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第13話 高野豆腐


 週末、実家に帰省することになった。一泊だから、あっという間だけど。


『会社の先輩と一緒に行くから……』


 天宮医師のことは先輩ということに。まさか、心療内科にかかっているとは言えない。しかも、監視のようについてくるなんて思われたら、仕事を辞めさせられかねない。

 僕は今の仕事嫌いじゃないし、人間関係にも不満はない。だからこそ、なんで不眠症になったのかわかんないんだよ。


『過去に原因がある』


 天宮医師はそう言ってたけど……それにも全く心当たりはないんだ。母は、僕が会社で仲良くしてる人がいると知ってとても喜んでた。なんだかな。どうしてこんなことになったんだろう。


 アパートに帰ったら、やっぱり眠れない。これが全ての悪因だよ。なんで眠れないんだ。




「おい、それってもしかして、催眠療法とかやないか?」


 相変わらず並びの席で作業中。三笠が声を顰めた。


「催眠療法? なんだそれ」

「ほら、最初コインを目の前で揺らしたって言ってたろ? 催眠術だよ。それで、色々なこと聞いたりやらせたり……」


 語尾が上ずり始めた。またろくでもないこと想像してるらしい。三笠はなんで僕で妄想したがるんだろう。


「そんなはずないよ。別に変ったことなかったし」

「いいや、あれは全部忘れるんだから、なにかあったかもしれん」

「なにかってなんだよっ! いい加減なこと言うな」


 ちょっとムッとした僕は三笠を睨んだ。


「いやあ、あ、でも。過去に原因があるとか言われたんやろ?」

「ああ、まあ」

「もしかして、催眠療法で過去に戻したのかもしれんぞ? それで、なにか不眠症に陥るような事件を話したとか」

「はあ……推理小説かドラマの見過ぎだよ」


 想像逞しすぎる。僕が覚えていないことにどんなトラウマがあるというのか……。けど、同じようなこと天宮先生も言ってたな。本当に催眠術で僕になにか語らせたんだろうか。僕が記憶していない嫌な事件。


『寝ては駄目』


 ふとあの声を思い出す。時折聞こえる夢の中の声。眠りに落ちようとする僕を引き留める。

 男か女か子供か大人かわからない。あの声は誰のものだろう。聞いたことない声。


「けど、綾瀬が病院行くと、顔が変わるよな。変わるっていうか、戻るっていうか」

「え? どういうこと?」


 三笠との会話から勝手に一人逃亡していたところ、また捕まった。


「いつもさ、目の下にクマ作って、げっそりしてる。せっかくのイケメンが残念なんやけど」

「悪かったな。仕方ないだろ」

「けど、あの病院の翌日は、肌艶もよくてお目目もパッチリに戻る。まるで水を含んだ高野豆腐」

「高野豆腐!? ったく何言ってるんだ」


 確かにそうだ。ぐっすり眠った後は、気力もみなぎるし、顔色も良くなる。まあ、もって一日半くらいだけど。


「そりゃあ、信用したくなるよな。マジで悪徳商法の手口や」

「おいおい……言い過ぎだよ」


 三笠の言うことには一理ある。だって、やはり眠れないとなると、クリニックに足を向けたくなる。薬も酒も利かない僕の不眠症を、唯一緩和してくれる場所なんだ。


 ――――場所。あるいは天宮氏そのもの……。


 どこか危険な場所に足を踏み入れている。そんな感覚は拭えない。それでも、僕はまたあの医師に会いに行ってしまうんだ。



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