志は遂げたのかー天狗の今弁慶ー 完
全海の傍らまで伸びていた桑の影が、すうと元の形に縮んだ。
それが合図にでもなったかのように全海はぱっと目を見開くと、両手を地につけゆっくりと上体を起こした。
砥川の激流と銃撃戦の音は、和田峠の渓谷にこだまし続けている。
しかしその喧噪が耳に届かないのか、全海はぼんやりと山間に覗く段々と濃くなっていく瑠璃色の空をしばらく見上げていた。
(丑之助、俺は行くぞ)
片膝をついて立ち上がろうとしたその時である。
これまでに感じたことのない激痛が全海の脇腹を走った。
苦悶の表情を浮かべた全海は己の腹を見て絶句した。
窮屈な状態から解放された赤色の管が、おびただしい血と共に腹部に開いた穴から一気にあふれ出てきたのである。
次の瞬間、全海はどっと地面に倒れるとそのまま息をひきとった。
じめっとした暗くて狭い部屋である。
そこにひどく痩せ細り髪と髭が無秩序に伸びた一人の男が、吐瀉物を口から垂れ流しながらうつ伏せに倒れている。
夢見心地に全海は、目の前の男にこう問いかけずにはいられなかった。
「名も知らぬ同志よ。お前は俺から引き継いだ志を遂げることができたのか」
完