ダグラス:現実が辛い
■Side-ダグラス
「君が大人しく降参すれば、この子の命は助かるよ?」
「ペンギー!」
サムが、ペンギーの腹に足を乗せながら言う。
思わず声をあげるが、返事はない。
意識を失った様だ。
「分かった、降参するし、指示に従う! だから、ペンギーを助けてくれ」
「ああ、約束しよう」
彼女は武器を納めると、指を鳴らす。
その合図で、背後の騎士たちが動き出した。
「……悪いね」
サムが、申し訳なさそうに俺へ声をかける。
本来であれば、それは任務に必要無い行為だろう。
「そう思うなら、どうして!」
「仕事だからね」
彼女に言われて、急速に頭が冷える。
俺も、前世ではそれを言い訳に生きてきた。
やりたく無い事をやらないといけない気持ちは、理解できる。
「……そう、か」
あの後、俺は他の子供と合流して、馬車に乗せられた。
ペンギーとは別行動だ。
「ペンギーは、どうなるんですか?」
馬車の中で、監視役のサムに話しかける。
この数日で分かったことがある。
この騎士団で最も権限が強く、もっとも不真面目なのが、サムだ。
彼女なら、雑談感覚で色々教えてくれないだろうか。
「ああ、いいよ。敬語なんて、僕は獣人だし、言ってしまえば、君たちの敵だからね。と言うか君、どうして敬語なんて知っているの?」
サムが、小首を傾げて問いかける。
これは迂闊だった。
「……」
「答えたくない、か。まあ良いや、僕の仕事じゃないし」
どう答えようか考えていると、彼女は話を続けた。
「あれが、見えるかな」
サムが視線を馬車の外に向ける。
その先には、防壁に囲まれた町が見えた。
「罪人が乗る馬車はあの街で別れて、スタアトという町に行く。そこで、奴隷として売り払われる」
サムは他の子にも聞こえる様に、少し声を大きくする。
「君たち、子供には二つの選択肢がある」
彼女が指を一つ立てる。
「一つ、各地の孤児院に預けられて、成人するまでは、一応面倒を見てもらう」
もう一つの指を立てる。
「二つ、各地の冒険者の宿に預けられて、冒険者を目指す」
「どうして、一緒に管理しないんだ?」
「山賊に育てられた子供だからね、まとめておくと、危険だろう? それに、こんな人数、いっぺんに受け入れられる所なんて無いよ」
「……なんというか」
とても中途半端な制度だ。
まるで、子供が考えた様にすら思う。
「ははは、君は色々と考える子みたいだね? 言いたいことは、なんとなく分かるよ」
彼女は声を元の音量に戻す。
「人生の先輩として、良い事を教えてあげよう。世の中は、不合理で不条理な事で満ち溢れているんだよ。特に、この国ではね」
「サマンサ様、それ以上は」
馬車を引いていた騎士から、控えめな声が聞こえる。
「ほら、こんな風にね。内心ではおかしいと思っていても、この国で重要なのは正しさではなく、誰が言ったか、なんだよ」
「この制度を考えたのは、誰なんだ?」
「バルバナット帝国、グンテ陛下だね」
く、クレイジー!
こいつ、騎士団で堂々と皇帝の批判していたのか。
「……大丈夫なのか」
「これぐらいの事を気にする耳があるなら、今の帝国は無いよ」
その割に、周りの騎士は卒倒しそうになっているんだが。
話を戻そう。
「ペンギーを助けるには、どうしたら良い?」
「ペンギー……ああ、あの子か。諦めた方が良いよ」
「どうして、だ」
「犯罪奴隷の扱いは、とても良い物とは言えないからね」
「俺は、なんとしてでも、ペンギーを助けたい」
俺は、サムの目を見つめる。
深い深い……深海の様な目だ。
感情を、まるで感じない。
「……あまり、無駄な希望を抱かせたくは無いんだけどね」
サムは困った表情で、俺の頭を撫でる。
「そこまでいうなら、制度上は、方法が無い訳でも無い」
「教えてくれ!」
「犯罪奴隷も、奴隷だからね、売買ができる。購入した奴隷をどう扱うかは所有者の自由だ」
「俺がペンギーを買い戻して、開放する?」
「理論上は、そうだね」
「何か、問題があるのか?」
「犯罪奴隷は、罰袋という特別な服を着せられる。顔と全身を覆うモノで、外から個人は特定できない。君が国中の罰袋からペンギーちゃんを見つけて、それを買い戻すだけのコネと資金を集めるのは……奇跡だ」
「……」
何か、俺にできることは無いのか。
頭の中をひっくり返して、使えそうな知識を探す。
……だめだ。
何をしようにも、情報が少なすぎる。
ペンギーは必ず助ける。
だけど、今、俺にできることはない。
「……サムはどうして騎士になったんだ?」
今は少しでも、情報が欲しい。
改めて、彼女のことを観察してみる。
凛々しさと可憐さが共存していて、頼れるお姉さんといった感じだ。
まあ、こいつのせいで今の状況になっている訳だが。
「僕の村は長年、疫病が流行っていてね、嫌になって逃げ出したんだよ」
「それなら、冒険者でもよかったんじゃないか? あまり、この仕事に乗り気じゃ無いように見えるんだが」
「……」
彼女が、優しい表情で俺を見つめ返してくる。
ぞくり、と寒気が走った。
殺気でもなければ、怒りでも無い。
暗く、淀んで、沈殿する、何か。
そんな感情の一端が、ちらり、と顔を覗かせる。
だけど……その目が、なぜか。
悲しいような、助けを求めるているような、そんな気がしたから。
子供の立場を利用して、もう少し切り込んで見る。
「俺が生まれる前、俺の故郷でも疫病が流行っていたんだ。サムの村ではどんな疫病が流行っていたんだ?」
「ゴブリン病と言ってね、四肢が痩せ細り、お腹が出て、ゴブリンみたいになって、死んでいく」
「回復魔法で直せないのか?」
「この国では、回復魔法は貴重なんだよ。それに、やってみたけどダメだった。むしろ、悪化したんだ」
「一体、何が原因なんだ?」
「分からない。土地なのか、水なのか、人なのか、何も、何も分からなかった」
彼女の言葉を聞いて、一つだけ、思い当たる物があった。
だけど、それが事実なら、それは、あまりに残酷な事実だ。
安易に告げて良い言葉では無い。
「……ごめんなさい」
彼女は村を逃げ出したと言った。
だけど、彼女の語る言葉は当事者目線だ。
「良いんだ、そうやって気遣ってくれるだけで」
彼女はそういうと、俺の頭を撫でた。
冒険者ではできなくて、騎士ならできること。
例えば、村の移転とか、環境改善とか。
そんなことを考える。





