アスガルド動乱編 プロローグ
【アスガルド】が、その全てを制圧された頃。
もう全てが手遅れだと、誰もが断じ、捨てたこの都市に…。
「…なんだ、この騒ぎは…。」
その白銀は、ようやく現れた。
「地上で遊んでたら、随分な騒ぎが起こったな…。」
「───殺す。」
1.『クロノス』管理施設
必要な条件は、全て揃っている。
【死なず】、【魂があり】、【苗床がある】。
成る程、彼がそこに潜れと言ったのも、納得がいく。
…さぁ、当初の予定通り、"壊滅"を始めようと。
誰もが寝静まった暗闇。
その中にて、漸く、反撃は開始される───。
「【不滅の魔神王】。」
《レベル15→14》
「【第四段階】、【属性付与:氷】───。」
彼の身体は、微かに"蒼白"に染まる。
「───『蒼氷細工』。」
瞬間凍結。
巨人の皮膚の一部分を凍らせ───。
「【剛撃】ッ!!」
脆くなったそれを拳にて破壊し、彼は、"アーサー"は酸に濡れながらも外へと現れた!
…暗闇の視界は晴れ、彼の目の前には、高い所にガラス窓がついた白い部屋が待ち受けていた。
しかし、それに対し言及する暇もなく、彼の肌をインナーより染み込んだ酸が溶かす…。
「───っ凍らせた筈の酸が…!【不滅の魔神王】!」
再生する前に、酸を凍らせ、それを"垢"とみなさせる。
…それにより、復活の際、アーサーはそれらの酸を弾き飛ばした…!
《レベル14→13》
「…インナーはやはり、溶かせないのか。」
「鎧はすぐさま解けたって言うのに…。」
彼の鎧は耐久力不足で消え、今着ているのはボロボロのインナーだけだ。
急速に鎧を装着せねばならない。
「…よし、鎧を装備して、と。」
アイテムボックスから予備の鎧と共にインナーを一瞬にして身につけた。
「さぁ、脱出───「死ね。」。」
そこから脱出しようとしたタイミングで、クロノスの胎より、魔"人"が強襲してきた…!
全身をぶよぶよの対酸皮膚と鱗で覆った、生存特化の魔人。
「【重装化】。」
その魔人の爪を、才覚による甲冑にて防ぐ。
(反応してくる…だと…?この俺の、不可視からのアンブッシュに…!?)
アーサーからは、完全に反応は不可能な筈だったのに、と、刺客は驚愕を隠せない。
しかし、アーサーはそれを些細な事とし、それよりも今身につけている全身鎧の耐久性について考えていた。
(…やはり、あの決戦の時の損傷の為か、鎧が脆い…。)
全身を覆う甲冑が、背中にてポロポロと崩れる感触を気にしながら、アーサーは後方へと振り返る。
「【武装化】。」
敵は反撃を警戒する為に、アーサーの遠くへと離れて、【武装化】を行っていたようだ。
…『クロノス』の胎内でも出会った、異形の男。
…彼のその頭は、緑色の鱗で覆われ、その肌もまた同じく、鱗に包まれている。
まさに"魔人"、彼は、クロノスの酸にも耐えうる鱗によって、酸の中に潜伏していたのだ…。
(…そう、こいつはクロノスの中で、俺がまだ生き残っていると、確信していた。)
アーサーは戦慄し、武器を構える。
敵もまた、【武装化】たる長めの小刀を構えた。
「貴方は誰だ。」
アーサーは問う。
「…こうなっては隠す必要は無い。」
「《夜の剣》及び《コロシアム運営》より遣わされた、革命達成の為のエージェント…。」
「名は、ジン。」
「───お前の残滅を、依頼された者だ。」
「…名乗ってもらったけど…悪いな。」
「名乗り返すことは、できない…!」
その言葉と共に、アーサーは踏み込む。
「『蒼氷細工』ッ!」
その言葉と共に、アーサーが持つ【重装化】により生成された片手剣が、瞬く間に氷に覆われ、刀身を大きく伸ばす…!
「───。」
その大剣は、剣から剣が飛び出しているように、無数の尖った結晶によって覆われていた。
ジンはその体積に圧倒される。
だが、どちらにせよ、獲物が小刀では、相手の懐に向かうしか無い。
それなら、むしろ、リーチが伸びてくれるのは、好都合───!
「【瞬間強化:筋力】ッ!」
アーサーは、ジンが駆け出す前に、氷の大剣のリーチの中に彼を収めると、その場で止まった。
剣を横に振り抜き、一撃必殺とする為だ、
(そんな見えている一撃では───。)
(───いや、待て。)
ジンは既に駆け出してしまった。
アーサーの大技の"タメ"を、彼は隙だと断じた為に。
…ジンなら、大振りな切り払いなど、躱すことは容易い。
だが、普通、こんな大技は───。
絶対に当たるようにして、行うのでは無いか───?
「『蒼氷細工』。」
「───『瞬間刀結』。」
氷の大剣に、細かな氷の結晶が付いていたのは、それは───。
───"伸ばす際に、不要な思考を除く"ため。
剣の"ささくれ"から直線的に伸びた"枝"は、伸びて、全てを飲み込む。
それは、わざわざ密集地に自分から入ってきたジンを当然、絡め取り、縛りつけ、凍らせる。
「【剛撃】っ!【剛撃】───ッ!?」
がむしゃらに手を、足を振り回して脱出を図るジンだが、抵抗は無意味に等しい。
前が壊されれば背後より回られ、全てを砕こうと、精度を捨ててがむしゃらに回転すれば最後、再度生える氷は、彼の体を破壊し尽くす。
「…が、ぐ。」
(氷が、際限なく増える…。)
アーサーは、ジンの脱出を認めない。
氷の結晶は、追尾する枝は時間が経つ程に増え、氷の囲いを更に強固な物とする。
…彼は、ただジンを倒すが為に集中するが為に、今、不意打ちに対抗できないが───。
ジンには、ここで、助けてくれる仲間など存在していなかった。
───そうして、そこには、奇妙な氷像が作られた。
白亜の隔壁、密室空間内に建てられた、哀れな男の生き氷。
彼の目は、真っ直ぐに正面を向いている。
…その目は、最後まで"敵"を見つめていたのだろう。
どこまで行っても、彼は諦めるつもりなど無かった。
「…アビリティジェム。」
しかし、それでも彼は、此処で負ける。
「解放。」
【怨霊化】。
(…これは、切り札。)
(ナイトケでも使わずに温存していた鬼札。)
剣に黒っぽい靄のエフェクトがかかる。
(…心せねばならないだろう。)
(これを使う以上は、後戻りは出来ない。)
(殺すだけ、殺さねばならない。)
殺しを躊躇させるような思考が、脳内を支配するが───。
「───【重装化】、解除…【剛撃】。」
───そんな事は、あの時、既に覚悟していた事だ。
アーサーは、その氷像を粉々に砕く。
粒子となる筈の身体は黒く染まった亡霊へと変わる。
彼は、ジンは此処に、再起不能となった。
その影を確認し、アーサーは声をかける。
意識そのものが、その黒い影なのだから、聴覚程度、きっと機能している。
「…元の体に戻りたいのなら、自身のリスポーン地点まで行くといいでしょう。」
「場所は…本人にのみ、ビーコンが見える筈です。」
アーサーは、靄と化した刺客へとそう言った。
彼が、路頭に迷わないように。
「僕の名前は、アーサー。」
「貴方を殺した者の名だ。」
「───貴方が、殺せなかった者の名だ。」
瞬間、跳躍。
アーサーは、隔壁の上の所に存在するガラス窓を打ち破って中に入り、クロノスをそこから見下ろす。
「…計画遂行の前に、この妙なモノを、放置する事は出来ない。」
アーサーは、そのまま剣先を眼下のクロノスへと向けた。
「───【第四段階】。」
「【属性付与:氷】。」
ナギトとの戦いで彼が見せた【第四段階】。
それと、アフラとの戦いなどで見せてきた【第四段階】には、違いがある。
それは、撃ち出す粒子の"多さ"。
指一本分と、文字通りの"身体一つ"分の差。
それでは、規模も、威力も違うのは、むしろ、当然だろう───。
「『瞬間刀結」。」
瞬間、銃口に見立てられた彼の剣先から、まるで滝のような速さにて、"氷が流れ出る"。
生成される氷が、既に固まったモノを押し出す為に、そのように見えているのだ。
その氷がこの部屋を制圧する速さは、速すぎるほどではないが…八秒もかからぬうちに、部屋を氷の密室にする。
これにて、クロノスが敵に利用される事態を防ぐ事ができる。
「───さて、先ずは、この基地を破壊しなければ。」
次は、天井へと、剣先を向けた。
───粒子増産機関、最大稼働。
剣先に、体積が不安定な緋き太陽が浮かぶ。
「【第四段階】。」
それは、アーサーの身体より送り込まれる赤と黒が混じり合う粒子を、大きく吸収し、成長する…。
「【属性付与:炎】。」
───書き換えるは、炎。
増産した粒子は、溢れ返り地面へと溶け落ちる。
(『クロノス』の氷を溶かさぬよう、なるべく迅速に終わらせよう…。)
近未来的な白い床は、"蒸発"した。
緋き光は、一瞬毎に鼓動し、その度に周囲に"溶解"を撒き散らす───。
「駄目だ、足りない。」
身体の、その全てを、緋石へと注ぐ───。
「【不滅の魔神王】。」
《レベル13→12。》
限界を、超える。
この大陸を───。
───沈める為に。
悠然と、剣の錆が取れるように。
小太陽の外殻は、更なる光を発する。
白く、眩く───。
それは、世界を焼くだろう。
「───【此処に白夜は在り、日輪は顕われる】。」
視覚すら破壊する、常識外れの一撃。
それは、上空へと発射され、天頂へと到達し───。
すぐさま、爆散した。
火種は、此処に撒き散らされる。
宇宙を目指し、昇る、その赤き柱より、無限に火種は現れる。
火種は拡散し、世界を包む。
───その軌跡は、流星の如く、地表へと、降り注ぐ。
「───これにて、終幕。」
魂を怨霊へと変貌させる黒き靄が、焔を煽る。
漸く落ち始めた燻る緋石は、爆発と共に大陸を揺らす。
今、此処に。
この、大陸は。
【魔神王】の、襲来により───。
終焉を、迎えた。