第10話 決戦、開始
1.アスガルド-地下庭園-
…静寂なる地下世界、そこに…。
「───【世界】ッ!」
全てを喰らい尽くす黄金の暴風が、放たれた…!
その竜巻は前進し、ダンジョンへと向かう、ウェーカンと対峙している赤鎧の男へ向けて放たれたのだ。
暴威は、あらゆる障害を超えて進む、だが───。
「『四重防壁』。」
耳を疑うほどの轟音なる衝突音が響き渡る。
地面より現れた水銀防壁は、四重に折り重なり、暴風を防いだのだ。
…この様な精密さと力強さを合わせた操作が行われるのは、当然、"彼"が其処にいる時。
ザワルドは、ダンジョンから現れた人影に、その鎧の中の視線を寄せた。
「…はは、そうか、君達か、歓迎するよ。」
『水銀冠』の、盟主。
「『攻略組』の尖兵たちよ───。」
「此処まで、我々を敵に回した、その責任を取ってもらうぞ───ッ!」
元【戦車】、ユシュエン。
(スキルキャスト、【家具設置】。)
ユシュエンは、スキルキャストと言う技法により無詠唱にて、相手に手の内を知らせずに糸を配置する…。
配置された銀糸は不可視であり、見る事叶わず敵を翻弄するのだろう、だが───。
「【世界】。」
いつか、誰かがユシュエンに言った。『それは、小手先である。』と。
強すぎる"個"により、撃ち貫かれる物であると。
全てを蹴散らし嗤う黄金の暴風は、確かにユシュエンの脳裏にそれを思い出させた。
「───辿り着いたぞ、ユシュエン。」
「お前の盾など、俺の風にはなんの障害にもなりやしない。」
風は彼の力となり、足となり、盾となる。
ザワルドは全てを兼ね揃える、だからこそ───。
───目の前に立ち塞がる者、その全てを蹂躙する。
槍は、今この瞬間、水銀の盾を破壊して、振り抜かれた───。
「───【瞬間強化:筋力】、【剛撃】ッ!」
赤鎧のリロが、半ば反射的にザワルドの槍に向けて、カチ上げる様にその薙刀を振るう。
衝撃音が、此処に鳴り響いた。
「───っ、やはり、私はこの場では、力不足と…!」
徐々に、リロの手が押されている…。
クロノスも無く、今やナイトケの地で鍛えた"レベル"しか、彼が持つものは無い。
いくら、気高く、いくら、執念深くあっても───。
この場では、力不足。
「───才覚を、使わせられるとは。」
「ユシュエン、殿、よろしいッ…の、ですか…ッ。」
踏ん張りながらも、リロは主君に、暗に"自分を捨てて逃げろ"と言う。
「…使わない訳、無いだろう。」
しかし、愚問であった。
…ユシュエンも、リロがその有り様である事は、分かっている。
(…"ザワルド"と"ウェーカン"を、なんとか水銀によって分断できた。)
(今が、最大の好機なんだよ、リロ。)
だからこそ、"切り札"を見せる。
「【戦車】。」
ユシュエンが使うその力は、不可逆的実現の擬似的な実現。
速い話が、"必ず目的を達成させる"為の力。
今回の"目的"は───。
「才覚…だが、押し通れば───ぉ、おッ!?」
(───"勢いが、止められた"。)
───リロが、ザワルドに"勝つ"事。
ザワルドはその兜の下で驚愕する。
何処にその力を隠していた、そう思いたくなるほどの推力を、薙刀から感じる。
それがユシュエンの才覚による物であると辿り着くのに、時間はかからなかった。
(…才覚によるバフ、か。だが───。)
「……舐めるなァッ!!」
───風を。
身体に喝を入れる。
此処で引くべきではない、何故なら、"ウェーカン"に託す為。
───もっと、もっと"力"を。
こいつの手札を、全て見させる為。
その為には、此処らで止まってなんか、居られない───!
「───退けぇッ!赤兜ッ!!」
しかし。
風をいくら注ぎ込んでも、リロは槍の侵入を許さない…。
「…私は、負けない。」
筋肉が、鎧の中はち切れようとも。
いくら吐血しようとも、倒れることは、ない…!
「…ッ!何故、倒れない…!」
リロは、自身の身体が弾け飛びそうになりそうな【戦車】の"補正"の負荷に耐えながらも、必死に、ザワルドへと伝える…。
ハッ、と笑って、リロは言った。
「───貴公は、思い違いをしている。」
「私は、未だ限界では無い。」
「幾らこの体が崩れようとも、いとも容易く封殺されようとも───。」
「私は、"此処に在る限り、抗い続ける"ッ!」
「…ハッキリと、言ってやろう…!」
「"半端な覚悟"で、この私に勝てると思うなッ!!」
「抜けられると、思うな───ッ!」
リロは、渾身の力を、薙刀へと送った…!
「───な、力が、更に上がって…!?」
驚愕。
呆気に取られ、力は、遂に追い越される。
(…ぁ、これ、まずい───。)
並々ならぬ負荷に、腕が千切れかけようとも、足の筋肉が綻びかけようとも、リロの"意思"は、諦めない。
自身のナイトケの地での経験にて得た、確たる"誇り"があるからだ。
「───オオオオオオッ!!」
リロは赤鎧の中で叫ぶ、そして───。
ここに、下克上は、完全に達成された。
「───。」
槍を持つ腕は、打ち上げられる。
才覚の【重装化】による強固な鎧は、未だ自身の周りを囲っているが───。
───量りかねる"予感"が、彼を襲った。
まだ、終わらない。
俺は、まだやり直せる、ならば───。
(───諦めてる場合じゃ、無い!)
リロはさっきの一撃で半壊、対して、俺はまだ万全に近い…。
耐え切れれば、チャンスは───ある!
「【概念抽出】、【幻魔盾】…!」
【幻魔盾】…。
『レベル×〇.二のダメージを軽減する盾を半径一メートルに展開する。戦闘終了までこの効果は続く※端数は切り捨て。(このスキルはレベル三〇〇〇〇以上から成長することはない。)』
【付与術】…。
『属性・魔法などを対象に付与できるようになる。』
【概念抽出】…。
『スキル、スキルアビリティの概念を抽出する。【付与術】等からの派生。』
ザワルドの周囲が"歪む"。
それは、ダメージ軽減範囲を展開している証。
そして、その紫の光は、ザワルドへと収束する。
これで、彼の身体は欠損する事はない。
無いのだが───。
(───これでは、足りないような…!)
胸の鼓動を滾らせる"予感"は、杞憂なのか、真実なのか。
それを決めるのは、目の前の銀髪の男のみ───。
「ザワルド、あのコロシアム、僕もいたんだよ。」
"対策など、とうに出来ている"、と暗に語った。
青年は、水銀を濃縮し、拳に纏わせる。
「【戦車】。」
「『破壊』、せよ───!」
水銀とは、液体金属。
その性質故、高い耐久力を誇り、"力を受け止める"事に対して非常に適性を持つ。
ユシュエンの魔力はそれの中を駆け回り、形態変化させ、一つの刃とする。
…魔力はシステムサポートにより、推進力を高め、【世界】の鎧へと突き刺さる。
───鎧は、瞬きもしないうちに砕かれた。
「───。」(…やはり、水滴石を穿つ、か。)
(俺にとっては、皮肉だな。)
いまや【世界】の鎧は昔の頃のような"絶対性"を保有していない。
【戦車】の能力は、耐久力がそれこそ"無限"で無ければ受けきる事は不可能…。
【戦車】は、いまや【世界】が見下す対象では無い…。
(だが、俺には、【幻魔盾】がある───。)
ザワルドは、槍を持つ手を、漸くユシュエンへと向ける。
(相打ちなら、可能だ───。)
暴風は、渦巻いて、虎視眈々とユシュエンを狙う…。
…ユシュエンの顔つきは、崩れない。
「───やらせるかッ!!!」
しかし、その顔つきを崩す者が、今、此処に辿り着く。
…その傷だらけの竜鎧は、水銀の刃を打ち砕き、進んできた証。
ユシュエンの本気を、時間はかかったが、跳ね返した強者。
(───来て、しまったか…。)
ユシュエンは高速戦闘の最中、その眉を顰める。
…その男は、此処に来てはいけなかった。
最強のステータスを持ち、全てを蹂躙する可能性を秘めるミノタウロス。
…此処で、その限りなく高いステータスにて、割り込めてしまったウェーカンは───。
意図せず、"彼"の本気を、引き出してしまう。
彼の盟主は、冷徹に、ただ、発した。
「【秘密の魔神王】。」
【魔神王】。
ウェーカンの脳裏には、あの【不滅】が過ぎる。
…もう、何もかも、間に合わない。
綱渡りは、此処で終わった。
ユシュエンに届きうる刃は、あの白銀の男のように、瞬間的な破壊の一閃。
彼では"止められぬ"力の奔流のみが、彼を屠る資格がある。
…"【魔神王】の力"を発動する、銀髪の青年。
禁じ手、原初の再現。
"無限"、"無制限"、"無垢"。
全てを保有する、"権能"。
彼の、【才覚】は、それを再現する───。
「───『残滅』、しろ。」
命令が付与されるのは"水銀"。
地下に張り巡らされ、この空中大陸を支配する、ユシュエンの"力"。
システムサポートは、その"全て"に適応される、つまり───。
この地下世界の全てが、侵入者の敵となったという事だ。
(…俺は、場違いだった。)
(この場に出ては、いけなかった。)
("前に進んでなど、いなかったのだから"。)
絶望。
(…終わり、か。)
(すまない、ウェーカン、後は、頼んだ───。)
ザワルドは視線を動かす暇もなく、両足を水銀に絡め取られ…大きな力により、引かれる。
【幻魔盾】の効果で外観だけは無傷に見えるが、中身の筋肉の繊維は全て破壊され、骨はそれらと共に破砕されている…。
鎧など事此処に至っては意味をなさないことを冷めた脳で推察した───。
『…ほう、ラマンダ。』
『…やれよアーサー。』
『仲介までしてやったのにこれはあんまりだ。大人しく潰されてろよ。』
俺の親友は───。
『あんな奴に苦戦していたお前じゃ、ロクに勝ち目は無い、とは思うがな。』
『ラマンダ君、俺は、勝つ。』
『修行と言って、先ず初めにナギトと言ったお前を救い出してやる。』
『…君は、あの時の怒りを、忘れてしまった。』
『───話は、済んだか?』
『勿論だ。』
誇り高く、そして───。
『お前が、何故戦えているのか…。』
『…それはなぁ。』
『お前が、ナギトにステータスの半分も使ってもらってないからだよ。』
全てを、飛び越えていく。
『【第四段階】。』
『【属性付与:炎】。』
───俺は、どうなんだ?
『───望み通り、お前らを、叩き潰してやるよ…!!』
『やっちまえッ!ラマンダァーーッ!!』
『───【世界】ッ!』
俺は、託すばかりだった。
そして、俺は、"諦めてばかり"だった。
「…はは、ははは。」
…彼は、"諦めを諦める"と共に、何かを悟った。
それは、自身が、"敵と同等"であるという"妄想"を、破壊されたから。
"順当に勝つ"では駄目だと、漸く理解したから。
(…いつも、何処か、"負けていた")
ザワルドは鎧を解く。
(いつも、"何か"で負けていた。)
ザワルドは槍を解く。
(それは、なんでか、ずっと考えていた。)
(今、分かった───。)
"ラマンダ"として、変わろう。
(固執していたから───。)
瞳は、漸く現実へ向いた。
アイテムボックスから、槍を取り出す。
("超越"出来ずにいたんだ…!)
…"過去"は、求めるものでは無い。
既に、それは、ラマンダの中にあった。
「…【世界】×───。」
(ウェーカンに、託す前に───。)
再始動を、始めよう。
此処が、終点で、新たな原点だ───。
(一仕事、しなくちゃな───!)
「───【槍術】。」
這い寄る水銀から、左腕を犠牲にして、槍を持つ右手を守る。
「───【<槍術:七十二星>】。」
右腕から放たれるは、総数七十二の槍撃。
一つ一つのスキルを宿した力は、軌道上にある水銀を貪り、啄み、ユシュエンへと到達する。
「───【神速】。」
その寸前、ユシュエンは紅き籠手に押されて後方へと逃れた。
「どうやら、ホーミング攻撃のようであるから、私が受けよう。」
「貴公、君の旅路に、良き物語が有らんことを───。」
破壊される赤鎧。
原型を留めず一瞬にて"無"へと変わる。
「───リロ。」
ぽつり、呟くユシュエン。
…だが、まだ、戦いは終わっていない。
ラマンダはあと数秒もせず死ぬ…リロもまた、死んだが…。
まだ、"残っている"───。
───竜鎧の戦士は、敵を逃しはしない。
「全て、託したぞ───ウェーカン。」
その声で共に、チラリと視線をラマンダに向けるウェーカン、しかし───。
ラマンダの壊れない身体は、ついに水銀のミキサーにかけられ───。
"実質的な戦闘不可能"となり、"戦闘終了"とのシステム的判定が下され、その身を粒子へと変えた。
「…後は、任せてくれ、ザワルド。」
「───【自己再生】、【剛撃】。」
【戦車】の強制力による水銀の攻撃は、目的遂行まで続けられるが───。
彼を瞬時に倒すには、"足りない"。
絡めとったとしても、それごと踏み抜く力強さは、充分にユシュエンの脅威たりえる。
だから、彼は、"頼る"。
水銀のコントロールを一部掌握し、"奥で待機させておいた残りの戦闘員"を射出。
「「「「【剛撃】!」」」」
凄まじい速度を伴い、次々と現れる彼らは、手に持つ斧を次々とかち合わせて刀の力を削ぐ。
次々と合わさった力は、ウェーカンの力を、完全に止めた。
異次元な速さによる大気摩擦を防ぐ為に全身鎧を身につけている彼らは、全員が精鋭。
その数、優に五十人を超える。
「───【剛撃】。」
しかし、そんなの関係がない。
この中で最強なのは紛れもなく自分だ、ならば───。
押し通る、のみ。
斬り払いが、大地を覆う。
その速さは神速、水銀による加速器でも無ければ、割り込む事が不可能な領域。
「───【縮地】。」
「…!【縮───がっ。」
一人は逃げ延び、一人は死んだ。
…一閃は、ウェーカンの刀を防ぐ為に密集していた戦士たちを、まるでゴミのように吹き飛ばした。
「───あ、ぁあ。」
歴戦のプレイヤー達は涙する。
「…こんな、強い奴が居ただなんて…!」
かろうじて【縮地】にて回避できた彼らは、歓喜する。
「───望みは、叶った!」
喜びの特攻。
戦に狂う彼らは、この場を、最も渇望していた。
自分達が、何も出来ず叩き潰されるような、そんな環境を───!
「鬱陶しい、此処で決める───!」
「【臨界強化】ッ!」
…羽虫のような彼らだが、その身は充分以上に役割を果たした。
あの、ウェーカンに、【臨界強化】を切らせたのだ。
「───…っ!?」
ドォンドォンッ!!…大砲が放たれたような轟音と共に、刀の軌跡を読み取る暇さえなく彼らは全員壁へと叩きつけられる。
その中に戦闘可能な者は存在せず、その全てが粒子となって消えてゆく…。
その中で、一人。
ウェーカンの背後、そこの地面に倒れ伏しながらも、その身体を粒子へと変えぬ者がいた。
「───起動、限界稼働、開始。」
「───【臨界強化】。」
「…グレン、キシン。」
「───これで、終わりだぁぁぁーっ!【剛撃】ッ!」
…完全勝利への道は開けた。
一つの踏み込みにて、ユシュエンの眼前へと現れるウェーカン。
後は、この者に刀を振りかぶり、そして振り下ろすのみ。
水銀はずっとウェーカンの足を喰らおうと追尾するが、剛力と鎧と自己再生の前には、微々たる影響も残せない。
ユシュエンは、最後の足掻きとウェーカンを水銀で拘束するが───。
刀を振り下ろす、その際の途方も無いエネルギーによって、拘束は微々たる時間も稼げず破壊された。
詰みだ。
【戦車】にて、防げ、と命令したとしても───。
あくまでも、【戦車】の不可逆的実現能力とは、"必ず目的を達成出来る様に、システムが対象物に力を注ぐ"、事である。
それ故、"力に耐え切れる器"が無ければ、対象物の方が目的実現の前に壊れる。
…つまりは、【戦車】を使ったところで、水銀の盾はウェーカンの一撃を防ぐ前に、力の注ぎ過ぎで自壊してしまう…!
「───やれ。"クガン"、"ファリン"。」
…だが、"彼"だけで勝つのが、『水銀冠』では無い。
「了解。」「承知。」
"彼ら"で勝つのが、『水銀冠』なのだ。
…影は"上"より現れる。
天井の、黒い染料を塗られた"水銀"の中に今の今まで隠れていた。
そして、ユシュエンの一言により射出されたのだ。
「「───【稲妻投げ】。」」
息を合わせ、同時に両手に持つ二本の槍を投擲する。
合計四本の、紫電槍。
「───ッ!」
しかし、ウェーカンは避けなかった。
鎧を易々と貫く槍、ほぼ致命傷、しかし───。
ウェーカンの一撃を止めるには、能わない。
(肉を切らせて、骨を断つ───!)
刀は、ユシュエンを一つの瞬きすら無く切り裂くだろう───。
…何をしたって、同じだ。
それこそ、"死人が蘇らない"限りは…。
「【瞬間強化:速度】…追いついたぞ、小僧。」
突如、その刀の軌道上に現れた、彼の赤い機神。
その核は、一体化した『ワールドアイテム』。
「───ワールドアイテム、『紅蓮機神』。」
「その真髄は、"限界稼働"にある事を、証明しよう───。」
赤熱した"機体"から放たれる蹴りは、モノの見事にウェーカンの刀の持ち手に命中、刀をそのまま弾き飛ばす…!
「───知るかよ、ジジイ。」
「ワールドアイテム、『竜融鎧』。」
その瞬間、彼は遂に本気を出した。
鎧はウェーカンの身体を侵食、融合し、その身体を竜へと変えてゆく───。
鎧は、そのまま白銀の鱗へと変わり、その背中より翼が生え、牛の尾は竜の尾へと変わる。
「W o o o o o o o o o o o o n !!」
響き渡る雄叫び。それは、地下を震撼させた…!
白銀の竜への変貌。
それは、クロノスの最高傑作の剥奪を証明する。
───ウェーカンとグレンは、共に獰猛な笑みを浮かべた。
赤い眼光は重なり合い、グレンとウェーカンの拳がぶつかり合う───。
「───うわっぷ!?」
「こっち、ユシュエン。」
先程まで迫っていた刀の風圧による衝撃で吹き飛んだユシュエンを、奥から出てきたマーメイが救出し、漸くユシュエンは難を逃れる。
しかし、恐ろしい追手を潰さなければ、生き残れる時間が短いか長いの差だ…!
「───総力戦だ、水銀で救出しておいたコンラも出す。」
…グレンとウェーカンの戦いは、一方的だった。
紅蓮機神は、小さく、軽く。
竜は、大きく、重いのだ。
「───ガッ…!」
…当然、力比べで勝てる筈もなく、一瞬にて振るわれた竜の爪の一振りにて半身を失うグレン。
だが、『クロノス』の権能たる魔力による肉体改造により、事なきを得る。
再生後、グレンは空中にて、ウェーカンにヒットアンドアウェイを取るが…。
近づくとまた半身が抉られ、爪はグレンを近づけさせない。
ウェーカンは確信して前進する、グレンなぞ、脅威にはならないと。
だが、グレンにも秘策があった。
「───【寄生】。」
尋常ではない速度で、"核"が射出された…!
(───何故、核を出してきた…!?いや、それより…!)
「───G u a a a a a !!」
困惑しながらも、グレンの核を、ウェーカンは切り裂こうとするが…。
「───クロノス、変貌せよ。」
グレンは、硬質的な外殻を多重に展開し、さらに、小さいこともあってか、その一撃をなんとか逸らす事に成功する。
そして、コアから体を再構成して復活、睨み合いへと戻る…。
グレンは、自分が死ぬリスクを賭ける事によって、ウェーカンをなんとか引きつける事に成功したのだ。
…そして、グレンと睨み合っているウェーカンに───。
「───背中が、お留守ですよ?」
───天井から射出されたコンラは、その軍刀を勢い良く突き刺した。
「───チッ。」
(水銀の射出は、俺の速度に追いつくほど速い…これは、厄介だ。)
ウェーカンの尻尾は、すぐさま飛びのこうとしたコンラへ襲いかかり、その右足を足首ごと捻りとる。
…空中にて、尻尾の性で勢いを失い、無防備になったコンラ、だが───。
「『神の軍靴』…!」
コンラは、残った左足にて空中を蹴り、何とか撤退する。
…戦局は、六対一。
しかし、この状態ですら、今の攻防の様子から見て、ウェーカンには多大な勝機がある。
その竜の肉体は、ただでさえ高い自己再生能力を増幅し、更に、筋力、敏捷、耐久…いずれのステータスを更なる高水準へと飛躍させる。
まず、竜は背中に軍刀を刺していた軍服の男…コンラを狙うが───。
「───『クロノス拘束術式、"全"、開号』。」
ようやく着地したコンラ、だが、自己再生する暇も無く爪が彼を狙う…。
それに対してコンラが取ったのは、巨人の炉心の限界稼働。
…その身に宿る、"クロノスの心臓"。
それを総動員して、魔力を無限大に生み出し、無限大に身体を強化する。
それでやっと、コンラの速度はウェーカンに追いついた。
ウェーカンの刀を何とか片足だけで躱し、魔力にて推進力を得て、近づいて軍刀にて斬りつけるが…。
その一撃は、即様再生されるのみであった。
「ファリン、アイツ…コンラの強化ハ…。」
「十二秒程、それが限界、と聞いていまス。」
(…あの若僧は【ビクトリア】で唯一、長期戦に強いと言っていい。)
(私の最高傑作から生まれたワールドアイテムの力が、奴を補助しているからだ…。)
(…コンラ、彼の身体が耐えきれる内に、あの若僧を倒すしか無い…!)
「【秘密の魔神王】によって再現した過去の"【戦車】"でも、彼を倒す事は出来なかった。」
「…なら、もう"一つ"の方を試すか。」
「…それは、"外"で使う秘策なのでは…ないの?」
軍服を着る、ユシュエンの理解者たる彼女は心配した、だが───。
「どうせ、二種類持ってるだなんて、すぐ露呈してしまうだろう。"ザスター"だって同じ境遇だからね。」
ユシュエンの目は、ウェーカンを鋭く睨む。
「【軍師】たる、僕の力───。」
「【策謀の魔神王】を、此処で切る。」
負けるわけには、いけない、と。
…同時刻、螺旋階段の終点。
地下庭園への"入り口"にて。
「…此処が、『水銀冠』の本拠地…。」
少女は、緊張と共にその短刀を構える。
「…剣、借りるぞ、アーサー。」
「───【魔法剣:黒刀】、【衝撃波】。」
…『水銀冠』がウェーカンの攻略をしようとした刹那、突然に、出入口を塞ぐ水銀の膜が破られた。
現れたのは、この空中大陸の、"破壊者"。
「失礼、何分、時間が無かったモノですから。」
「このような登場を、お許しいただきたい。」
大きな大剣を持つ青年、短刀を構えた少女、そして───。
"黒い靄がかかった"片手剣を構える、金髪の青年。
「今度こそ、残滅させて頂きます。」
現れたトリックスターは、決意を、信念を、戦いをせせら嗤う───。
「それこそ、完膚なきまでに。」