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その他の短編集

ロハノ教授の推薦グリモワール五選

作者: 皿日八目

 こんにちはこんちはちはちはちはちはちは。クィクヒールという大学で魔術を教えておりますロハノと申します。どうぞ今後ともお見知りおきを。そのうち公然猥褻罪とかで捕まって新聞の見出しに載るかもしれないしね。


 実はこのわたし、この短編が初登場ではありません。『大学で魔法を教える中年教授ですが、今年度でクビと言われたので本気を出して阻止します』という別の作品で主人公をやっておったのですね。


 ちなみにこの長編は一ヶ月近くかけて書かれたにも関わらず、作者が最近一時間そこらで書いた二千文字ほどのエッセイに評価ポイントで抜かれるという伝説を成し遂げたことでも有名です。あはははははははは。


 ま、わたしのごとき中年の活躍なんざ誰も見たくはないでしょうしね。ええ。妬んでなどいませんよもちろん。ちっとも。くそ。


 一時はクビになりかけましたが何とか無事にやり過ごし、今日も今日とて人魚と水球したり新しい星座を勝手に作って空に飾ったりしております。これもちゃんとした講義ですからね。職務怠慢だなんて思っちゃいやですよ。


 履修生はいつでも大募集なので、学生課に問い合わせてくださいね。あそこの待遇もやっと改善されたようで、最近は失踪者の数もずいぶん減ったことですし。


 それはそうと、今回は新年度の講義の開始にあたって、わたしの講義で使う予定のグリモワールについて紹介するためこのような場を設けました。


 もちろん本なんか読まなくたって魔法は使えるけれど、正五角錐の氷のイグルーを作ってとびきりかわいいゴーレムと一緒に過ごしたい、なんて欲望をお持ちの聴講生諸君はちゃんとお勉強しなくちゃいけません。


 でもいきなり『全世魔術総覧』みたいな大著にぶつかっていったところで、序文を突破することもなく力尽きるのがオチです。わたしがそうだからわかります。


 だからまずはここで紹介する五冊のグリモワールからやっつけていきましょ。これだって頭からっぽ一時間で読めるというわけにはいかないけれど、少なくとも一ページ目がちゃんと一ページ目から始まるぶん読みやすいはずです。


 世の中にはずいぶんひねくれた本もあって、始めのページが終わりだったり、最後のページが始まりだったりするものもあります。


 で、さぞかしそんな本にはすごいことが書いてあるのかと思うと、単に二日酔いを治すだけの魔法だったりするから、魔術師ってのはつくづく性格が悪いよねえ。


 おれも人のこと言えないけどさ。


*


『イリュージョンの儚さ』アルメルキデルセス 著


 今でも現役バリバリで死神追っかけてるおじいちゃん魔道士の書いた本です。ある講義でちょいと触れたこともあるから、熱心な学生なら覚えているかな。


 イリュージョン=魔術のあれこれについてここまで網羅的に語った本はなかなかありません。あるとしてもたいてい首都の大学図書館でしかお目にかかれないし、閲覧許可が降りるまでには子供が大人になるほどの時間がかかっちまいます。


 魔術の起源、発展、分類、詠唱方法、詠唱速度、威力、代償、開発、儀式、目次を羅列しているだけでこの文章埋められそうなくらいの文量で、上級者ならこの本をおかずにパンを十斤平らげられるといいます。おれは無理かな。パン食べるとお腹痛くなるし。


 ちょっとお硬い文章なのがとっつきにくいかもしれないけど、豊富な図説付きだし、しかもフルカラーだし、ちょいとませたお子様でも頑張れば読破できる程度の難しさです。


 ただ一つ欠点というかいじわるなところがあって、この本、一度読んだページから次々消えていきます。だから二度と同じページは読み返せません。


 たとえ内容を紙とかに書き留めておいても、その紙ごと消えてしまいます。おかげでおれ自分の研究室の壁消しちゃったもんね。しばらく衆人環視の下での生活でしたよ。とほほほほほ。


 ちょっと前までは優れた魔導書が出ると、すぐ海賊版が出回ったんだよね。だからアルメルキデルセスのじいちゃん、こんな手の込んだ対策を施したみたいだけど、自分でも読み返せなくて難儀してるみたい。


 だからこの本を読むコツは、元の文章を粉々に分解してメモることです。消える消えないの厳密な判定基準はまだわかってないけど、八割以上原文の言葉が改変されていれば大丈夫みたい。プライバシーを失いたくない方は気をつけましょう。


 この本はうちの大学の図書館にもあるけど、借りても返さなくていいことになってます。どうせカバーしか残らないしね。あの名物司書のエルフちゃんがちゃんと中身を全部記憶していて、新しく書き直してくれるのです。


 えっ、じゃあ本じゃなくてその司書を借りたらいいんじゃないのって。


 それは宇宙の真理を究めるより難しいことであります。


*


『地に伏せりし砂時計』サ・ペ・トライメル 著

 

 この本には苦い思い出があって、子供の頃てっきり小説だと思って読んでみたらまったくの意味不明で、おかげで魔術にトラウマ植え付けられちまった経験があります。あれがなかったら三年は早く魔法使いになれていたんじゃないかな。


 それはともかく、この本には幻影系の魔術についての情報がたんまり書かれております。もし全部読めたらそれだけで一生食えるくらいの達人になれるだろうね。ほら、例のサーカスとかでも引っ張りだこだろうし。


 えっ、お前は全部読んだんじゃないのかって。まさかまさか。これを全部読めるのはそれこそ神様くらいのもんでしょうね。


 だってこの本、読むたびにまったく内容が変わっちまうんだもの。


 紫色の象を作る魔法について書いてあったはずのページが、次に読む時には、見た目はおいしそうだけど味は灰と砂を混ぜたみたいな料理を作る魔法のページに変わってたりするのです。


 そのぶん退屈はしないけどね。無人島に持っていくならわたしはこの本を選びます。ま、たいていの無人島からなら一秒で帰れるけど。


 あっ、これは自慢じゃないからね。それくらいのことできなくて、この大学の教授なんかやってられないの。


 この本には今までに489192通りのパターンが発見されています。なぜそれがわかってるのかっていうと、この本を読んだ人は必ずどんなページが出たかを報告しなくちゃいけない義務があるからです。


 この本を買ったり借りたりする人は必ずそのことについての宣誓文を書かされて、もし一回でも怠ったり誤魔化したりすれば即座に没収されて二度と読むことを禁じられます。


 このちょー面倒くさい決まりがあるからさあ、ここ十年おれ以外の誰もこの本借りてないんだよね。あの司書ちゃん、真面目だから、ただの面白い本だろうと思って借りようとする学生にもいちいち事情を説明しちゃうんだよね。


 いっぺん黙って貸してみたら面白いんじゃないの、って言ったときのあの目は今でも悪夢に見ます。

 

 あっ、ちなみにおれもこの本読みはするけど、内容の筆記は全部我が優秀なる助手ちゃんに任せています。でも次任せたら辞職するって言って聞かないから、次のアシスタントを大募集中。


 お金は出せないけど、お金を出す魔法なら教えるからさ。誰が来てくれないかなあ。


 ところで、この本は全部で5000ページあります。それでもやりたいって人は後で来るように。


*


『淫魔の超絶テクニック~これであなたも夜の魔王~』全世界サキュバス同盟 著


 ふざけていません。いや、タイトルはふざけてるけど、これでもちゃんとした魔導書です。一流の魔道士になりたいならこういうものもちゃんと読まなくちゃいけません。そう、おれもほんとはいやなんだけどね。しかたないの。うん。


 今日紹介するものの中ではぶっちぎりの読みやすさです。とにかく文字は大きいし、大事なところはゴシック体で強調してくれるし、行間が橋を架けられそうなくらい広いし、漫画コーナーもあるし、何よりエ……いや、この場では言いません。知りたかったら自分で読んで下さい。わたしも一応、分別ある大人ですからね。


 いやしかし、生物の肉体に作用する魔法についてならば、これ以上の名作はないとまで言えます。やっぱりサキュバスにとっちゃあ死活問題だから、他のどの種族よりもその道に関しての情熱は凄まじいんでしょうね。


 ただ、やっぱり一筋縄ではいかなくって、この本は普通に読むだけじゃ二章で終わってしまいます。目次を見るともっとあるはずなのに。


 どうするかっていうと、まあ、本をその気にさせるんですな。具体的に言うと、こう、あちこちをまさぐってですね……あのう、この話やめてもいいでしょうか。


 いや続けます。とにかくそうすると本が喜んで、続きのページを吐き出してくれます。傍から見ていると本と睦み合う狂人にしか見えないのが玉にキズです。


 対策としてはわたしのように、普段から狂人扱いされるような振る舞いをしておくことですね。あはははははははははは。


 どうでもいいことですけど、この本のタイトルつけるとき、ちゃんと魔王さんの許可は取ったんでしょうか。


 わたしが昔本を書いたとき、うっかり魔王という言葉を題名に入れちまったら、刺客として魑魅魍魎が送り込まれてきて大変だったんだよね。


 謝ろうとしてもぜんぜん聞く耳持たないでぶっ殺そうとしてきたから、仕方なく追っ払ったんだけど。あれ以来魔王という名前を使った本が出ても、作者が命を狙われることはなくなったようですね。いやあよかったよかった。


 ただ流石にこの本には文句を言ってもいいような気もするけど。


*


『本の中の本』ルデル・ラ・ルデル 著


 これは読むと言っていいのかな。他に言いようもないのでとりあえず読むってことにしておきます。


 この本には異界から物品や生物を召喚する業とか次元を跳躍する方法について百花繚乱に説明されています。いずれこの世界を飛び出してもっと上位の次元とかこれ書いてる作者と同じ次元とかに飛び出そうって考えている人は特に必読です。


 ま、あそこ大したことない場所だから、無理して行く必要もないんだけどさ。


 で、当然異界なんておれたちが今いるこの現実とは全然法則も何もかも違うわけでさあ、そんな場所についてまともな方法で説明できるわけがないんだよね。


 だからこの本を読みたいと思う人は、この本の中に入らなければなりません。これは比喩でも何でもなく、ほんとに入るの。インするの。


 そして本の世界の中でとてもとても口では説明できないようないろんな体験をして、その経験でもって異界について学ぶのです。


 本の中もそれなりに危険なんだけど、いきなり異界に飛び込むよりはまだましってことですね。こっちでの空が地面にあったり、空気の中に硫黄しかなかったりしたんじゃ、戻りたくても戻れないもんね。


 わたしも何回かこの本の中に入ったことがあります。生き延びるコツは慌てて読み進めないこと。


 思いがけない落とし穴が、って思いがけないから落とし穴って言うんだろうけど、とにかくそうしたワナが文脈の背後に潜んでたりするんで、ちゃんと炎で焼いて行間の闇を照らしましょう。それさえ気をつけてれば大丈夫。少なくともいきなり首を持ってかれる心配はありません。


 最初に入ったページで三角定規に捕まってバターナイフと結婚させられそうになったときは、流石にびびったけどね。


*


『創生記』アゼット 著


 さあさあここまでお付き合いくださりありがとう。これが最後の紹介です。この本は魔法の始まりから終わりまでをすべて書き記した超超超大部の大著です。


 これを完全に読み尽くし、そして理解できたなら、その人はもう神と同位の存在になれるでしょうね。新しい宇宙を作ることもお茶の子さいさいにできるでしょう。


 が、しかし、やっぱり最後まで読んだ人は、わたしの知っている限り一人としていません。


 というのもこの本、上下巻のセットなんですけれど、その二冊読んでもまだ序文すら終わらないんですよね。


 続きはどこにあるかっていうと、生ませるんです。この本に。あっ、なんですかその目は。とうとう狂っちゃったこの人とでも言いたげですね。しかし残念ながら狂っているのはわたしではなく、この現実なのです。


 この本は読者がうまく世話をして、繁殖させなければ続きが読めないんですね。今一番それに成功しているのは首都にある大学で、もう二千冊は越えているそうですよ。それでもまだ第二章の半ばらしいから、最後まで読む前より先に宇宙の終わりが来ちゃうだろうね。


 わたしも自分の本の家族が欲しくて、繁殖をやってみようとしましたが、これが死ぬより生きるより難しい。ちょっと目を離すとすぐ死んで、文字も掠れて読めなくなってしまうんですね。


 こんなもの講義でどう使うんだって話ですけれど、人間もそこまで莫迦じゃありません。今読める限りの部分はすべて別の本に書き写してあります。


 あのぴょんぴょん跳ね回るベビィ・ブックのプランクトンみたいな文字を必死で書き写した無数の学者たちのおかげで勉強できるんだから、わたしたち感謝しなきゃいけませんよ。


 ちなみに本一冊が育ちきり、新しい本を産めるようになるまでには五十年かかります。知の営みに際限はないって言うけど、際限がないのにも限度があるだろって言いたくなっちゃうよね。


*


 以上で新年度に使うグリモワールの紹介は終わりです。どう。どれもこれも面白そうでしょ。読みたくなったでしょ。えっ、ならない。あんた何しに大学来たの。


 でもそんな人でも大丈夫。いっしょに一角獣追いかけ回したり地下墓地でピクニックしたりするうち、どんどん知りたいことが増えていくだろうから。


 そしたらもう居ても立ってもいられず、まるで美女を見つけたサテュロスみたいに図書館へすっ飛んでいくはずです。みんなそうなれます。だってぜんぜん興味なかったらこんな中年の話なんか聞きに来るわけないもんね。


 保証しましょう。ここにいる人は全員素質があります。卒業するころには、世界も次元も縦横無尽に駆け巡れる大魔道士になっているはずです。


 だからいっしょにお勉強しましょうね。楽しいですよ魔法は。楽しくなかったらこんな6000字近くも喋ったりなんか、絶対しないんだもんね。

 


 

 

 読んでくださりありがとうございます。

 評価していただけますと作者が発狂するほど喜びます。

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