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間奏 セリーヌ1

 セリーヌ・バシュレの人生は、いつだって順調だった。


 愛らしく生まれついたセリーヌは、バシュレ家の子の中で一番可愛がられ、家族以外の者も皆がセリーヌに優しかった。そして長じてからも、同じ年頃の令嬢達が集まればセリーヌの美貌は誰よりも輝いた。だから、そんな自分が一生に一度の恋をすれば、何の障害もなく愛しい人の妻となるのは当然のことだと思っていた。

 周囲から降り注ぐ賛辞は羅列すればきりがないほどで、セリーヌの未来は常に光に満ちている。そんな人生を歩んで行くはずだった。いつまでも、ずっと。


 しかしセリーヌの道行きは、ある日突然陰りを見せる。運命の人を見つけたと思ったら、次の瞬間には諦めねばならない相手だと知ったからだ。当時のセリーヌは十二歳で、バシュレ家主催の茶会の折に彼女は未来の夫を見初めたが、恋をした一つ年上の王太子テオドールには既に婚約者がいた。

 その婚約者がセリーヌより少しでも優れていれば、まだ諦めがついただろう。だが、テオドールの隣にいた婚約者の容姿は遠目にもふくよかなばかりか凡庸で才気も感じられず、強いて取り柄を挙げるならば、由緒ある侯爵家の血を引くことくらいだった。だからセリーヌは決めたのだ――わたくしが彼女に成り代わってみせる、と。


 負けるのが大嫌いなセリーヌは、勝ち目のない勝負はしない。だが、その婚約者――ヴィクトリーヌ・リベを相手に、自分が負けることなどあり得ないと思った。よって、その日からセリーヌは完全なる勝利のために全力を尽くした。王家主催の茶会には必ず参加し、行儀見習いと称して王宮に通いもした。そして機会を逃さずテオドールと言葉を交わし、彼の気を引くための努力を惜しまず、ヴィクトリーヌを押しのけることに躊躇しなかった。お堅く世間知らずのヴィクトリーヌを出し抜くことなど簡単で、元々親密でもなかった二人の間に溝ができるまでに、そう時間はかからなかった。結果、セリーヌはテオドールの愛を見事勝ち取ったのだ。

 その後のセリーヌは、ヴィクトリーヌにかまけている時間などなかった。彼女はテオドールの心が離れてもしつこく付きまとってきたが、テオドール自身に拒まれ、さらにはヴィクトリーヌに敵対的だった令嬢達の餌食になってくれたので、セリーヌが手を下すまでもなかったが。


 当時のテオドールがどのような未来を思い描いていたのか尋ねたことはなかったが、セリーヌ自身は王太子妃、ひいては王妃となる己の将来を見据えて動いていた。つまり、王太子の正式な婚約者を押し退けてその座に就いた際に生じる反発を封じ、セリーヌは正統な妃であると認める存在――後ろ盾を得るために奔走した。

 いくら貴族といっても、セリーヌは家督を継ぐ資格もない一子女に過ぎなかったので、何を――誰を味方に引き入れるべきか考えねばならなかった。そしてセリーヌが目をつけたのは、表舞台から退いた前王の妃、国母である王太后だった。その王太后と王妃の不和は有名で、両者の王妃としての在り方の違いが原因であると知ったのは、母と仲の良い伯爵家の茶会だったか。王太后の王妃時代は、積極的に王を助ける女傑として功績を残していたが、その息子である現王の妃はその真逆だった。王を補佐し王宮を取り仕切る気概もなく、ただ内に篭り波風をやり過ごしているというのが、王太后の王妃を評する言葉なのだという。それを聞いた時は、思わずにんまりしてしまった。


 どう考えてもセリーヌと気が合うのは王太后の方だが、決め手は性格の相性ではなかった。国王の伴侶が実権を得ることに肯定的で、能力主義の王太后であれば、セリーヌの味方にできるかも知れない。そして陛下はそんな母后に弱いと聞いたので、たとえ王妃がセリーヌをテオドールと添わせることに反対しても、王太后に未来の王妃たり得る資質を示すことができれば認められると踏んだのだ。しかしこれらは伝聞でしかなく、王家の面々の実態を知らないままセリーヌは突き進んだ。

 これは十三のセリーヌなりに必死に考えた策だったのだが、いかにも甘かった。ヴィクトリーヌを罠にはめて排除するという、今ならばすぐに浮かぶこの方法を、当時の自分は実行しなかったのだ。まだそこまで残酷になりきれず、また、そのようなことをせずとも奪えるという矜恃もあった。

 そして半年が過ぎ、行儀見習いとして王太后との対面が叶い、いざその懐に飛び込むまでは成功を確信していたのだからお笑いだ。結果、自信満々に己を売り込んだセリーヌを、王太后は一顧だにせず退けた。こんな無様な姿をさらすことになると思わず、呆然としてしまった。それを見ていた王太后の侍女が、後でそっと「話を聞いていただきたいのなら、手順を守りなさい」と耳打ちしてくれなければ、その後も同じ失敗を繰り返しただろう。いつも人の注目を浴び、優遇されて当然の世界で生きてきたお姫様の鼻っ柱が、ぽっきりと折られた日だった。


 その後のセリーヌは心を入れ替え、慢心を捨てた。十四になった頃には王太后の方からお呼びがかかるようになり、この頃からテオドールとの仲は進展していった。ただ、この時もセリーヌはバシュレ家を頼らなかった。

 素直に肉親を頼る道をもちろん考えたのだが、考えた末に諦めた。バシュレ家の実権を握る父と長兄は、セリーヌを可愛がりはしても、自分の娘や妹の自立と自由意志を本当の意味で認めることはないからだ。普段接する時の何気ない言葉や、紳士達と話し込んでいる時に漏れ聞こえる話から、バシュレの男は大人しく自分の後をついてくる女しか望んでいないのだと理解していた。そして女はあくまで男の所有物という考えの下、彼らは必ずセリーヌを傀儡として使おうとするだろう。たとえセリーヌが妃として自力で権力を得たとしても、バシュレ家にいた時と同じ理屈で父はセリーヌを従わせようとするはずだ。そう予見したセリーヌだが、自分の動きが実は父や兄に筒抜けで、彼らが王太后と通じていたからこそ近づくことを許されたのだということに気づかなかった。

 所詮は小娘の浅知恵というもので、セリーヌは高みを目指すことに気を取られ、肝心の足元を見誤っていたのだ。後にそんな自分の甘さを思い知ることになるのだが、当時のセリーヌには知る由もなかった。


 そして十五歳になり、王太后の後押しを受けてテオドールとの仲も順調という最高の結果を出すに至った。もはやセリーヌは、他人の婚約者を奪った不届き者ではなくなろうとしていた。自分の派閥をどう作ろうかなどと思案するまでもなく、機を見るに敏な周りの者達がセリーヌを時期王太子妃として扱い、良いように動いてくれたのだ。これもまた、セリーヌ自身というよりはバシュレ家と王太后の力によるものだったのだが、自分の輝く未来に目が眩んでいたセリーヌはそれを見落とした。

 セリーヌが社交界の華として輝いている間に、被害者であるはずのヴィクトリーヌは日陰に追いやられていた。もちろん彼女の方も黙ってそれを許していたわけではない。リベ家はそれまでの穏便な態度を改めて当主が正式に王家に抗議し、ヴィクトリーヌ自身も真っ正直にテオドールとセリーヌを責めた。味方は身内のみとなったヴィクトリーヌをあしらうのは簡単だったが、旧臣であるリベ家の怒りにどう対応するのか、王宮側の考えを知る良い機会となった。

 もちろんただ待つだけでなく、王太后や王宮に近い貴族の夫人らを探ったところ、当時の王宮は王妃の生家を筆頭とした旧臣らがリベ家を擁護し、それに対してテオドールを押し立てながら、その実王太后の意を汲むバシュレ家らが反発しているという状況だった。さらに国王自身はテオドールを叱責しリベ家を気遣っていたが、王太后がテオドールの婚約の解消を提案したため、事態は混乱していた。


 その混乱が他ならぬバシュレ家によってもたらされたものであることまでは、セリーヌも知らなかった。そしてそれからの展開はあっという間で、ヴィクトリーヌの捕縛と婚約の破棄を皮切りに、異例の早さでリベ候が王家に叛意ありとして断罪されることとなったのだった。その報を聞いたセリーヌは愕然とした。一体何の咎でそんなことになったのか、と。

 王妃派の旧臣であり王の信任厚いランベール・リベ。彼が、過去の王弟殿下の死に関わっていたというのだ。王弟は病死であったはずなのに、リベ家は当主が王族を死に至らしめた(かど)で取り潰しとなると知り、セリーヌの背に悪寒が這い上がった。父や兄が何やら画策していたのは察していた。しかし、このような禍々しい罪状によってリベ家を陥れるなどと思ってもみなかったのは、セリーヌが愚かだったからだ。自分を中心に世界が回っていると思い込んでいた小娘は、己の肉親の冷酷さも王太后の苛烈さも甘く見積もっていた。その時に抱いた恐れにも似た感情は、明るい光の中で生きてきたセリーヌにとっては未知の、目を背けたくなるほど冷たく重いものだった。


 その時から、セリーヌの道行きは光に満ちたものではなくなっていたのだろう。

布製マスクだと暑い日がでてきましたね。寒暖差で眼鏡が曇るのも地味につらい。なのに食事はラーメンとかうどんとか、熱いものをあえて選んでしまいます。湯気の立つ食べ物はそれだけでおいしい気がする。

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