第11話 思いも寄らない提案
「どうしてでしょう……」
アイスを平らげ落ち着いた僕は、再び診察室に戻り、先生と向かい合って座った。
「なに?」
「どうして、僕はここに来ると眠れるのか。家では、いえ、今は電車でも会社でもほとんど眠れないんです」
「んー、そうだね。ま、私の声が子守歌代わりに聞こえるとかかな?」
「そ、そんなっ!」
確かに先生の声は低音で心地よい。でも、そんなこと言ったら、眠るために毎回このクリニックに来なければいけないじゃないか。これではなんの解決にもならないし、治癒したことにならない。
「私のアパートでルームシェアするのがいいかもね」
「はあっ!? 何を言い出すんですかっ」
眼鏡の奥で、茶目っ気たっぷりな双眸が笑ってる。揶揄われたってわかってるけど。
「冗談だよ、いや、失敬。趣味の悪い冗談だったね」
「そうですよ……」
先生は小さなため息をついた。僕はちょっとぎょっとする。まさかと思うけど、若干本気だったのでは? 僕の完全拒否の様子に、もしかして傷ついたとか……。
「ホントのことを言うと、悪い提案でもないと思ったんだけどね。部屋は余ってるし、今の光君の状態は、正直ヤバイと思ってるんだ。脅かすわけじゃないが、かなりの重症だよ」
改めてそう言われると、僕は返す言葉がなかった。眠れることができない今、僕のほうこそ、先生と一緒にいれば眠れるなら、そうしたい願望もあるんだ。
それは、四六時中地獄のような痛みを感じてるとき、モルヒネを打てば収まるのと同じ。誰だって、打つだろう?
「先生は変ですよ。僕なんて、この間来たばかりの患者に」
「そうでもないよ。入院と思えばいい。保険は効かないけど、安くしておくよ」
「安くって……先生はどこにお住まいなんですか?」
「赤坂のマンションだよ」
なんだと……。家賃、折半だって僕の今のアパートの倍はしそうだ。
「ご提案は有難いですが……気軽にルームシェアするというのも。僕は、その、そういうの苦手で……」
他人と一緒に住むなんて、僕には無理だ。返って眠れなくなりそうだよ。たとえ、シェアの相手が先生だとしても。
「そうか。まあ、それはいいや。それより、君の実家に私も一緒に行こうと思うんだ」
「え? ええっ!?」
またまた先生は思いも寄らないことを提案してきた。