表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ひきこもり最高

お役御免らしいので全力でひきこもる

作者: 燦々SUN

「すまないフェルナード。だが、どうか分かってくれんか」

「つまり、自分はお役御免という訳ですか。陛下」

「い、いや、そういう訳ではない。だが、お前も知っているだろう? 宮廷魔術師長の地位には、何よりも実力が優先されると」

「まあ、そうですね」


 もちろんよく知っている。他ならぬ俺自身が、先代魔術師長を決闘で打ち負かしてこの座に就いたのだから。

 だから、仕方がない。100年に一度の天才とか、魔術界の革命児とか呼ばれた俺も、彼ら……異世界から召喚された勇者一行には、全く敵わないのだから。

 異世界から召喚された5人の少年少女が、魔王を討滅してこの王都に帰還したのが3日前。そうか、いつか来るとは思っていたが、思ったよりも早かったな。


「私の後任は、賢者のタナカ殿ですか?」

「うむ、そうだ……」

「分かりました。そういうことなら」

「そうか、分かってくれたか」


 ほっとした様子の国王陛下。

 うん、まあ分かる。なにせタナカはかつて俺の弟子だったのだが、俺が10年以上掛けて習得した魔術の数々を、たったの2カ月で全て習得してしまった。しかも、俺が発動まで1時間掛かる大魔術を、タナカなら3分で発動させてしまうのだ。

 才能の差、実力の差は歴然。よく分かってる。

 それに、勇者一行をこの国に留めるために、要職に就けたいという国王の考えも分かる。だから、まあ……仕方がない。


「それでは陛下。どうかこれをお収めください」

「む……こ、これは!」


 俺が懐から取り出した辞表を手渡すと、国王は目を剥いた。

 その動揺が収まらない内に、一気に畳み掛ける。


「勘違いしないで頂きたいのですが、別にこれは魔術師長の任を解かれた当てつけという訳ではありません。タナカ殿の指導を終えた後から、ずっと考えていました。私にもまだ可能性があるのではないか。研究と修業を積めば、彼のいる高みに近付くことが出来るのではないか、と」

「フェルナード……」

「申し訳ありません陛下。ですが1人の魔術師として、どうしても更なる高みへの憧れが捨てられないのです。なのでこれより、私は辺境で魔術の研究に邁進まいしんしたいと思います」


 当然のように散々引き留められたが、俺は最終的に辞職を承認させた。これで俺は晴れて無職だ。

 表面上神妙な面持ちは保ったまま、その実晴れ晴れとした気持ちで王宮を後にする。


「フェルナード様、本当に……?」

「すまんな、陛下を頼む」

「……分かりました。どうかお元気で」

「ああ」


 見送りに来てくれた副長と固く握手を交わし、馬車を降りる。

 そして、その姿が見えなくなるまで門の前で見送ると、一転して軽やかな足取りで家に入った。


「ただいま」

「あら、おかえりなさい」


 出迎えてくれたのは、この世のものとは思えないほど美しい1人の女性。

 長い金髪に、抜けるような白皙。そして、まるで大粒のエメラルドのような輝きを放つ緑色の瞳。

 ここだけ見れば、単純に絶世の美女というだけで済むが、その長く尖った耳と、背中から生える4枚の薄羽が、彼女が人間ではないことを示していた。


 彼女は精霊族のヨルフェ。本当はもっと長い名前なのだが、あまりにも長過ぎるため、ヨルフェという愛称で呼んでいる。

 彼女は3年前に精霊術の研究をしていた際、俺が契約を交わすために召喚した精霊だ。

 本来は精霊が召喚に応じた時点で、術者はその力を借りるため、どのような対価をどの程度差し出すか交渉に入るのだが……現れた彼女があまりにもドストライク過ぎて、俺は気付いたら「結婚してください!!」と全力土下座していた。

 精霊の「ほわぁっ?」という呆けた声を聞いたのは、人類史上俺が初めてではなかろうか。そして、精霊と結婚という形の契約を交わした人間も。


 交渉も何もすっ飛ばして全力土下座してしまったせいで、契約自体は完全にヨルフェ主導で進められてしまった。

 というか、「まあ結婚って残りの人生全部相手に捧げるようなもんだしな。うん、全部差し出しちゃえばいっか」みたいな妙なハイテンションで、「あなた一生私の奴隷よ!」とか「人間やめることになるわよ! 本当にいいの!?」とか言われるのにひたすら頷いていたら、気付いたら不老の存在になってしまっていた。どうやら精霊族に合わせて、寿命という概念がなくなってしまったらしい。はっはっは。


 とまあそれからも色々あったが、今ヨルフェは普通に俺の嫁として、俺と一緒に暮らしている。

 もっとも、この国では子を成せない異種族間の婚姻を認めていないため、嫁といっても公式に認められたものではないが。


「どうしたの? 早かったじゃない」

「ああ、宮廷魔術師辞めてきたからな」

「あら、思ったより早かったわね。と、いうことは……」

「ああ。と、いう訳で……」


 俺は両腕を広げ、満面の笑みで高らかに宣言した。


「ひきこもるぞ!! ヨルフェ!!」



* * * * * * *



 ──  1か月後



「……ねぇ」

「ん~~?」

「いいの? こんな生活してて」

「何が~?」

「もう、何日もろくにベッドから出てない気が……」

「ふむ……」


 たしかに、もう1週間くらいトイレと風呂以外はずっとベッドで過ごしているな。

 料理含む家事は全てゴーレム任せにして、俺らは基本ずーっとベッドでイチャイチャしてた。


 宮廷魔術師を辞した後、俺は今まで稼いだ金のほとんどを費やして大量の食糧と本、それに思い付く限りの娯楽道具を買い揃え、辺境の森の中に用意していたこのログハウスに転移した。

 全ては俺の長年の夢。めくるめくひきこもりライフを満喫するために!!

 そのために、俺は今まで着々と準備を進めてきたのだ。いや、これまでの俺の人生全てが、そのためにあったといっても過言ではない。


 小さい頃から憧れていた。自分の家でひたすらゴロゴロして過ごす生活に。

 多くの子供が外で遊ぶ少年時代、俺はとにかく自分の部屋にひきこもって過ごす子供だった。かけっこにもかくれんぼにも、全く興味を持てなかった。秘密基地にはちょっと興味を惹かれたけどな。でも、それも結局、他に誰もいない場所でゴロゴロして過ごしたいという欲求の1つの形に過ぎなかった。


 そんなある日、俺は見たのだ。

 村の外れ、小さなログハウスで、悠々自適に過ごす傭兵上がりの老人を。

 そのじいちゃんは、傭兵時代に稼いだ金で雇った小間使いに家事全般を任せ、自分は毎日グダグダと怠惰な生活を送っていた。

 その姿に、俺は衝撃を受けた。あれこそ人生の勝利者。俺が目指すべき姿だと感じた。

 そして、俺はその場でじいちゃんに弟子入りし、教えを乞うた。全てはじいちゃんのような勝利者に……真のひきこもりになるために。


 まず、先立つものは金だ。ひきこもりは当然働かない。なら、働かなくても生活できるだけの金を事前に稼がなくてはならない。幸い宮廷魔術師長の給料は非常に良かったので、100年くらい遊んで暮らせるだけの金はもう手に入れた。

 そして、誰にも邪魔されずにひきこもれる家も必要だ。当然街中は論外。ならば人が来ない魔物の領域に居を構えることになるが、魔物の襲撃にいちいち対処などしていられない。ならば、家を隠し、護る結界が必要だ。そのための結界魔術は習得した。

 また、ひきこもりたるもの家の中でも働いたら負けだ。つまり、代わりに家事をしてくれる存在が必要。だが、身近に働いている人間がいると、ひきこもりでも少なからず罪悪感を刺激される。俺はじいちゃんほど図太くないからな。

 そんな俺が快適なひきこもり生活を送るためには、働かせても罪悪感が生じない存在に家事をさせるのが一番。元々は精霊と契約して魔力を対価に家事してもらおうと思っていたのだが、最初に召喚したのがご存知ヨルフェだった。

 それで話してみたら精霊って予想以上にしっかり自我があるし、何よりヨルフェがいるのにその同族に家事をさせるのも申し訳ないってことで、方針転換して家事用のゴーレムを開発した。何気にこれが一番苦労したかもしれない。

 それと、食料が尽きるたびに人里に下りているようでは、真のひきこもりとは呼べない。大量の食糧を家の中に保存、貯蔵する方法が必要だ。そのために必要な時空間魔術も習得した。


 そんなこんなで苦節14年。俺はこうして、遂に理想とするひきこもりライフを実現したのだ。これぞ究極のスローライフ、否スロウス(怠惰)ライフなのだー!!

 ふっ、これはもう師匠を……じいちゃんを超えたと言っても過言ではないだろう。

 おまけに、当初の予定になかった最高の嫁まで手に入れた。こうなったらもう……ただただ怠惰で爛れた生活を送るしかないだろう。あ、今ちょっと上手いこと言ったな俺。


「つまり、何も問題はない」

「私はなんだか落ち着かないのだけど」

「ふっ、この生活に落ち着かないものを感じるようでは、真のひきこもりとは呼べないな」

「別にそんなもの目指してないわよ。というか、普通目指すものじゃないと思うわ」

「何言ってるんだ? 普通なら、一生家でゴロゴロしてるだけでいい生活に憧れるものだろ?」

「それ、どこの普通よ」

「昔じいちゃんが言ってた……自分で稼いだ金でひきこもれる奴は、勝ち組だと」

「何に勝っているかは知らないけれど、とりあえず自分には負けていると思うわ」

「フッ……いつか、お前にも分かる日が来る」

「一生来なくていいわ。って、あ、ちょっと……」


 そうこうしている間にイロイロと復活してきたので、運動を再開する。

 精霊のヨルフェはともかく、俺はずっと食っちゃ寝してたらデブる可能性があるからな。適度な運動は必要なのだよ。うん。



* * * * * * *



 そんなひきこもり生活を、3年くらい続けたある日のこと。


「ん?」


 朝になって何気なく部屋のカーテンを開き、俺は家を囲む柵……というか、その柵を起点に発動している結界の向こうに、いくつか人影が立っているのに気付いた。


「どうしたの?」

「いや……なんか俺の弟子が来てる。しかも、2人の騎士を連れて」

「え? ここを探し当てたの?」

「みたいだな。まああいつなら、俺の魔力を捜索することも不可能じゃないか……」


 そんなことを話している間に、結界越しにバッチリ目が合ってしまった。どうやら入っては来られないが、こちらを認識することは出来ているらしい。流石は俺の弟子。

 しかしまあこうなったら居留守を使う訳にもいかないので、やむなく家に招き入れる。もちろんその際、俺は一切家の外には出なかった。ひきこもり継続記録、絶賛更新中だからな。ヨルフェにはすんごい冷たい目で見られたけど。


「お久しぶりです。フェルナード様」

「ああ、久しぶりだな。まさかここが見付かるとは思わなかったから驚いたぞ」

「ええ、私も驚きましたよ。まさかこんな危険地帯にいらっしゃるとは……それに、ゴーレムにお茶を出してもらう日が来るとは思いませんでした」

「ははは、自分のやりたいことに集中したいからな。家事はゴーレムに任せてるんだ」

「はあ、魔法研究に集中するため……そう、ですか……」


 イマイチ納得できていない様子で曖昧に頷く弟子。その後ろに控える2人の騎士も、微妙な表情で首を傾げている。

 まあ、普通考えれば家事用ゴーレムを設計開発する時間と労力があるなら、自分で家事した方が早いし楽だわな。だが、そうじゃない。快適なひきこもり生活を送るためなら、あらゆる労力は前倒ししなければならないのだよ! なぜならひきこもりは働かないからな!!


「それで? こんなところまでわざわざ何の用だ?」

「そうでした。フェルナード様、お願いです。どうか私と共に王都へお戻りください」


 え? 普通に嫌だけど?

 と、言えたら楽なんだけどな。まあかわいい弟子がこんな僻地までやってきたんだ。話くらいは聞いてやらないとな。


「それはまたどうしてだ? 王都で何か問題でも起きたか?」

「問題……そうですね。後進が育たないことが、問題と言えば問題でしょうか」

「なんだそれは?」

「分かりました。はっきりと申し上げます。フェルナード様の後任で魔術師長となられたタナカ様ですが、実は誰もあの方の指導を理解できないのです」

「……ああ」


 さもありなん。

 タナカは、俺が10年以上掛けて習得した魔術をわずか2カ月で習得した天才だ。……そう、天才なのだ。それも、理論派ではなく感覚派の。

 俺はタナカに魔術を教えたが、その際理論の部分はほとんど教えていない。教えずとも感覚で出来てしまっていたのだ。そもそも、理論の部分も習得しようと思ったら2カ月では到底足りない。本を読んでいるだけで、2カ月くらいあっという間に経ってしまう。

 そんなことはせずとも、タナカは自身の才能だけで俺よりも優れた魔術師となってしまった。

 さて、ではそんな彼に後進の指導が出来るか? 答えは否だろう。

 人に教えるには、それこそ理論が必要なのだから。その過程をすっ飛ばしてしまったタナカに、他の人間に魔術を教えることが出来ようはずもない。


「フェルナード様が習得された数々の魔術……このままでは、その多くがタナカ様を最後の使い手として、継承が途絶えてしまうでしょう。これは魔術師界における大きな損失です。お願いします、フェルナード様。王都に戻り、再び我らに魔術をご教授ください」


 えぇ~普通にヤダ~。絶対ヤダ~。

 と、言えたらいいんだけど……そんな子供のダダみたいな言い方じゃ満足しないだろうなぁ。特に後ろの騎士2人が。

 継承? 別に途絶えてもよくね? そもそも俺は不老だから、タナカが最後の使い手って訳じゃないし? 大体俺が習得した魔術なんて、そのほとんどがひきこもるためのものだから、別に人に誇るようなもんじゃないし。まあ精霊術や時空間魔術は、今やほとんど使い手がいない古代魔術だったりするけど……ふむ、どうするか。

 いや、どうするも何も、ここを出る気はないんだけどね? だって、まだひきこもってたったの3年だぜ? 10年以上真面目に、必死こいて働いたんだ。3年ぽっちじゃまだ足りない。ひきこもりをやめるには、まだ……


「まだ早い……」

「は? 何が、でしょうか?」

「え、ああ、うむ……」


 知らず知らずの内に、うっかり口に出していた。そのことに焦りながらも、俺はこの場を取り繕うべく頭をフル回転させた。


「んんっ! まだ、ここを出るには早い……俺には、まだここでやるべきことがあるということだ」

「ここで……やるべきこと、ですか?」

「そうだ。それは……俺の人生を掛けて成し遂げなければならないことだ」

「人生を掛けて!? それは、一体……」 

「残念ながらそれは言えない。だが、その時が来れば……俺は、自ずとここを出ることになるだろう。それまで俺は、ここで成すべきことを成す。……その時が永遠に来ないのなら、その方がずっといいんだがな」

「その時……それは、まさか……」


 あ、うん。一言で言えば金欠だな。

 ひきこもりの資金が足りなくなれば、流石に俺も出稼ぎに行くしかなくなる。あ~あ、そんな未来永遠に来なければいいのに。


「……分かりました。フェルナード様が、そこまでおっしゃるなら……陛下にも、そのようにお伝えします」

「分かってくれたか」

「はい」


 いや、絶対分かってないだろ。確実に何か勘違いしてるだろ。まあ納得したってんならあえて訂正はせんけども。


「それでは……名残惜しいですが、私共はこれで失礼します」

「ああ、他の弟子達にもよろしく頼む」

「はい」


 そう言って礼をして立ち去る弟子と2人の騎士を、玄関まで見送る。

 無論玄関までだ。外まで見送りに出たりはしない。なぜなら以下略。


「さて……」


 やれやれ、久しぶりに他人と会話したぜ。あ~疲れた。

 それにしても、騎士甲冑……あれはなかなかいいものだったな。久しぶりに見て、ちょっと刺激になったぜ。


「よし、今日は女騎士でくっころプレイだ!」

「愛弟子を追い返しといて後ろめたさの欠片もないのね」


 ヨルフェのジト目が頬に突き刺さる。うん、俺の嫁は今日も可愛いな。

 ちなみに、いざ鎧を着せてみたらなんだかんだヨルフェもノリノリでした。やっぱり、ひきこもり生活にも適度に刺激が必要だということを実感しました丸



* * * * * * *



 それから約25年、俺の家に余人が訪ねてくることはなかった。

 しかし今日、すっかり年を取った我が弟子が、再びこの家を訪ねてきた。


「フェルナード様、遂にその時が来ました」

「む……」


 いや、まだ金欠にはなってないけど?


「先日、世界中の預言者が、一斉に魔王の復活を予言しました」

「……そうか」


 え? マジで?


「フェルナード様はこのことを20年以上も前から予期し、着々と準備を進めてこられたのですね。素晴らしい慧眼です。感服いたしました」

「いや、そんなことはない」


 マジでマジで。魔王の復活なんて全っ然予想してなかったけど?


「ご謙遜を……今ようやく、私はフェルナード様がこのような魔境に移住された理由を理解しました。当時、魔王の復活に向けて準備を進めれば、一笑に付されるか(いたずら)に民衆の不安を煽るだけだったでしょう。そのことが分かっていたからこそ、誰にも真意は告げずにこの地で準備を進めることにされたのですね」

「あぁ……うん」


 まあ、もうそういうことでいいや。


「さあ、参りましょうフェルナード様。人類は、今こそ貴方様の力を必要としています」


 いや、普通に嫌だけど? ちょうどそろそろ、また(・・)ひきこもり期間に入る予定だったし。

 と、いう訳で……


「まあ待て。行くのは俺じゃない」

「はい?」

「フェルズ」

「はい」


 俺の呼びかけに応じて奥の部屋から出てきた金髪碧眼の美少年を見て、来訪者一行が首を傾げる。


「そちらの少年は……精霊? いえ、人でしょうか?」

「俺とヨルフェの息子だ」

「「「……はあ!?」」」


 あ、うん。まあそういう反応になるよね。

 実はひきこもってから10年くらい経ち、持ち込んだ本も読み尽くし暇つぶしの道具もやり尽くして、だんだんマンネリ化してきたなぁと思い始めた頃。ヨルフェがぼそっと言ったのだ。「私、子供が欲しい」と。


 もちろん精霊と人間の間に子供なんか出来るわけもないのだが、愛する嫁の願いだしどうせ暇だしってことで、魔術でどうにか出来ないかと研究してみたら……出来てしまった。完全な新種族を生み出してしまったよ。流石は俺。

 生まれた子供は羽こそなかったものの、ヨルフェと同じ金髪に緑色の瞳、透けるように白い肌に長く尖った耳を持った絶世の美少年で……外見だけ見ると、「あれ? 俺の遺伝子どこ行った?」って感じだが、魔術の才能は俺譲りなのだと思う。たぶん、きっと。

 そんなフェルズも、もう15歳だ。そろそろ独り立ちさせる頃だろうと思って、ちょうど旅立ちの準備をさせていたところだった。


「フェルズ。いい機会だ。少し予定よりも早いが、この人達と共に、世界を見て来るといい」

「父さん……うん、分かった」

「という訳で、魔王討伐にはこのフェルズが行く」

「え、いや、ですが……」

「安心しろ、この子は既に俺より強いから。というか、たぶん魔王倒した頃の賢者タナカよりも強いから」

「なっ……!?」


 いや、なんせ俺とヨルフェの子供だし?

 魔術の腕が超一流の上に、自然現象を操る精霊の力を、自前の魔力で自在に行使できるという反則性能だ。言うなればセルフ精霊術。

 その力のおかげで、10歳になる頃には、世間で魔境と恐れられるこの森で敵なしの実力を身に着けていた。いや、我が息子ながら凄まじいとしか言いようがないね。


 それらの事情を話して弟子達を納得させると、その日の内に慌ただしく準備を済ませ、ささやかながら送別会もし、翌日にはフェルズは旅立つこととなった。


「じゃあ父さん、母さん、いってきます」

「ああ、気をつけてな」

「あの人達の言うことをよく聞くんですよ」

「分かったよ、母さん」

「じゃあ行ってこい。いいか、自分の金でひきこもれる立派な男になるんだぞ!」

「あなたは何を言っているの!!」

「うん! 僕、必ず父さんのような立派なひきこもりになるよ!!」

「あなたも何を宣言しているの!!」

「それじゃあ、いってきまーす!!」

「あ、ちょっと!」


 ヨルフェが何かを言う前に、フェルズは外で待っている迎えの者達の方へと駆けていった。

 そして、その姿がゆっくりと森の中へと消えていく。


「……行ったな」

「……ええ」

「よし! ひきこもるか!!」

「余韻!!」


 いやぁ、なんだかんだ15年も子育てに奔走したからな。ようやく肩の荷も下りたことだし、またしばらくひきこもっても罰は当たらないだろう。

 フェルズの教育がてら何度か行った街で暇つぶしの道具も仕入れ直したことだし、また10年くらいは余裕でひきこもれるな。うん。



* * * * * * *



 それから、俺とヨルフェはまたひきこもり生活を再開した。

 家に来るのは、月一くらいでやって来るフェルズの手紙を携えた鳥型ゴーレムくらいで、他には……ああ、なんかある日「貴様が“精霊弓”の父、“森の賢人”か!!」とか言って魔王四天王を名乗る魔族が家を訪ねてきたけど、人違いっぽかったのでサクッと帰ってもらった。冥府に。

 そしたらしばらくして、「くくく、奴は四天王最弱……」とか言ってまた別の魔族が訪ねてきたから、また還ってもらった。土に。


 そんな感じで多少のアクシデントはありつつも、ひきこもることかれこれ12年。遂にフェルズが森に帰ってきた。なんと人間の嫁さん連れて。

 どこぞの国の元王女様だってさ。しかも妊娠中らしい。いきなり孫が出来ることになったのにも驚いたが、フェルズが人間との間に普通に子供を作れたことにも驚いた。

 いや、だってフェルズって精霊と人間のハーフだし。おまけに妙に若いと思ったら、俺と同じで20歳を少し超えたくらいで成長が止まったらしい。そこら辺は父である俺に似たようだ。


「で、あの子は?」


 俺がフェルズの話を聞いてふんふんと頷いていると、フェルズが部屋の隅で本を読んでいる金髪美幼女に視線を向けながら言った。


「え? お前の妹だけど?」

「聞いてないんだけど!? いつの間につくった!?」

「2年くらい前。あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてない!!」


 そうだったか。まあいろいろと大変だったし、伝える余裕がなかったのかもな。赤ちゃん育てるのって大変なんだよ。


「いや、また10年くらいひきこもってたら、やっぱりマンネリ化し始めてな。そろそろ2人目をつくるかってことになったんだよ」

「動機軽いなぁ……」

「別に軽くはないさ。ま、円満な夫婦関係と快適なひきこもり生活には、適度な変化と刺激が必要ってことだ」


 実際子育てを通して夫婦間の絆を再確認できるし、苦労して独り立ちさせた後のひきこもり生活はまた格別だ。目まぐるしい日々を過ごしたからこそ、怠惰な日々の素晴らしさが身に染みるというか。

 やはりひきこもりこそが人生の勝利者だと、再確認できるのだ。うん。



 それからも、俺は子供が成人するまで子育てしては、10年くらいひきこもり。また子供をつくって子育てしながら適当に金稼ぎをしては、またひきこもるということを、何度も繰り返した。

 やがて、この森の中には俺の家を中心に集落ができ、その規模はどんどん大きくなっていった。

 200年も経つ頃には、徐々に一族間での婚姻が進み、森の外に出ることなく集落内で自活する者が増えてきた。


 一度その子達に「森の外には出ないのか?」と尋ねたら、「え? 外に出ずにひきこもれる者は勝ち組なのでは?」と真顔で返されて、すごい微妙な気分になった。そして、ヨルフェにすっごい冷たい目で見られた。

 まあ、かく言う俺もここ数十年、数えるほどしか街に下りてないし、人のことは言えない。

 それにしても、この森もだいぶ賑やかになってきた。もう最近は家にいても毎日誰かしら訪ねてくるので、あまりひきこもっているという感じがしない。まあ、森の中にはずっとひきこもってるけど……なんか違うんだよなぁ。これもマンネリってやつか?


「よし! 引っ越すぞ!」

「はい?」


 という訳で、新たな変化と刺激を求めて、ヨルフェと2人で別の森に引っ越すことにした。

 俺達以外に誰もいない森の奥の一軒家で、俺は久々の静寂と自由を噛み締める。うん、やっぱりひきこもりはこうじゃないとな。


「よし! 久しぶりに2人っきりになったことだし、今日はメイド服でご奉仕プレイを所望するぞ!」

「引っ越して開口一番言うことがそれ?」

「周りに子供達がいると、あんまりあれなプレイはやりにくかったんだから仕方ないだろ?」

「まあ、それはそうだけど……」


 なんだかんだ言いつつも、やっぱりヨルフェもノリノリだった。うん、やっぱり変化と刺激って大事だね。



 それからも、俺達はずっと同じような生活を続けた。

 自由気ままにひきこもり生活を満喫しては、時々集落の様子を見に行ったり、また子供をつくったり。

 そして、また森の中の集落が大きくなってきたら、ヨルフェと2人で別の森に引っ越す。

 そんな生活を続けて、もうかれこれ1000年くらい経つだろうか。最近、俺にはちょっと気になることがある。

 それは、時々集落を訪れる外の人間が使う、俺達の呼び名なんだが……



 俺の前にひざまずく、5名の少年少女。

 なんでも、彼らは今代の勇者一行で、わざわざ俺に魔術の教えを受けに来たらしい。それは別にいい。今までも、定期的にそういう人間は来た。だが……


「エルフの祖たるハイエルフの長、森の賢人フェルナード様。どうか、我らに古代魔術の秘儀をお教えください」


 …… “エルフ”って、なんだ? 最近、外ではひきこもりのことをそう呼ぶのか?

世間一般の認識


フェルナード:全てのエルフの始祖にして長老。勇者含む多くの英雄を教え導いた大英雄。

ヨルフェ:全てのエルフの始祖にして長老の伴侶。多くの英雄と精霊の契約を仲介した人類史上最も有名な精霊。

フェルナードとヨルフェの子供達:ハイエルフ

ハイエルフの子孫:エルフ

エルフ:森のひきこもり種族




2020/2/10 続編『自宅謹慎らしいのでダンジョンにひきこもる』を投稿しました。

https://ncode.syosetu.com/n3584ga/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
引き篭もりバンザイ!? いいなあ。こんな寛大な嫁さん欲しいよ。 しかも年を食わない!スバらしい! というか、血族増えすぎて、生態系を侵食しそう………と思ってたら侵食しとる!? マンネリなんてしそうに…
[良い点] また読んでしまった… おもしろすぎますわ…
[良い点] 素晴らしい! これぞ究極のリア充ですな! 妬ましすぎてもう何もできません!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ