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中編 ─雨降る少女と居る少年─

 ここへ来てしばらくして、気付いたことがいくつかある。

 まず、時間感覚が妙なこと。一秒、一分、一時間、一日────それらがどうも曖昧である。お腹は減らないし眠くもならない。便利だけど、退屈だ……。図書館にいる間は何もすることがない。これだけたくさんの本があるけど、どれも人の運命が書かれた本だし、なんだか勝手に覗き見するのもなぁ。…………と、思いつつも一冊、適当に目についた本を手に取って開いてみたのだが。

「……読めない…………」

 中には確かに文字が書いてある。だが、見たこともない星座のように点と点を線でいくつか繋いだような文字で、到底読めそうにもない。僕は諦めてそれを閉じた。表紙の名前は、日本語だった。……ここには日本人の本しかないんだろうか? だとしたら、ほかの国の人の本はどこに……。もしかして、ほかにも同じような図書館があるのだろうか。……機会があったら、シショに訊いてみよう。

 そういえば、外はどうなってるんだろう? ここには窓が一つもない。確か本は日光に弱いから、図書館には窓がない方がいいんだろうけどこんな場所でそんなことを気にする必要があるとも思えない。そもそも外が存在しているのだろうか。ここには、この広い図書館という空間しか存在していないのではないか? 

 シショが案内してくれたのは、中心の部屋から直接つながる四つの部屋だけだった。ドアにはそれぞれ「Ⅰ」、「Ⅱ」、「Ⅲ」、「Ⅳ」と同じ引っ掻いたような文字が刻まれていて、それらの扉を行った先もそうだった。扉はどこも四つ、中心の部屋と異なるのは天球儀がないことだけ。どの扉を通ったか覚えておかないと迷子になる。色々探索してみたけど、未だ僕は、図書館の端にはたどり着けていない。

 そうだ。探索しているうちに、引っかかっていたことの正体が分かってきた。それは、扉に刻まれている文字である。あれはきっと誰かが迷わないようにつけた印だ。シショではないだろう。彼はここの管理人だし、必要ないはずだ。じゃあ誰が、という話になる。

 もう一つ。彼の自己紹介を思い出してみる。僕が引っかかっていたのはそれだと思う。

『君の好きなように呼んだらいいさ。でもそうだな。名乗るとするなら、シショ。そう今は呼ばれてる(・・・・・)


 ────誰に(・・)


 僕じゃない。当たり前だ。以上のことから考えられることは一つ。『僕とシショ以外に誰か(・・)がこの図書館にいる』────その答えにたどり着いた頃、僕はようやく図書館の外を発見した。


そこは何もない草原だった。静かに風が吹いている。だが、葉の擦れる音も、耳をなでる風の音もしなかった。しんとしている。水の中にいるような、そんな感覚だった。

「なんだこれ」

 呟いた声がやけに大きく耳に響いた。僕はそのまま歩き出した。

草原の向こうには、目が眩むほどの満天の星空が広がっていた。しかし、夜だ。暗いのだ。辺りをほのかに照らしているのは、背後の図書館の明かりだった。そういえば、外観はどうなのだろうとふと振り向いた。

────僕は驚いた。窓から漏れている橙色の光。窓なんか一つもなかったはずなのに。それどころかそこに建っていたのは、あの広さと構造とはかけ離れたこじんまりした洋館だった。僕が出て来た扉だけはそのままだった。

「誰?」

 また耳の近くで声がした……ように感じた。落ち着いた女の子の声だ。再び振り返ると、やっぱり女の子が立っていた。歳は僕と同じくらいに見える。黒く長いさらさらとした髪、黒い瞳と黒縁の丸い眼鏡。そして黒のセーラー服の上に左胸にカエルのプリントがされたグレーのパーカーを着ている。なにより特徴的なのは、彼女が黒い雨傘をさしていることだった。

「あぁええと……僕は」

「シショが言ってた子?」

「……多分、そう」

 僕の推測は間違っていなかった。図書館にいる、『誰か』。その正体は彼女だったのだ。色々と気になることがある。が、僕が何か訊ねる前に、彼女の方が言った。

「名前は?」

「端見居人」

「おる……ハーフ?」

「違うよ。『居る人』って書いてオルト」

「ふーん、変な名前」

 なっ、出会ったばかりで失礼な。まぁ、僕もそう思うけどさ。

「君は?」

雨子あめこ。それ以上でもそれ以下でもない」

「……君も大概変な名前だね」

「どこが?」

 しれっと言い返された。僕は苦笑を返す。

「君も案内人?」

「違う。私はシショの助手」

 雨傘の下の表情は微動だにしない。……せっかく目も口もあるんだから笑ったりなんとかすればいいのに。

「助手……って、何してるの?」

「時々、現世に行く」

「何しに?」

 彼女は答えなかった。代わりに、僕に背中を向ける。膝下まであるスカートが、静かに風になびいた。

「ここ、私の秘密の場所なの」

「あ、え、うん」

 一人しかいないのに秘密も何もあるんだろうか、と思ったが言いはしなかった。

「二・二・四・三・四」

「え? 何?」

「中心からここまでの道順」

 あ、扉のことか。適当に来たから覚えてなかった。

「私、大体ここにいるから」

 振り向いた傘の陰から、彼女の横顔が覗いた。

「…………仕事、頑張って」

 ────彼女が微かに笑ったように見えたのは、気のせいだったろうか。


* * *


「お仕事です、オルト君」

 それから……どれくらい経ったかは分からないけどしばらくして。中心の部屋に戻ってきた時シショにそう言われた。片手には『運命の書』。もう一方の手には湯気の立つコーヒー。……飲めるのか? (それにそのコーヒーは一体どこから仕入れているのだろうか)

「仕事って」

「勿論、案内人の仕事だよ。誰の下に行ってもらおうか考えてたんだけど……まずは彼にした」

 と、シショは持っていた『運命の書』を僕に手渡した。僕のほどではないがそこそこ傷んでいる。

「書名、『佐倉春臣さくらはるおみ』。2000年生まれだから、元の君と同い年かな? まぁ、彼は君の歳まで生きれてないんだけど……これから君が行くのは2014年の現世。彼は中学二年生だ」

「どうやって彼と干渉するの?」

「行ったら分かるよ」

 と、ウィンクされた。シショの指が僕の腕を掴んだ。

「それでは、いってっらっしゃーい!」

「ええぇぇぇぇちょっ!」

 引っ張られて、体が浮く。そのまま青く光る天球儀へまっしぐら。……ぶつかる!


  * * *


 ……何の音だ? 頭のすぐ上から聞こえる電子音。けたたましい。ピピピピピピピピピピピ……

「太郎、起きろ!」

「!」

 ガバッと飛び起きた。…………え? どこ? 誰?

「今日から学校でしょアンタ」

 開け放たれたドアのところで女の人が仁王立ちしている。辺りを見回すと、白い壁の整然とした部屋で、僕がいるのは春物の布団が敷かれたベッドの上だった。

「分かってるよ姉さん……」

 ……姉さん? 誰? 勝手に出た言葉に内心困惑していると、ドアのところにいた女の人がため息を吐いて階段を降りて行った。

「…………」

 僕はとりあえずその場から動くことにした。


 不思議なことに、段々と記憶が脳内に浮かび上がってきた。これまでの人生の記憶だ。

 僕の名前は『田中太郎』。いや、まぁ居人なんだけど。この体での名前はそう。すごく安直な名前だよな……これならまだオルトの方がマシに思う。

 それはさておき。僕はこの家に二人暮らし。さっきの姉……花子と暮らしている。彼女は25歳の社会人、僕は13歳の中学生。近くの公立中学に通っていて、今日から二年生。友達は少ない、らしい。容姿は、そうだな。どこにでもいそうな中学生男子。これと言って特徴はない。……元の僕の顔ってどんなだっけ? そういえばあまり思い出せないや。図書館には鏡もなかったし。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 姉に見送られ、家を出る。何だろうなこの感じ。

「無事に来たわね」

「!」

 玄関を出てすぐ、聞き覚えのある声がした。でも、今度はそれなりの距離感のある聞こえ方だった。黒い傘を差した女の子が立っている。空はこれ以上ないくらい快晴で、春の穏やかな日差しがさんさんと降り注いでいるというのに。

「雨子?」

「なんで疑問形なの」

「いや、だってさ……」

 夢から醒めたような気分になった。そっか、さっきまで夢を見ているような気分だったのか。

「……どうしてここに?」

「シショに頼まれたの。ほとんど説明もされずに送り出されたでしょ。やることとか分からないだろうから説明してやれって」

 人に頼むくらいなら最初から説明してくれないかな、あの人は。人じゃないのか。

「時間もないから、歩きながら説明するわ」

 そうだった。僕は学校に行かなきゃならない。立ち話をしていると遅刻する。

「ちゃんと覚えてるわよね。佐倉春臣。彼は今年の秋に自殺する。……今は八周目。七周目までは全部そう」

「毎回ってこともあるんだ」

「その方がルートを確定しやすいの。彼は稀に見る一定さだけど。この半年を乗り越えれば彼は良い未来に到達できるの」

「そのための橋渡し」

「そういうこと」

 雨子によれば彼は去年の終わりくらいから虐めを受けていて、それが今年もずっと続く。親は彼を無理にでも学校に行かせるので、学校を休んで逃げることもできない。……要するに、居場所がない。

「僕が佐倉君の居場所を作ればいいってこと?」

「そう。彼が未来へ進む道を指し示す。それがあなたの役目」

 簡単に言うけど。どうやってやるんだよ。

「まずはオルト君が彼と友達になる。今回はそこからよ。……あ、太郎君だったわね」

「……あのさ、この体って、何」

「シショが作ったあなたの依り代。オルト君が役割を終えた後はシショが記した『運命の書』の固定された未来を歩むわ」

「よく分からないけど……誰かの体を借りてるわけじゃないんだよね?」

「そう。シショがあなたのために作ったから。佐倉君の七周目までは存在しなかった人物よ」

「……それって怖くない?」

「どうして?」

 僕は何気なく思ったことを訊いただけだった。だから僕は雨子の問い返しには答えられなかったし、そして少し鳥肌が立つような感じがした。僕はその感覚を追い払おうと質問を続けた。

「……あ、じゃあ『田中花子』は?」

「彼女は『田中太郎』が存在するためのバックボーン……と言えば大体分かるかしら」

 はぁ。つまり太郎一人だけが存在しているのはおかしいし、かといって家族全員作る(・・)のはコストが高い。じゃあ一緒に暮らしてる成人した姉がいればいいじゃない、と。それにしても僕が『太郎』で姉が『花子』って……センス。ちなみに両親は僕の記憶では四年前に事故で亡くなっている。別に悲しいとは感じなかった。四年も経てば立ち直るのかそれともシショがそこまで『作りこまなかった』だけなのか。

「とにかく、あなたは佐倉君が秋に自殺するのを阻止すればいいの。条件が満たされた時点であなたは図書館に帰れる」

「……それって秋まで帰れないってこと?」

「それはあなた次第」

 うーん。まぁ、別に現世に長くいるのも悪くないか。図書館にはほんとに何もないし。

「そろそろ学校ね。それじゃ、私はついでの仕事があるから」

 そう言って彼女はスタスタと先へ歩いて行った。校門の前、なぜか彼女の傘を不思議に思っているように見える人はいなかった。……なぜだろう。

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