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ダグラス:部屋の中の象

■Side-ダグラス


 俺たちは”希望の剣”に協力する。

 ブルーノには、前世の知識を、俺のアイデアと言い訳して色々と伝えておいた。


「どうするか……」


 スタアトの路地裏で、思わず一人言をこぼす。

 当然、ハロルドの依頼は達成困難と言って断った。

 その選択に後悔は無いが、ペンギーを買い戻すという目的からは遠のいている。


「おうおうおう、ここを通りたければ、出すもん出してもらおうか!」


 面倒なのに絡まれたか、と思ったら、俺ではないようだ。

 裏通りの出口で、大柄な男二人が、フードを被った人物の道を塞いでいた。

 後ろからでは解らないが、フードの膨らみからして、獣人だろう。


「俺の連れなんだが、通してもらえるか」


「なんだと、て、め……」


 勢いで恫喝しようとした二人が、口を閉じた。

 俺の胸には、アイアン級冒険者であることを示すプレートがかけられている。


 この世界は、個人の力量差が大きくなりやすい。

 ストーンやカッパーならまだしも、アイアンにもなれば。

 街のチンピラなら、ダース単位で来ても軽くあしらえる。


「……」


 男たちが、無言で道を開ける。

 俺はフードを被った獣人の手を掴むと、その場を離れた。

 しばらく歩いて、噴水の前で立ち止まる。


「大丈夫だったか?」


 手を離して、声をかけた。

 すると、聞き覚えのある声が帰ってくる。


「ありがとう。助かったよ、近道をしようと思ったら、裏目に出てしまった」


 そう言うと、彼女はフードを取る。

 ピン、と上に伸びた深海色の耳、同色で、セミロングの髪がフードを取った拍子にふわりと広がった。

 俺のよく知っている、サムだ。


「俺が助けなくても、サムならどうとでもなったんじゃないか?」


「……力でなんでも解決するのは、好きじゃないんだ。今は任務中ではないからね」


 彼女はそう言うと、俺の頭を撫でた。


「しかし、半年でずいぶん背が伸びたね?」


 正確には七ヶ月だが、確かに背は伸びた。

 計ったことはないが、160センチはあると思う。


「調子はどうだい? ペンギーちゃんは、もう見つけたんだろう?」


「実は……」


 俺は現状について、ハロルドの件を伏せて相談した。


「……ふーん」


 俺の話を聞き終えた彼女は、意味深にうなずく。

 そして、ふっと、優しい笑みを浮かべる。


「君にとって都合のいい話が、二つある」


 なんだか、サムのこの口調も久しぶりだな。


「教えてくれ、イェンも払うし、俺に用意できる物なら何だって用意する」


「いい、いいよ。僕は情報屋ではないし、イェンにも困ってはいない。それに、僕の欲しいものはどうしても手に入らないんだ」


「だけど……」


「気になるなら……さっき、僕を助けてくれたお礼だと思ってくれよ」


 彼女は周囲を見渡し、人がいないことを確認する。


「最近、サンドホッパーの増加が続いていてね。このままいけば、三ヶ月後にはハザードになる」


「ハザード?」


「特定の魔物が大量に繁殖して、天災規模になった場合の表現だね。特に、サンドホッパーのハザードは危険で、過去の文明崩壊の原因とする研究結果もあるぐらいだ」


「そういうのは、政府が対応する物じゃないのか?」


「サンドホッパーのハザード対応を誤れば、皇帝の地位が揺らぐとさえ言われるんだけど……多分、何もしないと思うよ」


「どうしてだ? 国庫の底が近いのか?」


「……それ、どこで聞いたんだい?」


「いいや、状況から予想しただけだ」


「……誰も、問題に気づかない。いいや、気づかないフリをしていると言った方がいいかな」


「ああ、なるほど。部屋の中の象だな」


「なんだい、それ?」


 あ、しまった。

 これは、元の世界の慣用句だ。

 幸いなのは、この世界にも象の魔物がいることだな。

 下手に嘘をついても変になるかもしれないし、ごまかそう。


「俺の考えた慣用句だ」


「ふふ、ダグラス君でもそういうことするんだね? どう言う意味なんだい?」


 くそう、食いつきが良い。


「問題を指摘する事による個人のリスクが高い場合、その問題が組織にとって看過できなくなるまで、放置され続ける現象だ」


「なるほど、だから、部屋の中に象が入れば誰かが指摘しないとおかしいのに、それが無視される状況に例えたのか。含蓄のある言葉だね」


「外から見れば滑稽で、人を責めたくなるが、正すべきは人じゃなくて組織なんだろうな」


「でも、帝国と同じような政府組織は多いけど、上手く回っている所もあるよね?」


「ああ、この問題は、誰も見て見ぬフリをする問題を指摘する、広い意味での、有能な人間がいればそれだけで解決できるんだ」


「ああ、うちでは無理なわけだ。何せ陛下は、都合の悪い報告を受けると良くて丸投げ、悪ければ死刑だからね」


 本来であれば、その有能な人間とは。

 組織のリーダー。

 この場合では、皇帝が担うべき役割だと思うんだが。

 聞きしに勝る愚皇ぶりだな。


「もしかしてダグラス君、前世は有名な王様だったりする?」


「前世の記憶を持っている人間が、いるものなのか?」


「……たまーに、そういう変なことを言う人はいるね?」


「俺は、変人じゃない」


「あはは、僕もそう思うよ」


 そこで、サムは一度言葉を区切る。

 彼女は今までと変わらない、優しく、軽い声音で続けた。


「だけど、言葉の与える印象には注意した方が良いね。今みたいに明確にYesかNoを答えられる場面で疑問形が帰ってくると……冗談としては、真実味が出てしまう」


「あ、ああ……そうだな。次からは、そうする」


「いいや、気にする事はないさ。君の受け答えは、十歳児には思えない程、とても……とても、しっかりしている。まるで、成人と会話している気分にすらなるよ」


「は、ははは。そんな訳ないだろ!」


「……いいね、その調子」


 え、怖い。

 何これ、バレてる?

 少なくとも、何か裏があるとは思われているだろう。


「それで、サンドホッパーのハザードがどう関係してくるんだ?」


「ああ、バルバナット帝国の伝統、困ったときの冒険者頼りさ。一匹あたり100イェンの破格な報酬で、それがうじゃうじゃいる状況になる」


「それで、資金を稼ぐ訳か。だが、それだけでペンギーを買い戻すだけの資金が集められるとは思えないんだが」


「そこで、二つ目の情報さ。今から半年後、皇帝陛下の即位三周年を記念した大会が開催される。優勝者には、恩赦が出るよ」


「なんで、三周年なんだ?」


 この世界で三が特に縁起が良い、なんかは無かったと思うが。


「ラッキーナンバーらしいよ?」


「……そうか」


 彼女の言いたいことが、解ってきた気がする。


「ハザードの依頼でイェンを貯めて、その資金でペンギーを支援、優勝からの恩赦を狙うって事か」


「そうだね。確実……とまでは言わないけど、彼女の実力なら、可能性はあると思うな」


 ペンギーの評価額は今も、上がり続けている。

 ハロルドの依頼を蹴った以上、交渉で購入するのは現実的ではない。

 現状取りうる中では、最良の方法だろう。


「サム……ありがとう」


「良いさ、前にも言っただろう? 僕は君を、応援しているよ」

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