3
乾いた風に孕んだ熱気が、肌を震わせる。
あちこちから鉄を打つ硬い音が響いていた。
粗削りの石壁で囲まれた町。
塀の隙間、門から見える建物は、全部石造りだ。
木造と鉄筋コンクリート以外の材質で建てられた家屋、初めて見た。
門は建築の最中らしく、足場がぐるりと門の付近を巡っている。
活気を帯びた雑踏が、往来を埋める。
行き交う人々は、多種多様な服装だ。
鎧。剣。革。見たことない布地。
うわ、いまエルフっぽいのいた! 耳とんがってる!
キョロキョロと視線を走らせた。
Tシャツとズボンのドリル男、そんなの、否応なしに視線を集める。
「なんだ、怪しいやつめ!」
「む、門番ですか?」
「いや、暇だから門の前で人間観察してるのみぞね」
酒瓶を片手にした髭面の怪しい老人に一喝された。
門の傍、通路の脇で胡坐を掻いている。
近づき、老人の前に腰を構えた。
「つまり、門番とかいない?」
「いや、ワシが門番だ。実質」
門番じゃない。決まりだ。
矛盾と軋轢の中、ひと目で、尋常でない嘘つきと見抜いたよ(IQ220)。
「オレ、リュウって言います。この町はなんて名前ですか?」
「…〝巨人の眠る町〟ロードランじゃ」
「ロードラン……」
「まったく、今でこそ魔石ぞなんぞともてはやされとるが、昔はもっと秩序があった。意地汚い賊で荒らされゆうて、もう見る影なぞない……憎い、世が! 錬金術が!」
ぐびー! 酒を呷る老人。
すげえ、朝っぱらから飲んでる。世捨て人だ。新世界のひとだ。
「ぶはー! このために生きてゆうな!」
いい飲みっぷりだ。パリピかよ。
おー、と感心のあまりパチパチと拍手してしまった。
「おじいちゃんはなんて名前なんですか」
「なれなれしいぞ貴様! わしはネル! ロードランを発展させた炭鉱夫じゃ!」
「すげー、縁の下の力持ちってやつですね」
「敬え、蹲れ! 様をつけろデコ助野郎!」
「オレ様はリュウ様です、よろしくネルおじいちゃん」
「貴様じゃなくわしにじゃぁああ!!」
唾を飛ばし、胸倉をつかまれた。
至近距離で酒気の孕んだ臭い息を浴びる。オレに5000のダメージ!
ぐああああ! の、残りライフ-1000ポイント……! 決闘はまだまだこれからだ!
「離してやんな。また若いヤツに迷惑かけてんのか」
地を這う低い声。
オレの肩を、がっしりと巌の手が触れていた。
びくう、と恐る恐る肩越しに振り返る。
──死。
強面の巨漢が、そこにいた。
筋骨隆々の体に鎧。兜の下には、厳格な面持ち。
「ひぃいっ!」
恐怖でがくがくと震えた。
(死にたくない、生きていたい……!)
焦燥が如く思う。
全身の毛穴から汗が出た。
「……コムギ?」
導き出した答えに、巨漢は眉をひそめた。
悪い、おれ……死んだ。気分は処刑台に載せられた感じ。
意識がオレンジの世界に引き戻る。
あの、包丁で刺される直前の悪寒が総身を蝕んだ。
老人のがなり声が、オレを現実に立て直す。
「なんじゃ若造! こやつに世の何たるかを説法しちょったやか!」
「やりすぎなんだよ、アンタは。こんなに怯えてるじゃねーか」
いや、あなたに怯えてるんです!
悲痛な叫びは声にならなかった。パクパクと、空気を求めて喘ぐように口を開閉することしかできない。
だ、だめだ……恐ろしい、声が出ない……!
魂をかけた賭場に遭遇したみたいな心境だ。
「チッチッ、チッ!」
老人は何回も舌打ちした。上手く着火しないライターに似ている。
胸に絡まっていた枯れ枝のような細い指が離れた。背後の巨漢はそのまま山のように佇む。大柄な体躯もあいまって、建築物並の威圧感を放っている。
「見ない顔だな、アンタ」
「か、観光っていうか、流れ着いたんです。流浪の身で行く当てもなくて」
「来んな!」とネルおじいちゃんはまたキレた。沸点ひっくいなぁ。
「ごめんってネルおじいちゃん」
「なれなれしいゆうとろうがー!」
すぐに怒りが着火する老人だった。ガソリンかよ。
「あんま挑発すんな……仕方ねえ、こっち来い、アンタ。お灸を据えてやる」
「えっ、ぐわー!」
むんずと襟を乱暴に引っ張られた。
そんな猫を扱うみたいに!?
「いいか。見たところ悪人じゃないだろうが、度が過ぎたイタズラは控えるんだな」
「はい……」
「アレで昔はすごかったんだ。人を揶揄いすぎると、いつか痛い目を見るぞ」
「はい……」
重たい溜息で、彼は話を締めた。
どの所作にも凄味があって、オレは終始情けなくも怯えていた。
「ったく……」
鬼のような顔を煩わしそうに歪める。
「この町に来たのは、大方魔石関連だろうが、いまは労働者が飽和してんだ。良い顔されねえぞ」
マセキ……
通行人や、ネルおじいちゃんが口の端にかけていた言葉。
意を決して、オレは口を挟む。
「あの、マセキってなんですか」
「はぁ?」と、露骨に苛立ちが浮かぶ。
聞かなきゃよかった、とオレは乾いた笑顔で誤魔化そうとした。
「魔力のこもった石だ。通常は加工できねーが、錬金術なら加工できんだよ」
だから、魔石か。それに錬金術。
意外にも、態度とは裏腹に親切に説明してくれた。
面食らって、オレは 二の句を紡げなくなった。
「えと……ありがとう、ございます」
辛うじて、そんなか細い声が絞り出た。
「なんだ、ちゃんと礼言えるんだな。無礼じゃねーなら、やりようあんだろ」
「あの、名前は」
「……ゼルノだ。若えの、悪いことは言わねえ。ここにアンタの居場所はねーよ」
含みのある忠告だ。
意図を咀嚼できずにまごついていると、ゼルノさんの仏頂面が険しくなった。
獰猛な敵意で満ちた瞳。
それでようやく、彼の隠していた悪感情が直視できた。
オレは慄然と、その目に曝される。
「アンタみたいな、芯の無いヤツじゃ生きれないって言ってんだ」
容赦なく、彼の言葉は胸の中枢を抉った。
知らず想起する、オレを殺した少女の慟哭。
──「あなたはいつも、いつもそうなの!? 他人の都合に合わせて!」
呪詛のように、耳朶にこびりついていた。