第13話 グローリー
1.アスガルド地下-『水銀冠』臨時本部
結晶体が遠くに見える広間。
上も下も石の地下空間で、彼らはようやく対峙した。
「…まさか、此処までたどり着くとはね。」
水銀冠の盟主は言う。
既に糸を張り巡らせながら。
「───しかし、消えてもらおう。」
そして、彼は糸を引く───。
「「【重装化】ッ!」」
「エルッ!作戦通りに!」
そう声をかけ、彼らは各々違う行動を取る。
「はいっ!【高速化】ッ!タイトさん、外に…!」
エルとアーサーは同時に鎧を展開し、アーサーはユシュエンへ、エルはタイトへと向かう。
「ユシュエン───!」
アーサーはユシュエンへと突貫するが…。
「「【重装化】。」」
クガンとファリンによって防がれる。
クガンの槍が、アーサーの鎧を貫き、ファリンの拳が、アーサーの肺をえぐった。
アーサーの口から、血が吹き出る。
「───【不滅の魔神王】。」
《レベル3→2》
───しかし、その目は、まだ霞んでいない…。
アーサーは再度、再生して、接近する。
「───退けッ!」
両の剣にてクガン、ファリンを斬りつけるが…易々と止められ、又致命傷を受ける。
「【不滅の魔神王】ッ!」
《レベル2→1》
(なんなんだ、コイツ───。)
ユシュエン達の思考が、重なる。
何故、アーサーは一人で特攻する?
殺されるばかりであるのに…。
(囮…か?)
ユシュエンが至ったのその考えは、外れ。
「───場に、粒子は充分溜まった。」
「アビリティジェム───。」
「解放ッ!」
アーサーは、ずっと考えていた。
"ユシュエンのワイヤーの脅威を取り除く為には、何をすれば良いか"、と。
その答えは、開けた場所での戦闘。
具体的な手段としては、【第三段階】による隔離───!
アーサーは、【縮地】の効果で天井付近へと逃げる。
最後の最後で、クガンやファリンらに邪魔をされないように…!
「死なせてくれて、感謝しますッ!」
今まで無抵抗に殺されていたのは、この場に粒子を充満させる為であった…!
「【第三段階】───。」
「させるカッ!【剛撃】ッ!」
「逃しませン───!【縮地】ッ!」
クガンは槍を投げ、ファリンは接近しようとするが───。
全ては、遅い。
「【エディット】、『闇潜みの騎士』ッ!」
【第三段階】……。
『状態異常【昏倒】となり、三〇秒以内に条件を満たすと習得可能。』
『発動条件は⬛️⬛️値が一〇〇〇を超えている時、⬛️⬛️値六〇〇を代償に発動する。』
『自身の心象風景を基にした結界を作り、その内部に使用者が指定したプレイヤーを引き込む。
『追い出す時には使用者と連れ込まれたプレイヤー両方の同意が必要になる。』
『(このスキルを使用中、全てのアクティブスキルの"同時使用"が可能。その時、それぞれの補正は加算されてダメージ計算に使用される。)』
「───ッ分断作戦、か!」
闇の中に吸い込まれて行くアーサーとユシュエン。
…白黒の世界は、セピア色に染まる。
目の前に広がるのは、数え切れないほどの悪魔の灰で構成された荒原。
中央に佇む者は、目を見開いた。
「此処で、すべてを終わらせる…!」
「行け…!」
ユシュエンが状況を把握する前に、デーモンの大群がユシュエンに迫る…。
しかし───。
「…その程度で、僕を封殺…フフ。」
「水銀がある事を、忘れたかな?」
ユシュエンは、アイテムボックスから水銀を取り出し、魔力によって操作する事で軍勢を跡形もなく破壊していく…。
しかし、ただ見ているアーサーでは無かった。
「【殿の心得】、【魔法剣:煌撃】…。」
「【剛撃】【衝撃波】…!」
スキルアビリティの、同時使用。
【精錬極技】とはまた違った、【第三段階】ならではの技術。
悪魔の群れを掻い潜って、斬撃はユシュエンへと辿り着くが…。
「…この程度、防げない訳が無い。」
ユシュエンの水銀は、易々とその一撃を防ぐ。
ノックバックすら、していない…。
「…さて、と───。」
突然、ユシュエンが右手を上げると…。
「───乱れ舞え。」
悪魔の群れは、その全てが地面へと還る。
水銀が腕の動きと連動し、悪魔を地面から刺し貫いたのだ。
「当然、君もだが。」
───そして、水銀はアーサーの下からも生える。
「───!?」
なんとか反応して、後ろへとステップにて逃げようとするが…。
───既に、アーサーの半径五十メートル中には、水銀槍が埋まっている…。
逃げられる道理は、無い。
「ッアビリティ、ジェム…!」
「解放!」
【縮地】の効果にて、上へと逃げるが…。
すぐ追いつかれる、所詮、一時凌ぎだ。
(…どうすれば…───そうだ、あの形態なら───!)
「【第零段階】───!」
魔力を練り上げる事に特化した型…。
その魔力を放出する事によって、アーサーは逃走する。
…しかし、このままでは、ユシュエンを倒す事などは、出来ない───。
(ならば…攻める…!)
「───【剛撃】×【衝撃波】…!」
追尾を振り切りながら旋回し、ユシュエンの見える方角へと、剣を構える。
「…【剛撃】×【衝撃波】!」
ユシュエンも、その声が聞こえたのか、腰から剣を引き抜き、アーサーへと構えた…!
「「【<撃滅衝波>】ッ!!」」
刃が、ぶつかり合う。
しかし、拮抗する事はない…。
アーサーの刃は、いとも容易くユシュエンの刃に打ち砕かれた…!
(…妙だな。)
ユシュエンは訝しむ。
実際に、その勘は当たる───。
「【連撃】ッ!!」
【連撃】…
『このスキルを発動する前に使ったスキル又はスキルアビリティのダメージ量を〇.八倍にする事により、連続使用する事が出来る。連続使用は5回まで出来る。(このスキルを適用して連続使用したスキルにこのスキルを再適用出来るのは、前適用時から三時間経過しなくてはならない。)』
アーサーの一撃が弱かったのは、此れのため。
絶大な威力を持つ四連撃が、ユシュエンへと襲いかかる…!
「───射出。」
しかし、ユシュエンは水銀に自身を射出させる事によって上昇、斬撃の範囲外へ出て、難を逃れる…。
「───捉えたぞッ!!」
「───【剛撃】ッ!!」
それを、アーサーは、見逃さなかった。
限界に近い魔力放出で推力を得て、未だ射出の際の勢いで飛んでいるユシュエンへと斬りかかる…!
「…近づけるかな…?」
ユシュエンは懐に入れていた水銀を空中で操作して、アーサーを近寄らせないように迎撃するが…。
「アビリティジェム───。」
「解放ッ!」
【縮地】の効果にて近づかれる───。
「───貰った…!」
水銀の操作に集中していた為、ユシュエンは剣を構えていない。
そして、既に目の前に、アーサーの剣は存在する…!
危機的状況は、ユシュエンに一つの手札を切らせる…!
「【臨界強化】ッ!!」
…ユシュエンの周りのモノが、静かに、ゆっくりとなる。
それは、アーサーでさえも…。
「【剛撃】ッ!」
アーサーの剣を回避すれば、後はアーサーを切ればユシュエンの勝利だ。
…そうなる、筈だった。
アーサーの剣は、この世界で動き出す。
速く、敏く、捷く───!
「うおおおおおッ!!」
ユシュエンの剣を、アーサーの剣は受け止めた…!
しかし、ユシュエンは手首をスナップさせてアーサーの剣を吹き飛ばす。
剣を握る腕が、遥か後方へと飛び、最早挽回など効かない…。
「───【剛撃】。」
ユシュエンは、アーサーの胴を切る…。
「【重装化】───!」
アーサーが必死の思いで展開した鎧は、呆気なく身体ごと引き裂かれた…!
「【不滅の魔神王】…!」
《レベル1→0》
…自由落下で、ほんの少しの間、ユシュエンから逃れたアーサーは、再生しながら、地面より自身を追尾する水銀槍を避けるために、飛行を続ける…。
(…どうする。)
(…ユシュエンの【臨界強化】は、もう終わる。)
(勝機は、充分に存在する。)
(…しかし、あと残る大技は、【破却】のみ。)
(水銀に防がれないように、そして、逃げられないように当てるには…。)
(…逃げられない技を、作るしかない…。)
「…もう、粒子も残ってないがっ!」
「【第四段階】ッ!」
「【属性付与:炎】ッ!!」
アーサーの身体が、赤く燃える。
体を薪にする事により、沢山の粒子に属性を付与しているのだ…!
「未だ、効果は持続している───。」
ユシュエンは、追尾している水銀槍の上から飛び、一瞬でアーサーの背後へと移動した。
「【剛撃】ッ!」
そして、剣を振り下ろす…!
「───見えてるよッ!」
「『朱禍薔薇』ッ!」
アーサーは、加速した意識の中、焔を背中より放つ。
それは、少し前にダンジョンを吹き飛ばした一撃と比較すればかなり弱いものであるが…。
ユシュエンを殺すには、充分過ぎるものであった…!
…少なくとも、そう、アーサーは思っていた。
「水銀を身に纏えば、熱を少しは軽減できる───。」
アーサーの背中に、剣が突き刺さる。
その瞬間、空から落ちてきた悪魔が、アーサーの体を下へと落とした。
最後の一匹であったらしい…。
その一匹を容易く排除し、ユシュエンはアーサーを見下す。
アーサーの身体が落ちた場所は、長く移動した甲斐あってか、水銀がまだ張っていない地帯であった。
不幸中の幸いと言ったところだろうか。
(…いやだ。)
(血が、血が、流れてる。熱い、染み込んでいく。)
(リアリティが、怖い…!)
…アーサーの腹を、刃は貫通した。
身体が、徐々に冷たくなる感覚、そして、もう蘇生は効かない…。
死ぬ。
死ぬ。
死んでしまう。
恐らく、あと、一分もせずに…!
(…嫌だ。)
(嫌だ。)
(せめて、死ぬなら、死ぬなら───。)
(───あの考えを、試してからでも、遅く無い…!)
…アーサーは、立ち上がる。
追いついてきた水銀の槍が、瞬時に足を貫いた。
さらに、ユシュエンも上から剣を叩きつけてくる…アーサーはその剣を、真正面から受け止める。
タイムリミットが更に縮まる中、落ち着くことすらできない…。
(スキルは、三つ。)
下降してきた勢いもあって、ユシュエンの剣がアーサーの右手の剣を打ち落とすが、しかし、アーサーは左手にてユシュエンの剣を掴む。
「───っ。」
(剣が、動かせない…?)
その力は、粒子を左手が弾け飛ぶ寸前まで集中させる事によって、数秒しか持たないが、絶大なパワーを発生させられるハイリスク・ハイリターンの技術。
(【殿の心得】、【魔法剣:煌撃】。)
(…そして、【第三段階】。)
しかし、ユシュエンはアーサーの左手を、その左手にて破砕した。
(…っ!…左手が、粉砕された───だが。)
この時点で、ユシュエンは両腕を動かせない。
アーサーの剣の防御は、不可能。
(今なら、今、ユシュエンに当てれば、時間を稼げる…!)
「【超衝撃】ッ!!」
【超衝撃】…
『相手を最大1キロメートル先まで吹っ飛ばす。ダメージ量はノックバックの距離に比例せず、ノックバックの長さをプレイヤーの意思で操作できるが、最低三メートルはノックバックさせないといけない。』
「───ぬ、ぅっ!?」
幾重にも渡る攻防の末、アーサーは、ユシュエンを吹き飛ばした…!
アーサーの目に、一抹の希望が宿る。
(よし───最早、悪足掻きに"必中"は求めない。)
(ただ、可能性が無くなる前に───。)
(可能性が無くなる前に、【破却】を───。)
…しかし、その直後、水銀の槍は───。
アーサーの両腕を、切断した。
もう、剣は、振れない。
「───【破却】ッ!」
それでも、打って、出る…!
地面に落ちていく剣を───。
───その歯で、食いしばり、落とさない───!
「───なんだ…これ…!」
アーサーが剣を取り戻すと、【第三段階】が崩れていく…。
世界が、崩壊していく。
それは何かの前兆か───。
(…アーサーは、どうせほっといても失血死するだろう、なら───。)
何にせよ、ユシュエンは、決めた。
(水銀と糸を身体に巻き付け、耐える…!)
("どこから攻撃が来るかも、分からない"のだから…!)
耐えることに、決めた。
世界の崩壊は、ユシュエンに何の影響も及ぼさないというのに。
ユシュエンは、"未知の攻撃が来る"と錯覚した。
その時点で、博打は、アーサーの勝利だった。
───綻んだ世界は…。
一度に解ける───。
「……ゥゥウア───ッ!」
そして、極大の刃が、動けないユシュエンを切り裂いた───!