第15話 パートナー
肌に涼やかな風が当たる。僕はゆったりとした呼吸を繰り返す。美しい音楽がとめどなく流れ、まるで天国にいるみたいだ。
樹々の間に設えたハンモックに僕は身を委ね眠りに落ちている。このまま、ずっとこうしていたい。ずっと眠ったまま……。
「え!? 僕、寝てる?」
思い切り驚いて、僕は目を覚ましてしまった。せっかく寝てたのに、と残念に思う間もなく声が返って来た。
「もうすぐ家につくよ。良かった。起こすの躊躇ってたから」
「ああ、はい……僕、寝てましたか」
「もちろん。ぐっすりと。でも1時間くらいだよ。実家がもう少し遠いと良かったね」
天宮医師が、サングラスを外した涼やかな目で笑った。
「いつの間に……」
「私が催眠術の胡散臭さについて話してたら寝てたね。つまんなかったんだろう」
「そ、そうですか」
確かに、天宮先生は基本的に催眠術と催眠療法は別ものだと説明していた。
催眠療法で患者さんが眠るのはあくまで自発的なもので、リラックスした状況を作るくらいはするけど普通に眠れる人の話だと。
つまり不眠症の僕には適さない。それに催眠術は危険な面もあるので医療行為とは考えていないと。
――――驚いた。ちゃんと聞いていたよ。寝ながら聴いてたのか?
「これで君の眠りのスイッチが私ということになったね」
自信ありげな表情。ちゃんと前向いてください。
「そ、そういうのこそ、胡散臭いです」
「なるほど。見事な切り返しだ」
けど、本当に素直な気持ちで言えば、少しでも眠れてよかった。時間というより深さなんだ。両親に会う前に頭がすっきりできたし、多分クマも薄くなったんじゃないかな。
「あ、そこの信号を右に」
「了解。ナビだともう少し直進だけど」
「駐車場がないので。すみません」
「ああ、大丈夫。気にすることはない」
実家は父と母の2台、車を持っている。神奈川でも田舎だから普通のことだ。
今回、亮市叔父さんも車で来るから、同様に近くのコインパーキングに置くことにしたんだ。歩いて数分だし、荷物も少ないから問題はないだろう。
「いよいよ君の両親に会えるな。わくわくしてきた」
「なんでワクワクするんですか。おかしなこと言わないで下さいよ」
実は僕の実家に同行するにあたり、先生は僕のパートナーと名乗るのを提案してきたんだ。
『冗談やめてください。そんなこと言ったら、僕の両親が卒倒しますっ』
『そう? 叔父様が嫁さん連れてくるから、光君も……』
『有り得ませんから。マジで』
ということで、職場の先輩となった。しかし……この人、どこまで本気でどこから冗談なんだろう。どんどん距離が近くなってきてる。
僕が切ることのできない薬。もしそうなったらと思うと恐ろしい。普通に眠ることができるのはいつなんだろうか。