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シャボン玉と光

星空

作者: 藍葉詩依

 星空を見たいと思った。

 ー面星しかない空を。


 見に行けばいいじゃないかと簡単に言う人がいるけど、時間がないと見られなくしたのは人間じゃないか。


 不便でも身近に綺麗なものはたくさんあったはずなのに便利な世の中をという言葉で無くし続け、満天の星空なんて限られた場所でしか見れなくなり建物ばかりになってしまった。


 失くしたのは人間で、その光景を見たいと願うのもまた人間だなんて、勝手だなと思うけどそれでも星空が見たい。


 ふと、細長い紙が目に入った。もうすぐ七夕だから願い事を書いてねと言われ渡された短冊。


 今までも何度か書く機会はあったけど信じたことは無かった。そもそも七夕なんてのは日本だけでやっていて、同じ日本でも地域によっては七月七日ではなく八月七日だったりするらしいし、年に一回願い事が叶う日があるなんてことを信じろっていう方が無理だと思う。


 だから僕は今まで周りにいいことが起こりますようにとか自分が結果を確認出来ないようなことしか短冊に書いてこなかった。


 だけど今年はなんとなく信じてみたくなって「満天の星空が見たい」と書いてみた。


「バカだな。書くだけで叶うんなら誰も苦労しないのに」


 お世辞にも綺麗とは言えない文字で書かれた短冊をみて、1人苦笑したけど小さな目標を持てたことがなんだか嬉しくなった。


 目標を持つなんていつぶりだろうか。入社する頃はまだあったような気がする。でもいつしか仕事に追われ、休みの日は寝て終わり。


 僕ってなんで生きてるんだろうなとか考えるようになってからは目標なんて持ったことがなかったように感じる。


「やってみよう……!」


 せっかく見つけた目標を見失いたくなかった。この目標を達成できれば僕はなにか変われるんじゃないかってそう、思ったから。


 だけど、現実はそう甘くなかった。


 目標をもち、頑張ろうと決めたあと髪が抜け落ちるようになってきた。


 薬の影響でこうなるというのは聞いていたけど実際に抜けると自分の体はどうなっているのかと怖くなる。

 それに体調も悪化しているだけのように感じる。


 耐えたらまた元気に動けるよとか、頑張ろうって言われるけどこんなに耐えてでも生き残らないといけない理由はなんなのだろうかと、いっそのこと辛さを感じないほど一瞬で葬ってくれてもいいのにとすら思えてくる。


 その度に短冊を見ていた。

 まだ、まだ叶えたいことがあると自分に言い聞かせていた。


 いつしか目標は夢になっていた。


 全身に痛みを伴い、食事をすることすら難しくなり、とうとう僕は自分の足で歩くことさえ出来なくなった。


 車椅子でしか動けなくなり、車椅子で動けるのも短時間となった僕はもう夢が叶うことはないことを理解した。


 自分の体のことは自分がよくわかる。僕の命はきっともうそんなに長くない。


 生まれてきた意味などあるのかわからず、ただただ言われたことをしてきた人生で、死にたいとすら思ったことだってあった。なのに、本当にその時が近くなるとなぜだかとても悲しくて、辛くて、僕は毎夜1人で泣く日が増えた。


「相川くん、大事な話があるんだ」


 いつもにこやかだった先生が真面目な顔をして、僕に声をかけるから驚いた。


「なんですか?」


 どんな話かはだいたい予想ついていたけど、知らないふりをして言葉を返す。


「このままだと相川くんはもって半年だ」


 間もなく返ってきたのは予想通りの余命宣告で、淡々と伝えられた。


 伝えられた時僕は泣くかもしれないと思っていたけどそんなこともなくて、むしろ僕は余命宣告をするにはどれほどのメンタルが必要なんだろうとかそんなことを考えていた。


「ただ手術をすれば、もっと生きれる。だが必ず成功するという約束はできない」

「ちなみに失敗したら僕は死ぬんですか?」

「そうだ」


 意地悪なことを言ったと思う。

 答えにくい質問をしたと思う。それでも先生は目をそらさず真っ直ぐに答えてくれた。


 その後先生は成功確率が何パーセントでとか、手術をするとしたらどんな方法でとかそんなことを教えてくれたけど、僕は手術しないことを選んだ。


 手術してまで生きる意味が僕にはないから。


 手術しないことを選んだことを先生は何も言わなかった。代わりに部屋に戻る途中で何か叶えたいことはあるかと聞かれた。


「星が、星空が見たいです。できれば満天の」

「満天の星空か……いいよ、すぐにという訳にはいかないけど叶えてあげよう」


 笑うでもなく、叶えてあげると言ってくれた先生は神様かと思った。


 もちろん先生が叶えてあげると言ってくれたからといって必ずなにかしてくれるというわけではないことを知っていたけど、それでも嬉しくなった。


 何も無い時間が二ヶ月、いや三ヶ月たっただろうか。


 検査が終わると同時に静かな病室に賑やかな声が4人集まった。


 学生の頃よく遊んでいて、社会人になっても連絡を取っていた3人。今までも何度か見舞いには来ていたけど三人全員集まったのは今回が初めてだ。


「やぁ、君たち。相川くんは準備万端だよ」


 三人が来たことを確認しそんなことをいう先生。

 何が準備万端だというのだろう……。


「相川くん、君には二日間の外泊許可をだします」

「え?」


 外泊許可、この言葉が何を意味するのかはもちろん知ってる。

 だけど信じられなかった。だって僕の体は日に日に悪化しかしていない。


「星空を見ておいで」


 そういった先生の目は少しだけ潤んでるように見えたけど、気のせいかな。


 僕は頭が追いつかなかったけど三人は以前から聞いていたのか移動は任せろ! とか私の実家星綺麗に見えるから楽しみにしてて! とか口々に言い出した。


 本当に先生は叶えてくれるつもりだったこと、僕のわがままに付き合ってくれる人たちがいることに僕は泣きたくなった。


 外泊許可が出された次の日。

 車椅子のまま車に乗り、街からぬけだした。

 車に乗ったのも久しぶりで何もかもが初めての感覚に陥り、久しぶりに生きてる感覚がした。


 星空が綺麗に見える場所として連れていかれたのは僕が過ごしていた街とは打って変わり、建物が少ししかなく、コンビニやスーバーも自転車を使わなければなかなか難しい場所だった。


 既に夕方となっていたけど、移動するだけでも疲れただろうということで僕達は一度旅館に向かい、夜に外へ行こうという話になった。


 星を見に行くまでしっかり寝て、体力持たせるんだぞと言われていたけど遠足前日の子供のようにワクワクして僕は眠れないまま時間が来た。


「相川くん? ついたよ?」


 旅館から離れた所が1番綺麗ということでまた車に乗っていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ……。


「これはすげーぜ、上見ろよ」


 そう言われ僕も見上げる。

 見上げた先にあったのは写真でしか見たことがなかった星空。


 闇夜に光り輝く無数の光。その光景に僕は見惚れた。

 同時にこの光景が見れるのは最初で最後なのだということを知り、涙を流した。


 涙は次から次へと溢れとまりそうにない……。だけど僕は良かったと思った。幸せ者だとすら思えた。夢を叶えることが出来たのだから。誰かからすれば小さい夢だろうけど、僕にとっては大きい夢で叶えられたことがとても誇らしい。


 誇らしいと思えた後も涙は流れ続け、もはや嬉し涙なのか悲し涙なのかも分からなくなってしまったけど止めようとは思わなかった。


 そんな僕を星空はいつまでも優しく包み込んでくれた。



お読みいただきありがとうございました!


人によっては些細な願いも、大きな願いだったりします

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終わり方はともかくとして、綺麗な話でした。指摘はナシですね。 短冊に願い事、の辺りは何となくSFを彷彿させました(笑)。 フェードアウトだから読後感が良いのでしょうか、演出勝ちですね。 […
[良い点] 限られた命で最期に何か願いを叶えるために動く!そのために本人だけでなく、医者、本人の友人たちまでもが協力して実現しようとする姿勢に心打たれました。私は持病もなく健康ではありますが、日々の生…
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