ダグラス:初めての実戦
■Side-ダグラス
「このまま放置するのはなんか負けた気がするから嫌! なんとか皆を説得して撃退する!!」
ペンギーが、顔をあげて宣言する。
そこには、いつもの様などこか不服そうな表情は無かった。
きっと彼女はこの瞬間、何かを乗り越えたのだろう。
俺も、決意しなければならない。
これから始まるのは、訓練では無い。
本当の戦いだ。
平和な法治国家である日本に生まれた俺には、殺し合いの経験なんて無い。
だけど、この世界で生きていくなら。
これは避けられないだろう。
相手を、生き物を殺す覚悟。
相手に殺されるかもしれない、覚悟。
彼女が何かを乗り越えた様に、俺だって乗り越えてやる。
「まず、大人たちが自分で気づいた形にするのが良いだろうな」
「どうして?」
「人間は、誰かに教えられた答えより、自分でたどり着いた答えを優先するからだ」
「……私、声真似ができるよ」
「それで、大人たちに解らせよう」
「でもこれやると、相手も刺激しちゃうから、確実に襲撃されると思う」
「なにもしなければ、無防備で襲われるんだ。やろう」
「……分かった」
彼女が、息を大きく吸い込む。
すると、不思議なことが起こった。
彼女の全身に狼の様な毛皮が生え始める。
「アオォォオオオオンンンン」
その声は、完全に狼の遠吠えだ。
その頃には、彼女はすでに狼人間になっていた。
ハーフウルフエルフ幼女だ。
「え、なにそれ」
「メタモルのスキル」
「どうやるんだ?」
「また今度」
確かに、今はそれどころでは無いか。
俺たちは急いで戻って、大人たちに狼の襲来を告げることにする。
深夜、俺たちは焚き火をしながら、洞窟の前で周囲を警戒している。
あれから、大人たちの説得はうまくいった。
ペンギーがまるで本当に見てきたかの様に克明に語ってくれたおかげだ。
まあ実際、育てられていたことがあるなら分かって当然か。
「ダグラス、楽しみだな!」
「あ、ああ……」
大人たちはもっと前の方で陣取っていて、そっちが主戦場だ。
こっちはあくまで、おまけで、狼はほとんどこない。
そのはずなのに、俺の足はこれ以上無いぐらい震えまくっていた。
怖い、怖く無いわけ、ないだろう。
訓練とは、違うんだぞ。
相手は俺を、殺しにきている。
力量の過多にかかわらず、その事実だけで、背筋が凍る思いだ。
「ダグ」
ふと、後ろから手を握られる。
震えているのがバレてしまうと。
そう思って振り払おうとするが、強く握られて離せない。
「……情けないだろ」
この声、この手は。
ペンギーだ。
一番、知られたく無い相手に知られてしまった。
「それはね、恥じることじゃ無いんだよ」
「だけど……この場を仕切る人間が、こんなんじゃ」
「大丈夫、他の子には、バレてないよ」
彼女は俺の手を握ったまま、正面に回り込む。
「その気持ちを、押し殺すんじゃなくて、受け入れて、自分の物にして」
「俺には、そんなことできない」
「ダグなら、必ずできるよ」
「……」
「もうっ。しょうがないな」
彼女はそう言うと、俺の胸に抱きついてきた。
「ペンギーっ」
ふわりと、良い匂いがした気がした。
焚き火の光に照らされて、彼女の金髪が輝く。
守ってあげたくなる様な、華奢で、可愛らしい容姿。
それでいて、まるで百戦錬磨の戦士を思わせる、戦いの天才。
とても、不思議な子だ。
「呼吸と、魔力の流れを感じて」
俺の胸の中で、ペンギーの声が聞こえる。
まるで、鈴の音色の様だ。
「……どう?」
良い匂いがする、なんて言ったら。
この距離からでも、一瞬でぶん殴られるだろうな。
「すー、はー」
だけど、確かに分かった。
この密着した状態なら、彼女の呼吸や息遣い、心音までも、よく解る。
「そう、呼吸はそんな感じ」
彼女の呼吸には、一定の、意図的なリズムが存在する。
そして、血流とは別に、彼女の中を循環する何かを感じた。
これは前世では、絶対に無かった感覚だ。
だから逆に、それが魔力なのだと強く認識することができる。
「すー、はー」
俺の中にも、それを操作する器官があるのが解る。
ペンギーの真似をして、同じ様なリズムで魔力を循環させる。
気づけば、体には気力が漲って、心が落ち着いていた。
「……」
しばらくして、ペンギーはパッと俺から離れる。
耳はなぜか、不服そうに上下していた。
「なんで、不服そうなんだよ」
「ひ、み、つ」