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のんびり書いていきます!
持つべきものは処世術。
友情や信頼はまやかし、上辺だけの関係だけ築ければ充分だった。
ある日の朝帰り。いつも通り、飲み屋で夜通し騒いだあと。
微睡みのオレをたたき起こしたのは、スマホの着信音。
『石貫くん、起きてる?』
胡乱に相槌を打って、布団から這い出る。
耳元に宛がったスマホから、そわそわとした声。
ワンルームのアパートに差し込む夕陽。
……もう夕方か。さすがに寝過ぎたなぁ。
『頼みたいことがあるの』
「いいよ、オマエとオレの仲でしょ」
用件も聞かず快諾する。基本断れないタチなのだ。
同時に、通話越しの相手が誰なのか、二日酔いの頭で思考を巡らす。
……頭痛がする。は、吐き気もだ……!
ガンガンと脳の奥から響く痛みに呻きつつ、通話に意識を向けた。
『1時間後、いつもの場所に来て』
いつもの……?
思わず、スマホを離して画面を注視した。
そのときには、もう既に接続は切れていた。
お相手は、中学の同級生でした。
卒業以来、一度も会ってません。
名前は覚えていても、顔がピンとこない。それくらいの間柄。
「……いつものって、どこだよ」
誰かと勘違いしてんじゃねーか? でも第一声がオレの名字だったしなぁ……
面倒だなぁ。
愚痴りつつ、洗面所に向かう。
人は髪型で人の大凡を判断する。安いブリーチとカラー剤でくすんだ赤髪。立派な社会不適合者が鏡の前にいた。
「顔だけ洗ってくかぁ」と、欠伸を噛み殺しながら。
寝癖のついた髪に指を絡ませると、ちょうど右腕のタトゥーが目に入った。
昨夜、その場のノリで彫らされたヘビ柄は、ミミズ腫れのように上腕を犯している。
「……彫らなきゃよかった」
僅かな後悔。
センスが悪いし、プールとか温泉とか入れないし。
「仕方ないだろ。その場の奴ら、全員が彫るっていうんだから」
寝言に近い言い訳をこぼして、寝間着を脱ぎ捨てた。
……シャワーくらい浴びてもいいよな?
日が没する寸前のマジックアワー。
遙か遠くの山々の稜線に陽がぶつかり、風景をオレンジに閉じ込めていく。
ノスタルジックな空間。
郷愁で胸を騒がせる、コントラストの世界だ。
オレと何某との繋がりはひとつ、中学校だけ。
懐かしの母校の縁にスクーターを横付けする。
卒業以来だから、六年ぶりくらいかな。
「来たね、石貫くん」
校門から投げかけてきた声は、ひどく上擦っている。
……やっぱり中学校か。分かりづらい集合場所だ。
思い当たる節がなかった以上、消去法で探るしかなかったけど、見事ビンゴだ。
かぶったヘルメットをそのままに、坂の上部にある校門に向かう。
後光が差して、目が眩んだ。
彼女の顔が見えない。
「いきなり何の用?」
「約束、破ったね」
「……時間通りなはずでしょ」
「ううん、破った」
声には、底冷えする酷薄な気配がある。
糾弾する響きに後ずさりした。なんか、不穏な空気。
「破ったって……どういうこと?」
「タイムカプセル、掘る約束した」
は、と一瞬思考が麻痺した。
思いがけない単語を「タイムカプセル……?」と口内でオウム返し。
なんのことやら。
「忘れちゃったの? あなたと私で、7年後に掘る約束した」
「そんな3D2Yみたいな……?」
中学時代の記憶を掬い上げるが、ちっとも手応えがない。
大人になるにつれ、学生時代の記憶は薄れていく。手元に何も掴めず、オレは愕然と立ち尽くした。
「人違いじゃない? ほら、それクラスで埋めたやつみたいな?」
「もういい!」と、唐突に口調がヒステリックな鋭さを帯びた。
「わ、わかったって。約束したよ」
いつも通り、手の平を返す。
けれど、彼女の興奮は治まらない。熱病めいた動悸を吐き出し、肩で息をしながらオレを睨み付けている。オレはますます狼狽えた。
「あなたはいつも、いつもそうなの!? 他人の都合に合わせて!」
「は……?」
「ずっとずっと!」
いきなり捲し立てられて、混乱で頭が満たされた。
切迫とした声は、オレを置き去りにして制御不能にヒートアップする。
「せめて──」と、静かな絶叫。
澄んだ声は、オレの足を縫い止めるほどに涼やかで。
オレは、彼女が腰に溜めた鋼の輝きに、目が離せなくなった。
暖かな夕焼けを反射する、鋼鉄。
動けない/逃げられない。
「私とあなたとの思い出に眠って」
ずぶ。ぶ。ち。
腹に、異物が差し込まれた。
灼熱が臓腑を灼く。
「な、あ……?」
密着した彼女の手元には、包丁。
それが、オレの腹を冒していた。
口内が一気に噎せ返って、立っていられなくなる。
全身を駆け回る激痛が筋肉を痙攣させて、天地がどちらかもわからなくなった。
「私もすぐに向かうから、我慢してね」
「が……あ…………!!?」
胸裡の奥からせり上がってきた血に溺れた。息が、苦し……!
瞼の裏が激しく明滅して、脳に直接遠雷のような木霊が打たれた。
意味も無い浮遊感が体を包んでいた。
(まずい、まずい死ぬ……!)
危機感と本能が脳に集る羽虫のように警鐘。
指先からじんわりと熱が失われていく。
致命的だった。死神の足音がする。
「どう、して……?」
今際の際だってのに、走馬灯は再生される気配がない。
もしや、碌な思い出がなかったってこと?
「……じゃあね、柳くん」
ほんの一瞬、右手の……蛇が、見え……