第3話 犠牲
1.街道
…街道は、三日前に既に大きな災害が起きていたにも関わらず、随分と人が集まっていた。
…そして、その中には、金髪をした少女も。
「ポーション五つと研ぎ石下さい。」
街道の側面、家が立ち並ぶ方で買い物をして、そしてギルドの依頼へと出向く。
…アーサーは、まだ、見つけられていない。早く、あの人へ情報を渡さなければならないのに。
探すだけならば、フレンド機能があるでは無いか、と思うだろう。
実は、フレンドリストでの通話や位置特定は戦闘時以外で15キロメートル内の人間にしか繋がらないらしい。
彼は、常に戦闘中なのか、それとも、遠い地域(ゲーム内)に居るのか。
「…はぁ。」
…その事は、あの災害の日に起こった陰謀らしきものに、自身が関わる資格がない事を浮き彫りにしていた。
…そんな、そんな時だった。
2.バゼリ王国穀倉地域
いつも通りゲームを楽しもうと、クエストを受けて、そして───。
彼女は【最高位悪魔】と、出会ってしまった。
自身と相手の力量差すら、考える事なく、無謀に。
「───その、程度か。」
討伐依頼が出されているモンスターのその全てがNPCである確証は無い。
強大な力を持つ魔物プレイヤーに、初心者は太刀打ちできない。
「───やぁぁッ!!」
掛け声とともに、その手に握る【武装化】を振る。
上段からの一撃。速さも、狙いも申し分ないが───。
「───少し、幼稚が過ぎる。」
…【武装化】が、いとも易々と目の前の彼の手甲に受け止められる。
すぐさま、剣を離して腹に蹴りを入れるが───。
その脚を掴まれ、無残にも、投げ飛ばされる。
「───痛ッ!?」
…放り投げられた私の、目の前に佇むのは、一人の、それも美形の男。
…そう、これこそが、【最高位悪魔】。
圧倒的なその力に、立ち向かう事すらできない。
「───不意打ちか、邪魔だ。」
「───ッ!?」
(いや、ダメだ!ここで止まるなッ!)
「───【剛撃】ッ!!」
暗殺者は、その大きな斧を振り下ろす…!
「【爆裂魔法】。」
だが、【最高位悪魔】は、後ろを見ずにその手を少し振るっただけで、不意打ちを仕掛けようとした仲間を【爆裂魔法】にて焼き払った。
「…ッぐぁあ!?」
「マキナさんッ!」
放たれた【爆裂魔法】に、派手に吹き飛ばされる男。だが、間髪入れずにそこにヒールが入る。
「【治癒】!皆さん、頼みます!」
「おうよ!」「任された!」「わかった!」
「【剛撃】!」「【衝撃波】!」「【魔砲】!」
残っていた三人の同時攻撃。
だが、意味がない事は既にわかった。
「───ならば、殺す。」
一瞬にて、前衛二人と後衛一人が、背後に回られ、臓腑を掴み取られていたから。
「弱い…。依頼主の言っていた掘り出し物を見つけるのは楽ではないな。」
「───そこの斧戦士。お前もそう思わないか?」
…悪魔の姿は、遥か遠方。
私は、彼がいとも速い速度で腹に穴を開ける作業を、見ている事しか出来なかった…!
「さぁ、どうかね…。」
「【武装化】…!」
斧は、顕現する。
「【多重反撃】…!」
「【一騎打ちの誉れ】ッ!」
その斧は、片刃のみの、だが、下手な大剣ほどの刃を持つ。
それが、こちらへと向かってくる相手へと、カチ上げるような軌道で、振るわれた…!
「───遅い。」
【一騎打ちの誉れ】は、対象にされた者の体を、使用者へと引っ張るスキルだ。
…だからこそ、それは、使用者の頭上に向けて推進力を向ければ、軌道が誉れの使用者を中心に楕円となるだけですむ。
───だからこそ、彼は、目を剥くような魔力による速さで、マキナの頭上へとたどり着き、その首を捻りとる。
万力の様な力で放たれた斧は、当然の様に、彼がその腕で押すだけ、それだけで退けられた。
「───へ?」
ここで驚愕すべきは、【一騎討ちの誉れ】適用下での移動という圧倒的な技術と、それを可能にする身体能力。
そして、その後、マキナの背後に佇むアリスを、その爆裂魔法で粉微塵に消し飛ばした。
「───脆い。」
歴戦の二人は、その動きを目で追う事も出来ずに、ただ、ただ、物言わぬ屍となったのだ。
「…どうして。」
そして、その言葉は、全てが見えてしまっていた、把握してしまった故に出た絶望。
この時間にして九秒も無い戦闘に目で追いつくだけでも充分すぎる偉業だが、いかんせん、立ち向かうには、彼女は賢すぎた。
この貧弱な肉体では、一撃たりとも防ぐ事が出来ないだろう、と。
そう、結論を出してしまったからだ。
…そんな時だった。
「───銃を撃つのに、スキルはいらねぇ。」
弾倉が、銃から放たれたのは。
「派手に、吹き飛べ。」
…そして、その弾丸は、横からその頭部へと向かい、【最高位悪魔】の脳漿を抉り出す所で…。
───瞬時に貼られた魔力壁によって、威力を減衰させられた。
「───ッやって、くれるなっ!」
その後は、身体ごと吹っ飛ぶ事で、せめてもの頭部への衝撃を軽減する。
そして、そのまま空中で1回転、下手人を見る、その時に───。
───追加の弾丸は、二発ずつ四肢を穿つ。
「【塔】。」
そして彼は、誇らしく…。
「【武装化】!」
かつて奪われた栄光の名を、ここに叫んだ!
「『高魔力砲』ッ!───吹き飛びやがれッ!!」
そして彼の手に現れたのは、巨大な砲身。人間用にデチューンされたそれは、今のサイズでも、肩に担ぐ必要がある。
…そして、その引き金を、握っているグリップを引くことにて、引いた。
───閃光が、奔る。
その中で、退路を断たれた【最高位悪魔】は、何気なしに背後を見た。
そして、黄金の穂の物陰に、槍を持った手練れが潜む事を察知すると、最早これまでとして、何かを喋り出した。
「…はは。」
「なるほど、そういう依頼か。」
…一つ、めぼしいプレイヤーを探してこいとの事だったが。
「露払いをしてこいと、この俺に言ったのか。」
今ここに、リストに載った【塔】が居る事、そして…。
「なら、探す協力はここまでにしよう───。」
「アーサー。」
今ここに、一人の男が向かってきている事。
…そして、彼の身体は、水に砂糖が解ける様に、スムーズに消えていった…。
だが、これで終わりではない。
「【武装化】。」
上空から着地し、受け身を取る事で勢いを殺して立ち上がる。
そして、『高魔力砲』を担ぐ男の前に、アーサーは立ちはだかった…!
「アーサーか…!」
「お前は、何故あの男に服従している!」
…剣が、迫る。
一瞬にて彼らの差は縮められ、『高魔力砲』を盾に、その一撃を防ぐ…。
だが、長くは持たない。その盾は、爆散する、そして、その煙は煙幕となり、影に隠れる者の援護と、逃げる【塔】の支援を行う…!
アーサーは、【塔】から投げかけられた疑問に答えた。
「いざという時の為…といったらどうします?」
そして、その答えに疑問を呈する男の弾丸が、アーサーの足を射抜いた。
その男は槍を持ちながら、拳銃をホルスターへと戻す。
「ならよ、今ここで俺たちを殺すのはメリットが無くないか?」
「…それは、早とちりです。」
「生け捕りにする為に交戦するだけで、殺しはしません。」
そして、アーサーはちらりと、表情を伺った。
「…出来れば、此方についてきてほしいのですが…。」
これは、アーサーはもう手遅れだと思ったのだろう。カインはそう思った。
「…なら、靴でも舐めてればいいさ、犬っころ!」
「【武装化】!」
…一見、意味のわからない問答。
それを理解できたのは、両者のみ。
巨大な槍を手に持って、カインはアーサーへと斬りかかる…!
「へぇ、嗅ぎまわってるのは、彼女か。」
ザスターでさえ、その者の全容は知れない。
「【アルカナ】、女神の大元のその力を、奪われずにいるのは、今やボクだけになっちゃったけど。」
その者の名は、【隠者】。
「…これには参加したく無いな。でも、彼らの実力は知っておきたい。最終段階の事もあるし…。」
それは、遠目から戦闘の様子を確認する。
アーサーは避ける。攻撃を避けて反撃しようとする、だが、身についている急所狙いが中々取れず、疲弊していく。
彼にとっては挨拶がわりの【魔法剣:煌撃】を使った【衝撃波】ですら、当たれば必殺同然。
かといって無力化しなければ生け捕りには、"レジスタンス"に加える事はできない。
彼は同然の如く、槍によって動きを制限されたところを銃にて打ち倒された。
…手加減しながら戦うからそうなるのだ。一度は僕にも勝ったのに、情けない。
「…情報屋としてのスペック、それを使えば…。」
「よし、決めた。まずは───。」
3.路地裏
【魔法通信機】を利用した通信。利用したのはこれで3度目だ。
偽名を使って、通信を行おうとしていたところに、彼女は現れた。
「おい、ジャック───「いるよ。」」
サラは、いつのまにか、俺の背後へと佇んでいた。
「全てを、終わらすんでしょ。分かってる。」
「このゲームを、ゲームじゃなくするために、そして、【組織】と一緒に。」
そして、どこか冷ややかな表情で俺の前へと移動する。
「…いや、因縁を、完璧に消し去るだけだよ。サラ。」
…俺のその言葉に、彼女はすこし、怪しげな顔になる。だが、それを無視して、俺は続けた。
「悪いが、少し手伝ってくれないか。」
「【組織】を、打倒する。」
「まぁ、つまりは。」
「表のストーリーを続ける為に、アフラを、再起不能にする。」
信頼できる協力者へと、確かにそう言ったのだ。
「報酬は?」
当然、金の話。
彼女は当てが外れて、少々乱雑になっていた。と、俺は判断する。
「…言うと思った。いや、当然なんだけども。」
予想していなかったわけではない。実際に俺は彼女について、殆ど知らないからだ。
協力者とは言ってはいるが、あくまでも金での関係。
何故か、いつも俺を懇意にさせてくれるだけ。
「仕事がタダで済むほど、ボクらの間には友情なんて無いだろ?」
それを見透かしたかの様に、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべる。
「………。」
俺は、俺はほんの少し、躊躇した。
何故なら、今の彼女はすごく怖い。
その在り方は、事態を俺の望まぬ方向へと進ませることを、躊躇しないだろう。
「…俺たちの、この関係は。」
「……?」
「いつから、始まったんだろうか。」
「協力者と、俺たちはお互いを認識しているが。」
「大きなキッカケがあったとは、とても───。」
俺の言葉を、指で彼は制した。
「そうだね。なら、話さなくちゃならない事がある。」
「君が、本来知るべきなんだけどね。」
何処か焦ったような口調だ。いや、表には出してはいないけど。とにかく、義務感のようなものが、感じられる。
「ボクは───。」
「分かった。【魂装】の話と引き換えだ。」
───俺は、その話を、逆に遮った。
「…なんで、遮ったの。」
また、彼女を不満げにさせてしまった。
ぷくっと膨れ上がる…とはいかないが、その様子が察せられる表情だった。
俺は、それを意に介さず続ける。
「君は、俺に感情をたまに見せていない時がある。」
「感情を悟られまいとしている。」
「───ッ!?そうかな、これでも出してるつもりではいるんだけど。酷いなぁ。」
図星を突かれたように、すっ、と身体が止まる。自然体でいようとする彼女の努力が、逆に動揺を俺に悟らせる。
「───だが、やっと、分かった。」
「…何か分かったの?」
サラは、先程までの空気を吹き飛ばそうとするように、快活な少女を演じた。
だが、俺は分かっている。この話は、覚悟も無しに続けてしまっては、いけないと。
「お前は、自分を責めている。」
一見、繋がりがない言動だ。俺が何を言おうとしているのか、サラには分からない。
止める理由が、見当たらないのだ。今まで俺が言っていた言葉の中に。
「…それが、そうだとしたとしよう。」
「でも、ボクの話を遮ることに、なんの関係が───!」
だが、その理由を言う前に、此処で、俺の疑念を、突きつけるしか、俺にはないのだ。
「いいから、聞いてくれ!」
「───ッ。」
「お前の口から言われるよりも先に、俺の口から言わせてくれないか…!」
サラは、黙った。
「…じゃあ、言うぞ。」
まず、根拠。
「───俺の、周りには、いつも強者が集まっていた。」
「───俺の周りでは、いつも事件が起こっていた。」
「………そして、俺は、都合良く、その舞台の中心に立っていた。」
堂々と、俺は、俺の異常を、サラへと打ち明けていく。
その一つ一つに、サラの顔は真っ青になっていくようだった。
「全てを、手引きしたのは、お前なんじゃないのか!?」
…証拠なんてない。本来、VRに痕跡など残らないのだから。だが、それでも、俺はなんとかその事を話そうとしてくれていた友人へと、確証を持って突きつけた。
───静寂が、この場を包む。
「…なんで、分かったの?」
…そして、ポツリ、と、一言。
その言葉には、疑念しかない。知って欲しくなかったとか、そう言う気持ちは一切入ってなかったのだ。
「お前の動向の記録は、アガサさんに調査してもらっていた。」
「彼女は、広く集めることは苦手だが、一人を隠れて集める事は得意だ。」
「…で、どうしたい?」
「ボクは、あっさりと、白状してしまった。」
「君を、争いへと引き込んだのは、全て───。」
「───君を、都合の良い私兵として使う為だったっていうのに。」
…皆、俺を鍛えてくれた。
此処までの経験は、皆、俺の成長に加担してくれていた。
「君のゲームを、ボクは壊した。」
「あの時の宝物殿から、今に至るまで。」
「…あぁ、君がザスターとザハーミとの関係を間接的に破壊してくれたのは素晴らしかったよ。」
「君が、ザスターに認められて、ザスターを味方にしたからこそ、表のストーリーは成り立ったんだから、ね。」
「はは、は。」
「本当に、本当に───。」
「…………。」
「…君はちゃんとゲームを楽しめた筈なのに、それを自分勝手に誘導して、相手がどう、思うか。」
「分かっていたとは、思ってたんだけどね。」
「…なぁ。」
俺は、一つサラへと声をかけた。
「なにさ。」
涙も流さず、感情は動かず。
彼女は、如何にも刑を受ける前の罪人のような様相だった。
「勘違いしないでくれ。」
だから、俺はそれに待ったをかける。
「……?」
「何を、どう勘違いしろっていうの。」
こいつには、サラには、分かっていない事がある。
「───俺は、凄く楽しかった。」
あれ程の波乱の、主人公に立てたのは、とてつもない、幸運なのだ、と。
「ザスターが居た。」
思い出すのは、紳士然とした男。
「仲間が居た。」
思い出すのは、快活な槍兵。
「そして、協力者が居た。」
「…座標固定、成功。両者の存在を確認。」
「【隠者】、『e666』。」
「この空間に、試験運用開始。」
…そして、目の前にいる、彼女を見た。
「こんなにも、良く出来たゲームは、やった事が、無かったんだ。」
だから───。
「───だから、エンディングを見に行こう。」
「サラ。」
サラは、一旦、しどろもどろになりながら、それでも、はっきりと。
「いいの…?」
「良い。」
「最大の功労者が、一緒に行かなきゃ、意味ないだろ?」
俺は、軽く言った。
…彼女は、生唾を飲み込んで。
「…っじゃあ。」
そして、覚悟を決めて、口を開く。
そして、精一杯の笑顔を作って、彼女は言った。
「っじゃあ、協力───「先ずはさ。」」
その時、だった。
───目の前で、内蔵が、弾けた。
「ぐ、う…ッ!」
「───同業者を、殺しとかないとね。」
その拳は、いとも容易く、反応すら許させずにサラの生存機能を奪った。
「【君を】【ゲームから】───。」
「───【消去する】。」
そして、その身体は、消え去る。
青い粒子が、紫色となって、そして灰に変わって───。
「【粒子操作】、発動…!」
───なにか、マズイ。
その寸前に、その身体のデータが含まれた粒子を、60%のみ確保する。
「おや、アーサー君か。」
「うまく、彼女を効果範囲から外したみたいだね。」
「データの完全なバックアップには満たないだろうけど。」
彼は、まだそこに残った残滓を分解して、そして今俺の方へと向かって来ようとしている…。
「さっきのは、何だ…!」
粒子は、基本的に散り散りになったら、あたかも消失するように天へと昇る。
「見ての通りだよ。元後輩。」
「同業者を、デリートしただけさ。」
「永遠に、このゲームから。」
その例に違わず、俺が確保できたサラの粒子の残りは、姿を消していた。
…俺は、その事を確認して、アフラへと視点をずらす。
「何故、データを壊せた…!【占い師】の、四段階目の力は、其れほどの物か…?」
「へぇ、分かるもんだね。」
「確かに、元は其れに依っていたよ。」
「粒子が、破壊されていくなんて、見たことも無いぞ…!」
「君だって、似たような事はしていた。」
「僕は、粒子を書き換えただけだ。君と同じようにね。」
彼はそういってかぶりを振った。
だが、俺にはどうしても納得できない事があった。
「…"終末"までは、俺達に手を出さない、というのは、嘘だったのか。」
「お前は、俺に反逆者を集めろと、言っていたじゃないか。」
「…そうなるね。まぁ、ただデータの調整が速く終わっただけなんだけど。」
「…お話は、此処までにしよう。【来い】、【ウォーン】。」
「───あいよ。」
その一言により、黒鎧の魔物が降臨する。
そして、此処に、【組織】に対する、たったひとりの侵略者の戦いが、始まった。
…その場を見つめる、観測者と共に。
【囁き】…レベル×〇.〇一キロメートルの相手にメッセージを伝える。(このスキルはレベル三〇〇〇以上から成長することはない。)
【アーサーを、探せ。】




