第6話 決死
1.元街道
炎によって溶解した金属製の看板が、地面へと崩れ落ちる。
もはや、地上は火炎地獄と言っても相違ない状況だ。
…空中に浮かぶ【世界】は、ついにこの状況を把握する。
五人の悲鳴。そして、案内人たる【隠者】の護衛の少女の消失。
自分一人しか残っていない、と、判断するには充分な材料だ。
「…やれやれ。レイザド。やってくれるな。」
…地上をうろつき回る無数の火炎蛇。
彼らが一斉に、アーサーの方へと放たれたらどうなるか。
…想像するに、難くない。
やはり、単騎であれほどの規模を発生させることができるレイザドは、厄介に過ぎる。
そのため、俺が唯一生き残れたのも、焼け死んだ彼らが地表にとどまって、空中へと来る蛇が少なかったからでもある。
「…これでは、俺がここでそいつを消さねばならないと言う事か。」
アーサーを殺させるわけにはいかない。それにこの蛇を消しても俺は余力が残る。アーサーの増援に行ける。
「【世界】。」
ならば、やる他ないだろう。
【世界】の持つ72のスキル。その全てのスキルの、真の力は連続して五回のみ放つ事が出来る。
チャージタイムは、一発にして二時間程だが、問題はない。
…槍に、光の渦が纏われる。
その槍の外観を埋め尽くすようにそれは駆動し、回転する。
…そして、彼の兜はそれを確認するかのように傾いた。
───槍が、振り抜かれる。
嵐が、槍から飛び立って、収束点はそのままに、無限の螺旋を描いてゆく。
…それは、レイザドが火力減衰しないギリギリのラインを見極めて作った火炎地獄を、その、街をも包み込める"炎熱領域"を───。
───いとも、乱雑に、吹き飛ばした。
(…アーサーでも、わざわざ延々とアフラと戦い続けるのは、無理と考えるだろう。)
(ここで勝ったって、奴は復活する。それなら、何故あいつは───。)
『…いや、因縁を、完璧に消し去るだけだよ。サラ。』
『悪いが、少し手伝ってくれないか。』
『【組織】を、打倒する。』
『まぁ、つまりは。』
『表のストーリーを続ける為に、アフラを、再起不能にする。』
(───アフラを、再起不能にするだなんて言えたんだ?)
その言葉の真意はつまり、アフラの力を奪う事。
今でなお世界に対する影響力を持つ、アフラの多重なるランクアップによって得た恩恵を、アーサーは取り除こうというのだ。
少なくとも、【世界】はそう感じ取った。
「行くぞ、レイザド。」
「魔術師の弱さを、改めて教えてやる。」
2.元路地裏
瓦礫の中、一人の少女が、一陣の風に見間違えるような速度で、生存者を探そうと探し回る、が。
「…君が、話に聞いていた彼女の助手か。」
その少女は、突然に糸によって絡め取られた。
「───ッ!?あ、あなたは、一体…?」
「サラ君から、連絡は来ていた。」
紳士然とした男は、荒野へと足を踏み入れ、そして、"焼け焦げた少女"を一瞥した。
全身に火傷を負っているが、どちらかと言えば軽傷。
その神速にて、範囲外へと迅速に飛び出た故。
「サラさんの、知り合い?」
ザスターはその問いにはもう答えない。彼の中では言う事を言ったからだ。
「…だが、なんだ。アーサー君を助けてほしい、だったか。」
「それは不可能だ。」
「何故なら、彼の技術はもはや、粒子一つ一つ、という精度にまで到達している。」
「適材適所というやつだ。彼は必ず命を捨てる。」
「…え、えと。あの……。ど、どう言う…。」
「………?」
…捕まえた少女は、目をパチクリさせて混乱している。
…彼女はメッセンジャーに事前に情報も、仕込まなかったのか…?
「…どういう、ことですか…?」
「…わかった。君は今、私が言う事を必ずサラ君に伝えるんだ。いいね?」
「彼は、アフラの持つ力の源───。」
「───つまりは、重複した、四段階のランクアップを取り除く気でいる。」
3.元街道
目の前の男は、槍を構える。
「【世界】。」
世界を変える程の一撃、その二撃目は、いとも容易く装填される。
「───吹き、飛べ。」
その一撃から退避する事は───。
「【テレポート】。」
私にとっては、いとも容易く行える事だった。
「【魔術師】ッ!」
間髪入れずに、必殺への一手を言い放つ。
「【世界】ッ!」
だが、嵐はまた飛ぶ。
それは、あまりにも速く、今の、カツカツの魔力量では、全力を出しても退避は叶わない…。
「…ッ【テレポート】!」
だから、逃げる。
魔力操作により、浮遊し、逃げる。
このままでは、千日手になる事は、手に取るように分かる。だから、思考しながらも、逃走する。
…状況を、確認する。
…私の魔力はもう半分も無い。体感でわかる。指の先が、壊死しかけている。
接近戦は絶望的だ。詰め寄られたら、一撃で文字通り破壊される。
…この時ほど、長期戦を生き残る術を学ばなかった事が悔やまれた事はない…!
「…もう、"追いついて"いるぞ。」
そんな所に、背後から声。
「…そんな事は、もう分かっているんですがッ!」
声を精一杯上げて威嚇するかのように彼は言い捨てた。
「なら、ここで死ね。」
───二度目の、槍。
【世界】によるサポートは無いものの、この状態ですら、【世界】の【武装化】として、その槍は竜巻を引き連れる一撃を放てる。
だが、ここで獲られるわけには行かない。
せめて、アーサーへと対処しているアフラの負担を、少しでも軽減しなければならない。
…何か、無いものか。
…確かな浮遊感の中、思考のみが停滞した時間の中を駆け巡って───。
【精錬極技】
「───。」
「【魔術師】×───。」
無傷のまま言えるのは、きっと、その部分だけだ。
案の定、心臓を目掛けて、槍が肉を掻き分ける。
踵からそのまま足を骨ごと貫いた。
さらに、その上まだ進行のスピードは変わらない。切っ先はひたすら奥へと突き進む。
魔力は肉体から来ている。よって、飛び出す血と同様に魔力は流れ出る。
…だが、構わない。
最早、放てる魔法は、一種のみで、あるのだが。
「───【魔法弾】。」
「───【竜の魔弾】。」
威力は、三倍。さらに、【魔術師】の効果によりそれがさらに二倍され、六倍。
おおよそ、二階建ての家程の炎球が、【世界】の体を包み込む…が。
「───ッ。」
「【世界】ッ!」
竜巻にて、吹き飛ばされる。
正確には、槍をレイザドの体から引き抜き、そして振り払うと共に、嵐を発生させ、熱を退けたのだ…。
「───……。」
赤の先には、ボロボロの魔術師。竜巻のせいか、眼鏡は割れて、額からは血が滴る。
特にひどいのは、その足である。
もはや、肉片が組織ごとにつながっているのみで、機関としての役割を果たせないほどに、それは損傷していた。
…かろうじて今も浮けているのは、彼の習熟の賜物だろう。
「……驚いたぞ。」
「お前が、自爆特攻を行おうとするとは。」
「意外だった。」
レイザドは、何も答えない。
言う事は何も無い。トドメをさせとばかりに、無気力にその場に漂う。
…だからこそ、【世界】は、一瞬にて詰め寄り───。
「『黎明さる天地の蒼穹』。」
「───貫け。」
背後からひとりでに現れた両刃槍にて、その腹を貫かれた。
身に纏われる鎧は、【第二段階】に耐える事は、無かった。
「───が、ぁぁあッ!!」
だが、【世界】の勢いは止まらない。
そのまま、【世界】のもつ槍は魔術師の肺を貫く。
「ご、ぼッ。」
血が吹き出る。呼吸が出来ない。
だが、今ここで両刃槍の勢いを緩めたら、それこそ全てが終わる。
どうあってもこの男を、あの人がいる戦場へと向かわせては、ならない…!
その執念ゆえか、両刃槍は【世界】の体を完全に貫き通し、そして…。
刃の部分ごと、上へと上昇する事で、開けた穴から肩までの切断を可能にした…!
「───ご、ぶふっ!?」
右腕と共に槍が、だらりと、腰までぶら下がる。
腰から肩までが、ハッキリと裂けていた。
「し、ねぇ…!!!レイザドォ!!」
だが、この男もまた、止まらない。
既に、武器を持つ腕があと幾分かで両腕とも切断される事を悟って、腹に刺さり、左肩口へと向かう両刃槍ごと魔力によって、突進しようとする。
身体に刺さる槍でさえ、武器にしようとするのだ。
「───が、ふ。ごぼ。…ぇ。」
「チェック…メイト…!!」
だが、この両刃槍は、その突進を許しはしない。
両刃槍自身の推進によって、それを退けながらもう一つの肩を破壊し───。
【世界】の首を、その兜ごと、遂に切り取った。
最後まで、止まろうとはしなかった男は、ここに果てたのだ。
…下降していく【世界】の死体と共に、影が切り裂かれるような、ずりっとした音が彼の耳に響いた。
…アフラが、危険だ。
…勝利の余韻に、浸る時間はない。
何故かわからないが、急がなくてはならないと、感じた。
「ごぼ、…ぁ、はぁ。【テレ───。」
目の端に映るは、瓦礫の山。
だが、瓦礫を蹴る衝撃音が、アフラの所在を明らかにしていた。
「───ポート】。」
…彼は何か直感的な物を感じながら、飛ぶ。
「ふふ、この場を、救うのは、誰なのか───。」
そうしてたどり着いた場所は、刃の前だった。
「決まっていますよ。」
「いつの時代も、それはジョーカー。」
ここまでは全て、前座に過ぎない。
だが、前座にて、終わらす事ができるのは───。
───ただ、一人だけ。




