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第5話 心の中の物語


 天宮医師のお母さんは、所謂シングルマザーだったそうだ。ご実家に大きなおなかを抱えて帰ってきても、お相手の男性のことは誰が聞いても言わなかったらしい。

 街の有力者でもあったご両親は激怒したんだけど、もう臨月で産むしかなかった。


 お母さんは自分ひとりで育てるつもりだったんだけど、出産後、体調を崩してそれも難しくなった。

 その頃、天宮家にはちょうど結婚して子供に恵まれなかった兄夫婦がいて、先生を養子にしたいってなったらしい。


「母は絶対に嫌だと頑張ったようだけどね。結局実家に頼るしかなかったんだから、抵抗も虚しく。私は伯父夫婦に育てられたんだ」

「そうだったんですか。お母さんはその後?」

「うん。まあ、長くは生きられなかった。血液の病気でね」


 僕は凍り付く。どうしてこんな話を聞いてしまったんだろう。先生がどんな顔しているのか、怖くて見れない。


「あれ? そんな硬くなんなくて大丈夫だよ。もう、昔のことだよ。私は母が亡くなる数ヶ月前、ようやく叔母さんと信じてた人が実の母だと知らされた。そんなこと、言われても困ると思ったよ。だって、まだ小学校二年生だったんだ」


 どう返していいのかわからない。『それは……そうですよね』なんて、愚にもつかない受け答えをした。


「それからしばらく、いっちょ前に悩んだなあ。自分を育ててくれた両親は、自分をどう思ってたんだろうって。血のつながってる伯父はまだしも、伯母は……。

 祖父母のところに遊びに行くと、いつも遠巻きに母が私を見ていた。どんなつもりで見てたのかとか。そして、自分が生まれたことも知らなかったかもしれない父親のことも」


 それは、小学2年生には重すぎる問題だったのでは。僕は想像することもできず、先生の話を聞いている。


「母が亡くなったときも、優しかった叔母さんになら泣けたけど、母には泣けなかった。その頃からかな。自分の気持ちを客観的に観察するようになった」

「客観的に、ですか?」


 僕は俯いていた頭を少し上げた。その視線の先に、先生の優しい双眸が僕に向けられていた。


「人の心や感情に興味を持ちだしたんだな。色んな本を読んだよ。心理学の本とかもだけど、小説も。推理小説なんかも好んで読んでたな」

「それで、心療内科医を目指したんですか?」

「んー。医者はね。伯父が求めた。伯父は開業医だったんだよ。祖父も。医者一家だったんだ。実の母も薬剤師だった。だから、医者になるのは既定路線みたいになってて……。私も育ててもらった恩もあるからね」


 恩があるだけで、医者になれるはずもなく。相当優秀だったんだろうなあ、天宮先生は。


「で、なんの医者になるかは自由だったから心療内科にね。あのペガサスは、伯母の趣味なんだよ。天宮翔だから、絶対クリニックの名前は『ペガサス』だって。スポンサーの言うことは守らないとねえ」


 先生はクシャクシャと自分の髪をかきあげた。その口元には笑みがあり、スポンサーなんて冷たい言い方してるけど、実は情があるのだと思った。そう、信じたかった。


「素敵な名前ですよ。すぐ覚えられるし」

「ええ? 少女趣味って思ったんじゃないの」


 図……図星だ。


「なんてね……ま、しょうもない話だよ。忘れてくれ」


 先生は再び、口角を上げ笑みを作る。それは本心からのものというより、同情する必要はないのだと諭すものに僕は感じた。

 キッチンに向かって『ワイン、もう少し飲もう』と言う先生、少し照れくさそうだ。


 ――――どうしてだろう。僕は、先生が自分のことを話してくれて嬉しいと思ってる。心の中にある、大事な物語。僕に聞かせてくれた。


 三笠に言ったら、それもマインドコントロールの一つだとか言われそう。それでも、僕の心はまた少し、先生に向かって近づいた。それを否定できなかった。




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