第14話 奮戦
1.アスガルド地下-『水銀冠』臨時本部
「【エディット】、『闇潜みの騎士』!」
アーサーの叫び。
「───行くぞ。【魔法剣:黒刀】。」
その声に反応して、タイトは【魔法剣】をかけ直して走り出す───。
【魔法剣:黒刀】…
『光属性に対して一.五倍の特効と、闇属性が付与される。』
その身を切り裂く筈の糸は、全てエルによって断ち切られているために───!
「クガン!」
…クガン達に取って、状況は、最悪に近い。
ユシュエンが居ない時点で勝率は100%では無くなった、即ち───。
…此処で、彼らを結晶体の方角へと逃さず、二人だけで殺さなければならない。
「わかってル!ファリンはそこの黒い男に貼り付け!」
そして、クガンは周囲を警戒する。
眼で追おうとしているのは、神速の少女。
「僕はあのゴキに対応すルッ!」
(あいつは速い、だが、攻撃する瞬間に隙が生じる筈───!)
(マーメイが撤退するまで、引きつけてやル…!)
そう思い、クガンが槍を構えると───。
「誰が"ゴキ"ですかぁッ!!」
挑発にかかったエルが飛び込んでくる。
しかし、馬鹿にしてはいられない、一瞬で鎧がかなり削られ、反撃しようと突き出した槍は軽々と避けられた。
(───速い。)
二五倍された敏捷…誰も追うことができない不可視。
「【臨界強化】。」
だからこそ、クガンはその手札を切ってしまう。
「【瞬間強化:速度】。」
【臨界強化】…
『自身のレベル×〇.〇〇一秒間の間、自身の素早さ、攻撃力をニ.五〇倍、又、"体感速度"を上昇させる。』
『このスキルは戦闘終了時まで再使用出来ない。』
『(このスキルはレベル一〇〇〇〇から以上は成長しない)』
【瞬間強化】…。
『人族のパッシブスキル。』
『三秒間、自身の強化したい能力値が一.五〇倍される。』
槍を避け、悠然とクガンの目の前を過ぎゆくエル。
その胸中では、"相手の切り札を引き出せた"、と喜んでいる事だろう。
(…例え、いくら速くても、攻撃は"浅い"。)
("ファリンの援護をすべきだ"。)
「【重装化】、解除。」
「───…【剛撃】。」
その声に気づいて、エルはクガンの方を見る。
(…アイツ、私の方を、見てない───!?)
時既に、遅し。
槍は投げられた。
【剛撃】による投擲は、威力は上がるが、補正がないために命中しづらい。
しかし、クガンはそんな事をものともせず、素の技量にて───。
「【臨界───ぉ。」
───タイトの身体を、貫いた。
「っあ、う、ぁ!?」
腹を穿った槍は、タイトの身体を壁へと縫い付け…。
「……ぅぐ───。」
呻くタイト、接近するファリン。
「【剛撃】ッ!」
───タイトは、その頭を、手甲にて打ち砕かれた。
「───ぁ。」
エルは、理解する。
"自身の陽動が、足りなかった"のだと。
「あぁ、あ。」
助けられなかった。
助けられる気もしなかった。
…タイトは、粒子となって、消えていく…。
「【神隠し】。」
【神隠し】…。
『自身の致命傷を無効化し、その致命傷を与えた者の真横に転移する。戦闘終了時まで再使用不可能。』
『種族【天狗】系列が発現するスキルアビリティ。』
───その、筈だった。
「【天狗流:倍返し】。」
【〜流:】…。
『":"の後に、スキル又はスキルアビリティを宣言する事で、劣化した威力で、宣言した物の効果を発動できる。』
『流派により、特性が付与される。』
『宣言できるスキルの種類は、流派により異なる。』
【倍返し】…。
『宣言した後、直近のダメージを喰らわせられた相手に攻撃する際、威力が二倍される。』
闇の刀が"ファリン"へと襲いかかる───。
「───。」
…クガンは、その事態を見ていた。
(ファリンが、行動できていなイ…!)
「【剛撃】ッ!!」
もう一つの槍を、アイテムボックスから取り出し、投擲。
【臨界強化】の効果がまだ途切れていない事もあってか、その一撃は、二度もタイトを捉える───。
「タイト、さん───。」
───瞬間、"突風"がタイトを攫った。
…エルが、クガンでさえ眼で追いきれない速度を保ちながら、タイトへと突進した。
その結果、タイト達は衝撃により槍の軌道から離れる。
タイト達に逃れられ、【臨界強化】さえ切らされたクガン…。
これは、明らかな危機であった。
───しかし…。
(これハ、好機ダ…!)
"的が、一纏めになった"。
そういう見方もある。
(まダ、体感的ニ───三本、三本は槍を投げれル…。)
「【剛撃】!」
まず、一本目。アイテムボックスから取り出し…。
エルの背中へと投げる。
空中に浮いている為にエルは回避できない───。
「【剣鬼】。」
【剣鬼】…。
『【臨界強化】と【付与:防御無視】の複合スキル。』
『チャージタイムは二十分。』
『最大連続使用回数は、二回。』
しかし、即様タイトは、そう言ってエルを突き飛ばした。
槍から逃れるエル、此方に迫る槍───。
「【剛撃】ッ!」
なんとか、槍を刀でカチあげる。
(クガンは、フリーに出来ない。)
タイトはそう思考した。
(接近して、その首を刈るには───。)
「【突進】ッ!!」
【突進】…。
『時速60キロメートルづつに比例して、一.五倍ずつダメージ量が上昇し、衝突するときの自身へのダメージ量を少なくする。』
『習得条件は、瞬間速度で時速180キロメートル以上を自力で出す事。』
タイトの背中に黒い羽が現れ───。
凄まじい風圧を伴って、タイトはクガンへと直進する。
羽をはためかせることによって、推力を得ようとしたのだろう。
(───しかシ、それハ、悪手…!)
…羽は、かなりの的が大きい。
そして、あくまでも体から生えているのだ。
ならば、その羽を槍で貫かれた時───。
タイトは、その槍の勢いに引っ張られ、バランスを崩すだろう。
(殺せル───。)
「【剛撃】ッ!」
そのクガンの思考を知ってか知らずか、タイトは笑みを浮かべた。
…瞬時に槍が飛ぶ、そして、羽へと刺さる。
───…貫かれた黒い羽は、そのまま粒子となって"消失"した。
「───!?」
クガンは驚愕の表情を浮かべる。
槍が羽を貫いたのと同時に、その羽は消えていたのだから。
「───俺の羽は、自由に消せる。」
タイトの身体はその黒翼によって得た推進力を失っていない。
【突進】による補正がついたまま、タイトはクガンへとその大剣を振り下ろす───。
「【重装化】…───ッ!」
クガンも負けじと、その身に鎧を纏うが───。
「消えろぉぉぉッ!!」
"防御無視"の大剣は、そんな鎧を無視し、切り裂き───。
「【縮地】、【臨界強化】───。」
「───消えるのは、貴方デス。」
───そして、横から乱入したファリンの剛拳により、逸らされた。
「ファリン───!」
クガンは、助けられたというのに恨むような目つきでファリンを見る。
それもそのはず、才覚の鎧は防御無視に無力であり、タイトの武器のリーチは長く、余裕で自分ら二人を捉えられる。
ファリンは、死にに来たようなモノだった。
…少なくとも、クガンはそう思った。
(───嗚呼、意識ガ、飛んでいク。)
(【臨界強化】の限界時間カ…。)
(…ファリン、せめテ、共倒れだけハ、勘弁してくレ。)
(…頼むゾ。)
「【瞬間強化:敏捷】。」
しかし、ファリンはそうは思わなかった。
「死ネ───!」
寧ろ、此処でタイトを倒すべきだと、そう思っていた。
此処でタイトを相討ちにでもして倒せば───。
必ず、どちらかがエルを倒せると直感していたからだ。
踏み込む脚は、止まらない───!
「───俺は、引かんぞ。」
しかし、タイトも引き下がらない。
ファリンの左の拳は、必ず自身の胴をえぐり、致命傷を作るだろう。
しかし、敵を殺せる。
此処で、倒せる。
ならば、なおさら、引き下がる訳には行かない───!
「タイト、さん───!」
エルがファリンの左腕へとしがみつき、その軌道を変えようとするが───。
「───消えろ。」
即座に右腕にて殴られ、吹っ飛ばされ───壁へと縫い付けられる。
その【重装化】は粉々に破壊され、内臓が損傷したためか身悶えしている。
衝撃で身体ごと破裂しなかったのは、レベル上げの賜物だろう。
「───殺す。」
頭に血が上る。
お互いが進路を変える事はない。
ファリンは後ろ足の蹴りでクガンを吹っ飛ばし、斬撃から守る。
「ファ、リン───。」
声を出すだけで精一杯なクガンへ、ファリンは最後の言葉を送った。
「"一人だけ"なら、殺せますよネ?」
…ファリンは、クガンを踏みつけた際に得た勢いにて、タイトを殴りつけた。
それと同時に、大剣がファリンの胴を上下に切断する。
タイトの頭部は衝撃でひしゃげながら吹っ飛び、最も容易く身体から離れる。
ファリンの上半身は殴りつけた反動に耐えきれず、地面へと落ちた。
血の飛沫が大地を汚す。
そして、彼らは、粒子と化した。
「タイト、さん───。」
「ファリン…!」
この時、お互いが、その隣人の死により───。
「やるしか…ない!」「倒ス…!」
───覚悟を、決めた。
二十五倍の俊敏は、クガンが追いきれぬ速さ。
しかし、その速さは、行動を思った様に進ませて"しまう"諸刃の剣。
エルは、その速さにて、クガンを壁際で攻めてしまった。
壁際での戦闘では背後を気にする必要はない…クガンは、アドバンテージを得る。
三十六の斬撃がクガンの【重装化】の才覚の鎧にぽつぽつと穴を開ける。
クガンにもタイムリミットが迫ってきた…!
「───【時間停止】。」
【時間停止】…。
『一撃を放つまで、時間を停止する。』
『停止された時間内では全てのエネルギーは停止するが、プレイヤーの意識は保たれる。』
『最大連続使用回数は一回。』
『チャージタイムは、二時間。』
───しかし、時は止まる。
ユシュエンの切り札、護衛軍の最終兵器。
ユシュエンがファリンを補佐につけ、彼らを遊撃に回したのは、時止めを考慮しての事。
「後ハ───。」
退避しようとして、空中にいるエルに向けて、接近し───。
「槍を、叩き込むだけダ───!」
クガンは、その心臓へと槍を叩き込んだ。
「【高速化】。」
刺された事を認識したエルは、道連れの道を取る。
槍を掴む。
クガンは槍を離して、落下して逃げようとするが───。
25×5。
"125倍"の速さ。
それは、世界が吹っ飛ぶ衝撃を作り出す。
空中にて、踏み込めば、それだけで───。
とんでもない"加速"を作り出すのだ…!
「貴方も、道連れ───!」
空中にあるクガンを鎧ごと抱きとめ、エルは壁へと突っ込む…!
「【縮───。」
そして、エルとクガンは、壁へと突っ込み、衝撃によって鎧ごと破砕された…!
2.アスガルド地下-もう一つのバベル
マーメイは、結晶体の下へと移動する。
(私が、ユシュエンのかわりに観察せねばならない。)
その思いで、ようやくたどり着いたのだ。
予想通り、そこには王が居た。
「…!貴女は、何をしにきた。」
アルトリウスは、マーメイへといち早く気付く。
「私は、ただ観察したいだけ…。」
「どうぞ、ご自由に。」
マーメイは武器の代わりに、魔力で動くビデオカメラを構えて答えた。
「…そうか。」
その答えに納得したかの様に王は頷いた。
「…デロンギ、よく見ていろ。」
そして、王は───。
「私は、遂に、全てを取り戻す。」
───臣下の前で、その結晶体へと触れた。
《メイン/ストーリークエスト。》
《『終末兵装』 は クリア されました!》
《デロンギ さん には 報酬 が 与えられます!》
…報酬の【騎士王の剣】、【バゼリ兵動員書】がデロンギの手に舞い込んでくる。
どちらもワールドアイテムである。
『騎士王の剣』…。
『全ての攻撃スキルを増幅する。壊れる事がない。』
『バゼリ兵動員書』…。
『バゼリ王国の兵士を召喚する。生成ではなく、元々存在する兵を転移させるため、魔力量に応じて召喚人数は変わる。』
「…王様、何をなさる。」
だが、デロンギはそんなモノには興味を示さず、王へと問いかける。
このイベントは、まだ終わってない筈だ。
王は、結晶体から手を離して、こう言った。
「封印を壊す。」
「我々の自律性を、取り戻す。」
…もう一つのバベルを覆っていた結晶体は崩れ去る。
「私は、思い出した。」
「ついて来い、デロンギ。」
王は、歩き出す。
臣下は、その背を追う。
果たして、その先に、何があるのか───。