第12話 トラウマ
看護師さんが、冷たいジュースを持ってきてくれた。受付の人とはまた違う、どっかのブランドみたいなベージュ系の制服を着ている。
やっぱり心を扱うクリニックだから、普通の病院とは色々違う。心が休まるかどうかは微妙だけど。
「実家に来るってどういうことですか? ちょっとわけわかんないんですけど」
正直な感想だ。興味のある症例とか言ってたけど、それにしてもそんな個人的なことに首突っ込んでくるのは理解できない。
「光君の不眠症の原因は、過去にあると思ってるんだよ。だから、自分の目で確かめたくてね」
「過去? でも、僕は両親とべったりじゃないけど仲良くしてます。子供の頃だって、普通の家族でした」
まさか虐待とか考えてるんじゃ。怒られたことがないってわけじゃないけど、虐待なんてありえないよ。僕は一人っ子だし、多分よそより大事にされてた。
「うーん。気に障ったなら申し訳ない。別にご両親をなにか疑ってるわけじゃないんだよ。うまく言えないけど……」
「それに……どうして僕の不眠症の原因が過去にあると? 普通は今現在のストレスとか考えるんじゃあ。そんな話、カウンセリングでもしてないし……」
少しでもぐっすり眠ったからか、僕の脳回路が実に気持ちよく回る。こんな快適な気分になれると知れば、やっぱりこのクリニック、天宮先生への信頼度が上がるよな。とはいえ、今言ってることは全く信用ならんけど。
「それはまだ言えない。もう少しはっきりするまでは。そのために実家に同行するんだよ」
「言えないって……」
「過去のトラウマだとすると、それを安易に晒せないんだよ。まあ、それは私も具体的にわかってるわけじゃないけど」
トラウマ? なんだそれは。
「トラウマになるくらいなら、覚えてるはずでしょう……」
やっぱりなにかこの先生、裏があるのかな。三笠の不用意な忠告が耳によみがえる。僕は無意識で背中をぐっとソファーの背にくっつけた。
「君が不審に思うのは理解できる。けど、信用してもらいたいな。必ず君の不眠症を完治させるよ。もう少し時間はかかるけど、普通の生活ができるようになる」
先生は膝の上に両肘をつき、前かがみになる。組み合わせた両手に形の良い顎を軽く乗せ、愛想のよい笑顔を作った。
心療内科医の手腕かもしれないけど、確かに人を安心させるような笑みだ。
「それに、君は今不思議に思ってるだろう? どうして、ここに来ると眠れるのか」
「はい。それはもう」
マジでここに引っ越そうかと思うほど。
「眠れるのがこの場所のせいか、私のおかげか。外で会えばわかるじゃないか。なんならその前に君のアパートに……」
「そっちは大丈夫です」
寸でのところで三笠の忠告を励行する。
「ああ、そう。じゃあご実家には私の車で行こう。ドライブも気分転換できるよ」
「あ……はあ……」
人の気持ちを懐柔する技には、押しの強さも必要なのだろうか。僕は結局、天宮医師の要求を呑んでしまった。