表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

のんびり書いていきます! 

 持つべきものは処世術。

 友情や信頼はまやかし、上辺だけの関係だけ築ければ充分だった。


 ある日の朝帰り。いつも通り、飲み屋で夜通し騒いだあと。

 微睡みのオレをたたき起こしたのは、スマホの着信音。


石貫(イシヌキ)くん、起きてる?』


 胡乱(うろん)に相槌を打って、布団から這い出る。

 耳元に宛がったスマホから、そわそわとした声。

 ワンルームのアパートに差し込む夕陽。

 ……もう夕方か。さすがに寝過ぎたなぁ。


『頼みたいことがあるの』

「いいよ、オマエとオレの仲でしょ」


 用件も聞かず快諾(かいだく)する。基本断れないタチなのだ。

 同時に、通話越しの相手が誰なのか、二日酔いの頭で思考を巡らす。

 ……頭痛がする。は、吐き気もだ……!

 ガンガンと脳の奥から響く痛みに呻きつつ、通話に意識を向けた。


『1時間後、いつもの場所に来て』


 いつもの……?

 思わず、スマホを離して画面を注視した。

 そのときには、もう既に接続は切れていた。

 お相手は、中学の同級生でした。

 卒業以来、一度も会ってません。

 名前は覚えていても、顔がピンとこない。それくらいの間柄。


「……いつものって、どこだよ」


 誰かと勘違いしてんじゃねーか? でも第一声がオレの名字だったしなぁ……

 面倒だなぁ。

 愚痴りつつ、洗面所に向かう。

 人は髪型で人の大凡を判断する。安いブリーチとカラー剤でくすんだ赤髪。立派な社会不適合者が鏡の前にいた。


「顔だけ洗ってくかぁ」と、欠伸を噛み殺しながら。


 寝癖のついた髪に指を絡ませると、ちょうど右腕のタトゥーが目に入った。

 昨夜、その場のノリで()らされたヘビ柄は、ミミズ腫れのように上腕を犯している。


「……彫らなきゃよかった」


 僅かな後悔。

 センスが悪いし、プールとか温泉とか入れないし。


「仕方ないだろ。その場の奴ら、全員が彫るっていうんだから」


 寝言に近い言い訳をこぼして、寝間着を脱ぎ捨てた。

 ……シャワーくらい浴びてもいいよな?


 日が没する寸前のマジックアワー。

 (はる)か遠くの山々の稜線(りょうせん)に陽がぶつかり、風景をオレンジに閉じ込めていく。

 ノスタルジックな空間。

 郷愁で胸を騒がせる、コントラストの世界だ。


 オレと何某(なにがし)との繋がりはひとつ、中学校だけ。

 懐かしの母校の(へり)にスクーターを横付けする。

 卒業以来だから、六年ぶりくらいかな。


「来たね、石貫くん」


 校門から投げかけてきた声は、ひどく上擦っている。

 ……やっぱり中学校か。分かりづらい集合場所だ。

 思い当たる節がなかった以上、消去法で探るしかなかったけど、見事ビンゴだ。

 かぶったヘルメットをそのままに、坂の上部にある校門に向かう。

 後光が差して、目が(くら)んだ。

 彼女の顔が見えない。


「いきなり何の用?」

「約束、破ったね」

「……時間通りなはずでしょ」

「ううん、破った」


 声には、底冷えする酷薄な気配がある。

 糾弾(きゅうだん)する響きに後ずさりした。なんか、不穏な空気。


「破ったって……どういうこと?」

「タイムカプセル、掘る約束した」


 は、と一瞬思考が麻痺した。

 思いがけない単語を「タイムカプセル……?」と口内でオウム返し。

 なんのことやら。


「忘れちゃったの? あなたと私で、7年後に掘る約束した」

「そんな3D2Yみたいな……?」


 中学時代の記憶を掬い上げるが、ちっとも手応えがない。

 大人になるにつれ、学生時代の記憶は薄れていく。手元に何も掴めず、オレは愕然(がくぜん)と立ち尽くした。


「人違いじゃない? ほら、それクラスで埋めたやつみたいな?」

「もういい!」と、唐突に口調がヒステリックな鋭さを帯びた。

「わ、わかったって。約束したよ」


 いつも通り、手の平を返す。

 けれど、彼女の興奮は治まらない。熱病めいた動悸を吐き出し、肩で息をしながらオレを睨み付けている。オレはますます狼狽(うろた)えた。


「あなたはいつも、いつもそうなの!? 他人の都合に合わせて!」

「は……?」

「ずっとずっと!」


 いきなり(まく)し立てられて、混乱で頭が満たされた。

 切迫とした声は、オレを置き去りにして制御不能にヒートアップする。


「せめて──」と、静かな絶叫。


 澄んだ声は、オレの足を縫い止めるほどに涼やかで。

 オレは、彼女が腰に溜めた鋼の輝きに、目が離せなくなった。

 暖かな夕焼けを反射する、鋼鉄。

 動けない/逃げられない。


「私とあなたとの思い出に眠って」


 ずぶ。ぶ。ち。

 腹に、異物が差し込まれた。

 灼熱が臓腑を灼く。


「な、あ……?」


 密着した彼女の手元には、包丁。

 それが、オレの腹を冒していた。

 口内が一気に()せ返って、立っていられなくなる。

 全身を駆け回る激痛が筋肉を痙攣(けいれん)させて、天地がどちらかもわからなくなった。


「私もすぐに向かうから、我慢してね」

「が……あ…………!!?」


 胸裡(きょうり)の奥からせり上がってきた血に溺れた。息が、苦し……!

 瞼の裏が激しく明滅して、脳に直接遠雷のような木霊が打たれた。

 意味も無い浮遊感が体を包んでいた。


(まずい、まずい死ぬ……!)


 危機感と本能が脳に集る羽虫のように警鐘。

 指先からじんわりと熱が失われていく。

 致命的だった。死神の足音がする。


「どう、して……?」


 今際の際だってのに、走馬灯は再生される気配がない。

 もしや、(ろく)な思い出がなかったってこと?


「……じゃあね、柳くん」


 ほんの一瞬、右手の……蛇が、見え……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ