第10話 アイス
暑い。季節はもう秋なのに、しつこい残暑がようやくさよならしてくれたのに、どういうわけか体が火照ってる。汗が滲むのを感じ、僕は額に手をやった。つもりだった。
『どうした? 光。暑いんか?』
『亮市兄ちゃん、暑くないの?』
亮市叔父が小さな僕の手を取る。思わず力が入ったのか僕は痛みを感じた。
『痛いよっ』
と叫んで僕は無理やり振り解いた。そうか、僕はあの頃、叔父のことを兄ちゃんと呼んでたんだ。高校生だったかな。亮市叔父は、小さい子の相手を嫌がらず遊ぶような人だった。だから小学校教師を選んだのは必然だったか。
『ごめん、ごめん。ほら、アイス買ってやるからさ』
『アイス!』
と、叫んだところで目が覚めた。また僕は、自分の声に驚いたんだ。今度は自分がいるところを予想できた。天井の模様も、ベッドの寝心地も、あの時と同じだった。
「アイス? ああ、今持ってこさせよう」
「いえ、あの……」
僕は慌てて起きる。先生はベッドのすぐ脇に置かれた椅子に腰かけ、モバイルを眺めていた。アイスが欲しいわけでは、と言おうとして僕は言葉を飲み込んだ。
――――シャツのボタン……。
ネクタイはもちろんのこと、シャツのボタンが三つ目まで開いている。
「ひええ」
僕は慌ててボタンを嵌めた。慌て過ぎて、なかなかうまく嵌らない。
「あ、失礼。苦しそうだったから。額に汗もかいていたしね」
あ……汗か……いや、そうだよね。ベッドの右手側に鏡があった。それで確認すると、僕の長めのマッシュヘアがぼさっとなってる。
前髪が上がってるのは、額の汗を拭いてもらったからだろう。少し頬が赤いのは、今のこの状況に焦ってるからか。
「はい、アイス。ちょうどあって良かった」
いつの間にか、先生がカップのアイスとスプーンをお盆に載せて持ってきてくれた。僕はそれを唖然と見つめるが、喉の渇きもあって、ぺこりと頭を下げて受け取った。
「僕、寝てたんでしょうか」
「ああ、うん。一時間ほど。すっきりした?」
「はい……でも、どうして……コインもなかったのに」
まさか、あの紅茶になにか入ってた?
「さあ。リラックスしてたからかな。光君の体は睡眠欲求に対して限界になってるからね」
考えてみれば、僕は睡眠薬が効かない体質だった。
先生の言うこと、理屈ではわかる。でも、じゃあどうして自宅では全然眠れないんだ。眠らなきゃっていう、強迫観念でもあるからか?
「うーん……」
とにかく、僕はここに来れば、先生と話をすれば、どういうわけか眠りたくなるようだ。認めたくないけど、認めざるを得ないのか……。
納得できない状況。けど、白いアイスが冷たくも甘い幸せを舌に届けてくれたのは間違いなかった。




