第1話 予定調和とイレギュラー
「…アスガルド奪還隊?」
「…面白そうだと思いませんか?奇怪なことに、"国"からの依頼なんですけど。」
「…強敵がいるのだろう、ならば、俺には行かない理由などない。」
「…流石の、バトルジャンキー。」
「バカにしているのかお前は。」
1.空中城塞都市-【アスガルド】-
空高く聳える、紅き幹。
天から降り注ぐ"赫き破滅"───垓炎の、枝。
止める術など、存在しなかった。
そう、それこそ、"トップランカー"以外には。
「───水銀防壁、展開。」
「形状、天球。」
大陸に降り注ぐ"それら"を、元から防ごうとするわけではない。
逸らす為に、大陸全土を覆う。
しかしそれは、突然の判断。
その為、重要な部分が欠如する───。
元よりその"枝"は、"幹"より放たれたモノ。
ならば、"幹"は、水銀により進路を阻まれたことになるだろう。
何故なら、水銀は大陸全土を覆ってしまったのだから。
…天は、"赤一色"に染められた。
水銀を染める、"破滅の烈火"。
火は、染めるだけでは飽き足らず───。
───水銀全体の熱膨張による爆発、それと共に、"熱"は地表へと勢いよく降り注いだ!
「天が落ちてくる」と人は言う。
「太陽が呑まれた」とも叫ぶ。
…最早、防ぐ手段は無い。
これ程の"属性攻撃"、幾人もの魔術師がいたところで鎮火する事は勿論、弱めることすら出来ない。
「…。」
「なんなんだよ、ザスター。」
「これも、お前が仕込んだ事なのか…?」
盟主の統領は、震撼する。
"怒り"。
その感情すら、一瞬にして、枯れ果てた。
彼に残ったのは、"畏れ"のみ。
「主人!避難ヲ!」
「駄目ダ、固まってル。無理やり連れて行くゾ!」
「言われずとモ!」
地上を放棄して、彼らは、地下へと急ぐ───。
2.空中廃墟都市-【アスガルド】-
「…だいたいみんな殺したみたいだな。」
怨霊蔓延る大地。
緋き炎は何処までも広がり、全てを文字通り焼き尽くした。
…それは、他国の【アスガルド】奪還隊でさえも、例外なく。
…【アスガルド】は、此処に焼却された。
…あまりにも、呆気なく"終わらせられた"反乱。
眼前に見える焼け焦げた景色は、凄惨に尽きる。
「…さて、と。」
「任務も終わった事だし、金でも貰いに───。」
背後から、殺気。
いや、"もう"殺された。
「【不滅の魔神王】。」
《レベル12→11。》
「ほぅ、【魔神王】。」
「地上でしか見れないレアモンスターか。」
…視線を動かし、辛うじて見えたのは、特徴的なのは竜頭の兜と牛の様な角。
緋き眼光は、猛々しい憤りが現れる。
「お前が、この惨禍を産んだのだろう?」
向き合った巨大な竜兜の戦士は、その斧をもう一度、上へと上げた。
───まずい。
アーサーは直感した。
こいつは話を聞きそうにない。
何故かって、彼は俺を既に"断罪"する気でいる。
(意識を集中し…世界を、ゆっくりに───。)
しかし、それは、"置いていかれた"。
彼は俺の、思考速度の限界を、いとも易く打ち破った。
始終すら見えない一閃が、俺を真っ二つに切り裂いていたから、漸く気づけた。
「【不滅の魔神王】。」
《レベル11→10。》
「お前が、水銀冠とやらだろう。」
彼は、俺に更なる死を与えようとする───。
「───【第二段階】。」
「『概念抽出』、『壊撃の盾』。」
最速に動かなければ、この勝負に、勝利することなぞ、まず不可能。
「アビリティジェム───。」
「解放」。
【縮地】の効果。
この超速移動で漸く、奴の速さに追いつける───。
「【縮地】。」
───え?
「───。」
竜兜に、背後を、取られる。
駄目だ、時間がない、腕が上がらない、ステータスが足りなすぎる。
───"ならば、足せ"───!
粒子、限界濃縮/増産…。
「【瞬間強化:敏捷】。」
限界機動。
"限界"を、束ね───。
───遂に、"粒子を出す速さ"だけは、辛うじて追いついた。
手も、動く、身体の速さも比較的追いついた。
…しかし、この世界で正常に動く奴の斧…今の状態では易々と、避ける事もできずにそれに切り裂かれてしまうのだろうが。
「【剛撃】。」
さらにそこにのしかかる、圧倒的な力の差。
相手は、俺が、自身の全てになすすべがないだろうと確信している。
だからこそ、今ここで"力押し"を選択したのだろうから。
(これで駄目なら、ホントに終わりだ。)
地面に粒子で、足から根を生やし、踏ん張り、同時に粒子にて作った剣を、背後から来る刀の軌道に滑り込ませることで、対応する───!
「脆いんだよ。」
…即席で作った剣は、最大の硬度にも関わらず、呆気なく破壊される。
背中に刀がめり込んだ。
しかし、『壊撃の盾』により回り込ませたビットは、男の首元へ。
二つのビットは、繋がり、ビット間に、"糸"を作る。
不可視の一撃は、最強のプレイヤーの喉を焼いた。
「───【自己再生】。」
しかし、彼は元から耐久戦よりのビルドをしている。
レイドボスと戦う上で、耐久は必ず必要だからだ。
「そんなのが、どうした。」
しかし、ここで重要なのは、敵が注意を逸らしたと言うこと、そして───。
───アーサーの敏さは、既にその最強のプレイヤーに追いついているという事。
竜兜は、未だ俺の背後をとっている。
俺の身体を、両断している。
…俺は、一撃でお前を殺して見せるぞ。
「───『粒子剣』。」
アーサーの粒子操作の特徴は、練度。
粒子の、指令への順応性。
切り裂かれつつある背中より、その刃は、真っ直ぐに。
「───。」
最強のプレイヤーの世界は、止まる。
優先すべきは、何か。
首元の、未だ自身の首を焼き続けるビット?
敵の背中より、こちらを貫かんと前進する剣?
それとも、二つを無視してこの刀を振り抜くか。
───最善手は、彼の中に既にあった。
だが、それは、彼のプライドを、著しく───。
「仕方がない。」
「負けに繋がる誇りなら、元より自身の汚点だ。」
最強のプレイヤー、ウェーカン。
最善手に従い、彼は、逃げた。
その思考の根底にあったのは、アーサーは復活するという事。
ならば、今のように、誘い込まれ続けるままなら、絡め取られ死ぬしかない。
「どうやら、力だけでは無いようだ。」
距離を置いて、アーサーへと話しかける。
「アスガルドを壊滅させたのは、お前の実力か。」
「【不滅の魔神王】…ふぅ。」
両断され、そこから復活したアーサーは、ウェーカンの方を向いた。
「その通り…貴方ほどのプレイヤーに言われるのは、光栄です。」
ウソは言ってない、実際このような惨状にしたのは、アーサー、彼自身なのだから。
…しかし、これにて、決定的に彼らは互いに互いを勘違いした。
アーサーは、対峙する竜頭の全身鎧を『水銀冠』を追うものだと───。
ウェーカンの方は、アーサーを、『水銀冠』と、考える。
「今日はここで、開きにしよう。」
「おや、随分と悠長な事で。」
「連れを待たせてる、決戦はまた後だ。」
「…ほぅ、それはそれは───。」
「すぐまた、会うことになりましょう。」
「…それは、こっちのセリフでもある。」
「俺の名は、ウェーカン。」
「…僕の名は、アーサー。」
アーサーは地下へ、ウェーカンは地上へ。
それぞれ、お互いの見ている『水銀冠』を追う。
2.バゼリ王国国防軍保有飛空挺
よく分からない技術で作られた硬質的な飛空挺。
武器などが並べられた部屋の中を見渡すと、窓が見える。
そこから見えるのは、雄大なる空、そして───。
…今も燃える、【アスガルド】。
「…なんで俺、これに乗ってんのかな。」
彼の名は、デロンギ。
誰もがNPCに対し無関心である中、それらとの共生を望んだ奇有な存在である。
(…俺、何かやったかなぁ…。)
『王様!俺今日も『ビッグタイガー』討伐しました!』
『それは良かった。流石は我が国のデロンギ。』
定型文を話す王が、俺に向けて目を向ける。
その有り様は、豪華絢爛。
端正な顔立ちが、唯一、王たる威厳を放つ。
『自分にできる事をやってるだけです…っいや、そうじゃなくて…』
『…王様!お城の空の上に、大きい龍が…!』
『…それは、一大事だな、弓兵に対処させよう。』
『弓兵じゃ届きませんって…。』
…多分、その時だけだった。
『なんか【アスガルド】とかも大変らしいし…なんとかしないと…。』
彼が、NPCたる"王"が───。
『…【アスガルド】か、懐かしい名前だ。」
『成る程、なら、私を使え。』
───初めて、何かを考えているかのように思えたのは。
メイン/ストーリークエスト
『終末兵装』
報酬:【騎士王の剣】【バゼリ兵動員書】
※一定の実績により与えられます。
『私なら、あそこの危機を救えるだろう。』
『バゼリに尽くして来た君になら、私の運用を任せられる。』
…あの時の彼は、俺からしてみれば、まるで人間の様に思えた。
…そのあと直ぐに、王様が自身で兵を集め、本拠地へと自身が行く、と提案したのだ。
今までの、定型文塗れでは無い、はっきりとした思考の露出。
…それのきっかけは、何だろうか。
「…王様と【アスガルド】、何か関係でも…?」
思考を、重ねる。
…多分、【アスガルド】と、バゼリ側の勢力からの"陳情"、それが今回のクエストの発端だ。
もしや、俺の存在が、キーになったのか?俺が受けてしまったから…。
…いや、俺がクエストを受けなくても王様は勝手に始めていただろう。
俺は五日間しかここに通っていないのだ。
だから、"友好度が高まったから"このクエストを出した、という線は、実質無しだと思う。
…しかし思い当たる節も無いわけではない。
俺は、報酬が良い『ビッグタイガー』を狂ったように殺し続けていたのだから。
ならば、友好度ではなく、貢献度?
いや、俺は新米だ。このゲームは噂によるとNPCに仕える、という発想は無いらしいが…。
俺よりも貢献度が高い者はいるだろう、悪魔を最も多く討伐した"バゼリの騎士団長"とかな。
…討伐、といえば。
「…【殿の心得】はソロだと本当に使えるなぁ。」
…ちょっと前の事を思い出しながら、現実逃避をする事にした。
今、考えても、どうしようもない…。
…ん?俺の職業?
【ナイト】ですが。