ペンギー:成長する怪物
■Side-ペンギー
あのハーフドワーフ、ダグラスと出会って一年の時が流れた。
「……いつでも初めて良いぞ」
投げやりな感じで、教育係の人が声をかける。
言われなくても、私の中ではもう始まってるんだけどね?
というか、ダグラス君、きみ、なんなの?
本当に、何なの??
私ってさ、これでも、前世ではそれなりにえらい騎士だったんだよ?
人生の、結構な割合を戦いに捧げてきたんだよ?
確かに、前世と体格は全然違う。
だからクラス構成とかも色々と手探感は、ある。
それを加味しても、ただの8歳児が、私と試合を成立させるのって。
控えめに言って、意味わかんなくない???
「ダグって、たまにそうやって考え事してるよね。なに考えてるの?」
ちょっとボーッとしている様子だったので、声をかけてみる。
会話を続けながら、考える時間を稼ぐ。
「思えば、長い一年だったと思ってな」
私には、前世という圧倒的なアドバンテージがある。
だから、その前世の知識を大人気なく最大限動員して、彼の弱点を突き続けた。
なのに彼は、読心のスキルでも持ってるのかってぐらいに私の意図を汲み取る。
もう、意味わかんない速度で成長していく。
なんで天才は、凡人の涙ぐましい努力を無遠慮に踏みにじっていくんだろうね?
「……おっさん臭い、それ、今考えること?」
しかも、あの超反応!
スキルなしであの反応速度は反則だよ!
もう、反則負けって事で私の勝ちで良いと思うんだけどどうかな!?
「だっておまえら、なんでそんなに遠巻きなんだ?」
ダグラスがはそう言って、周囲に視線を向けた。
私もそれに合わせて、周囲を見渡す。
不意打ちのチャンスだったかな?
乱戦の訓練なのに、なぜかみんな、私とダグラスを遠巻きに取り囲んでいた。
教育係の人も、しょうがない、とでも言いたげな表情でそれを静観してる。
本当は、みんなでダグラス君に襲いかかって、私の勝率をあげて欲しい。
だけど分かる、分かるよ。
誰だって、こんな成長する怪物と戦いたく無いよね。
だからみんなもさ、毎回、一人でこの怪物と戦わされる私の気持ちも、分かってくれないかな。
「そりゃ……だれだって怪物同士の戦いに巻き込まれたくはないだろう?」
「「いや、この怪物と一緒にしないで」」
「「!?」」
その、さも自分が一般人です、みたいな顔がムカつく。
自由時間、私はいつもダグラスと一緒にいる。
最初は一人でいたんだけど、彼が気を遣ってくれた。
彼だって他の子供と遊びたいだろうに……八歳児に気を遣われている。
この悲しみ、誰か分かってくれないかな。
「……で、あるからして、このままの行為を続けていれば、俺たちはいずれ外文化圏の報復によってしかるべき報いを受けることになると思うんだが」
そして、その8歳児の知性に驚嘆する。
この気持ちも、分かってくれないかな。
なんで、生まれてからずっと外の世界を知らない子供が。
大人が持ち帰る物品や山賊団の製造能力と物品との比較とかから、自分たちの立場を推理しちゃうわけ?
ちょっと発想の飛躍が常人を超越しすぎてて、私には理解できない。
だけど、前世の記憶がある私は、ここが山賊団である。
このままいるといずれ破滅する。
という、彼の結論が正しい事だけは、理解できてしまう。
たすけて……たすけて。
「ねえ、ダグ」
話をそらそうとして、気になる足跡を指差す。
あ、でもこれ、まずいかも。
「犬の足跡か?」
確かに、犬の足跡に似ている。
だけどこの細長い足跡は、狼の物だ。
「危険なのか?」
うん、かなり、危ない。
多分、私たちが住んでいる洞窟を標的にしているんだと思う。
「……大丈夫」
無警戒で襲われれば、ただでは済まないだろう。
だけど、私は誓ったんだ。
今世では、自由に生きるって。
人助けなんて……したく無い。
「ペンギーはどうして、この足跡のことを知っているんだ?」
ま、まずい。
この足跡を知っているのは、前世の知識だった。
「……ずっと前に、一緒に生活していたことがある」
「そうか」
ふう、なんとかごまかせた。
しばらく、沈黙が続く。
やがて彼が切り出した。
「ペンギーは、どうしたい?」
ああ、もう。
君は本当に、頭がいいんだから。
彼はこのままだと危険だと言うことを理解した。
その上で、どうするか、ではなく。
私がどうしたいか、を問いかけてきた。
「私は、自由に生きたい。だから、人助けなんて、したく無い」
だけどこれを見ないフリするのも、なんか嫌だ。
皆を見捨てて逃げるのも、負けた感じがしてやりたく無い。
自由に生きるって、やりたいことをやるって、決めたのに。
私は動けずにいた。
なんで?
「ペンギーは、自由に行動した結果、周りが勝手に助かるのが嫌なのか? 助けたく無い人を助けるのが嫌なのか?」
彼が、私の方を見つめて問いかける。
その言葉にハッとした。
「!」
そっか、簡単なことだったんだね。
私は、自分で自分を不自由にしていた。
私は、やりたことを、やりたい様に、やりたい時にやる。
だからその結果、誰かが勝手に助かっても、別に良い!
助けたい人は、助けたいから助けて。
助けたく無い人は、助けたく無いから助けない。
それで私の自由は、守られている。
「私は、私が自由にした結果で誰かが助かっても、気にしない」
顔をあげて、ダグラスに答える。
私、いつの間にか俯いていたんだね。
「このまま放置するのはなんか負けた気がするから嫌! なんとか皆を説得して撃退する!!」