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 乾いた風に孕んだ熱気が、肌を震わせる。

 あちこちから鉄を打つ硬い音が響いていた。


 粗削りの石壁で囲まれた町。

 塀の隙間、門から見える建物は、全部石造りだ。

 木造と鉄筋コンクリート以外の材質で建てられた家屋、初めて見た。


 門は建築の最中らしく、足場がぐるりと門の付近を巡っている。


 活気を帯びた雑踏が、往来を埋める。

 行き交う人々は、多種多様な服装だ。

 鎧。剣。革。見たことない布地。

 うわ、いまエルフっぽいのいた! 耳とんがってる!


 キョロキョロと視線を走らせた。

 Tシャツとズボンのドリル男、そんなの、否応なしに視線を集める。


「なんだ、怪しいやつめ!」

「む、門番ですか?」

「いや、暇だから門の前で人間観察してるのみぞね」 


 酒瓶を片手にした髭面の怪しい老人に一喝された。

 門の傍、通路の脇で胡坐(あぐら)を掻いている。

 近づき、老人の前に腰を構えた。


「つまり、門番とかいない?」

「いや、ワシが門番だ。実質」


 門番じゃない。決まりだ。

 矛盾と軋轢(あつれき)の中、ひと目で、尋常でない嘘つきと見抜いたよ(IQ220)。


「オレ、リュウって言います。この町はなんて名前ですか?」

「…〝巨人の眠る町〟ロードランじゃ」

「ロードラン……」

「まったく、今でこそ魔石ぞなんぞともてはやされとるが、昔はもっと秩序があった。意地汚い賊で荒らされゆうて、もう見る影なぞない……憎い、世が! 錬金術が!」


 ぐびー! 酒を(あお)る老人。

 すげえ、朝っぱらから飲んでる。世捨て人だ。新世界のひとだ。


「ぶはー! このために生きてゆうな!」


 いい飲みっぷりだ。パリピかよ。

 おー、と感心のあまりパチパチと拍手してしまった。


「おじいちゃんはなんて名前なんですか」

「なれなれしいぞ貴様! わしはネル! ロードランを発展させた炭鉱夫じゃ!」

「すげー、縁の下の力持ちってやつですね」

「敬え、蹲れ! 様をつけろデコ助野郎!」

「オレ様はリュウ様です、よろしくネルおじいちゃん」

「貴様じゃなくわしにじゃぁああ!!」


 唾を飛ばし、胸倉をつかまれた。

 至近距離で酒気の孕んだ臭い息を浴びる。オレに5000のダメージ!

 ぐああああ! の、残りライフ-1000ポイント……! 決闘はまだまだこれからだ!


「離してやんな。また若いヤツに迷惑かけてんのか」


 地を()う低い声。

 オレの肩を、がっしりと(いわお)の手が触れていた。

 びくう、と恐る恐る肩越しに振り返る。


 ──死。


 強面の巨漢が、そこにいた。

 筋骨隆々の体に鎧。(かぶと)の下には、厳格な面持ち。


「ひぃいっ!」


 恐怖でがくがくと震えた。


(死にたくない、生きていたい……!)


 焦燥が如く思う。

 全身の毛穴から汗が出た。


「……コムギ?」


 導き出した答えに、巨漢は眉をひそめた。

 悪い、おれ……死んだ。気分は処刑台に載せられた感じ。


 意識がオレンジの世界に引き戻る。

 あの、包丁で刺される直前の悪寒が総身を(むしば)んだ。


 老人のがなり声が、オレを現実に立て直す。


「なんじゃ若造! こやつに世の何たるかを説法しちょったやか!」

「やりすぎなんだよ、アンタは。こんなに怯えてるじゃねーか」


 いや、あなたに怯えてるんです!

 悲痛な叫びは声にならなかった。パクパクと、空気を求めて喘ぐように口を開閉することしかできない。

 だ、だめだ……恐ろしい、声が出ない……!

 魂をかけた賭場に遭遇したみたいな心境だ。


「チッチッ、チッ!」


 老人は何回も舌打ちした。上手く着火しないライターに似ている。

 胸に絡まっていた枯れ枝のような細い指が離れた。背後の巨漢はそのまま山のように佇む。大柄な体躯もあいまって、建築物並の威圧感を放っている。


「見ない顔だな、アンタ」

「か、観光っていうか、流れ着いたんです。流浪の身で行く当てもなくて」

「来んな!」とネルおじいちゃんはまたキレた。沸点ひっくいなぁ。

「ごめんってネルおじいちゃん」

「なれなれしいゆうとろうがー!」


 すぐに怒りが着火する老人だった。ガソリンかよ。


「あんま挑発すんな……仕方ねえ、こっち来い、アンタ。お灸を据えてやる」

「えっ、ぐわー!」


 むんずと(えり)を乱暴に引っ張られた。

 そんな猫を扱うみたいに!?


「いいか。見たところ悪人じゃないだろうが、度が過ぎたイタズラは控えるんだな」

「はい……」

「アレで昔はすごかったんだ。人を揶揄いすぎると、いつか痛い目を見るぞ」

「はい……」


 重たい溜息で、彼は話を締めた。

 どの所作にも凄味があって、オレは終始情けなくも怯えていた。


「ったく……」


 鬼のような顔を煩わしそうに歪める。


「この町に来たのは、大方魔石関連だろうが、いまは労働者が飽和してんだ。良い顔されねえぞ」


 マセキ……

 通行人や、ネルおじいちゃんが口の端にかけていた言葉。

 意を決して、オレは口を挟む。


「あの、マセキってなんですか」

「はぁ?」と、露骨に苛立ちが浮かぶ。


 聞かなきゃよかった、とオレは乾いた笑顔で誤魔化そうとした。


「魔力のこもった石だ。通常は加工できねーが、錬金術なら加工できんだよ」


 だから、魔石か。それに錬金術。

 意外にも、態度とは裏腹に親切に説明してくれた。

 面食らって、オレは 二の句を紡げなくなった。


「えと……ありがとう、ございます」


 辛うじて、そんなか細い声が絞り出た。


「なんだ、ちゃんと礼言えるんだな。無礼じゃねーなら、やりようあんだろ」

「あの、名前は」

「……ゼルノだ。若えの、悪いことは言わねえ。ここにアンタの居場所はねーよ」


 含みのある忠告だ。

 意図を咀嚼(そしゃく)できずにまごついていると、ゼルノさんの仏頂面が険しくなった。

 獰猛(どうもう)な敵意で満ちた瞳。


 それでようやく、彼の隠していた悪感情が直視できた。

 オレは慄然と、その目に曝される。


「アンタみたいな、芯の無いヤツじゃ生きれないって言ってんだ」


 容赦なく、彼の言葉は胸の中枢を抉った。

 知らず想起する、オレを殺した少女の慟哭。

 

 ──「あなたはいつも、いつもそうなの!? 他人の都合に合わせて!」


 呪詛のように、耳朶にこびりついていた。 

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