表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

「意識はハッキリしてる? 歩けますね、なら結構です」

「あの、助けてくれてありがとう、ございます」

「いえ、責務ですので。あなたは採掘者ですね、そのまま振り返った先が出口です。一本道ですが、巣作りの魔物がいないとも限りません。警戒を怠らず」

「…………ふぇぇぇ」

「未開拓の(ほこら)に目が眩むのも分かりますが、冒険者と組み、安全を確保した上での採掘を推奨しますよ。洞窟を抜ければ、そのまま真っ直ぐ。10分ほどで街が見えるはずです」

「採掘者? 冒険者?」


 要領を得ない単語に目を白黒。


「では」と、短い所作で彼女は一礼する。


 エクセレントなドリルロールがひらついた。

 颯爽とした振る舞いで少女は奥に進んで行ってしまった。


「あ、ありがとー!」


 小さくなっていく背中に声を浴びせる。

 引き留める間もなかった。

 ズキズキと痛む頭は、ようやく記憶をフラッシュバックさせていた。

 頭痛で軋んだ隙間に、目を覚ます直前の意識が(よみがえ)っていく。

 

 夕暮れ。

 顔も覚えていない少女。

 約束、裏切り。刺殺。

 

 死んだ。受け止めきれない事実に吐きそう。うぷっ。


 我慢できずに嘔吐。


「オロロロロ……! うわ四皇の笑い方みたいになってるろろろろ」


 人狼の死体にべちゃべちゃ。死者への冒涜(ぼうとく)である。

 狂気判定に失敗。

 ごめんね、人狼くん。次は良い奴に生まれ変われよ。


「最悪だ……夢じゃないのか、これ?」


 腹をまさぐるが、傷はひとつもない。

 服装も、死ぬ直前の格好のまま。

 だのに、腹の異物感が拭えない。


「オレは死んで、なぜか異世界に転生している。そんでなぜか右手がドリルになっていた」


 神の祝福か、悪魔の呪いか。

 どちらにせよ度し難い。

 意味わかんねー。深く吐き出した息は、ひどく熱かった。


 魔法の余韻によるものか、周囲は乾いた空気だ。

 ピリピリと肌を刺す緊張感が息苦しい。


「ひとまず、出口を目指すか」


 思考に区切りを付けて、歩き出す。

 悩むのは余裕ができたときに。いまは身の安全を確保せねば。

 死んだ直後にまた死ぬなんて、とんだ笑い話だ。


 幸いなことに、出口までの道のりで魔物に遭遇しなかった。

 胸を撫で下ろし、光の差す方に向かう。


(あの子、大丈夫だろうか)


 最後に一度だけ、洞窟を振り返った。


 照りつける陽光がオレを迎えた。

 白日に晒されるドリルの鋼肌が、白々とした光を跳ね返す。

 眩しい。目を細めて、洞窟の岩陰から周囲を観察した。


 ずっと鼻腔(びこう)をくすぐっていた鋼の匂いに、森の青々とした香りが混じる。

 遠くで川があるのか、静けさの底で、かすかなせせらぎの音が滑っていった。

 鬱蒼(うっそう)とした獣道だ。

 人の手が入った形跡がなさそう。


「……人気はないな」それに、動物の気配も。


 もっとも、都会のパンピーであるオレが察知できるものと思えないが。

 緊張で喉が鳴った。

 少女の(げん)を信じれば、10分で街が見えるとのことだけど。

 警戒するに越したことはない、慎重に森を抜けよう。

 

 慣れない獣道を歩む。

 時折風が吹いて、木々の(こずえ)が擦れ合ってざわめきを生んだ。オレを追い立てるような、獣の息吹。すげえ怖いぞ。

 不安と混乱で動悸(どうき)が激しい。


 思考を整理したかった。

 転生したこと。ドリル。

 魔法、魔物、冒険者。採掘者。


(どういうことだ?)心中で疑問を提示する。


 通常の人間なら、その疑問どまりだろうけど……

 オタク知識を司る脳の何かしらの部分(ゴースト)が囁いている。

 オレはサブカルに強かった。人として残念なことに。 

 よって摩訶不思議な現状(アドベンチャー)を的確に分析できるのだ。


 異世界転生。

 近年、若年層向けの小説……ライトノベルにて発展を続ける一大ジャンル。

 火を噴くドラゴン。

 超常の魔法を嘯く魔法使い。

 そういった非現実が存在するファンタジーな世界、すなわち異世界に、現代人が転生(ないし転移)する物語。

 それを、オレは実体験している。

 よって。

 

「オレ、死→転生→異世界(いまここ!)」


 Q.E.D.(証明終わり、閉廷)

 仕組みはともかくとして、経緯は言葉ではなく心で理解できた。

 さすがオレ。IQ200のブレインだ。すなわち天才。


 自画自賛で己を奮い立たせる。

 悩みの種が失せたわけではないけれど、事態を見据えられた。

 なら、順を追って解決していくだけだ。


「生まれ変わってもがんばるぞい」


 拳をつくり、力づける。

 とても成人男性とは思えない挙動である。


「せっかく異世界にきたなら、魔法だって使ってみたいよなぁ」


 雷鳴が幽かな残響を脳に刻みつけていた。

 オレを魔物から救った少女の魔法。

 瞳を閉じれば、鮮烈に思い出せる。

 

 ──と。景色が唐突に開けた。

 

 直線に道が続いている。

 剥き出しの大地は、明らかに人の足が踏み固めたものだ。

 一安心だ。荒れた心が落ち着くのを感じる。

 視線で道を辿(たど)ると、遠方に町らしき影が窺えた。


「よかった。無事まっすぐ進めていたな」


 森の緑で(さえぎ)られていた空が、視界に澄み渡る。

 胸が晴れやかだ。ひとまず、魔物からは逃げられた。


 人影を見つけて、自然と頬が綻ぶ。

 二人組だ。青年と少年。青年は胸や間接部をカバーするように鎧を身につけている。戦士を彷彿とさせる出で立ちだ。

 彼に追随(ついずい)する少年は、(すす)けた皮の服。それから、鳥のくちばしのように尖ったピッケルを背負っている。


 冒険者。採掘者。


 少女がこぼしていた言葉が、ストンと胸に落ちてきた。

 ふたりは何事かを話しているみたいだけど……


「まずは情報収集……言葉が通じるかどうか」


 茂みにひそみ、会話を盗み聞く。


「──で、どうしてダンジョンが増えたって睨んでんだ?」


 精悍(せいかん)な顔つきの青年は、そう首を傾げていた。

 ダンジョン──魔物が蔓延る迷宮。ゲームにおける冒険の舞台。

 オレが目覚めた洞窟が、そうか?

 本当に、ゲームや小説の世界に入り込んだみたいだ。


「まだ推測だけんど、昨日地震があったロ? あれで、鉱山のどっかが歪んだはずダ」

「地震で、か? そんなことあるのか?」

「……こっちに来て短いだロ、オメー。ボクは2年働いてル」

「経験則ってやつか、なーる」

「……ケイケンソクってなんダ?」

「えっ……あー、過去があるから今がある。たぶんそんな感じだ」

「ちげーよ」


 正しくは経験に(もと)づく法則……あれ、あながち間違えてない?


「……は?」「エ……?」


 真っ直ぐに、ふたりがオレを見つめる。

 しまった、思わず口に出てしまっていた。

 みつかっちゃっ……た。


「誰だ?」と、青年が背の剣に手を伸ばす。


 まずい。オレは戦闘力5のゴミ……荒事になれば、確実にフルボッコにされてしまう。

 睨みつけられて、冷や汗が背筋を伝った。

 両手を挙げて、バンザイの姿勢で身をさらした。

 暴力、イクナイ。


「……ども、元気?」

「ナニモノ? 同業者って身なりじゃないけド」


 少年が問いかけてくる。

 (いぶか)しむ、というより好奇心で尋ねているみたいだ。

 よかった。話が通じそうな相手と見た。


「通りすがりだよ。そちらは? 子守りって雰囲気じゃなさそうだ、どうにも」

「俺が冒険者のアルト。いずれ英雄になる。んでこっちがパートナーの採掘者。いずれ大人になる」

「ボクはダッキ……自由、目指してル」


 簡潔な自己紹介。

 冒険者、採掘者。口内で反芻する。

 まあ、粗方見当は付いていたし、さほど驚きはない。


 魔物と戦う冒険者。

 採掘者は……読んで字の如く、掘って採るのだろう。何を採るかは不明。


 有名人を前にしたみたいな緊張感。なにせ交流がないタイプの人間だ。


「オレは石貫柳……えと、できれば剣から手が離せない?」


 剣に添えた手は離れない。()き出しの殺意を向けられているようで、身が縮む想いだ。

 彼らの視線は、オレの右手に注がれている。


「そりゃ無理な相談だな。お前、物騒なもん付けてるしな。ランスか?」

「……ランスでやんす」


 嘘です。見栄を張りました。

 しかし、そうか……ドリルじゃなくて、ランスって線もあるのか。

 印象だけでドリルって決めつけてた。

 よし、オマエは今日からランスだ! 理由はドリルよりも格好いいので。よろしくな、ランス! できれば腕から外れてくれ。


「さっき目が覚めたらこんな状態だったんだよ。外れない。オレ自身もどうしてこうなのかさっぱりなんだ」

「へー、そうか」「そうなんだナ」


 あれ? 受け入れるんだ。

 てっきり怪しまれるかと。


「で、どこで倒れてたんだ?」

「呪具だろそレ、ダンジョンで手に入れたのカ?」


 ……ああ、そういうこと。

 ふたりはオレを()かしてダンジョンを見ている。

 オレの格好に寛容なんじゃなくて、単純に無関心なだけだ。


「経緯はわからないけど、オレはダンジョンで寝てたよ」

「おお」と、アルトは素直な歓声。

「よく生きてたナ、魔物に襲われなかったカ」


 襲われました、実際。

 曖昧(あいまい)な笑顔で頷き、うやむやにする。


「ダンジョンの場所を教えてくれ」


 屈託(くったく)のない声で、噛みつくように問われた。

 さっきまでの警戒はどこへやら。冒険者の彼は、前のめりに顔を近づけてくる。


「い、いいけど、代わりに町の方角教えて」

「あっち」と、後ろを指差すふたり。息があったコンビネーションだ。シンクロ率高そう。


 ふたりに(なら)い、茂みの奥をドリルで突きつけた(結局ネーミングはドリルで落ち着いた)。


「歩いてすぐだ。入り組んでるから、迷わないようにな」

「おう、あばよー! ランス男!」

「…………」と、ダッキは無言で立ち去る。シャイボーイだ。


 アルトは、意気揚々と茂みを掻き分けていく。


 積極的なアルトと消極的なダッキ。

 対照的なふたりだけど、険悪な様子はなかった。案外、相性がいいのかも。


「……異世界で事実上初の知り合い、ゲットだ」


 右手で拳を作ろうとして、ドリルだったのを思い出した。 

 邪魔くせー!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ