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第六話 対狼戦

 少し休んで探索を続けた。じっくり休んでいる暇はない。今日のうちに水場といい寝床になりそうな場所を見つけなければならない。疲れている体に鞭を打ち、歩き回った。


「ここは良さそうだ」


 見つけたのはちょっとした洞穴だ。雨風は間違いなく凌げそうだ。家を立てることも考えたのだが、資材が必要だし、何より素人知識じゃ家は立たない。自然地形を利用しようと思っていたがこんなお誂え向きの地形があるとは思わなかった。ぴったりすぎてむしろ少し疑いたくなるような立地だ。


 中に入ってみる。少々ひんやりしていて、気持ちがいい。そこまで深くないし、敵もいないようだ。ここにしよう。


だが水場が近くになければこの住処も放置しなければならない。何より水を優先すべきだ。

喉が乾いてきた。太陽が次第に傾きかけている。早いうちに水場を見つけたい。後二時間くらいしか活動できないだろう。俺は急いだ。この住処を中心にして探索した。


 聴き慣れない音がして、俺は身構える。鼻につくのもまた嗅ぎ慣れない匂いだ。これは水?


 さらさらと流れる音と水の独特の匂いを感じ取って、俺はその場に急行した。もう太陽は落ちてしまいそうだ。

だが俺はその水場に近づくことはできなかった。俺はそれを確認するや否や急いで木の後ろに隠れて、気配を消した。


熊だ。


 ただの熊ではない。魔物の熊だ。ブナから聞いたことだが、魔物は大抵ベースになった動物の性質を受け継ぐ。素早い動物はさらに素早くなるし、力強い動物はさらに力強くなる。そう考えると熊は非常に危険だ。力も強いし、意外と素早い。初めてみたが、図鑑で見ていた知識が生きた。強いのかどうかはわからないが、狼魔物との戦闘があの調子だったことを考えると、戦闘は避けた方が無難だろう。


 突如、熊が電気に打たれたようにこちらを見た。俺はヒヤリとする。なぜだ。なぜばれた。できるだけ音は鳴らさないようにしていた。呼吸は浅くしていたし、身動きだってしていない。気のせいか?いや希望的観測にすがるのはよそう。あの熊は何かに気付いて、こちらを見た。ならばれていると見るのが現実だろう。


 だが熊はこちらをじっと見ているだけで、特に何もしてこない。俺の顔に汗が垂れる。そこが痒くなってかきたいが、熊魔物の殺気に当てられて身動きできない。今動いたら殺されるような気がした。鼻がひくひくしている。そこでやっと俺は匂いでばれたのに気づく。こちらは風上だ。


 そして熊は馬鹿にしたように鼻をフンと鳴らすと、去っていった。


 俺は全身の緊張をとき、深くため息をつく。ふぅ。死ぬかと思った。あの熊魔物の殺気は本物だった。野性が発する殺気とでも言おうか先ほどの狼魔物とはレベルの違う殺気だった。


 なんにせよこれで水が飲める。


 俺は一息ついて、池に近づき、膝をついて、掌でお皿を作り、そこに水を貯めて、飲んだ。普通の水の何倍も美味しく感じた。久方ぶりに飲む水はお神酒のような豊潤な味がするような気がした。


「ふぅ生き返ったぜ」


 俺は油断していた。俺は心のどこかで思っていたのかもしれない。俺は死なないと。なんとかなると。それが思い上がりであると実感した。ここは弱肉強食の世界で、弱いものは淘汰されるのだと。自分はまだ弱いだなんて言っておきながら、その意味を俺はしっかりと理解できていなかった。


 激痛が足に走った。

「ぐあっ」


 誰かに思い切りかまれたかのような痛み。やかれるような痛みに俺は目が覚めるような思いで立ち上がり、足を振り払った。


 何かに取り憑かれているかのように右足が重く、痛い。パニックになる頭を冷静にさせながら、ちらりと右足を見ると灰色の毛玉が俺の足に一生懸命噛み付いていた。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 俺はパニックになりながらも肘鉄をその狼魔物に食らわせる。キャインという短い悲鳴を聞いて、刀を抜こうとするがその手は空を切る。一生懸命に探すがどこを探しても刀は見つからない。落ち着かなきゃ。まず落ち着こう。そう意識すると多少思考のもやが取れた。辺りを見渡すと、十匹くらいの狼魔物に囲まれていた。そのうちの一匹が見覚えのある刀をくわえていた。


「テメェ!!」


 どうやら知らぬ間にとられていたらしい。狼魔物はじりじりとその輪を狭めている。俺を狩る気のようだ。狼は群れる動物だった。一匹でいるのはおかしいと思うべきだった。そんな後悔が胸の内に膨らむがまさに時すでに遅し、後の祭り。


 多少心は落ち着いてきた。落ち着いた俺の判断は逃げる一択だった。刀を取り返したところで俺は狼魔物に勝つことはできない。しかも取り返すのは非常に難易度が高い。ならば足の傷が癒えるまではせめて戦わない方がいい。


 そう決めると視界がクリアになった。まだ少しパニックが残っていたらしい。今ならなんとかなりそうだ。俺は地面を全力で蹴った。縮地の要領でこの円から脱出する。足に走る激痛に顔が歪む。そんなものに構っている余裕はない。俺は全力で駆けた。飛びかかるやつもいたが、俺のスピードについていけるやつはいなかった。俺は驚くほど簡単に包囲網を抜け出すことができた。


「はっはっ…」


 一定のスピードで走る。後ろを振り向く余裕はない。今は足の痛みと闘っている。依然痛い。割と深く牙が入っていたらしい。走りながら彼らの賢さに俺は戦慄していた。刀を奪って、俺が彼らを殺すための唯一の手段を奪いつつ、足を噛んで機動力を奪う。完璧なコンビネーションと戦術だった。まんまと俺はハマってしまったわけだが、彼らも足を噛まれた俺がここまで走れるのは予想外だったのだろう。追撃は今のところない。所詮は魔物。賢くても、知力は高いわけでもないとブナも言っていた。縮地を使うことに対して対策もしていなかった。


 ここらへんまで来れば大丈夫だろう。木に背中を預けてどっかりと腰掛ける。空気を求めて軋みを上げる肺と、うるさいほどの鼓動を無視する。適当に走ってきたから位置がわからない。これじゃせっかく見つけた寝床も意味がない。もう辺りは真っ暗だ。何もないところで寝るのは危険だろうが寝ない方がもっと危険だ。


 段々呼吸が落ち着いてきた。そうすると思考する余裕が生まれた。濃度の濃い一日だった。狼魔物と熱戦をし、立ち向かう気力が奮い立たないほどの強大な敵を前にし、狼魔物に囲まれた。これが一日で起きた今日というの一日の濃度に戦慄した。


ふぅ


 一息ついたその瞬間。また先ほどと同種の痛みが俺の右腕を襲った。


「あガッ」


 俺は咄嗟に腕を振り払う。今度は簡単に抜けた。狼魔物がここまで追いかけてきていた。かまれたところを見ると見事に出血している。後ろには漏れ無く全員が整列していた。


「くそっ」


 悪態をついてまた俺は逃げ出す。相変わらずまだ足は痛い。それにくわえて手も痛い。泣きそうだ。なんで俺がこんなめに。そんな弱くなる心に鞭を打って、前に進む。走る走る。ひょっとしたら奴らは俺をすぐに殺す気はないのかもしれないなんて思った。


 なんとか撒くことができた。だが疑問が浮かぶ。どうしてあいつらは俺の居場所が分かったのだろう。確かにさっき追いかけている狼魔物は一匹もいなかったはずだけど。先ほどの熊の動作が頭に過ぎる。匂いか!気づくと最悪な想像ができてしまう。つまり俺は休むことができないのでは?一生懸命逃げてもまた匂いで探知されて、かまれる。あいつらは俺が戦闘になれば避けるのが上手いことを知っている。だから最初に戦った奴が伝えたのだろう。だからきっとヒットアンドアウェイに方針を変えたのだ。


おいブナ!めちゃくちゃ賢いじゃねぇかあいつら。


 そんなことを考えているとまた襲いかかってくるのが見えた。


「種がわかればもう大丈夫だ」


 見事にかわす。だが左腕に熱い衝撃が加わる。


「グッ」


 あいつらは複数匹いるのだ。攻撃する奴が一人である必要性はどこにもない。

噛み付いた狼魔物を振り払い。また逃げる。涙がポロポロ出てきていた。


「ちくしょうちくしょう」


 解決策を探るも何も名案は出てこない。やられっぱなしで悔しくて悔しくてたまらなかった。向こうが諦めるまで待つしか方法がなくなった。俺は弱い。あいつらを倒す実力もないのだ。俺は弱るまで待っているのだ。向こうも俺の抵抗が怖いのだろう。それだけが唯一の救いだった。




 多分三日経った。あいつらは諦めるそぶりを見せない。俺はボロボロ。血が出ていないところがない。噛みやすい腕なんかはもう見ていられないほどぐちゃぐちゃだ。もう無理だ。二日目の最初で気づいた。あいつら三匹でローテーション組んでやがる。対してこっちは俺一人。土台勝てるわけもなかった。俺は倒れ込む。

 休憩なしで三日走り続けた。睡眠なんかしてない。あいつら諦めねぇんだ。狙って獲物は絶対に逃す気がないんだろうな。俺頑張ったよ。二日目の終わりあたりから段々感覚鋭くなってどこからくるかわかるようになってきたんだ。そこから被弾は少なくなったけど俺は疲労が溜まる一方だ。だって俺まだ七歳なんだぜ。まだ親に甘えて生きてる奴だっているよ。俺十分頑張ったよ。七歳にしては頑張ったよ。ちらつくのはアイの顔だ。ちくしょう。ずるいよ。毎回毎回俺が諦めるときに出てきやがる。でも今回は本当に無理だ。

俺はうつ伏せに倒れた。


「もう俺は諦めた!!狼ども食いたきゃくえ!!!」


 もう何も考えられなかった。疲労と眠さと様々なものがごった返して、考えるのが面倒くさかった。でもなんでか襲いかかってくる狼の位置と速度が手に取るように理解できた。


「スキル『周辺探査』を手に入れました」


 そんな電子音が俺の頭に響く。俺がピンチの時にいつもなるこの声はなんなのだろう。俺はあんなことを言っておきながら頭の中に浮かんだ狼から横に転がって避けた。


 同時に視界の中にあの憎き狼魔物がちょうど着地するのが見えた。二匹目が後ろから襲いかかってくるのも見えた。だから最小限の動きで避けた。こいつらの動きの全てがわかった。細かい筋肉の動きまで自分の目で捉えなくても全ての情報が俺の頭に流れ込んできた。


「ははっすげぇ」


 睡眠の足りていない俺の頭はぶっ飛んでいた。さっき諦めようとしていたことの全てを忘れた。踊るように立ち上がり、踊るように狼魔物の攻撃を避けた。ブナから盗んだ流麗な動きをトレースしながら、全てのものが見えているので避けるのは容易だった。しかも最小限に避けられる。


「ははははははははははははははは」


 もう頭がおかしくなっているのが自分でもわかっていたが笑うのが止められなかった。感知できる範囲がだんだん広くなっていることを自覚していた。目を瞑っても周囲の情報が手に取るようにわかった。その探知に引っかかったのは三日前に失くしたあの刀だ。いつの間にか近いところまで来ていたらしい。


 俺は狼魔物の攻撃をイナしながらそこまで向かった。なんかもうなんでもできる気がした。

三日ぶりにあった刀を抱きしめる。

「ああんもう可愛いっ可愛い」


 三日寝ないというのはこういうことだ。

 俺は音も立てないでその刀を抜刀する。狼魔物も異常事態だから仲間を呼んでいたようだ。最初の頃の十体が揃っている。


「借りは返すぜ」


 縮地で彼我との距離を詰める。そして刀を振るう。なんかもう痛みは感じなかった。常人なら気を失うほどの怪我だが、もう感覚がおかしくなっていた。そして当たり前のように避けられる。それは想定内。そして他の奴らが襲いかかってくる。それを俺は迎撃する。見えないところが見えるようになった分、刀が出るのが早くなっているのに俺は気づいた。俺は確実に当たると思った。

 生々しい感触が手にずぶりと残る。血しぶきが上がり、俺の顔にべったりと生暖かい血がつく。


俺は生きている


 そう感じた。その他者の死の感覚が俺が今生きていることを明確にしてくれた。俺は明確にこいつらを殺すことを意識した。


「称号『キュウソネコカミ』の効果が発動しました」


 体が軽くなったのを感じた。また縮地を使った。一匹の狼魔物が意味の理解できていない顔で殺された。狼魔物たちはいろめきだち、警戒心をあらわにした。だが全く無駄なことだった。そこからは一方的な虐殺が始まった。俺の振るう刀は全て吸い込まれるように狼魔物の肌を切り裂いた。必死に抵抗する狼魔物たちを俺は容赦なく屠った。この世は弱肉強食。負ける方が悪いのだ。


 全てが終わったときこの場に立っているのは俺だけだった。俺はすぐに倒れ込んだ。


ブックマークを遂に頂いてしまいました。ありがとうございます。少しでも面白いと思っていただけて幸いです。

私コロナの影響で割と暇しているのでどんどん書いていこうと思っているので、よろしくお願いします。

ただ見ていただくだけでも私嬉しいのですが、やはり何かアクションを起こしていただけると励みになるのもまた事実です。ぜひよろしくお願いします。

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