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第9話 一時的に

 舌打ち?



「……今、舌打ちしたか?」


「気にしないでくれ。それより、今から夜……みたいだ」



 涙を流す上司の女を見て、おれはただ呆然とするしかなかった。情緒不安定か疑っていたが、確信した。


 間違いなく、情緒不安定である。理解不能。



「じゃあ、えっと……どうしようか」


「どうしようかじゃねぇ。とっととこれ外せ」


「いや、外したいのはやまやまなんだが……」



 なんだ、その外せない状況だとでも言いた……おい。


 部屋の扉にいつの間にかタレイアがもたれかかっていた。手に持つはさっきおれをこの部屋に連れてきたあの男の研究者。


 ……フルボッコじゃねぇか。大丈夫かな。


 こいつのことか? もしかして……?


 確かに面倒くさいしな。


 そのおれの思考を知ることもなさそうにタレイアはこちらに駆け出してきた。青筋を額に浮かべているあたり、上司の女を倒してでもおれを救出しようとしてくれているのだろう。



「お前、マジで良……いや、何もない」


「……? 助けに来たわよ」



 まずいまずい。もうすぐで褒めてしまうところだった。褒めたらつけあがるタイプだから、褒めちゃダメだ。


 おれは手が使えないのでブンブンと顔を横に振ることで気合いを入れると、まずはタレイアに向かって口を開く。



「ありがと。で、これからどうする?」


「出るわよ。難しいけど。研究者のほとんどは動けない状態だから、不可能じゃないと思うのよ」


「不可能じゃないのなら、十分だな。頑張ってくれて感謝」


「感謝いただいたわ。後に返すから待って」



 こいつ、もしかしてマジでおれとずっと一緒にいる気じゃない?


 普通に困る。出たら、別れるからな?


 無理に着いてこようとしてきたら、どうしようかな。今のおれなら振り切ることができるだろうか? できなそう……


 そして、軽く落胆した後に上司の女へ口を開く。



「そろそろ、拘束具外してくれない?」


「いいとも」



 言われた通りに即拘束具を外す上司の女を見て、タレイアのそれまでの顔が崩れ、口がパックリと開く。涼しい顔を見せていたつもりっぽかったけど、もうその面影もねぇな。頑張れよ。


 おれはそんなタレイアの後頭部を軽く叩いてやった。あのままだと、顎外れそうだったしな。


 叩く必要があったのかと糾弾してくるタレイアの方を見ながら、おれは上司の女に身振り手振りで説明を求める。



「まあ、私の目的である親密な関係になる、というのは達成したわけだから、解放したよ……ぃち……てきに」


「……最後、なんて言った?」



 最後の方、めちゃくちゃ小声になったから何を言っているかわからなかった。おれの聴覚に絶大な信頼を置いているのか、敢えて聞こえないようなことを言ったのか……? なんだ……?



「ひ、み、つ、だ。それより……わかるかな、タレイア。彼にもう手荒な真似をするつもりはないと」


「わかるわよ、ウロナ」



 ウロナ……? こいつの名前だろうか?


 それ、言ってよかったのか? まあ、それをこいつが言ったところで多分おれに不利益はないだろうし、いいけどね。


 こいつがちょっとだけ心配になっただけだよ。



「ウロナ、ヴレィシくんはわたしがもらうわよ?」


「……待て、なんだおま……っ」



 口の中に腕を突っ込まれる。おい、息できないからやめっ……きっつ……何こいつ、どさくさに紛れて窒息させたい?


 おれがジタバタしているのを見たタレイアはハッとしたように手を離す。もうちょっと考えてくれや。殺意がないからわざとじゃないのはわかってるけどさ。カリスでも辛いんだぜ?



「ふうん。それは、どういう意味かな?」


「まんまの意味。恋人にするかという話をしてたんでしょ? 恋人ならわたしがなるわ。そうよね?」


「あ、ああ」



 咄嗟に答えてしまう。


 だが、まあいい。あのウロナという女の親友よりこいつの恋人の方が良……まだマシだ。本当に。


 タレイアが腕を組んで挑発しているので、おれも真似る。その方が恋人っぽいだろうからな。一応やっとく。



「ふむ。ならば、そろそろだな」



 そろそろってなんだよ。


 首を傾げて疑問の言葉を吐こうとするが、眼前に出現した五名の研究者によって拘束されてしまい、できずに終わる。


 手荒な真似をしないんじゃないのかよ。


 てか、いつ起きたのこの研究者たち。タレイアに気絶させられてたんだよな? 気絶した振りをしてたってことか?



「……っ。手荒な真似はしないんじゃないの?」



 同じことをタレイアも思ったようだ。おれの内心で吐かれた言葉とごく同じトーンにてウロナへ吐き捨てる。


 挑発の意図は多分に込められているな。よくそんなこと、上司にやれるよな。一応上司なんだろ? しかも、物凄く強い。


 その豪胆さに尊敬さすら覚えつつ、おれは暴れた。



「逃げたい?」


「そりゃあな」


「そうか。なら、すまない。だが、ここで我慢してもらえたならあなたはここから出ることができるし、恵まれた生活を送ることもできる。どうする? この言葉に嘘偽りはないよ」



 出られるし、恵まれた生活が手に入る?


 やったー。嬉しい! これは絶対に同意しなきゃ……我慢しなきゃ……とでもなると思っているのだろうか。


 胡散臭すぎるだろ。というか、本当に恵まれた生活が手に入るんだとしても、こいつのおかげで手に入れるぐらいなら自分で手に入れたい。今なら、心の底からそう思うね。



「……っはぁー」



 放つ言葉は決まっている。


 断ると……そう、強く言ってやるよ。



「断……る……?」


「ああっ、それなら、いい。喋らなくて」



 ん? 奇妙な違和感を覚えた。何か脳が揺れているような。ゆらりゆらりと。ゆっくりと。


 揺れる脳を抑えて、おれは頭に疑問符を浮かべる。


 そして、ウロナと慌てるタレイアを見たところで……


 ……おれの記憶は、一旦途切れた。

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