チュートリアルの案内人が実は伝説の英雄だった、みたいな物語
気がつけば、俺は街のど真ん中で立ち尽くしていた。自分がどうしてここにいるのか、それまでなにをしていたのか、まったく思い出せない。
だが、自分がアルベルトという名の冒険者で、ここがローゼンベルク子爵領にあるエレニアの街だということは理解できた。
陽の光が降り注ぐ大通りには、活気にあふれた人々が行き交っている。それを見た俺は、なんだか無性に懐かしく思う。
たしか……と俺は大通りを歩き、裏道を抜けて街の外れへと向かう。
しばらく歩いて角を曲がった先には、古びた孤児院が――ない。
そこには噴水のある憩いの広場があった。いくつもの花壇に花が植えられ、中心にはこの世界の管理者といわれる女神像が奉られている。
俺の記憶にある街の、記憶にない広場。
思い違いかもしれないけど……俺は孤児院の色や形、それに少しかび臭いニオイまでも覚えている。俺はその孤児院で、大切な仲間達と――
「……あれ?」
不意に視界が滲んでいく。なんだろ、目にゴミでも入ったのかな?
「うわぁぁぁあっ、見て見てっ! このゲーム、すっごくリアルだよ!」
「見てるわよ。さすが最新のダイブ型VRね、本当に綺麗だわ」
女の子達のはしゃぐ声が聞こえてきて、俺は慌てて涙を拭った。
声のする方を見れば、桜の色味を帯びたブロンドをなびかせるエルフの少女と、プラチナブロンドをなびかせる妖艶な少女が並び立っていた。
「だよね、だよね! ユイもそう思う……って、あれ? ユイのしゃべり方が……って、あれ? ユイ……だよね? その姿どうしちゃったの!?」
ブロンドの少女は、プラチナブロンドの少女に詰め寄った。なにをそんなに驚いているんだろうと、俺はユイと呼ばれた少女に視線を向ける。
ウェーブの掛かったプラチナブロンドに、アメジストのような瞳。物腰は柔らかそうで、ついでに胸も柔らかそうな、優しげな女の子。
冒険者風の服装で、腰には剣を携えているが……どこもおかしいことはない。あえて言うのなら、初心者っぽい格好だなってくらいだけど……それはブロンドの少女も同じだ。
あえて違いを挙げれば、ブロンドの少女は剣ではなく杖を背負っているくらいだろう。少女がなにをそんなに驚いているのかさっぱりだ。
「ふふん、キャラメイク、がんばったのよ。……おかしいかしら?」
「うぅん、そんなことないよ。ちょっと驚いたけど、よく見たらユイって分かるし」
よく見たらユイと分かる? もしかして、変装の類いか?
看破系のスキルを使ってみるが、別段変装しているとかではなさそうだ。それともまさか、俺にも看破できないくらいの変装スキル……もしくは魔術だろうか?
どう見ても初心者冒険者だけど……偽装、なのか?
そういえば、エルフは森で暮らす長寿の妖精で、人里に現れることは珍しいはずだ。そんなエルフの少女が初心者の見た目で人里にいること自体が不自然だ。
だとしたら、やはり偽装――
「――ふぎゃっ」
こ、転けた? エルフの少女が転けた、だと?
馬鹿なっ。なにもないところで転けるなんて、普通の人間でも不自然だ。
ましてや敏捷な種族であるエルフの少女が、なにもないところで転けるなんて、偽装だとしたらやりすぎだ。逆に注目を集めるだけじゃないか。
だとしたら……素、なのか?
だが、エルフの少女が素で転ける……? 分からない、こいつらが何者なのか分からない。
「ちょっと、アリス、大丈夫?」
「……あはは、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。胸が軽くて、バランスが、ね」
……胸が軽い、だと? たしかにエルフらしい、慎ましやかな胸だが……それが原因で、転ける? 意味が分からない。
……まさか、普段は鋼鉄のパットを詰めているのか!?
たしかに、人類にとって胸部は狙いやすい急所だ。その急所を無防備に見せかけて、実は鋼鉄のパットで護っているとなれば、相手を惑わすことが出来る。
この娘達、やはり偽装を……出来る!
油断ならないなと見ていると、起き上がろうとしているエルフの少女と目が合った。
「こんにちは~」
人なつっこい笑顔を浮かべ、エルフの少女が小走りに駆け寄ってくる。
素人っぽい足取りだが――油断はしない。次の一歩が鋭い踏み込みで、俺の命を取りに来る。そんな可能性も否定できない。
一歩、二歩とエルフの少女が距離を詰めてくる。
俺が一息で斬ることの出来る圏内に入ってくるが、少女はまだ正体を現さない。こちらから仕掛けるわけにはいかない。
全神経を研ぎ澄ます俺の目の前で、少女は「ひゃうっ!」と、もう一度転んだ。
………………え、ええっと。これも偽装……だよな? 俺の攻撃圏内で明らかに無防備を晒しているけど……偽装、だよな?
「ええっと、大丈夫……か?」
「えへ、えへへ。は、恥ずかしいところ、見せちゃった」
上半身を起こして、恥ずかしそうに俺を見上げてくる。吸い込まれそうな深緑の瞳と目が合った瞬間、俺は言葉では言い表せない感情を抱いた。
「えっと、どうかしたの?」
「あぁいや、なんでも、ない」
動揺する自分を抑え込み、少女に向かって手を差し出した。
「ありがとう」
「いや、良いけど……」
警戒心を薄れさせた自分に戸惑いながら、少女を引き起こす。仕掛けるなら手を取っているいまを置いて他にないはずだが……その様子は見えない。
少し神経質になりすぎてたみたい、だな。
「えっと……それで、俺になにか用か?」
「用……って訳じゃないんだけどね。この感動を誰かと分かち合いたくて。あなたが近くにいたから思わず声を掛けちゃった、えへへ。――すごいよね、この世界!」
両手を広げてクルリと回る。桜の色味を帯びた金髪がふわりと広がる。美形揃いのエルフの中でも、かなりの美少女だと思うけど……テンション高いな。
――ぶんっ。と、不意に風を切る音が響いた。
なんだ――と、とっさに剣の柄に手を掛ける。そして俺が目撃したのは――
「えいっ。やっ、はああああっ!」
隣で剣を振り回す少女の姿だった。
な、なんだ? なんでいきなり、広場のど真ん中で剣を振り回しているんだ!? 無言の圧力、なのか? それにしては剣筋が素人同然だが……ダメだ、訳が分からない!
「うぅん、スキルとか、発動しないわね。ソードスキルとか、ないのかしら? それとも、習得してないだけ? うぅん、分からないわ」
分からないのは、おまえの突飛な行動だ!
どうなってるんだ……と、俺はエルフの少女へと視線を戻した。
「ねぇねぇ、この世界凄いよね? あなたはそう思わない?」
目の前の奇行を全スルーで、さっきの質問を繰り返す、だと?
なんだこれなんだこれなんだこれ! 本気でなにがどうなってるんだ? 俺は常識の違う異世界にでも飛ばされたのか?
「ねぇねぇ、ねぇってば~」
「こーら、咲夜。じゃなくて……えっと、アリステーゼ?」
「アリスで良いよ、ユイ」
「じゃあ、アリス。彼が困ってるでしょ」
プラチナブロンドの少女がエルフの少女をたしなめる。
たしかに俺は困ってる。
困ってるが、俺が困ってるのはおまえらの行動が意味不明だからだ! ――なんて、初対面の相手に言うのははばかられて、俺は思わず様子を見守る。
「えっと……そうだよね。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。ごめんなさい」
エルフの少女は俺に向かってぺこりと頭を下げた。
ちょっとという意味を調べて欲しい。
「――ところで、ユイはそういうキャラで行くの?」
「あら、あたしはもとから、こういうキャラよ。産まれたときから、ね?」
プラチナブロンドの少女が髪を掻き上げる。ウェーブの掛かった髪がふわりと広がり、陽の光を浴びてキラキラと輝きを放つ。
顔立ちが整った種族であるエルフの少女と並んでも、まったく見劣りしていない。
希に見る美少女の二人だが……なんだろうな、この残念美少女達は。生態が謎すぎる。
俺は頬を掻きながら、「結局、なんのようだ?」と繰り返した。
「あ、戸惑わせてごめんね。私達はたったいまWorldOverOnlineにログインしたばっかりなの。だから、物凄くリアルで綺麗な光景に思わずはしゃいじゃった」
ぺろっと舌を出す少女がなにを言っているのか、俺にはさっぱり分からなかった。