第1話 とあるカリスの魂と謎のキカイ
おれ、ヴレィシ・ミスティックは十五歳にしてカリスという特殊生命体であることが判明し、それから十八歳になるまでの三年間の間、ずっと研究所と呼ばれる場所で封印されてきた。
……誰もが神の恵みで生涯ずっと幸せに生きられるとか言われているこの『恵みの国』でな。
ため息をつきたい。だが、それはできない。何故ならば、今のおれは魂だけの状態だからだ。
体ごと封印してしまうと、いつか脱出されてしまうと考えたのか、体を何かの実験に使うつもりなのか……
それは不明だが、生きていることは判明済み。カリスの特殊能力なのか、体の安否はわかるようになっているようだ。
脱出できたら、ボロボロになっているとかないかな? それは嫌だな。ボロボロの体に入りたくはない。
体内に変な物を入れられている可能性もありそうだ。ひぃ、それは本当に嫌だな。想像するだけで気持ちが悪い。
『ナラ、ココカラ出シテ……元ノ体ニ戻シテヤルヨ』
はぁ?
何かの声がおれの魂が封印されている箱の外から聞こえてきた気がするんだけど……無機質な感じのさ……
いや、聞こえるわけないだろ。幻聴か。遂に幻聴が聞こえるようになってしまったんだな。おれも末期か。
この箱は特殊な加工がされているのか、それとも魂だけの状態だからかは知らないが、今までは何も聞き取れなかった。
たまーに箱にある変な隙間から誰かがやってくるのは見えていた。しかし、会話だけは聞き取れないのだ。
まだ魂だけの状態で肉体が手に入っていないのだから、声が聞こえるようになるはずなどない。絶対に幻聴だ、これは。
『違ェヨ』
……ダメだな、こりゃ。
もう一回聞こえてきたよ、同じ無機質な声。
頭を叩けたらいいんだけど、魂の状態のせいで、そんなことはできない。もどかしいな。
『……』
なんか見られている気がする。視線を感じる。近くまで寄ってきているせいで体は見えないが、顔は見えた。
どうやら、人間ではなさそうだ。肌が灰色だという点、うさぎのような耳があるという点でそう思った。
魔物……にしては調教されているんだとしても大人しすぎる。呼吸すらしてないっぽいが……どういうことだ?
ここは何故かはわからないが、寒い場所であるらしいんだよ。封印される前の肉体がある状態で聞かされていた。
その証拠に今までここに来た人間や魔物は例外なく、みんな白い息を吐いていたんだよね。
おれはこいつが白い息を洩らしている姿を一度も視認できなかったから、呼吸自体していないように感じたんだ。
もしかしたら、少ししか吐いてないだけなのかもしれないが。
『……』
話は変わるが、先程の声は幻聴ではなくこいつのモノかな。突然だけど、そんな気がしてきたんだよね。
もし、そうなのだとしたら、この研究所で生み出された実験生物のようなものかもしれんな。
『実験生物ジャナイ』
おれのことを見ていた何かが後退した後にその声は聞こえてきた。偶然かはわからないが、その声が聞こえた瞬間に何かの口も開いていた。もしや、本当にこいつが喋っている?
実験生物じゃないと言っていたように思うが、それならなんなんだ。なんで、おれに言葉を伝えられる。
いや、というかなんで今までは魂だったとはいえ会話を聞き取れなかったんだよ。もう疑問ばっかだぜ。
『オレハキカイダ』
キカイ……って言ったのか? なんだそれ。生物じゃないのか?
なんか聞いたこともある気はする。だが、わからん。想像も全くつかない。生物だとしても、普通の生物じゃないとは思うが……一体何者なんだろうか。えっと……そのキカイとやらは。
『何デモイイダロウ。ソレヨリ、出タインダロウ? ソレトモ出タクナイノカ? 早ク答エロ』
答えろって……
ああ、うん。出たいよ。出してください。お願いします。
おれが頭を下げる……つもりでフルフルと魂を揺らしたところでそのキカイとやらはおれが封印されている箱に手をかざす。
『開ケ』
すると、箱の一面が外れてそれが地面に吸収されていった。他の面もそれから三秒ごとに外れ、地面に吸収。
それはとても奇妙な様だった。
最後の面だけ少し吸収が遅かったが、それでも合計で二十秒しか経過していない。
残ったのは剥き出しのおれの魂だけで、箱があった形跡などは一切残っていなかった。まるで最初からなかったかのようだ。
『喋レナイト、困ルダロ? 待テ』
……?
その口振り、おれを喋れる状態にすることも可能だというのか?
こいつは一体、何ができて何ができないんだろうか。
魂だけの状態だから、そんなはずはないが……なんか冷や汗が出てきそうだ。ちょっと怖いな、こいつ。
鍵は閉まっているはずだし、出られないことはわかっている。それでも、おれは距離を取った。
だが、すぐに行動を読まれてしまったおれは魂だけの状態なはずなのに、そいつに握られる。子供が玩具を握るように。
『逃ゲルナ。戻リタクナイノカ?』
悪い。距離を取っただけで逃げたつも……
そう心の中で答えようとした瞬間に魂に強烈な違和感を覚えた。魂が震える。ブルブルと。
困惑はあっても恐怖はない。怒りも喜びも別にない。何かによって、勝手に震えさせられているような……そんな感じだ。
寒さが原因かとも思った。元の肉体が戻ってきているというのなら、多少寒さも感じるかもしれないからな。
だが、違うようだ。それは次に目の前のキカイが発した言葉により、知ることとなる。
『寒サは関係ナイサ。ソノ震エハ肉体ヲ無理ヤリ魂ト融合サセヨウトシタ場合ニ起コル現象ダ。気ニスルナ』
無理やり、融合させた場合にはそんなことが起こるのか。
「いや、気にするだろ……って……ん、待て。え!?」
「喋レテルナ。ヨシ、戻ッタ」
言葉が普通に出せていることに気づき、おれは驚きに震える。
あれだけ長く魂でいたというのに、なんでこれほどスムーズに言葉を発することができるのか。
魂と肉体の融合に関しても驚く部分はある。もっと苦痛も伴うものだと覚悟していたのに、全く苦痛がなかったし、すぐに肉体がおれという魂の侵入を許したからだ。驚きが止まらん。
まだ驚くことはたくさんあるが、それについて考えるよりも先に目の前のキカイに対して伝えることがあったとおれはすぐに気づき、一歩踏み出してそいつに近づくと口を開いた。
「よくわからんが、ありがとう。感謝する。魂の状態というのはそれだけで辛いのに、あんな暗い箱にずっと閉じこめられていたわけだからな。辛さはとんでもなかった」
大きめの隙間が所々にあったのは不幸中の幸いだったけどな。色々なものを見れたからな。
『何デモイイ。ソレヨリ、着イテコイ。オマエヲ解放シタノハ、トアルヒトニ会ッテホシカッタカラダシナ』
「え……?」
『フッ。アマリ、緊張スルナ。モウ、心ハ読メナイ。スイッチは切ッタカラナ』
別に緊張してないっての。それより、スイッチってなんだよ。
わからんが、その問いに対してこいつは反応しなかった。無視をしている様子でもないから、本当に聞こえなくなったのだな。
「あの、とある人ってなに? おれが知ってる人?」
『来レバワカル』
……もしかして、おれをここに閉じこめた者たちのことだろうか。そうだとしたら、会いたくないな。
わざわざ封印を解除させたというのだから、また封印をするということはないだろう。でも、何か変なことをされるかもしれない。
不幸な情報を話されるかもしれない。色々な可能性があるが、どれもおれは拒否したいと心から思うよ。
このキカイには感謝しているが、隙を見て逃げるか。
おれはいつでも逃げられるように視線をあちこちに向けながら、キカイの後ろを着いていくのだった。
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