第8話 かつての記憶
嘗て、老紳士であった"モノ"は語った。
彼は全身隈なく硬質的な外装に包まれており、その表情は読み取れない。
ただ、赤く爛爛と燃えるその瞳が、何者かへの憤りを示すのみだった。
「…貴公、それなら、我々に協力してくれると言う事で良いのか?」
赤鎧の武者の質問に、怪物は頷いた。
「えぇ、ただ、私は、あの若造をこの機会に、もう一度殺してやりたいだけ…。」
「その為なら、私とて、元々あって無いような忠誠を捨てる事など、安いものです。」
1.【第三段階】-『闇潜みの騎士』
───空は、暗く、燃える夕焼け。
地面は砂と屍が混じり、山が築き上げられ、一歩踏み出すと、踏み締めた屍が崩れる。
アーサーは、語りながら進む。
追従する者たちは、驚愕しながらも、紡ぎ出される物語に惹かれるように歩み出した。
「…一人の、初心者狩りの話をしよう。」
「…僕が、【魔界】へと入り、大量虐殺を遂げれた、その方法は───。」
「…"首都襲撃"だった。」
砂が吹き荒れる中、屍は白く結晶化し、都と鎧兜の騎士を生み出した。
「勿論だが、僕自身の手で、熟練の魔物プレイヤーを一人一人殺していくだなんて思わなかったよ。」
「だから、一人で放り出された僕には、やれることは一つだった。」
「復活する悪魔族のNPCを、夜中に殺し回ることだけだった。…あれは、骨が折れたよ。」
夜中、響き渡る甲冑の擦れる音。
荒い動悸は、騎士より放たれ、空気を緊迫した物へ染め上げる。
彼の剣についていた黒い血は、彼の目の前の首無し死体と同一の物だった。
騎士はわなわなと震え出そうとするが、忠義により逃げ出す事叶わず、一人夜の街を駆ける。
…タイトはそれを見て、一つ切り出した。
「…待て、それだけだったら、さっきも言ったがアーサー、お前がここまで大層に話すことじゃない。」
「それに、初心者狩りと、NPC狩りは話が違う。」
タイトは、それだけではそこまで感じ入って話す事ではないとアーサーに告げた。
NPCは弱く、そして復活する、ただそれらを殺して帰ってきただけなら、"地獄を作った"だなんて言わない。
それが正解だ、と促す様にアーサーはうなずき、話の続きを語り始める。
「そう、NPCだけを殺してきただけなら、僕もこんな大層な術を使って説明しようなんて考えない。」
「笑い話で、終わるだろう。」
「話には、続きがある。」
「笑い話には、ならなかった。」
「…まぁ、当然の話だけど、NPCとはいえ、殺人…殺魔行為を街の中で堂々とやってる訳だよ。」
「当然、NPCに入れ込んでる人もいる。その人に、殺している所を見られたら───。」
アーサーはタイトの方に振り返り、その目を見る。
「……VRの中だ、殺して口封じなんて出来ない。」
タイトは情報の中で自分の推察できる事を話した。
「そう。」
どこか儚い笑顔で、アーサーはうなずき、進行方向へと向き直る。
鎧兜の騎士は、骨より作られた"悪魔"
「…直ぐに、討伐隊が送られたよ。」
「この時既に、悪魔族を1万人は殺していた、そして、此処からは街の外で殺しまわっていた。」
「街で戦闘すると、街の人に迷惑だと思うから。」
「…出来るだけ、外でも悪魔族のNPCを積極的に殺した、プレイヤーは、引退してしまうかも知れないから、攻撃してこないのは討伐隊でも出来るだけ見逃した。」
「でも、討伐隊に便乗したかのように、街の全てのプレイヤーが、僕に襲い掛かるようになった。」
「討伐軍含めて一万人程が、僕の前に立ち塞がった。」
「彼らの殆どは、対人慣れしていない、初心者プレイヤーだったと、思う。」
その言葉の後、都は崩れ、騎士が持つ光の剣は黒く穢れていった。
「───それを、殺してしまったんですね?」
「…NPCばかりを殺していたら、初心者狩りなんて言わないだろう?」
騎士の兜は血で薄汚れ、ひしゃげた右腕はそれでも剣を振り回し、無限に骨から生成される悪魔を殺す。
死にかければ"魔力の糸"が彼を救い、死にかければまた、"小さなクナイ"が彼の前の敵を殺した。
大きい剣を両手にて雑に振り回し、魔力弾を死角を埋める為に四方八方に撃ち続ける。
騎士の力は未熟なまま、泥臭く殺戮の沼に落ちてゆく。
身の丈に合わぬ剣を、振り回す事すら厄介であった時のことであった。
「そのまま、街は、崩壊した。」
「…家の中には、流石に入らなかったけど…皆意気揚々と、僕を殺しに来たから、そんなの意味なかった。」
「───沢山の悪魔を殺し、蜥蜴を殺し、赤鬼を殺し、僕はついに街さえ殺したんだ。」
騎士は、ついに寂れた都の中に踏み込み、その中の全てを殺して回った。
その剣は、騎士に"傷を与えようとする者"全てに死を与える。
魔術は彼を殺そうとする、剣に纏われた破邪の光がそれを祓った。
爪は彼を殺そうとする、大きすぎる剣を前に刃は彼には届かない。
悪魔達は外に助けを求め、話を聞いて討伐に来た者は皆殺され、朝も夜も断末魔がよく響き渡る。
"それが、三日三晩行われた"。
三度目の落陽の後、逃げ出した者達は、ようやく、軍が台頭してくると、抵抗せず、都で生活する同胞にそう伝えた。
「…しかし、そんなに殺した僕でも、襲ってくる者以外とは普通に接していた。」
「街も出来るだけ壊さない様にし、建物を修復中の悪魔のNPCは殺さない様にしていた。」
「だからこそ、僕と交友のあったプレイヤーの人達は、軍から僕を庇ってくれた…らしい。」
都に住む彼らは、騎士は敵対していない者に攻撃していないと説明したが、無意味であった。
「僕はただ、検証の為に来ていると、事前に説明しておけば、此処までの騒ぎにはならなかったかもしれない…。」
騎士は彼らと交友があった。
だが、騎士は彼らが脅された事に気付けなかった。
交友があった騎士に対して善良なる者は、皆その場で取り押さえられ、騎士を襲う様に言われた。
「彼らは、僕が殺し、それを機に、彼らは僕の前を去った。」
「本格的に【魔界】が僕を殺そうとしているって事を伝えてから。」
突然に騎士の前に砂嵐が起こり、そこから現れるのは、"軍勢"。
「───これが、お前の殺戮か。」
総勢、三万五千の復活し続ける軍勢。
タイトはそれを見てそう言った。
その目は争いの事だと言うのに酷く冷たくなっていて、彼が殺戮を好まない事を表していた。
…魔物プレイヤーの混合軍は、一斉に闇魔術を騎士に向けて放つ。
デバフは騎士を絡め取り、近接職により、切り刻まれようとしている。
だが、騎士を守るかの様に、結界が展開される。
騎士が動けなくてもその結界が騎士を動かし、剣を振るわせた。
「上司は、驚くべき事に、デバフ関係無しに僕の身体を魔力糸で操って、軍を皆殺しにした。」
「回復はさせてくれなかった、矢が飛んできて、たまに身体に刺さっていく中で、死なない程度に身体を操られ、見ず知らずの奴らを殺していったよ。」
「あの時は何度も上司は頭がおかしいんじゃないかなって思ったな…。」
「上司の操作技術のおかげか、終わるまで欠損も無く戦えたし…。」
「…その時は無心でやっていたから、特に悪かったとは思ってなかった。」
「相手のプレイヤーもレイドボスの一種とでも思ってくれてたらしいから、当時も今も、罪悪感はあんまり無い。」
「だけども、なんだろうか。」
「怖い話風に言うと───。」
「"そこにあった屍は、本物だった"。」
騎士の背後に積み上げられし屍は、既に粒子化を始めている。
しかし、その僅かな間、騎士を、アーサーを見つめるその目は、紛れも無く死者のそれ。
動かない瞳は、騎士を見つめ続ける、そうそれは、きっと───。
「きっと、彼らのその視線は、僕に死ねと言っているだろうな。」
「───!」
「…これで、この話はおしまいだ。」
エルは"怪談だったですねこれ"、と思った。しかし口に出す勇気はなかった。
しんみりしたムードを壊してはいけない。
「地獄を作って、死者に見られて…。」
「…所詮、VRの事だからって振り切る勇気は、僕には無かったんだ。」
「怖くなったんだよ、【ビクトリア】の現実感が。」
…周囲の空気が、そこそこ重く感じられた。
…彼の話は、そこそこに重かったようだ、だが───。
「それが語っていたお一人様プレイに繋がるわけかアーサー。俺もうすうす気にしていたが…。」
「ふむ、まぁ、なんだ。…コメントしずらいぞ。」
「…ふ〜ん。なるほど、そういう事情が…。」
「…でも、アーサーさんの秘密主義と単独行動は直してくださいね。私の時も全然目的とか教えてはくれませんでしたし。」
「うぐっ。」
アーサーの側には、笑ってくれる仲間が居る。
ずっと望み続けていた、VRの夢を、遂に───。
遂に彼は、手に入れたのだろう。
2.アスガルド-螺旋階段前-
「───よし、【第三段階】解除。」
透明な空間から突如出てくる一団。
アーサー、タイト、エルである。
「へぇ、あの謎空間内でも歩いたら距離が現実に反映されるんですね。良いこと知りましたっ!」
「…何故か乗り物酔いに近いものを感じるぞ。」
「…で、だ。『水銀冠』襲撃だったか?」
「その通り、急襲をかけて、行動不能にするまでが任務だ。」
「アビリティジェム。」
「解放。」
【怨霊化】による黒いもやが彼らの武器を包み込んだ。
突然現れたモヤに驚くエルを横目に、アーサーはこのスキルは相手を怨霊に変えて無力化させる事が出来ると説明する。
タイトは「なるほど」、と頷きその後刀身がぼやけたまま「このような奇襲は初体験だ」と語った。
…激戦の後の惨状を抜けて、階段を降りる。
地下から噴き上がる風が、彼らの身を優しく撫でた。
「───さて、歩きながら、作戦会議と行こうか。」