第8話 神臓拘束具
意識を失ってから経過した時間……十五分。
これは、あの上司の女ではなくて気絶したおれを椅子に座らせた研究者の男から聞いて判明した。
椅子というのはもちろん、普通の椅子ではない。拘束具が事前に設置されており、壊そうとする度に電流のようなものが全身を駆け巡る。我慢すればいいと思うかもしれないが、この痛みは正直言って我慢できるような痛みではない。大人しくすべきだな。
「いつまでこうしていればいい?」
「もう少し待っていろ」
もう少し待っていろ? あいつが来るか、あの女。
その予想は的中。現れた上司の女はおれにまるで敬意を感じないお辞儀をした後に歩み寄ってくる。
研究者の男がそれを見て退出した後に女は口を開いた。
「どう? 気が変わったりしてないかい?」
「するかよ。こんなことをするような女を好きになると思うか?」
「おお、そうだよね。そうだね。うんうん。はははははは」
……? は?
情緒が不安定なのか? 突然笑い出すなよ。
おれが眉をひそめるのと連動するように女の口端が釣り上がっていく。笑いどころじゃないぞ。
「いやいや、気にしないでくれ。その感じだとあなたはどうやっても私のことを好きにならなさそうだ」
「ああ」
「では、こうしよう。恋人の振りを……」
「断る」
「そうか。なら、それに近しい関係になるというのはどうだろう? 親友、とでもいうべきかな? 家族でもいいよ」
こいつと親友か……それも嫌だな。
……家族を選ぶのが無難だろうか。でも、なんか嫌な予感がするんだよな。どちらも選ばない方が……
あー、こんなことで時間使うのも馬鹿らしいな。
「……」
逃げれば、電流は流れる。
だが、所詮は一瞬の苦痛。無問題。チョーカーなどを付けて不思議な道を走ったから、身体能力は底上げされているっぽいし。
秒で壊して秒で逃げる。
出口はわからないから、逃げるっていってもさっきの部屋の方にだけどな。あそこにはタレイアがいる。
助けを乞うわけではなく、出口を聞くためだ。
……ちなみにあいつがおれのことを見捨てれば、これは失敗する。さっきまでのおれに対する言葉や態度に嘘偽りがないのなら、大丈夫だとは思うが、その可能性は百パーセントではない。
「賭けるか」
おれは拘束具に全力を込める。
三秒ほどで破壊できると思った。
しかし、それはいつまでも壊れなかった。どれだけ力を入れてもだ。あの強固そうな扉を開けることができたんだぞ。
なんで開かないんだよ。あれより硬いってのか。
「硬いと思っているだろう?」
「違うのか?」
「うん……いや、よく考えれば硬くはあるな。硬いけれども、あなたが思うほどではない……ということだ」
「じゃあ、なんで壊れないんだよ。とっとと結論を言え」
まどろっこしい……中々結論を言わないタイプの人間はたくさん見てきたが、そいつらにはここまでイライラしなかった。
こいつは今までで一番のまどろっこしさを感じるよ。
いや、それ以外もイライラする点はあるが。
「結論……それは、うん。その拘束具が神臓を拘束するものだから」
「……神臓? 臓器の一つか?」
全く聞いたことがない。そんなものあるのかよ。
「あなたは知らなかったんだっけ。カリス特有の臓器でね。これを拘束されると、どういう原理か身体能力は低下し、持っている能力は使用が不可能になるんだ。すごいだろう?」
「確かにすごい……と思ってたよ。さっきまで」
「……ほお」
おれは拘束具を割り、手から虫を払うように振り落とす。当然、両手でな。壁に当たったけど、気にしない。
怒りを感じはしないにしても、驚きは見せるかと思った。想定内だったりするのか? 怖いな。
取り敢えず、逃げようとするのだが、当然目の前の上司の女がそう大人しく待ってくれるはずもない。
腕を掴まれたおれは即座にそれを振り払い、即座に接近。
折角の指輪だが、強度が高いので壊れないだろうと思ってそのまま指輪の嵌った右手で顎を殴ってみせる。
タレイアには申し訳ないな。外す余裕がなかったんだ。後で一応謝っとかないとな。壊れてないし、傷もついてないが。
「容赦ないね」
「正当防衛だ。あのままなら、さっきみたいな怪力でおれの手を握り潰していただろうに」
「なんであれ、痛いよ。かよわいのだが」
どこがだよ。全く痛そうにしてないくせによ。ピンピンしてるの見たらわかんだぞ。赤子だろうと猿だろうとわかる。
顎が少し腫れているから、全く効いていないわけじゃない。おれはそのまま腹を殴った。顔面を狙ってもよかったのだが、何故か体が抵抗を見せてしまったのだ。カリスだからか?
いや、よく見たらこういう顔を前に見たことがある気がするな。それが理由だろうか。おれも愚かだな。
そのまま、引っ込めずに右手の拳で腹を更に殴ろうとするが、それは避けられてしまった。異常なほどの高速だ。
「もしかして、わざと受けてたのか?」
「うん。でも、後悔しているよ。あなた、強すぎ。このまま受けていたら、少しまずいことになっていたかも」
上司の女がそう言った後に壁の中から拘束具が湧き出て、おれの手へと飛んでくる。避けられたらよかったが、不意だったために対応できず難なく嵌められてしまった。不覚だな。
それにしても、変な湧き方だな。気持ち悪。
こんなのがいくらでも湧き出てくるんなら、おれはもう自力で出られないかもしれないな。
そう思いながら、椅子へ向かう。どうせ、もう逃げられん。
「……もう逃げん。安心しろ」
「うん、大丈夫。安心してる」
「言っておくが、好きにはならない。親友でいこう」
おれはそう提案するのだった。顔を背けて。
「チッ」
……舌打ちが、部屋に響いた。
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