅してるだろうか。僕は昨日とは打って変わって、静かにドアを開ける。また裸体に遭遇して取り乱したくない。


 ――――あ、まだだった。


 なんだか拍子抜け。いや、別に期待してたわけじゃないよ。

 僕はシャワーを浴び、パジャマに着替えてから夕食を食べた。平日はなかなか二人で揃うこともないので、夕食は別々だ(けど、大抵先生の作り置きのご相伴を頂いてしまう)。ぼんやりテレビを見ながら先生が帰ってくるのを待った。


 ――――僕は……先生の帰りを待ってるのか。


 それはそうだ。先生が帰ってこないと眠れないんだ。そりゃこの5日間、ずっとよく眠れてるから一晩くらい大丈夫だけど、なんだか怖い。


 ――――もしかして、なにかトラブルがあったのかも。このまま帰ってこなかったら……。


 11時を過ぎている。クリニックはとっくに終わってるはずだ。今夜、なにかあるとは聞いていない。

 どういうわけか、僕は小さな子供のように心細さを感じている。テレビではバラエティー番組が流れ、知らない芸人たちが大袈裟なリアクションで笑いを取っている。

 僕の目にはそれは映りはしているけど、なんの感情もわかなかった。玄関の鍵が開く音だけを待っている。


 それは、母の帰りを待つ一人の時間に似ている。小学生の頃、母はパートで働いていた。たいてい僕が帰る頃には家にいるようにしてたけど、たまに僕の方が早く帰ることがあった。

 一人で手を洗っておやつを食べて。膝を抱えて待っていた。そんなとき、兄弟がいたらいいのにと思ったものだ。一人っ子であることに不満はなかったし、親にねだったことはない。どうしてか、それは言ってはいけないことと思っていた。


『寝ては駄目』


 え……っ。唐突に、このところ聞いてなかった声が聞こえてきた。初めて気が付いた。これは、子供の……女の子の声だ。10歳くらい?……少し生意気な。


「ただいま、遅くなった」


 ――――帰って来た! 先生。


 僕は思わず立ち上がり、リビングの扉を開ける。先生が玄関フロアで靴を脱いでいた。


「先生……」

「ん? 光。どうした?」


 スリッパに履き替えながら、先生は訝し気に僕を見た。なんて言っていいのかわからない。

 でも、先生の顔を見て、僕は涙腺がおかしな具合になっているのに気付いた。先生のスーツ姿が滲んでいく。両頬に、ハラハラと涙がこぼれた。




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