第7話 平穏と追憶
1.アスガルド-螺旋階段前
流れ着いたプレイヤーは、絶望に顔を歪める前に消えてゆく。
「ぐぁぁあああぁっっ!!??」
「レイーッ!ぐぁぁぁぁぁッッ!!??」
「おのれ負けるかぁぁぁぁ俺はトップランカーだぐぁぁぁぁぁあッ!!??」
"水銀"が至る所から彼らを串刺しにし、鎧の隙間を易々と抜け、防ぐ為の盾をすり抜け、容赦なく彼らの命を抉ってゆく…。
「…ッチ!こりゃ、中に入るのは難しいな…。」
「私が【人体改造】で『幻獣』に成れなかったら、マキナさん死んでましたねー。」
「…はは、そうだな、いつも助けられてるよ。」
「…とにかく、こんな所で悠長にしてたら、いつ襲ってくるか分からない。そろそろバベルに戻ろう。」
「…了解です。」
「私が居ないと、仕方のない人ですねぇ。」
…だが、例外はどこにでもある。
「…これでは、我が州への貢献が出来ない、情けない限りだ、ナイトケの下級戦士たちよ。」
「せめて、囮となって死ぬがいい。一刻も速くバベルへの帰還を行わなければ…。」
「あの新型の"生物兵器"の搬入もあるからな…。」
…生き残った者は、皆逃げてばかりで、抵抗しようともしないのだが…。
しかし、彼は違った。
風纏う男は、その"風"を常時活性化させ、水銀を弾き、ただただ奥へと向かってゆく…。
「この水銀の軌道は、ユシュエンか。」
彼の目的は、『水銀冠』の破滅では無く、"回収"。
その組織の持つ資源を、依頼人に引き渡す事。
「一つ、交渉といこうか。」
【世界】は地下へと降りる。
2.空中大陸アスガルド
「こう見ていると…再生力が強いな、この樹木は。」
「明らかに隣に焼け焦げた奴があるのに、そのすぐそばに完璧な奴がありますからね。」
「それにしても、魔物が出ない…。」
「また戦う事を考えてるんですか!?」
「当たり前だ、まだ一戦ほどしかしていない。」
ただ、地下へと続く大穴へと続く道を行く。
「…所で、貴方は私と出会う前は何をしてたんですか?魔物と人間はスタート地点が違うらしいですからね。」
「魔界にて、師匠と鍛錬をしていた。だが、人とも戦えと言われて追い出された。」
「ほうほう…帰られたりはしないんですか?」
「出来るが、察知されて殺される。リスボン地点は人間界だから結局入る事はできない。」
「はー…まるで漫画みたいですね…っ!」
師匠から武者修行の旅に行かせられるだなんて、とエルは続けた。
「実際なってみると、余り燃えたりはしないがな。」
(───思えば、建前抜きで誰かと話したのは、いつぶりだろうか。)
「…そう言えば、師匠は魔法戦が得意と言っていたが…剣の方も滅法強く、さらに本来必要無いはずの魔法の詠唱までしていた。」
「魔術の考察チームにも所属しているらしい。」
「へぇーっ!情報屋の助手としては是非とも欲しい情報ですねぇ!…教えてくれたって事は当然…。」
「あぁ、フレコだ。個人チャットでうまく交渉するといい、俺も師匠に手痛い反撃がしたい。」
「聞き出せって事ですね…初仕事なので、無料でやらせていただきますっ!」
「…!そうだ、アーサー。お前は何かそう言った経験はないのか?」
俺は歩く途中、空へ目を向けて、少し思案した。
後ろから草を踏み締める音が二つ、頼り甲斐あるプレイヤーが二人。
こんな冒険らしい事、初めてだなぁ。
俺はそのことに気づくと、そこから重大な事実に気がついた。
(───もしかして、冒険らしい冒険って、俺してない…!?)
「…アーサーさん!なんか無いのって!」
体を揺さぶる衝撃で、漸く、俺の感傷的な思考は止まった。
「───…?どうされたんですか?」
「アーサーさんの冒険談ですよ!なんか無いんですか?」
何か期待しているような目で俺を見ている。…ビフロストでのアンナと同じ目をしているな。
…面白い、冒険話か、確か昔…。
「昔は、よく友人の助けにダンジョンに行ってたりしてましたが…そうですね、僕の冒険と言えば、アレがふさわしい。」
「……?」
「【魔界】に行った時のことです。」
「…魔界…!よく今も生きているな。」
【魔界】の名を出すと、皆飛びつく。
魔物使いプレイヤーの巣に人間が飛び込むと、用は普通に害獣認定されて殺される。
すると魔界で復活するから、成り上がらない限り人間界へ戻る事はできない。
そんな中、俺は『検証』とは名ばかりの無茶振りでザスターから魔界へと放り投げられたのだった。
「僕は昔、上司と共に【魔界】に行った事がありまして、その時に、【悪魔殺し】と【異形狩りの妄執】のスキルを得ました。」
「…?そのスキルって、スキル秘伝書じゃ無いとなると…継承スキルか、称号スキルですね!」
「…基本的に、称号スキルの習得難易度はめちゃくちゃだが…俺も一つは持っている。」
「…………へぇ〜〜〜〜。」
「なんだその興味のなさそうな…っそうか、アーサー、話してて構わないぞ。」
「…うやむやになってた方が良いんですけどね、僕としては…。」
…興味を引く話をするのは、大変だと思う。
でもまぁ、それはネタが無い時の話、ネタ自体が面白ければちゃんとスムーズに言えてれば酷いことにはならない。
「継承スキル習得の条件達成の為に行ったんでして、それはとにかく悪魔族モンスターを殺害すると言うモノで…。」
「ほうほう。」
「ふむふむ。」
「───要は、三五万体程、殺害しろと。」
…それを聞くと、後ろからの彼らの反応は止まった、まぁ、当然。
冷静に考えて、人間はぶっ通しで自分と同格若しくはそれ以上の敵を殺し続けられるか?
不可能だ、時間も足りず、力も足りず、どこまでも無力感が叩きつけられるのみ。
「…そうだ、あの時は、確か、僕が敵をただただ殺しまわって、危ないところは上司やその部下の先輩に補佐してもらって…。」
「あぁ、NPCでもカウントされるのが良かったのかもしれない、だけど、それだけじゃ───…たしか【悪魔殺し】習得時は、未だ【異形狩りの妄執】は───。」
思い出す。
ただただ、歩きながら思い出す。
(…しかし、話すだけでは格好がつかない───…あれがあったか。)
「…そうだな、ちょうど良い───。」
「試運転だ、【第三段階】。」
「───【エディット】、『闇潜みの騎士』。」
その言葉の直後、彼らの周囲の粒子は、闇に呑まれた。
徐々に、世界を包み込んでゆく暗闇…。
「【第三段階】…!?───ってなんなんですか、コレ、空が書き変わっていく…。」
その奇怪な現象を前にして、エルはただただ驚愕し…。
「…妙な術だ。」
「…ただの思い出話だろう、こんな物を作る意味があったか?」
タイトは、素直にその心情を語った。
「…試運転だよ、ただの。詳しく言うなら本当に、空間を好きに作れるのかって精度の検証だ。」
…闇は、光へと塗り変わる。
空間が、張り替えられる。
完全に世界の"塗り替え"が終わった時、アーサーは後ろのエル達に振り返った。
「…じゃあ、そろそろ前置きはいいかな。」
「…あの時から、僕の【ビクトリア】は、きっと───。」
「…きっと、一人でやるものに、なったんだろうな。」
「僕が語るのは…恥ずかしながら、地獄を作ってしまった時の話。」
思い出されるのは、騎士が騎士でなくなった瞬間。
彼の騎士が、"守るべき事"を忘れた戦場。
彼に仲間はいない。
どこまでも孤独だ。
"孤独で無ければ、ならない"。
丘に立つべきは一人。
アーサーは前を向き、また変わらずに歩き出す。
「───二人とも。」
洗い流された戦乱の残り火が集う廃棄孔まで、追従する彼らは懺悔の演劇を見るだろう。
「どうせ聞くなら…これも見ていくといい。」
懺悔は、人知れず紡がれるべきものであると言うのに。