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友達のくれたせんべいでお腹壊しました。消費期限が一年過ぎてた
ゼルノさんの忠告がぐるぐると頭で渦を巻いている。
居場所がないって……そりゃ、オレは新参者だ。オギャって一時間にも満たない異世界ビギナーだ。何処の町に移ろうと、変わらない事実。
町を移ろうにも、無事に別の場所にたどり着けるかどうか。
(なら、町を離れて森で暮らすか?)
ありえない。ふざけた可能性を一蹴する。
魔物蔓延るダンジョンや森でサバイバルできる知識も、精神も備わっていない。人の輪でしか生きてこなかったのだから。
オレは、少しだけ反感を覚えている自分に気づいた。
「どうしろってんだ。ドリルで無双しろってか?」
吐息ほどの、かすかな声でひとりごちる。
ドリルでチート。全く想像できない。
ドリルは、うんともすんとも言わない。気分的には、ギブスを強制的にハメられているみたいで、ひどく腕の座りがよくない。
小説のように、異世界転生した。けれど、現実はままならないまま。
とどのつまり、オレができることは限られていた。
◆
「すいません。お聞きしたいのですが」と、声をかけた。
「魔石? ああ、交易所なら奥だよ」
ふくよかな身なりの男性が、にこやかに教えてくれた。
「ども、助かります」と一礼して、町の中心部に向かう。
道中で、建物同士が作る裏路地の影で力なく腰掛ける、襤褸衣のひとをちらほら見かけた。五人ほど。不安のせいか、彼らの姿を未来の自分と幻視した。
どこにも、行く場所がないのだろうか?
──「ここにアンタの居場所はねーよ」
そんなの、誰にもわからないだろ。
自分の居場所を探すのが人生だ。
「…………」
扉に手をかけ、深呼吸。
雑念を振り払い、一際大きい建物に入る。
扉を開くと、一気に中の喧噪が肌を叩いた。
様々な感情があった。
野太い声で値切る男。
しゃがれた声で雑談に耽る女。
土気色の肌で、生き生きと未来を語る異人。
あらゆる声の詰まった蒸し暑い空間だ。怖気づいてしまう身体を滑り込ませ、慎重に前に進んだ。幾つもの案内板や、受付。忙しなく冒険者と応対する事務員達。
商売という熱病に浮かされた人々。
(すげー熱狂だ)
なんだか、雰囲気が市場に似ている。
「交易所……か」
感嘆が呟きとなって漏れた。
知らず、口角が吊り上がる。圧倒されて、乾いた笑いが出た。
「採掘者の方ですか?」
呟きに返事があった。
振り向くと、そばかすに丸っこい牧歌的な女性がいた。
どなた? と首をかしげる。
「ええと、交易所ロードラン支部所属の事務員です。魔石の交換でしたら、奥のカウンターで受け付けていますよ」
「あ、これはご丁寧にどうも」
「あとは何を訊けば……ああ、ポイントカードはお持ちでしょうか?」
……ポイントカードあるんだ、異世界。
妙にげんなりしながら息をつく。
「誤解ですけど、オレ、採掘者じゃないです」
チガウチガウ、と顔の前でドリルを振る。
ドリルのせいで説得力がなさそうだった。
「え……あ、ご、ごめんなさい! わたしまだ新人で」
瞬きをパチパチと繰り返し、事務員さんは丁寧なお辞儀。
なんだか悪いことをしたかな。
頬をかき、頭に問いかける。
「魔石とか魔物とかいろいろ聞きたくって……そういう資料とかないすか?」
「ありますよ!」
と、やおら頼もしい返答をいただいた。
バンザーイ。ともろ手を挙げて喜んだ。事務員さんはきょとんとしながら真似してくれた。おかげで交易所内で変に目立ってしまった。
ありがたい。事務員さんは、案内板らしきボードの前で、
「こちらで本日の相場や、ダンジョンでの情報が確認できます!」
「なぁるほどぉ!」
解読不能。異文化だから当たり前だけど、案内板に張り付けられた紙には、幾何学的な文字列が描かれている。
無事勤めを果たせた、と満足気な顔に水を差すのも悪くって、オレと事務員さんは向き合ったまま微笑みあった。うふふ、あなた、フローラルな香りがしますわね?
「降参。読めません」
結局、敗北を認めた。
お当て上げです。しょうがないので口頭で説明してもらう。
「本日のレートは低迷してますね~。最近は地震が多いですから、安定した魔石の採掘ができないそうですよ」
「地震……」そういえば、アルトとダッキのふたりがそんな話題を。
「聞けば坑内で事故もあったとか。魔物との戦闘で負傷報告は日常茶飯事ですけど、採掘で怪我人が出たのは珍しいですね」
「へ~。ちょっと疑問をひとつよろしくて?」
「よくってよ」
ノリノリだった。
物のついでだ。把握できてないこと、まるっと聞いてしまおう。
「冒険者と採掘者って?」
「ん~ロードラン特有の共生関係ですね。魔石を採掘するには、ダンジョン坑内を根城にする魔物と戦う必要がありますから……役割分担をしたわけです」
魔物と戦う冒険者。
魔石を掘る採掘者。
「それって、どうやって組むんですか?」
「隣の建物がギルドですので、そちらで申請できますよ」
そうか……
もっとも、パートナーを組める相手はいないけれど。
「錬金術ってなんぞや」
「ん~~正直、わたしも詳しくないですけど」
「え、事務員なのにですか?」
「事務員ですけど……専門は魔石の鑑定ですから。でも、ひとつ、言えます」
勿体ぶった口ぶりだ。
彼女はこほんとわざとらしく咳払いをした。
「──其は、万人を魔法使いに貶める魔法学」
細めた目が、怪しげな光を帯びている。
ただならぬ意味を孕んだ言葉に、息を呑んだ。
「なんて、誰にも魔法が使えるわけないのに!」
あははー! と事務員さんは笑い飛ばす。
その笑顔を見たまま、なぜか動けなくなった。
「は、はは……すげーんすね、錬金術って」
掠れた呟き。
呑気な笑顔に、ぎこちない笑みで応じる。
「そうだ。魔石の鑑定してるんですよね」
「な、なぜそれを!」衝撃、奔る。
「さっき自分で言ってましたよ!」
「え……あ、ほんとですね。てへっ」
かわいいのでゆるした。ゆるふわ爆弾め。
「このドリル、起きたら勝手についてたんですよ」
腕を持ち上げて、事務員さんに診てもらう。
「ひょっとして魔石ってやつだったりします?」
「ん~~~?」と、難しい顔をしている。
丸眼鏡を懐から取り出し、装着。
しげしげと見つめて。
細い唇が、短く紡ぐ。
「鑑定、起動──」
明らかに、彼女の纏う空気が変わっていた。
のんびりと丸い目は、真剣に細められている。
(なんだ、これ……?)
オレは、ダンジョンでの出来事を思い出していた。
雷鳴を放った少女が過ぎ去ったあとの空気。
魔法の余韻を彷彿とさせる、神聖な静寂がふたりを包んでいる。
「ふう……まるっと暴きましたよ」
と、眼鏡を取り外しながら、彼女が息をつく。
「どうでした、なにかわかりましたか?」
「そう慌てないでください。ちょっとわたしも慌てたいので」
「は……?」
天を仰ぎ、事務員さんはブツブツと掠れた声を漏らす。
「鑑定できない? 魔術具の不備? いえ、ですがレスポンスは正常に働いています……どうしよう、こんなケースはじめて……。素材はおろか、構造までもが不明だなんて……」
「あ、あの……?」
「さっぱりわかりません! お近くの錬金術師の方を当たってください!!」
清々しいほどに匙を投げられた。
……釈然としない。
魔石なのか、外れないのか。
俯くように視線を下ろすと、不気味にドリルが沈黙していた。
このドリルって、なんなんだ?