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神様になった兄と人間の妹はお互いに依存する

作者: べーこ

 幸せというのはきっと薄い氷のように脆くてちょっとした事で壊れてしまうものなのだ。


 学校での授業が終わり家路へと向かう。

 冷たく湿った風は頬を撫でて通り過ぎていく。

 東北の山奥にあるこの村の風は特別に冷たい。真冬の風は本当に冷たくて身体の芯から熱を奪っていくから嫌いだ。身も心も凍てついてしまいそうだ。

 そして教科書などの教材、配布物をたんまりと詰め込んだ鞄は恐ろしく重たい。

 家へ帰りたくない。ううん。このまま何も考えずどこかへ消えさってしまいたいとすら思ってしまう。

 だけれどもしばらく歩くと家が見えてくる。

 村の少し外れた場所にある小さいながらも立派な和風建築の家がある。そこが私の家だ。

 私とお兄ちゃん二人だけの小さな小さな楽園。


「真砂おかえり」

「ただいま。お兄ちゃん。寒いから玄関で待たなくていいよって言ったじゃん」

「俺が好きでやってるからいいの。真砂の事心配で仕方がないんだ。俺の心配する気持ちもわかってよ」


 玄関を開けて家に入るとお兄ちゃんが待っていた。

 柔らかい笑顔は贔屓目に見ても天使のように美しい。

 心配性で過保護なお兄ちゃんは私の帰宅時間を見計らっていつも玄関で待っている。私よりも背の低いお兄ちゃんはいつも私を少し見上げるように顔を動かす。

 そもそも私とお兄ちゃんを見て兄妹と思う人はいないだろう。女子にしては身長が高くガタイのいい私。一方でお兄ちゃんは背は低く、ほっそりとした体つきに繊細な顔立ちをしている。

 何よりもお兄ちゃんの見た目はどうみても小学校高学年の男の子だ。多めに見積もっても中学1年生くらいにしか見えない。

 お兄ちゃんの肉体は6年前を境に時を止めた。

 私が18歳になってもお兄ちゃんはずっと12歳のままだ。そしてそれは私のせいだ。


 6年前までは私とお兄ちゃんは普通の兄妹だった。

 兄の一砂(いすな)と妹の真砂(まさご)

 私たちは双子だったけど二卵性双生児だから顔は似ていない。そして性格も得意な事も全然違った。

 私はガキ大将気質で気が強く喧嘩っ早い性格だった。よくも悪くも人に関心があり自分から関わっていく事が多かった。

 さらに要領もいい方で大した努力はせずとも勉強だって運動をはじめとした物事を卒なくこなせる方だった。そのおかげ神童と持て囃されて周りには老若男女問わず多くの人が集まった。

 それと引き換えに身体は弱くて学校よりも家の布団で横になっている思い出の方が多かった。

 運動会もほとんど出た記憶はないし、修学旅行といった宿泊に関する行事は全く縁がなかった。


 反対にお兄ちゃんは非常に不器用だった。運動は苦手で、短距離走ではいっつもビリだった。マラソンをすれば周回遅れになってしまう。

 勉強だって苦手だった。いつも居残りさせられていた。だけれどもお兄ちゃんが勉強できないのはれっきとした理由があった。

 両親は交通事故で物心がつく前に亡くなった。

 そして私たちは親戚の家に引き取られた。だけれどもそこで私たちは歓迎されなかった。

 私たち兄妹はその家の召使いという扱いだった。

 風邪ですらすぐに拗らせて寝込んでしまう私に代わって兄が私の文まで仕事を肩代わりしていた。その上熱で倒れた私の面倒をつきっきりで見ていたのだ。

 とてもではないが勉強する余裕など兄には無かった。

 顔は亡くなった両親のいいところ取りの美形だ。

 花の顔という言葉が似合う人で村の女の子を差し置いて1番可憐だった。

 性格はびっくりするくらいの泣き虫だった。嫌なことをされると大きな宝石のような目を潤ませてポロポロと涙をこぼす。

 私の体調が悪くなるたびに「真砂死なないで」と大粒の涙を流すのだ。綺麗な兄は泣いている姿すら絵になる程美しく涙は真珠みたいだった。

 これらの要素が合わさってお兄ちゃんはいじめられる事が多かった。揶揄われても構わなければいいのにいちいち反応して泣いてしまうのだ。

 そんなお兄ちゃんを見ていられなかった。だから私は体調の良い時は常にお兄ちゃんを守っていた。私がお兄ちゃんにできることは逆に言えばそれだけだったのだ。


「真砂、ありがとう。俺はお前がいないとダメなんだ。ごめんね、ダメダメなお兄ちゃんで」


 いじめやからかいから庇うたびにお兄ちゃんは私の服の裾を掴んで泣きそうになっていた。

 思い出せば思い出すほどお兄ちゃんの女々しいエピソードが出てくる。

 でもとっても優しい人だった。

 私が倒れると皆「またか」とうんざりする中お兄ちゃんだけは違った。


「真砂大丈夫?今タオル取り替えるからね」

「大丈夫だよ……」

「喋らなくていいからゆっくり寝てて」

「わかった。もう苦しいのは嫌……」


 熱に魘された私を嫌がることなく世話を焼き、私が眠るまでずっとお兄ちゃんはそばにいた。

当時の私はそれを知らなかった。だから一人の時に吐く弱音もお兄ちゃんは全部知っていた。

 寝言で私が「死にたくない。苦しいのはもう嫌だ」と呟いているのも全部聞いていたのだ。


 雪がしんしんと降る6年前の冬の日が人生の転換点だった。冷たい北風がビュービューと吹いて窓を揺らしていたののを今でも覚えている。

 風邪を拗らせた私は呼吸する事すら困難で目がだんだんと霞んでいった。親戚たちはまたかといった顔で他人事だった。助けてと声を発することもできない。

 今まで何度も死ぬほど苦しい思いをしてきた。でも本気で死ぬなと思ったのは今回が始めただ。

 頭がぼうっとして意識を失う寸前の時だった。


「もう大丈夫だよ」


 お兄ちゃんの声が聞こえた。

 冷たい手が額に触れた。だけどその手は人の肌にしては冷たい。まるで冷蔵庫に入っているゼリーのようだった。

 その手に触れられると今までの苦しさがその手に吸い込まれていくように消えていった。視界も明瞭になり呼吸も楽になる。

 朧げだったお兄ちゃんの姿がはっきりと目に映る。


「お兄ちゃん‼︎ 」

「真砂おはよう。もう苦しまなくていいよ。真砂の悪い病気はお兄ちゃんが治してあげたからね。それに俺たちをイジメるあいつらももういない。これで大丈夫だよ。真砂」

「あいつらって?」

「僕たちを虐げてきた親戚一同みんなお掃除してあげたよ」

「え?」


 目に映った兄は異形の姿をしていた。

 真っ先に目に入ったのは背中から突き破るように生えた透明な氷のような羽だった。それだけじゃない。元々白かった肌はさらに真っ白になりそれこそ夜明けの雪のように青白い。

 焦げ茶色の瞳は氷河のように青い輝きを放っている。黒い髪の毛は青みが強くなって透明感のある美しさだ。そして見慣れない和服を纏っている。


「お兄ちゃん、真砂のために神様になったんだ。これからは俺が真砂の事を守ってあげる。今度は俺の番だ。お兄ちゃんは真砂いないと生きていけないんだ」


 お兄ちゃんはギュッと私を抱きしめた。お兄ちゃんの体は氷のように冷たくて人間のそれじゃなかった。


「なんで。お兄ちゃん。どうして……」

「こうするしか無かったんだ」

 

 お兄ちゃんはぽつりぽつりと事の経緯を説明し始めた。

 簡単に言えばお兄ちゃんは弱かった私の身体を治すためにこの村の守護神に自分自身を捧げたらしい。

 神様に身体を捧げたから人間離れした容姿になってしまったそうだ。さらにお兄ちゃんの自我が強く残ったせいでお兄ちゃん自身が神様になってしまったのだ。

 あまりにも現実離れした話だ。でも神様信仰の強い土地だったせいか村に人々もお兄ちゃんの存在をあっさりと受け入れた。

 それどころか現人神とお兄ちゃんを称える声が上がった。神様になったお兄ちゃんは形式上は死んだことになった。

 さらにお兄ちゃんによって親戚一同が亡くなったせいで私とお兄ちゃんは二人きりで暮らすことになった。

 それが6年前の話だ。


 神様になったお兄ちゃんは12歳の少年の姿のままだ。 

 あの日からお兄ちゃんの肉体は時を刻むのをやめた。当然お兄ちゃんが歩むはずだった人生は大きく変わった。

 お兄ちゃんだって本当ならば今頃は18歳の青年だ。友達もできて、可愛い彼女を見つけて、楽しい事がいっぱいいっぱいあるはずだった。

 やりたい事もきっといっぱい出てくる年だろう。だけど私のわがままな願いがお兄ちゃんの未来を奪った。こんなことはいけない事だ。お兄ちゃんの未来の上に私の人生は成り立っている。私がいなければお兄ちゃんはもっと幸せになれた。


 私はお茶を二人分淹れる。そして居間にある座卓を挟んで向かい合わせになる。


「そういえば真砂はどうするの?」


 お兄ちゃんはお茶を一口飲んで私に問いかける。


「どうするのって何を?」

「高校で進路の紙貰ってたよね? 真砂は頭がいいから村から出て大学勧められていたよね。真砂は村を出たい?」


 本音を言えば外の世界に憧れはある。だけれども自分のために人間である事を捨てた兄を置いては行けない。

 兄は優しいから私が大学に行きたいと言えば嫌そうな顔しながらも応援はしてくれるだろう。だけれども肉親の勘でわかってしまう。

 私がいなくなってしまえば兄はきっと壊れてしまう。

 今の私の幸せは兄と共にいる事だ。

 兄の悲しむ姿を見たくない。私たちの幸せは薄氷のように儚い。

 

「出ない! だってお兄ちゃんは私のために全部捨てたのに私だけ幸せになれない。私がお兄ちゃんの人生台無しにしちゃった。ごめんね」

「嬉しい。俺は真砂とこうして2人で一緒にいれるだけで幸せだよ。お願い。ずっとそばにいて。俺から離れないで」

「離れるわけないじゃん!!お兄ちゃん大好きだよ。私お兄ちゃんとずっと一緒にいる!」


 私はお兄ちゃんを抱きしめた。相変わらず身体は氷のように冷たい。でもこの冷たさが心地いい。

 私はこうしてずっとお兄ちゃんの優しさに寄りかかって生きていくのだろう。


 真砂の性格が大人しくなっているのは兄である一砂が自分のせいで人間をやめたという罪悪感で塞ぎ込んでいるからです。

 本来はもっと明るくはっきりとした性格です。

 この二人はお互いに依存しあってずっと一緒にいます。

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