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革命家は転生する

<# -*- coding: utf-8 -*->

<import rus>

<time = {type:"GMT+3", year:1924, month:1, day:21, hour:13, minute:58, second:39}>

<position = {N:55.504604, E:37.765035}>

<*/




TIME: 1924/1/21 13:58:39


POSITION: Gorki/Russia




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<name = "Владимир Ильич Ленин">



<def download(time,position,name):>

<file = open('person001.psn','r')>


<print "NOW DOWNLOADING">



...



//////////////////////////////////////////////////////////////////////////




 茶色いシミだらけの天井。それが、この1年私の視界を埋め尽くしていたほとんど全てであった。

 

 2年前、ほんの些細な痺れから始まった病は瞬く間に私の身体をすっかり蝕み、今や喋る事はおろか指先を1リーニヤも動かす事さえ適わない。かつて人々の前で理想を叫び、この手で軍兵を指揮していた私の身体はもはやベッドの上に置かれた単なる肉塊と化していた。

 来る日も来る日も耳元で古時計がカッチカッチともどかしく時を刻む音や肥えた看護婦が私の口におかゆの入ったスプーンをねじ込む不愉快な感覚に耐えるだけの毎日。既にクレムリンからの報告状も私の元にはやって来なくなった――「虚無」を具現化したような永劫の時間の中、私はこの時を待ち続けていたのだった。

 

 その時は不意にやってきた。目の前の薄汚い天井にヴェールをかぶせられたような靄がかかり始め、それと共に周囲の音が蓄音機のヴォリュームを下げるように失われていく。枕元で医師と看護婦が何か喚き散らしているくぐもった声も、水中に潜っているかのようにくぐもった音となり聴きとる事が出来ない。



「………ンさん、聞こえませんか?………返事を……………」

「……心拍…低下、意識………………点滴を…………」

「……ついに……………手は尽くしたが、限界だろう…………リン氏に連絡は?」

「既に。…………には到着すると…………したが」

「間に合わ……だろうな。建国を成し遂げた稀代の革命家も、死ぬ時はあっけないものだね」



 ああ、これが死か。

 恐怖はなかった。ただ、ようやくこの地獄から解放されるという深い安堵と、そしてわずかな落胆を覚えるのみだ。

 悔いが無いと言えばそれはまったく嘘だ。革命は未だ前途多難であり、政情は混乱のさなかにある。クレムリンは今や革命後の権力闘争の渦中に呑まれ、この国の、そして世界革命の舵取りを握らんと誰も彼もが醜悪なパワー・ゲームに明け暮れているに違いない。このような局面にありながら、私はこんな片田舎の別宅の薄暗い一室で一生を終える事になろうとは想像もしない事であった。

 願わくは今再びあのモスクワに舞い戻り、革命を完遂せねば――それが出来なくとも、せめてこの革命の行く末を見届けたい。私が打ち立てた偉大なる祖国がどのような道を選び、どのような運命を辿る事になるのか――そして我が理想は世界を覆い尽くし、人類は次の段階へと歴史を進める事となるのか。

 私は神を一度たりとも信じてこなかった。だが、今ばかりは願う――主よ、もしあなたがおわすのなら、どうか私に今一度の人生を与え給え。革命家でなくともよい、私の打ち立てた道のその先を知る事さえ出来れば――。

 そんな事をとりとめもなく考えている間にライトグレーの靄はますます視界を曇らせてゆき、世界から音が完全に奪われ、そして目の前は塗り潰したような一色の闇に覆われ――

 

 

 

 辺りは濃厚な闇に満たされていた。何も見えないが、私の身体はどうやら生温い液体に包まれているらしい。そこは静寂という概念さえも失った無音の空間で、上と下が存在するかもわからない虚空で私は浮遊しているのか降下しているのかも掴めないまま硬直していた。

 どれ程の時間が経ったのか、いやそもそも時間というモノすらそこにあったのか定かではないが――ふいに、どこからか射し込んだ一条の光がわたしの網膜を焼いた。

 唐突な刺激に狼狽えながら、そちらに首を向ける。針の穴から射していた光は少しずつ、水溜りが広がるような速度でじわじわと私の視界を覆い、やがて私を包み込んでいた暗黒は完全に白く侵されてしまった。

 光はなおも強さを増し、瞼をつぶってもなおその隙間から眼球に押し寄せてくる。それと同時に耳鳴りが私の脳を震わせ、その音量を急速に上げていった。そして私の世界は暴力的なまでの光に焼き尽くされ、壊れんばかりの高音で私を苛む耳鳴りがふと途切れた時――

 

 

///////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

...

 

 

<file.close()>

 

 

<print "DOWNLOAD IS FINISHING...">

<print "WAIT PLEASE...">

 

 

</*


    世界を、変えて


*/>

 

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 

 

 気が付くと私は、見知らぬ都市の中にひとり佇んでいた。

 

 

 

 周囲を見渡してみる。簡素な造りの小さな家屋や四角張ったコンクリートの建築物が道の両脇を取り囲んでいるが、そのデザインは私の知っているどの建築物とも合致しない奇妙な様式だった。中には表面を不気味なコバルト・ブルーのガラス素材で覆い、全面で陽光をぎらぎらと跳ね返している不可解なビルディングまで存在している。果して現代ではこのような技術が可能なのだろうか?

 鈍色に舗装された路上ではやたらと丸みを帯びた様々なカラーリングの馬車――だが、馬はいない。確か近年発明されたという、自動車なるものに似ていなくもない――が風を切って駆け抜け、その上には見た事も無い複雑な文字の看板や蜘蛛の巣のように張り巡らされた送電線が空を覆い存在を主張していた。

 私の立っている道の脇の歩道では、やはり妙な恰好の男女がぞろぞろと出歩いている。その顔立ちはロシア人と言うよりはむしろ、アジア人のような個性の無い容貌であった。

 それにしても、彼らは皆いやに背が高い。そういえばこの街の建物も自動車も、不思議に大きく感じられる。……と、いうよりは……。

 私はふと顎を引いて自分の身体を眺めた。かわいらしく適度に丸みを帯びた身体は真っ白なワンピースに包まれ、今にも折れそうなほっそりとした脚がその下から突き出ている。華奢な腕を動かして自身の胸をまさぐってみると、ふたつの控えめな盛り上がりが適度な弾力をもって細長い指をはずませた。

 長い赤髪が微風にたなびき、ただただ硬直する私の頬をくすぐる。

 

 

 

 おお、主よ。

 やはり、お前など信じるべきではなかった。

 

 

 

 

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