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第四話 滾る思い

 唐突に水をかけられた。最悪な気分で目が覚める。口の中に入った水をぺっと捨ててから、起き上がって犯人を睨みつける。一人しかいない。


「他に起こし方あったろ」


「生憎俺にはこれ以外の起こし方をしらん」


 とか抜かしやがった。掴みかかろうとするも体にうまく力が入らない。さらに言うと立つことすらおぼつかない。ひどい筋肉痛とひどい倦怠感が同時に俺を襲った。


「ははっ、いいことじゃないか。今日はそこで休んでろ」


「ウルセェ、俺は動ける」


「休むのも鍛錬だ」


 立ち上がろうとするもやはり足はいうことを聞いてくれない。どさりと倒れ込む。そんな俺をブナは軽々持ち上げて、寝床に戻す。


「暴れんな。暴れんな」


 なんか悔しい。全てを見抜かれているような感じ。腹が立つ。なんか気に食わない。言語化はうまくできない。できないけど、漠然と腹が立っているのはわかる。心がざわめく程度の苛立ちだ。


 俺は黙り込んだ。


 ブナは相変わらず見透かしたようにニヤニヤしていた。


「じゃあ今日は看取り稽古ってことで。まあ俺の仕事は魔物の素材を売ることだから一応仕事なんだけどな」


 相変わらずブナの発言はなんかちぐはぐだ。気にしなければ気にならないほどではあるのだが。

ブナは徐に袋の中から葉っぱのようなものを二枚取り出した。そしてそれに着火し、地面に置く。その葉っぱたちは燃え、もくもくと白い煙を放出している。俺には何がしたいのか分からなかった。


「これはダッチの葉と言ってな。魔物を呼び寄せる効能がある。直にこの辺はパラダイスになるぞ」


 ムワッと甘いような頭がクラクラするような匂いが俺の鼻をかすめる。こちらは風上だ。通常なら匂いなど届くはずもない。だが実際に届いている。それはこの匂いの強さを明確に表していた。


「さ、くるぞ」


 風下の方からわらわらとどこから出現したのか分からないほどの大群が押し寄せてきた。狼のような外見の魔物、カマキリのような魔物、その姿は多種多様だ。

その瞳は皆一様にギラついている。


「ここでレクチャーだ。魔物と魔族は本質的には同じものだ。だが知性を持つものが魔族であり、持たないものが魔物だ。自然発生した魔物が知性を獲得すると魔族となるのだ」


 ブナはまるで踊っているかのような動きで魔物をなぎ倒して行った。その太刀筋は流麗そのものだった。水のような流れで、魔物の腹を切り裂き、流れるような体の動きで次の敵の場所まで移動する。そうその動きには一切の無駄が感じられない。最高効率で体を動かしているのだ。一つ一つの動きは簡単そうに見える。それは凄まじい練度がそう見せる幻覚のようなものだ。蜃気楼に似ている。不意にブナがブレた。いや高速で動いたのだ。その瞬間にブナから遠く離れたところで血飛沫が上がり、その場にはブナがいた。


 俺はその動きに見惚れていた。そして俺はその動きを自分に置き換えてみた。一つもイメージは湧いてこない。俺にはまだできない動きだ。食い入るようにその動きを見た。振り下ろしの一つも見逃さないように、筋肉一つの躍動を見逃さないように、目線一つすら見とった。わかったことはまだ俺には無理だということだった。でも俺は見続け、自分に置き換え続けた。

俺はその流麗な動きを目がさらになるまで見続けた。瞬きはもう忘れた。



「こんなもんか」


 あたりは死屍累々としていた。多種多様な魔物の屍肉が複雑に重なり合っていて、足の踏み場もないくらいだ。その中で唯一立っているのがブナ一人だけだった。その姿に強烈な憧れを抱いた。物語の主人公に直接出会ったかのような感動を覚えた。背筋がゾクゾクした。


「どうだ、セン。俺はかっこいいだろ」


 悔しいが頷くしかなかった。


「ははっ、素直じゃねぇお前が素直に頷くとはな」


 愉快そうにケラケラと笑っている。その圧倒的な力に俺は憧れを抱いた。他を圧倒する力。これがあれば彼女を救うことだってできたし、彼女と離れることすらなかったはずだ。そう俺が今不幸になっているのは力がないからなのだ。そう気づいた。


「そうだ。いい顔しているじゃねぇか。お前の思っている通りだ。いいか悪いのはお前だ。弱いのが悪いんだ。自分の主張を通したいのならば強くなければならない。それが魔族の常識でこの世の真理だ」


背中にビリビリと電流が走ったようだった。俺はさらに決意を固めた。この滾る熱い思いを抑えられる気がしなかった。


「ブナ。今から稽古つけてくれよ」


「おいおい笑わせんなよ。テメェフラフラじゃねぇか。いいから休め」


 休む気はなかった。この熱い思いは今を逃すと、小さくぬるくなってしまうような気がした。


「称号『キュウソネコカミ』を取得しました」


 キュウソネコカミ?変な声が頭に響くがどうでもよかった。今はこの滾る熱さを誰かにぶつけたかった。立ち上がる。不思議とだるさも痛みも微塵も感じなかった。口元がにやける。なぜだか嬉しくてたまらなかった。


「おいおい、マジかよ。立てんのかよ。いいぜやろうじゃねぇか。その根性に免じて一回だけやってやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間に俺は加速した。俺は見ていた。ブナの動きを。隅から隅まで。その動きを自分にトレースするだけだった。いつもはうまくいかないと思っていたそれも今は気持ちの悪いほどうまく行った。


「なっ」


 ブナは心底驚いていた。俺の動きが急に良くなったから驚いたんだろう。俺はそのままの勢いでブナに躍りかかった。まずはジャブ代わりの袈裟払い。これは当然のようにかわされる。当然のようにギリギリでかわされた。つまりカウンターが来るのだ。俺は素早くその場から離れる。その判断にブナは驚いていた。


「お前、いつの間に、そんな動けるようになってんだよ!」


「いいお手本がいたもんでな!」


 俺は再度ブナに突っ込む。今度は物量で押す。上から下から軽い斬撃を何度も何度も繰り返す。ブナは防戦一方だ。不意に防御の隙が見えた。俺の剣をいなしたときにオーバーに受け過ぎていた。このチャンスに俺は切り込んだ。ブナの顔も焦っている。もらった。


「はい。俺の勝ちだ」


 俺の頭に剣の柄が落とされる。


「なっ」


 今度は俺が驚く番だった。


「絶対にとったと思ったのに!」


 俺は頭を押さえながらいった。


「テメェはあほか。昨日百回剣ふったくらいでへばってる奴がそんな連続して剣を振れるかよ」


 気づいたら、俺の手から剣は滑り落ちていた。もう手も握れない。


「だんだん剣速落ちてんのに、気づかねぇでやんの。おまけに見え見えのフェイクにすら引っかかる。まだまだだな」


 そんなことを言われたけど俺は嬉しかった。確かに自分は強くなっていると感じられた。


「にしてもお前。あんな動きよくいきなりできたな」


「ブナがやってたんだ。見てりゃできる」


「そんな簡単にできるもんじゃねぇ!!俺だって二十年ずっと修行してやっとできたんだぞ!」


「みればできる。なんでかわかんなけど」


「はぁまったく。天才なんだが馬鹿なんだかわかんねぇぜ。まぁいいもう寝ろ」

 限界まで体を酷使していた俺はすぐに寝た。興奮していたが、疲れには勝てなかった。




「おいおい。冗談じゃねぇぜ」

 ブナは頭を抱えていた。なんのことはない。先ほどブナのもとにいる少年が見せた動きのことだ。今は横ですやすやと寝ている。以前は可愛いと思えたのに、今じゃこにくたらしく見える。


「あの縮地はオーク族の奥義だぞ。冗談抜きで俺は習得に二十年かかったてのに。こいつにかかりゃ数秒か」


 脳内にあの時の映像がフラッシュバックする。あの動きは間違いなく縮地だ。まだまだ拙いものの形にはなっている。

 だがブナはなんだか嬉しそうだった。ブナは鼻歌を歌いながら就寝の準備を始めた。夜はまだ始まったばかりだった。



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