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第21話 残念な気持ち


「あれ、お好み焼きせんべえやん。綾瀬、大阪行ってきたん?」


 大阪には行ってないが、なんで大阪土産を見ただけで関西弁が強くなるのか。


「いや、行ったのは実家。大阪から叔父が来てさ。で、お土産もらってきた」

「ふうん。まあいいや。へえ、帰省したんや」


 僕の机からせんべいを取り、早速食べてる。まあ、三笠の分でもあるのでいいんだけど。


「ああ。ずっと帰ってなかったからな。近いと意外に帰れない」


 三笠は東京在住だから、帰省という概念は僕以上にないだろう。


「俺は残金乏しくなったら帰ってるけどな。洗濯物持って」

「迷惑な奴だな」


 いい年して、洗濯くらい自分でやれ。嫌なら実家に戻ればいいのだが、絶対嫌だと言う。どうやら三笠のご両親は溺愛派のよう。


「新入社員だし、経済的には辛いよ。デートもしたいし」


 そうなんだ。こう見えて(どう見えるかは置いといて)、三笠は彼女持ちだ。大学時代から付き合ってる彼女は、霞が関にいる。


「けど、もうこれではっきりしたな」

「え? なにが」


 バリバリと音をさせながら喋ってる。色々器用な奴だ。


「綾瀬の睡眠とあの変態医者は関係ないってことだよ。実家でぐっすり眠れたんだろ? やっぱり気持ちの問題だったんだな」


 青のりのついた唇と指をウェットティッシュで拭う。あいつはご満悦な感じだが、僕の方は胃のあたりがぐっと重くなった。


「なら……いいんだけど……」

「え? なんだよ。向こうで眠れたんやろ。今朝は目元がパッチリしてるぞ?」


 昨日、先生が部屋に寄っていけというのを強硬に断って、僕はアパートの最寄りの駅で降ろしてもらった。車の中でまたまた熟睡した僕は、現状、水を吸った高野豆腐状態。

 もっとも昨夜はほぼ一睡も出来なかったから、午後からは枯れてくるかもしれない。


「先生も同行したんだよ。帰省」

「へ? なに……それ?」


 二枚目の袋に掛けた手が止まる。


「だから、天宮先生も一緒だったんだよ」

「な……まさか、一緒の部屋で寝たとか」


 こいつがなにを想像(妄想)してるのが手に取るようにわかる。けど、否定するのも面倒だ。今、難しいとこやってるのに。


「色々タイミングが悪くてね。ま、僕の部屋広いから……」

「な、なんだとー! なんてことをっ!」

「三笠、なにを騒いでるんだ! 綾瀬の邪魔すんなっ」


 思わず声を上げた三笠に、窓際に座ってる上司が窘めた。今日も出勤してる社員は半数くらい。だが、室長以上の上司は大体出社してるんだ。そこで室内とリモートの両方を管理(監視)している。


「すみません」


 立ち上がって叫んでたら、そりゃ怒られるよ。三笠はすごすごと席に戻った。


「なんにもされなかったか? 何事もなかったんか?」


 しかし、座ってからも三笠は声を顰めて話し続ける。


「ないよ。一晩ぐっすり眠れた以外は何事も」

「そうかあ……本当に何もなかったんかなあ」


 二枚目をぼそぼそ食べながら、三笠はモニターに顔を向ける。なにもなかったんかなあ、ってどういうことだよ。なにもなかったに決まってる。はず……。

 あの夜は、例の声も聞こえたなかったし、夢も覚えてないくらい深い眠りに落ちたんだ。だけど、触られたりしたらさすがに気付く。第一、先生は断言してた。僕の問いに即答したんだ。


『それ以上でも以下でもない』


 僕のことは患者以外のなんでもないって。

 あれ? なんでだろう。僕は今、残念な気持ちになってる。いやいや、そんなはずはない。三笠が変なこと言うから、意識してんのか?


 見開いた両目はモニターを見ている。けど、目の前の数字は脳内へ投影されない。ストライプのシャツを着た天宮先生が、ずっと僕に意味ありげな笑みを投げかけていた。




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