第5話 壊滅
1.路地裏
…路地裏にまで、表の喧騒は聞こえてくるが、此処は、重く、そして多大な緊迫感に包まれていた。
此処にいる面々は、強者ばかり。
少し戦闘経験を積んだだけの私では、いとも簡単に転がされてしまうような歴戦のプレイヤー。
「ボクが君達を此処に集めたのは、これが初めてになるね。」
サラさんは言う。対峙するザタワさんはどこかイライラしていた。
だが、その割にはホルスターから手を離している。その挙動は、サラという人物が彼にとって信頼に値する事を示していた。
「アーサーについて話があるって言うからついてきたのによ、肝心の内容はなんなんだ?」
それにレイザドさんが続いた。
「我々は先の動乱にて打ち倒され、全ての力を奪われた…。」
「マイナスイメージしか、もとより彼には持ってませんが?」
我々は、アーサー打倒のためにしか動かないぞ、と。暗にそう言っているようだった。
それにサラさんが返す。
「アフラの目的に、協力しているみたいなのさ。」
───場は、急速に凍る。
アフラ、その名はこの場に過剰な程度の衝撃を与えるには、充分すぎるワード。
…この場に集まった、七人。ザタワ、ザワルド、カイン、【月】、【審判】、【女帝】、【魔術師】。
そして、その中で言葉を発するのが一番早かったのがザタワさん。
前のアークデーモン討伐にて、アーサーさんと戦った人。話を聞く限りには、アーサーさんは無理矢理この人の力を奪ったらしい。
「アフラ、か。殺す。」
「あいつ、裏の利点を最大限に生かす方法を最後まで教えなかった。」
その割には、アーサーさんへ直接的な文句を言う事は無かった。
「…あの、それは、何ですか?」
「…ま、もう価値がねえ情報だからな、教えてやる。」
「ランクアップって知ってるか?」
「…え、と、すみません…。」
「あーもう良い。なら、要点だけ伝える。あいつは、一人一つ限定の物を、多重に取得することが出来た。」
「…それは、奴の能力によるものかもしれねぇな。」
「───つまり俺は、その方法を知りたかった。」
彼はそう、一口に言い切ってしまった。
私は、つい始末に困ったような顔をして、取り敢えずの社交辞令にて返してしまう。
「あ、ありがとうございます。」
「おい、えーと…嬢ちゃん。」
「アーサーに会ったらしいが、彼奴は、どんな奴だった?」
「…?物腰柔らかで、優しい人でした。」
「…彼奴とは、三回くらいは戦ったが。」
「一度も、まともに話した事はねぇ。」
(アーサーが本気で寝返ったのかどうかも、俺には判別がつかない。)
(…下手に協力するのも、考えものだな、これは。知らず知らずのうちに…みたいな。)
「………。」
複雑そうな顔で、悩んでいた。
…二人目は、ザワルドさん。
あの時、タイトと言う私とアーサーさんが敗北した男と、私達の前に戦っていた人。
「アーサーが、アフラなんかに着くはずがない。」
「何でそう思うんですか?」
「決まっている。アフラの目的はこの世界の才覚を一点に集約し、女神を再誕。」
「…つまりは、奴は裏のストーリーを取り戻そうとしている。アーサーは裏のストーリーに対しては割と反対派だ。」
それを、三人目の【月】は、"待て"と遮った。
「…彼奴は、表のストーリーを俺たちが取り戻そうとしたところを妨害した。」
「…俺には奴が分からない。何故、俺たちが行っていた女神の復活を妨げて、自身はそれをやり遂げようとするその精神がな。」
そこに【魔術師】は突っ込む。
「女神の実体を、復活させようとしたのが、ダメだったんじゃ無いんですかね。」
「うぐ。」
【女帝】も追随する。
「負けイベントに自分から突っ込もうとする精神性が、わからなかったのだろうな。」
「がはっ。」
それに駄目押しとばかりに【審判】が叩き込んだ。
「それに私達【アルカナ】ありだとしても、トーナメントの時期で、アフラさんとか【戦車】とかに打ち勝つことが出来るのか微妙ですしねぇ…。」
「………うぅ。」
「「「まぁ、リーダーが悪かった。」」」
「そんな事、言わないでぇ…。」
…その声は、どこまでも切実だった。
「明らかにしょげている…。あのオラついてた【月】も仲間ができて丸くなったんだな…。」
【月】のその様子に【世界】が、そう、セリフを言った後に、感心した態度を取る。
どこか遠い目なのは気にしない。
…そしてその後、突然に剣呑な表情となって、こう言った。
「…で、あなたはそんな事を言って、俺たちに何をさせたいんだ?サラさん。」
仲良し四人組の漫才を終えて、すっかりたるんでいた空気が、張り詰める。
だが、サラはそんなもの意に介さぬ様に自然体にて答えた。
「情報を渡すだけだよ、ボクは。」
「君達に、うまく踊ってもらうために、ね。」
エルがそれに続く。
「サラさんは、これからアーサーさんと会談する予定なんです。」
カインがどうでも良さげに空を見上げるのをやめて、やっとサラの方を向く。
「成る程ね。実際に確かめろと。」
「その目で見たものを、出来れば信じて欲しいからね。」
「ダンスを踊れと言った手前、アンタから渡された情報は怪しすぎる…。だから、見ておけと、そう言う話か。」
「…じゃあ、ボクは行ってくる。」
映像は、プロジェクターより映し出される。基本的に会話内容は会談の場のすぐ側に居るために、改造は不可能。
そのため、はっきりとした真実のみが、届けられるのだ。
2.廃墟
結果的に言えば、サラさんの計画は、成功した。
この遭逢にて、アーサーとアフラの対立を、はっきりと彼ら七人に見せる事が出来たのだから。
「…アーサーを、敵に見る必要は、無いようだな。」
【月】も、やっと偏見を捨てれたみたいだ。
…だが、アフラさんの登場後に、すぐ、"演劇"は、始まった。
───それは、何から始まったのだろう。
「…クク、成る程。次の指令は、これと言うわけですか。」
【女帝】は、偶然にも【魔術師】の近くにてその様を観察していた。が、その様子がおかしい事に気づいて、後ずさる。
「…どうした。レイザド。」
───マジシャンの笑い声から?
「【幻魔盾】、『概念抽出』。」
───それとも、元盟主の臨戦態勢か。
「【高速詠唱】、【焼却】!」
なんの印押しもない、ただの呪文。
だが、先制を取る目的であれば、問題は、無い。巨大な火球が空間に現れる。
「…っ。」
「二人とも、何をしようとしているッ!?レイザド、ザワルド!」
「おい、【月】。やめておけ。此奴はもう…。」
【魔術師】より更に七歩ほど離れた位置へと退避する【女帝】。
【月】は、【世界】と【魔術師】の二人を仲裁しようと試みる、だが…。
「…───邪魔ですね。」
その時、火球は、【月】の身体を包み込んだ。
「【縮地】ッ!!」
その一言にて、致死の一撃を避けることに成功する。だが、状況は、避けただけでは一変もする事は無い…!
「…おい、レイザド。何のつもりだ。」
【塔】が此処に居る人間の意思を代弁したかの様に問いかけた。
それに対して、レイザドは深い笑みを浮かべて道化を演じる様に言い返した。
「何って、反乱分子の粛清ですよ。」
…その言葉に、【女帝】は眉を顰める。
「…成る程な、お前は初めから、味方のふりをして、潜り込んでいたと。」
「仲間でしたよ?ですが、今回は事情が違いましてねぇ…。」
その様子を、エル…。私は、見ている事しか出来ない。
六対一と、状況はあまり切迫していない事が、見て分かるために。
…レイザドさんは今、ここに集まった者に対しては、大した脅威にはならない。だが、誰も臨戦態勢を解かない。
レイザド側のアクションを、待っているのだ。
…そうして、再び現れた静寂に、物申す者がまた一人。
「───時間稼ぎ、ですか?レイザドさん。」
「貴方だって、この状況で勝てるとは思って無いですよね。私には、分かってます。」
【審判】である。
彼女は何処までも冷血に、目の前の"敵"を見据えていた。
それは、未だショックを受けて発言できないでいる【月】とは何処までも対照的だった。
「…成る程。分かりました、最早これまでの様ですね。」
肩を竦める。
…彼だって分かりきっていたのだろう、その声色は、酷く軽薄なものだった。
「でも、せめて、この話くらいは、聞いておいて欲しいですねぇ。」
だが、その軽薄さの中に包まれた内容は私達を此処に拘束するには充分すぎた。
「私は、あの人の動機を、あなた方に話す事が出来ますよ?」
その一言は、ここに集まる全ての者を魅了する。
…動機。此処に居る皆が一番気になっているモノ。アフラは、裏のストーリーに何を求めているのか。
その為、各々の動きが、止まる。
「…簡潔に言いましょう。あの人は、裏のストーリーに───。」
「───更なる階位を、求めている。」
…予想、していた答えの中の一つ。
さらなる力を、彼は求めているという事。
特に、アフラを知っていた者たちからすれば、それは驚くことでは無い。
「…方法は?」
アフラのランクアップの方法について、人一倍興味を持っていたのは、【塔】。
だからこそ、はじめにこう聞くのは、当然の事であった。
「【隠者】の権能ですよ。たった一つ残った、女神の力の分家。」
「暗示は、真実の探求。」
「つまり、効果は全てのイベント条件を知る事…。」
「じゃあ、あいつが四段階のランクアップを行えたのは…。」
「えぇ、まぁ、はい、裏の【メインストーリー】、その終着点…。」
「【英雄大陸アスガルド】。そこに、複数のランクアップイベントを見つけたんでしょう。きっと、ね。」
(彼は、ランクアップイベントは確かに"一つ"しか無い、と語っていましたが。)
(強制的に、それも重複して、できるって事ですかね…。)
そして、ついに一分ほど経過した事を確認すると…。
「【<撃滅衝波>】ッ!!!」
その様な声が、家を隔てた裏路地全体に響き渡り───。
「うぉぉっ…!?」
「大将、大丈夫か!?」
「バカ言え、レイザドが目の前にいるんだ!頼むから視線を逸らすなよ…!」
衝撃によって吹き飛ぶ地面が、この場の七人を散り散りにする事に、成功したのであった。
「…今の声は、アーサーか!」
(足止め、その目的はアーサーを確実にアフラが仕留めるまでの時間稼ぎ…。)
だが、スキルの鎧のお陰か、空中浮遊もお手の物のザワルド。
(ならば、アーサーと協力してアフラを倒すだけだ…!)
アーサーの元へと急行しようとするが…。
「行かせませんよ…!【高速詠唱】。」
「【焼却】ッ!」
巨大な火球を、アーサーとアフラの戦っている方面へと置いて牽制する。
その結果、目論見通りに【世界】の進行は遅くなるが、これでは意味がない。
…新たな才覚の方の【魔術師】は、効果そのものは変わらないが、連続で五発、一発のリチャージには三十分はかかる。
「ですが、これでは仕方ありませんね…!」
「【魔術師】ッ!!」
扱う特性は、『収束』、『炎』、『竜巻』。
五重には重ねない。それをした所で、放てる魔力は自身にはない事は分かっているからだ。
…何故ならば、この一撃は単一方陣でさえ、あの『魔槍』の熱量を、遥かに上回っているのだから。
「───【焼却:───。」
赤い点が、その"大魔法陣"が、屋根を超え、地面へと、展開される…!
「…ッこれは、ヤバイ奴じゃねぇか…?」
【魔術師】…
『相手の全ての魔法攻撃を〇.五倍し、自身の魔法攻撃を二倍する。全ての知っている魔法を使用可能であり、射程は無限。ステータスはレベルアップ以外は変化する事はない。宣言すると【大魔術】、【高速詠唱】、【破壊】、【魔力増強】が適応される。(連続で放てるのは五発、一発のリチャージには三十分必要)』
これの射程は、無限。
よって、彼の周りの、その全ての地表が魔法陣により、赤く染まる事となった。
一つの円が、視界の端まで街を包み込む。
この事態に誰もが、焦燥感を抱く。地面から現れるのだ。あの、ザスターの城をも喰らった極炎が…!
「なに、大丈夫だ。」
だが、この者は違う。
「───要は、放たれる前に撃ち貫けば良いのだろう?」
絶望のβでも、最後まで先頭にて戦い続けた彼だけは、決して───。
「奇遇だな。」
「俺たちも、そう思っていたところだ。」
───"彼ら"だけは、決して、諦める事はない。
「…だってさ、大将。」
「…言われんでもだ。【武装化】ッ!!」
その手には、巨砲が。
「模倣【第二段階】───。」
その手には剣が。
「【女帝】、重力方向、変化…!」
双大剣と姫は、いとも軽々と空を舞う…!
「『高魔力砲』ッ!吹き飛びやがれぇぇぇぇッ!!!」
「───『終焉の稲妻』ッ!」
「【衝撃波】ッ!!」
剣は無数に枝分かれし、退路を塞ぐ。
その砲は防御ごと肉体を消しとばす破壊力を持つ。
追撃とばかりに放たれた【衝撃波】は、あまり脅威では無いが、【女帝】が近づいている事がまずい。
近接戦に持ち込まれたらまず勝つ事は出来ない。
それに、今さっき魔術を放とうと魔力をすっからかんにしたばかりだ。身体が魔力切れを起こして節々に力が入らない…。
接近戦闘に限れば、今は絶望的な状況だ。
…だが、まぁ。
彼らは、【魔法使い】とあまり戦ってないせいで鈍っているんですかね?
…そうだったら、あぁ、嘆かわしい。
だって、ほら。
「───世界蛇】。」
私がその一節を言うのと、あなた方が攻撃するの。
どちらが速いかなんて、一目瞭然でしょう?
「───消し飛ぶがいい!」
…その宣言通り。
巨大なとぐろを巻いた複数の火炎が、その大魔法陣の至る所から現れ…。
「…くそ…ッ!」
「 そ、んな…!?」
「ぐああああっ!?」
三人の絶叫が、巨大な炎の蛇の腹内にこだました。
あまりにも、呆気なさすぎる幕引き。
果たして、この結末は、彼らには分かっていたのだろうか。
…そして、その絶叫を聞くものは、二人。
炎に背を向けて、全力で疾走する。
「…やれやれ、俺は逃げろと言ったんだがね。」
「…実際、逃げ切れない範囲では、無かったですね…ッ!?」
【審判】と、カインだ。
彼らはやっと、魔法陣の外へと脱出する事に成功する。
…そう、成功したのだ。
魔法陣の外に出る事は。
「…おっと。」
彼は何かに気づいたかのように眉を顰め、そして、ため息を一つ。
「逃がすわけ、ありませんよ?」
続けて、ハハッと笑って顔を愉悦に歪める。
「───あなた方も、ここで消えてもらいます。」
…蛇は、魔法陣から現れた。
「っ、お、追いつかれてますよ…!」
なら、"現れた後"、どうする?
「走るしかないだろ!急げッ!!」
そう、のたうちまわる。
「だ、ダメ!追い付かれる───ッ!?」
地面を、這いずり回る。
「追従してくる、だと…!?」
振り返れば、死がそこに、口を開けて待っていた。
熱は、世界を覆う。
「ぐがああああああッ!?」
そしてまた、死が繰り返される…!
「あ、あつ、あ、ああ。」
声帯が焼かれるためか、ガスが肺に入り込むためか。
その悲鳴は、いずれも長くは続かない。
「───はは。」
彼は、それを聞いて喜ぶようなそぶりを見せた。
両腕で空を抱えるようにして、溢れんばかりの喝采を浴びるように。
「───私の、勝ちだ。」
災厄を顕現させた張本人は、いとも簡単に歴戦の五人を壊滅せしめたのだ。
───残すものは、あと、二人。




