序
鋼の冷たい感触と、焼けた鉄の匂いで目覚めた。
酩酊に似た目眩。胸を突き動かす微痛。
右手の指先を中心に疼く熱。
五感が徐々に現実の地平に浮上し、オレは意識を引き戻した。
「…………ってぇ……!」
体のあちこちが痛い。
見れば、何故か周囲は岩だらけ。
岩窟、なんて単語が脳裏に浮かび上がる。
こんなとこで寝てりゃ、体も痛くなるか……
「ここどこだ」
呻くように呟き、右手を頼りに立ち上がろうとする。
そのときだった。
「あれ……?」と、右手に違和感。
指が開かない。どころか、動かない。それに重い。
体を横に向けると、信じられない光景とぶち当たった。
螺旋状に、鋭く伸びる鋼。
削岩に特化した形状。
──ドリル。
右手の肘から先が、ドリルになっていた……!?
「WHAT?」
WHY? と、オレの中の全米が大混乱。
「落ち着け、何かのイタズラないしドッキリだ」
徐にドリルの根元を足で押さえて、体重を後ろにして引っこ抜こうとする。
「うんとこしょ、どっこいしょ!!」
ドリルは抜けません(絶望)
一体化してるみたいに、腕から離れない。
肘に痛みを覚えたところで中断して、荒く息を吐く。
「抜けないんだけど、てかここ何処? オレは誰?」
オレは石貫柳。二十歳。よし、自己解決。
前後の記憶を探ろうとするが、頭蓋の奥が軋んで正常に働かない。
くそ、と毒づきひとまず歩き出した。
「なんだよ、これ。重いし外れないし! 改造されたか?」
笑えない。口端が不安で歪むのを自覚する。
意味わからねー。脳がパニックになるのを感じた。
と、背後から物音。
反射的に振り向くと、オレは暴力的なまでのファンタジーに圧倒された。
『GUUUUOOO……』
唸る狼は、二足で立ってオレを睥睨していた。
見上げるほどの体躯は異形を象る。
思い浮かべたのは、人狼。人のシルエットを騙る、人の天敵。
尖った牙の間から垂れる舌は、興奮で揺れている。
最悪だ。現実と夢とが裏返ってらぁ。
「た、食べないでください……!」
震える声で懇願。
なんて、対話が通じる相手であるはずもなくて。
『GUOOO!』
「ぎゃああああ!!」
短い咆哮。接近。
涎をまき散らしながら、人狼は凶爪を振りかざす。
「っのぉおおお!!」
ヤケクソに振るったドリルが爪を弾く。
鋼鉄と爪が接触し、火花が散った。
肘から先が吹っ飛ばされるような衝撃。
ビリビリと全身を振るわす振動が、鋭いノイズを走らせた。
熱い息を吐き出し、ワケも分からずにドリルを突きつける。
「人舐めんな!」
「そこ、離れて!」
へ? と思考が空白化する。
いまの、声は?
呆気にとられるオレは、振り上げられた爪を眺めることしかできなかった。
速やかなる捕食は、閃光が阻んだ。
吹き荒れる光芒は、獣の向こう側から。
「貫け、グローヴィア!」
魔物を、魔法が蹂躙するのを目撃した。
雷が横薙ぎに人狼の上半身を吹き飛ばし、轟音を響かせた。
ゴォオオン────……!
鼓膜に傷つける雷の音。
視界が閃光装置のように点滅する。
何が起きた……!?
遠雷が作り出した飽和した沈黙に、間の抜けたドリルの回転音が掠めていた。
「平気ですか?」
問いかける声のあとに、視界の焦点が結ばれる。
唖然と絶句。
「な……」
少女だ。燐光をまとって、彼女は目前にいた。
月が直接剥がれ落ちたかのような、鮮やかな金髪。
優美な長髪はぐるぐるとドリルロールで飾られている。
鼻筋の通った冷たい容貌。怜悧な瞳は透き通った黄金。
見たこと無い異装だが、白を基調とした服は貴族然とした気品があった。
少女は、あまりにも現実離れした美しさで、オレの目の前に光臨していた。
「いまの、魔法、魔物……?」
物語でしか見られない非現実的な現象。
何が何やら、理解には遠く及ばないけれど。
「冗談だろ」
俯く先。ドリルの表面に、オレの乾いた笑みが浮かんでいた。
確信が胸を貫く。どんな混乱よりも深く。
もしかして。
というか、間違いなく。
オレ……異世界に、転生した?
◆
鮮烈に見せつけられた。
そのとき初めて、自分を手に入れたいと思ったのだ。
未熟ながら書いていきます!
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