ダグラス:ブラック企業の女神に魅入られて
■Side-ダグラス
会社のベッド(椅子を三つ連結したやつ)の上で目を覚ますと、そこは色彩の失われた世界だった。
「これはどういう事だ? 俺はまだ夢の中なのか? 早く目覚めて、仕事をしないと……」
「え、君、死んでまで仕事するの……?」
聞き覚えのない女性の声が聞こえる。
あまりに当然のことを問われたので、条件反射で答えた。
「当たり前だろ? 納期に間に合わないのは死ぬより辛い事なんだぞ?」
「死んだらお仕事、できないと思うんだけどなぁ」
こいつは誰だ? 新しい派遣の人だろうか。
うちは人の流出がすごいからな。
若手が活躍するアットホームな職場だ。
俺は声のする方に振り向きながら声をかける。
「それで、お前は誰なんだ?」
そこに、人はいなかった。
オフィスのディスプレイに、困惑した顔文字が表示されている。
「私は、ブラック企業の女神。ブラック企業で過労死したあなたに、異世界転生のチャンスを与えます」
ディスプレイには、ドヤ顔の顔文字が表示されていた。
割とうざい。
「さてはハッカーだな。うちは技術もない癖に無理にリモートワークを導入しようとして社内セキュリティがガバガバになったからな」
いつかはやられると思っていたが、今日だったか。
さては有料ソフトの不正利用をネタに強請るつもりだな。
「君の認識だと、ハッカーは世界の色も変えられるの?」
「……無理だな」
「理解してくれてありがとう。それじゃあ、転生についてなんだけど……」
「ちょっと待ってくれ。俺、死んだんだよな? なんというかもっとこう、情緒というか、現世への思いというか……」
「あれ……あるの? この世界に未練」
ディスプレイに映る顔文字が疑問形に変わる。
その言葉に、俺は思考を巡らせた。
「……」
クソみたいな仕事に、クソみたいな会社、クソみたいな人生。
もし俺が死んでいたとして、俺にこの世界へ未練はあるか?
「……無いな」
俺が答えると、ディスプレイの顔文字が笑顔に変わる。
「そうだよね? そう言う真面な人間性を持った人には最初からこんな話持ってこないし」
この自称ブラック企業の女神、ちょっと怖くね?
「どうして、ブラック企業の女神が異世界転生の斡旋なんかしているんだ?」
「神様というのはね、人の願いを叶える存在なんだよ?」
「つまり、社畜はみんな、異世界転生を望んでいると?」
俺の質問に、ディスプレイの女神が答える。
「最近、特に多いよね。なに、ブームなの?」
疑問形の顔文字がディスプレイに浮かび上がる。
何だか、ディスプレイに話しかけるのも変な気分だな
「ブームというには、すでに旬をすぎている気もするが……」
ディスプレイの顔文字が、疑問形に変わる。
「それで転生にあたって、ある程度は融通を利かせてあげられるんだけど。どうしたい?」
「まずは、転生先の世界観を教えてくれるか」
ディスプレイの顔文字が、困った顔に変化した。
「莫大な量になっちゃうから、もうちょっと絞って欲しいかな」
確かに、その通りだな。
俺だって、現代社会の世界観を教えてくれ。
なんて言われたら、なにから話せば良いか分からない。
「文明水準はどうなっている?」
「地域によって差があるけど、この世界の水準に合わせて言うなら、中世から第二次世界大戦ぐらいまで?」
「クレイジー!」
思わず、率直な感想が出てしまった。
それに対して、ディスプレイが答える。
「いやいや、この世界も大概だと思うけどね?」
俺にはこの世界の常識しか無い。
これは複数の世界の常識を知る者にしか分からない事だな。
「異世界転生と言うことは、魔法なんかがあったりするのか?」
「あー、あるよ。クラスもあるし、スキルもある」
「……差別は?」
「この世界程じゃないよ?」
「まるであてにできないって事だな」
転生して、二度目の人生か。
今世ではずっとデスクワークだったからな。
知らない世界を、自分の足で冒険するのも悪く無い。
「戦士として、最高の体が欲しい」
「そうなると、ハーフドワーフがおすすめかな」
「理由を聞いても良いか?」
ディスプレイに、数字の”1”が表示された。
「ハーフは種族の欠点を補いあったり長所を潰しあったりするんだけど、私が介入するなら最善の組み合わせができるよ」
次に、”2”が表示される。
「向こうの世界では、高位の戦士にもある程度の魔力は必須で、ハーフドワーフはその条件を満たす」
最後に、三の文字が表示された。
「人間由来の大きな身長とドワーフ由来の頑丈な体、十分な魔力、寿命も長いから進化も狙いやすい」
「進化?」
「さっき言った、クラスにはランクがあってね、それが十五に達するとより高位の種族に進化できるよ」
ここで生物学的な進化と変態の話を持ち出すのは、野暮なんだろうな。
俺には伝わっているし、問題は無い。
「じゃあ、それで頼む。他に、俺が知っておいた方が良いことはあるか?」
「そうだね、ユニークスキルの話はしておこうかな」
「なんだかチートっぽい響きだな」
「人によっては、チートな感じにもなるね。これまでの経験なんかからクラス系統を無視して得られる特別なスキルだよ」
「俺でも得られるのか?」
「それは、君の今後の頑張り次第だね」
周囲のディスプレイに、赤黒い、血で書かれた様な六芒星が浮かび上がる。
こいつ、邪神では?
「願わくば、次の君の人生が幸多からんことを」