第7話 孤軍奮闘
1.遺跡
---ドォォォオォォォン…!!!!
大地が揺れる。
太陽が落ちたかのような振動に耳を塞ごうと考えるが、今のこの状況ではそれは無理なことだと、彼女は分かっていた。
「…ッ!【焉撃槍】ッ!」
何事も無く、戦闘は続いていく…。
「【波撃】…!」
---走る、走りながら彼らは時に交差する。
…されど、お互いの得物がぶつかり合うことはなく、衝撃波のみが眼前を占有する。
---ドルゥンッ!
---ズバァァンッ!
かたやギリギリの所で避けられ、かたや『暗黒騎士の甲冑』にはばまれる。だが、攻撃を当てられているのは【審判】のみ、必然的にどちらが有利かは時間が経てばハッキリすること。
…あの爆発がキーだったのだろうか。【審判】のペースダウンが目に見えるほどになっていた、相手は隠したがっているようだが。
ミラはこの動きを良く知っている。疲れているように見せかけ、本命を油断したところに突き出すのだ。戦場で何度もやられ、何度も行ってきた行為でもある。
---だから、こう言う時の対処法もまた、知っている。
「【祝福】…【波撃】ッ!」
要は、相手は舐め腐って出し惜しみをしている、ならば…。
(速攻を当てれば、奴はその舐め腐った動きで対応するしかない…!)
人間、急な方向転換は無理だ。いきなり戦闘のギアを上げることはできない。それも、自身から下げ始めたものを。
---接近あるのみ。
「…獲ったッ!」
鎌が、綺麗に半月を描いて【審判】へと直撃する軌道を取る。
ギアは、上げられない。だが、ここで首を出してきた獲物をみすみす逃す訳にも行かない…。
一瞬の戸惑いの後。
「…【暗黒撃】ッ…!」
---彼女は、捨て身に出た。彼女の体は甲冑が覆っている。生半可な攻撃を通しはしない甲冑が。
甲冑型の【第二段階】によって、防御力がかなり高められている。
…たとえ、【波撃】をモロに食らったとしても、ダメージはもらわないだろう。
ちょっと待て。
ならば何故、"速攻"で勝てるとミラは思ったのだろうか。
"速攻"とは、何を使っての速攻なのか…。
---ガガガガガガッ!!
波の斬撃が、鎧の表面を削る。
それと共に、打った【暗黒撃】は避けられた。
だが、自身に傷はなく、相手は今鎌を振り切った体制…。
「【焉撃槍】ッ!」
勝てる、と思った。
勝利への確信、ここで、"全力を出して"相手を殺す。
「…マヌケな人。さっき"袖からナイフが出た"のを見てなかったようね。」
布を掠れる音も無く、そのナイフは装甲の隙間を狙い撃つように打ち出された…!
彼女は手のみを【審判】にかざし、ノーモーションでその袖から『暗殺短刀』が投擲したのだ。
「ここまで近づいた時点で、あなたの負け。」
---まだ、だ。
逆に、追い詰められたのはお前だ。こんなナイフに切りつけられたところでまだ戦闘はできる…。
ここで、最後の一撃を決めてやる---ッ!
「【暗黒げ---ッ!?」
ナイフの軌道は、"無制限"だ。
【審判】は、驚愕の表情を浮かべる。
---『お前に、次なんてない。』
そのナイフは、"軌道が変化して"【審判】の首を掻っ切った。
「…!?」
…当然、声は出ない。喉を潰された【審判】に出来ることは…。
---ザシュッ…!
…首を、刎ねられるだけだ。
…一人の男が、その時丘の上を登った。
「…はぁ…っ!…!?」
「…遅かったか。…チッ、【魔神王】は…。あの傷じゃ動けないだろう。だが…。」
…ここで、彼は連れてきた今もなお燃え続けるアーサーを一瞥した。
---そして、一息つく暇もなく。
「---持ち帰るには、少々、邪魔だ。」
…彼は、大きくその"両刃槍"を握りしめて、ゆっくりと力を入れた。
「『黎明さる天地の蒼穹』ッ!」
---襲撃。
---ニィ、と首を刎ねられた【審判】の顔が歪んだ気がした。
「---ッ!?」
鎌でその両刃槍を弾き飛ばす、だが…。
---カァンッ!グィンッ…!
いくら弾き飛ばしても此方へ向かってくる『黎明さる天地の蒼穹』に精神を磨り減らされるばかりだ。勿論術者らしき者の姿は見えない。
「仕方ありません。アビリティジェム…!」
「解放!」
使い捨ての【探知】、だが、効果は抜群だ。
「…【模倣】、【第二段階】---!」
「『終焉の稲妻』ッ!」
その一言で、彼の右手に破壊の剣が収まる。
…それを一目見て、彼は潜んでいた地面を吹き飛ばし、ミラに接近する。
「ハァッ…!」
その様はまさに狂猪の如く。彼女の持つ鎌の防衛域を侵害する…。
が、彼女もそれを易々とは許しはせず、お互いが均衡に至った。これは、僅か、6合目の時である。
「…これでは、千日手ですね。『暗殺短刀』!」
…彼女は【月】の異常性が分かっていた。
ただでさえ単体で【第二段階】は強力なのに、それを使いまわせて相性的にも後出しじゃんけんが出来る。
…もう、【暗器使い】と言うカードを切ったしまった彼女には、彼は必ず殺せる対象ではないのだ。
---故に、策を弄する。
(…あのノーモーションでの投擲、おそらくは【暗器使い】。ならばあの袖から出てきたナイフにもその効果が添付されているはず…。)
(懸念するならば、奴は『黎明さる天地の蒼穹』に対応してきた。それ程の技量を持つならば長期戦になる可能性が高い…。)
(下手に奴に誘導されながら増援を呼べれる位置に誘い込まれる前に、ここで仕留めるしかない…!)
まず飛び込んできた一撃目を避ける。
…そして、投げたナイフは、見当違いの方向に飛んでいった。
「『終焉の稲妻』ッ!」
丘の上より、突破力に優れた全方位からの攻撃が彼女に襲いかかる…!
「剣が伸びて…。まるで根っこの様。だけど、貴方はまず自分の心配をした方がいいのでは?」
…一方向、プラスする。
「『暗殺短刀』ッ!」
こちらも全方位。だが、届くのはこちらの方が速い…!
(…ッ!?苦し紛れの投擲かと思ったが、まさか"軌道が変化する"だなんて…っ!?)
戸惑い無く、変化部分を消して対応する。
「…『終焉の稲妻』ッ!弾き飛ばせぇッ!」
【月】は空中に根を生やした剣を振り回してナイフを弾く、だが…。
(『黎明さる天地の蒼穹』と同じように、永続的に続くのか…!)
…いくら弾き飛ばしても彼の首を取らんとそれは突き進む。
「---あら、背後がお留守ね。」
---ゾッ、と背後に悪寒が這い寄る。
「『終焉の稲妻』ッ!」
形状を再構成、背後に一太刀設置する。
…鉄と鉄がぶつかり合う音。すっかり静寂に包まれた遺跡を、それは染め上げていく。
剣を捨て、逃げる。再構成はいつでも出来るのだ。腰に下げた鉤爪を装備し、思い切り距離を離す。
(流石に、ナイフを使っている間自分が攻撃出来ませんってのは無しか…!)
…ナイフが、背後から来ている…。
---カァンッ!
…弾いたのは一本だけだ。不自然極まりない。ここで潰す気ではないのか?
「あらあら、外してしまいましたね…。」
「…!趣味が悪い、作戦としては俺の気を滅入らせるってことか?」
…こう話している間にも死へのダンスは終わらない。だが彼は焦らない。焦らないのは先の展望がある者の特権だ。
「何のことですか?」
一本ずつ、時に背後から来る斬撃に警戒しながらアクロバットを続ける。
「とぼけるなよ、明らかに狙ってなかったくせにさ。」
…目的を考えると、奴は、何らかの狙いが有ってこのチキンレースを続けているのだろう、と推測出来る。
「それでも、数を増やされれば厄介でしょう?【魔砲】ッ!」
そんな考えなど無視して、ナイフの連撃とともに、襲いかかる線状の攻撃。それらは【月】の逃げ場を無くしていく…。
(…元から厄介な数だって言ってんのにさぁ…!)
前から来る砲撃も勿論、ナイフも避けなくてはならない。いくら回避しようにも限度があり、彼の体に欠損が目立ち始めている…。
(…もう、"時間稼ぎ"は無理だ。いっそ、【魔神王】を連れ込んで発動してやる…。)
「…【第二段階】ッ!『黎明の月』…!」
…それが、切り札か。
青い光は何の変哲も無い直剣を生み出した。彼はそのままナイフと【魔砲】の間を曲芸師のように潜り抜ける。
その右手の親指は既に無く、横腹には穴が空き、痛々しい形相を表していた。
「おや、手札を切りましたね。勝負も大詰めですか?」
攻撃は緩めない。寧ろ活性化させる…。
…彼女は、ついに自身の【第二段階】を切ってきた【月】へと警戒を緩めることはない。
「…アンタ、俺が追い詰められたと思ってるだろ。」
【月】はそう、ぶっきらぼうに言い放った。
…だが、そんな事をお互い感じてなどはいない。現に、二人の空気はチリチリと乾燥している。
「…あら、気づいていたのですか?なら抵抗せずにいれば、私が楽になりますが。」
「…フン。」
…沈黙。
互いにかける言葉はなく、ただ、剣戟の音のみがこだまする。
「---俺は、負ける訳には行かねぇよ。」
彼は空に手をかざす。
「…【第三段階】。」
「…現れろ。」
その単語は、聞く者を驚愕させる。
「【第三段階】ッ…!?」
…その力は、見る者を恐怖に陥れる。
〈周囲が闇に包まれる---。〉
《EP値 が 消費 されました。》
《『黎明の月』 により EP値の消費 が 50% 減衰します》
〈その闇にパレットを。〉
〈…絵の具は、"世界の血"。〉
月の、黄昏。
夜に最も近く、
最も遠く、
---乖離した物の象徴。
「---『月面の黄昏』」
「…真なる黄昏を、始めよう。」
---【第三段階】…。
…今持っている知識を総動員して対処方を考える。
(世界を心象風景で塗り替える能力であり、解除には使用者の死が必要…。)
さらに、これは最も彼女が恐れる状態だ。
(外部の者は、誘われない限り入ることは出来ない…!)
「…『黎明の月』。」
「【魔砲】。」
---ドォムッ!
…天空から、無数の光が降り注ぐ…!
奴自身ではなく、上空から降り注ぐそれは奴の【第二段階】、その効果だろうか…。考えても答えは出ない。
…ワンステップ、横に回避して、先ずは目に見える所の【魔砲】を回避する。
が、降り注ぐ光は限界を知らず増え続ける。また、その破壊力は僅か数秒で月面に穴を開けるほどの物だ。
真に驚異的なのは、現在まで【魔砲】が今の今まで照らし続けている所だ。
(長距離の回避技を持たないと思われるミラは囲まれてしまうと逃げ場がなくなる…。)
と、【月】は判断したのだろう。
…とにかく、この光の攻撃力は未知数だし、易々と当たってはいけない。
---ならば、行動は一つのみ。
「…【瞬間強化:速度】。」
…一度に、駆け抜けるだけだ!
「…此処は、俺の【第三段階】なんだぜ。」
「なら…。」
…断崖が、浮いた。
「攻撃は既に、必中だ。」
それですら、"陽動"。
---ガコンッ!
「…っ!?」
…地面が、崩れる!
断崖はあくまでもブラフ、足場を崩してからゆっくり殺す為の…!
「…『暗殺短刀』ッ!」
叫びと共に、鎌を崩れていない地面に引っ掛けて棒高跳びの要領で跳躍。そのまま"地面の中"に入る。
…奴は、この短刀も対処出来るだろう。一瞬さえ、"相手が近づいてくる瞬間"が作れれば、まだ勝機はある。
「…仮解除。」
【月】が一つそう言うと、天上から降り注ぐ光が、途絶えた。
そして彼は焦らずナイフを"掴んで"迎撃し…。
「『黎明の月』ッ!」
(陽動は、成功…。光は降ってこない、意識も集中させた…!)
「…"閉じ込めろ"ッ!」
(このまま、アイツに、後ろからの一撃を決める…!)
…そのナイフを浮かせた月面の岩に封じ込めて威力を殺した。
(【地中走法】を使ったのはバレてはいないだろうか。)
地中を走るミラは【月】の様子を観察できない。よって、"潜る前の【月】の位置しか知ることが出来ない"のだ。
【地中走法】…
『地中を走る。十秒以上いると窒息する。』
何故こんな、失敗が確定する様な作戦を行おうとしたのか…。それは、『黎明の月』の…おっと。
…そんな事を考えていると、光は、ついに地面内を走る自分に照準を合わせた。
たとえ奴がミラの姿を認識していないとしても、数秒で地面ごと削り取る【魔砲】はそんな事御構い無しにミラを妨害するだろう。
だが、此処で奴が『黎明の月』の効果を使ったことが確定した…。
ここで、外に出る!
「…【魔砲】【瞬間強化:速度】ッ!」
…突如、地面より現れた声。数刻遅れて【魔砲】が飛び出す。周りを見渡して索敵していた【月】は、声がした地面の方に振り返る。
だが、【地中走法】は、その、振り向いた後の背後でさえ、少し駆ければ容易に取れるのだ。
(…少なくない距離を移動してきた。更に、奴の弱点は"もう露呈している"。)
ここが、勝負だ。
「…ぜやぁぁぁぁッ!!」
---予期していた。
予期していたのにも関わらず、"背後"からの攻撃に反応が遅れる。
「…っ!?り、仮解除ッ!」
【月】は何かの"キー"になるような言葉を言ってから、瞬時に"動き出して"、その青い剣で鎌を受け止めた。
---ガァンッ!!
鎌は剣を滑るように移動し、その手元を---。
「…ぐぅっ…うぅぅあぁぁぁぁああッ!」
---ガキィッ!
…手元を、食らう事はなく、カチ上げられる。だが、攻撃は止まらない。
ミラは、【月】の顔面へと左手を突き出す。
「【魔砲】ッ!」
手のひらから出ると見せかけてミラの腹の所に展開してある魂装から、その【魔砲】は現れ、【月】の胴体に風穴を開けるが、【月】も黙ってはいない。突き出された左手を『黎明の月』で切り離す。
両者、痛み分け。だが、それぞれその"痛み"の方向性は異なる。
…腹に穴が開けられたというのに、正確に、そして迅速に、彼は発する。
「…【模倣】【第二段階】『終焉の稲妻』ッ!」
青い光は、彼が最も信用する武器を形作る…。
…それと入れ替わるように、『黎明の月』は粒子と化した。
「…させません。【波撃】ッ!」
当然、彼女が、その、"取り出す時の隙"を逃すはずがなかった。
『終焉の稲妻』は刀身が伸びると言う近接向きの物、此処でマトモに使わせたら不利どころか、むしろ勝負は決まってしまうだろう。だが…。
「ぐぅっ…!!」
その鎌から放たれた五重の斬撃を左手を犠牲にする事で、彼は耐えた。
「…ッ!」
ミラの顔が、さらに険しくなる。
…そして、青い光は、成ってしまった。
「…『終焉の稲妻』ッ!」
必勝の笑みを浮かべて彼はその魔法の言葉を唱えた。
(…避ける?無理だ、追撃されて死ぬ。耐えるか?無理だ、防御は意味を成さない。)
(…ならば、どうすればいいか。)
その時、傍目から見ても、勝敗は分かるほどに、この場にはまったく、ミラに与する手札が無かったのである。
…そう、"傍目から見たら、無かった"。のである。
(潰えた、"一抹の希望"に、全てを賭ける。)
…此処は、私にとっては充分過ぎるくらい、クロスレンジだ。
「『暗殺短刀』ッ!」
ナイフが岩を突き破り、飛ぶ。
そう、一抹の希望とは、『黎明の月』が無くなった事。
そこから生まれる、【第三段階】の綻びだ。
その短刀は、勢いよく【月】の全身に突き刺さる…!
「な---ぐはぁっ…!」
「やはり…あなたは、『黎明の月』が無いと---!」
土に閉じ込められていたその短刀は、最後まで凶器の役割を全うすべく、今ここに馳せ参じたのだ…!
…だが、目の前の脅威は消えちゃいない。
「せ---あぐぅっ!?」
その『終焉の稲妻』は綺麗な螺旋を描き、ミラの腹部を貫き通した…!
既に、血に濡れた月の大地は彼らの血がさらに上塗りされ、そして聞こえてくる吐息は二つ…。
「…ぐっ…!」
「っはぁ…!…あぁ…!」
死は、時間の問題なのだ。どちらも。だが。
ミラは必死の形相をして、やっと、【月】の方を見てこう言った。
「私は、また、一手足らなかった…!」
【月】は、何も答えない。
与えた傷は、浅かった。
苦しくも、【月】にトドメを刺すに至るには、岩を破壊してばかりの減速した短刀では、浅すぎたのである。
…ゆるりと、血に塗れた【月】は立ち上がる。両者共に、声はかけない。
【月】は、そこで無様に倒れ伏しているアーサーの元へと、静かに歩いていく…。
ミラは、倒れる音も残さずに、粒子へと変換された。
…最早、ここに"彼"を縛るものは、何も無いのだ。
「…『終焉の稲妻』。」
---そして、決着はここに決まる。




