ダグラス:この幼馴染が強すぎるんだが!?
■Side-ダグラス
洞窟の中でも天井が崩れて、空が見える場所がある。
俺たち山賊の子供が訓練に使っている空間だ。
「おい、嘘だろ……」
誰かが、信じられないといった様子で呟く。
山賊の子供として転生して八年、こんな事は初めてだ。
俺はこの訓練で一度も負けた事がない。
今、俺は追い詰められている。
「無敵のダグラスが、押されている……!」
額を汗が流れるのを感じるが、拭う余裕は無い。
俺は転生者で、ブラック企業の女神(自称)から戦士として最高の体をもらっている。
この環境でもう一年は訓練を受けた。
だから、負けるはずがない。
そんな常識が俺の中で音を立てて崩れていく。
「……負けると分かっていて、そんなに頑張る必要ある?」
俺よりも二回りは小さい幼女が、気怠げに歩み寄りなから俺に語りかける。
ぶらりと下げた両手には、訓練用の短剣が握られていた。
「はぁ、はぁ……あるんだよ」
俺は荒い息を整えながら、彼女の問いに答える。
彼女は歩みを止めない。
「それは、なに?」
日の当たる位置まで移動した彼女は一度立ち止まって、僅かに首を傾げた。
光に照らされた彼女はまるで、儚い妖精の様だ。
伸び放題の金髪が光を受けて輝き、疎らに混ざる赤毛のメッシュが不思議なコントラストを生み出している。
大きなルビー色の瞳が気怠げに、しかし油断なく俺を睨み、エルフの様な長い耳が不定期に上下を繰り返していた。
身長や年齢を考慮しても華奢な体つき。
姿だけを見れば戦う相手ではなく、庇護の対象に見る人間の方が多いだろう。
身体能力だけで言えば、この空間で最弱の生物。
そして間違いなく、この空間で最強の生物。
「一番に成れないからって諦めていたら、何にも得られないだろ!」
俺が言い返すと、彼女は面倒そうにため息。
「一番意外に、意味なんて無いよ」
彼女はそう言うと、一気に駆け出す。
俺は彼女の動きに全神経を集中させる。
あまりの速さに、彼女の金髪が残像を生み出す。
「そこだ!」
いかに彼女が素早くても、武器を振るう速度より早く動ける訳では無い。
要はタイミングを合わせられれば良いだけだ。
俺はフェイントの踏み込みを読み切って、本命を待ち構える。
彼女が突き出したナイフを手斧でかち上げた。
「これで!」
俺と彼女の体格差は二倍以上だ。
ナイフを弾いて、そのまま攻撃に移るだけの余裕がある。
彼女の右腕は大きく吹き飛ばされ、あらぬ方向を向いていた。
「なん、だと……」
俺は手斧を振り上げたまま固まる。
腹部に、鈍い痛みが走った。
俺が読み切ったと思っていた右腕のナイフはブラフ。
本命は一瞬遅れて放たれていた左上でナイフだったのか。
いいや、右腕が防がれた時の保険だったのかもな。
状況的に見て、彼女にとってはどっちもで良かったんだ。
実力の差が大きすぎて、読み合いのフィールドに立てなかった。
「嘘だろ……無敵のダグラスが負けちまった!」
「何なんだ、あのチビ……ひっ!!」
俺と彼女の戦いを見守っていた周囲からボソボソと会話が聞こえる。
ただし”チビ”とか”小さい”という単語をいった瞬間、彼女に睨まれていた。
「お前、すごいな」
「ペンギー」
俺が改めて声をかけると、不機嫌そうに見上げなから返された。
ああ、この子はペンギーと言うのか。
「俺は、ダグラスだ。ペンギーみたいに強くなるには、どうしたら良いんだ?」
「無理だよ」
俺の質問に、ペンギーはエルフ耳を上下させながら素っ気なく答える。
彼女から見れば、俺に戦いの才能は無いと言う事だろうか。
やっぱり魔法使いビルドにするべきだったかな。
そんな事を考えていたら、彼女はさらに言葉を続けた。
「戦いは、相手を理解して、否定し合う行為なんだよ。私は速さで勝ったけど、速さは強さの絶対的な指標じゃない」
確かに格闘ゲームとかでも、一番早いキャラクターが一番強いとは限らなかったな。
俺は今まで恵まれた体格と力で戦ってきた。
技量や冷静も子供よりはある。
そりゃ、負けるはずがないよな。
だからペンギーは短剣二刀流という奇策に打って出たわけか。
まぁ速さ以前に圧倒的な技量の差があった気もするが。
え、でもさ。
彼女にとって今日は模擬戦の初日だ。
初日でそこまで理解し実行するって、どんな脳内構造をしているんだ?
これが噂に聞くリアルチートってやつか。
妬ましい。
「そうか、分かった」
俺がそう答えると、ペンギーは怪訝な顔をして耳をピコピコと動かしていた。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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