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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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096.人の身で出来る事



 王都に戻ったアンセルミ宰相は、その日に受けた報告の一つ、イェルケルの動きを聞くと、まるでそれがイェルケルという単語と関連付けされた反射行動であるかの如く、ため息をついた。


「アイツいっつも本当に、行動早いよなぁ。なあヴァリオ。報告にはヘルゲは殺さないだろう、なんて書いてあるけど信用できると思うか?」

「ドーグラス元帥が亡くなったことで、逆にヘルゲ・リエッキネン自身は国軍に対しただ有益なだけの存在となりました。その将来性を考えて未来のライバルを潰しておく、といった発想からイェルケル殿下は縁遠い方ですし、そもそもイェルケル殿下とヘルゲとは役割が被りませんから、理屈だけで言うのなら殺す理由は無いはずです」

「感情では?」

「そこに理屈が伴っていないのなら、猶予さえ与えればイェルケル殿下はきちんと忍耐ができる方かと」

「お前、本当イェルケルの評価高いのな。まあいい、そちらは結果待ちしかないからな」


 ヘルゲとイェルケルに関してはそんな話であったのだが、状況が急変する。

 アンセルミの執務室に、ノックの後すぐに入ってくる者が。

 これはアンセルミと同じ執務室を仕事に使っている、アンセルミの側近のみに許された動きだ。

 今回扉を開いて入ってきたのはオスヴァルド・レンホルム。アンセルミの側近にして、イジョラと魔法を担当している者だ。


「イジョラが動きました。既に三万の軍が国境を超えたようです」


 アンセルミのみならず、ヴァリオですらその場で硬直してしまう。

 それほどに予想外の報せであったのだ。

 オスヴァルドはアンセルミのリアクションが無かろうと淡々と報告を続ける。


「半数の一万五千が伯爵領より、残る半数は西方国境を越えノーテボリ方面に向かっているようです」


 アンセルミは、まず何より先にノーテボリの話を聞きたかったが、それを堪え優先順位の高い方から問う。


「伯爵の動きは?」

「不意を打たれ、捕らえられたそうです」

「演技だろ?」

「そう受け取って間違いないかと。既に伯爵領は抜けていると考えるべきですな」

「諜報部は何も言ってきてないどころか、その気配すら拾えていなかったが理由はわかるか?」

「本気で魔法を行使されていますね。カレリア方面にそこまでの数の魔法使いを揃えるというのがまずありえない前提でしたから、諜報部が騙されるのも無理はありません」

「……帝国の差し金か?」

「どこまで帝国の思惑かはわかりませんが、イジョラと帝国との間に何かしらの密約が交わされてると見るべきでしょう。帝国領との国境警戒を甘くできれば、かなりの魔法使いが浮くはずです」


 アンセルミは魔法というものが何をどこまでできるかをかなりの精度で把握はしていたが、元々魔法というものが理不尽に強力な手段なのだ。

 完全にこれを防ぎきるのは難しい。


「だとしてもわからん。ウチを攻めたところで連中に得るものはあるのか? 農地改革にしても、鍛冶の技術にしても、ほぼ無償で提供してやってるんだぞ。そのうえで向こうでは定着しないと結論が出たのではなかったのか? 向こうで作れぬのなら我らに作らせる以外ない。それを連中は忘れたわけではあるまい」

「値段が気に入らないのでは」

「関税ゼロだぞ。しかも王族貴族連中には相当なものを融通してるだろ。どれだけ優遇してると思ってるんだ」

「……こんなことを言うのもなんなのですが」

「何だ、言ってみろ」

「私が得た情報から結論を出しますと、イジョラの連中が皆馬鹿だから攻めてきた、としか答えようがありません」

「…………おいっ」

「カレリアを占領すれば、牛もチーズもワインも馬も、全部タダで手に入れ放題、と本気で思っているようです。それと鍛冶には全く興味を示しておりません」

「それら全部、こちらから作り方から何から教えてやったというのに自分では作れなかったんだぞ? 育て方もわからんアイツらが、どうやって生産体制を維持するつもりなんだ?」

「そこまでおっしゃるのでしたらわかってるのでしょう? そこに手間や専門知識が必要だなんてこと、連中は理解していないってことですよ。きっとカレリアを占領した後で、どうして牛もワインも湧いて出ないんだと喚き散らすんでしょうよ」


 オスヴァルドの言葉は必ずしも正しくはない。

 イジョラの統治者たちの中には高い知能を持つ者がいるし、支配階級はもちろんのこと充分な教育を受けている。

 ただイジョラはその知識が魔法に偏っていることに加え、カレリアの農業や畜産が急激に伸びすぎたせいで、元々それらを伸ばすことにほとんど興味を割いていなかったイジョラ貴族たちとの間に、大きな意識と知識の差が生じてしまっていたのだ。

 彼らは、その足りぬ知識と意識を基に考えた結果、カレリアに侵攻すべし、という結論になったというだけだ。


「……そんなことにならないよう、何度も何度も、説明してきたよな。見学もさせたよな。無知は誤解の元だと、外交担当は何度もあちらに足を運んでいた、よな」

「全てが無駄というわけではないでしょうが、そもそも、魔法を使えぬカレリアを見下している所もありますから。カレリアに、より優れた知識や技術があるとは受け入れ難かったのかもしれません。とはいえ、帝国侵攻の危険を冒してまでとは。よほどウチのワインが気に入ったようですな」

「ワインのせいにするのはたとえ冗談でもやめてやってくれ。ぶどう畑担当が本気で落ち込む」

「本気の貴族もいますよ。アレーナワインの産地を手に入れるためなら兵の千や二千くれてやっても惜しくはないと公言している馬鹿もいるとかで」

「あれは確かに良いものだ。絶対に他所にはやらん」

「カレリアの至宝ですな。同感です」


 側近皆ワインには一家言あるような連中ばかりなので、彼らが混ざってくる前にこの話題は収めることにする。

 オスヴァルトが平坦な口調で報告を続ける。


「ノーテボリの方はターヴィ将軍に任せてしまってよろしいかと。西の伯爵領は少し腰を据えて対応しなければなりませんかな。ターヴィ将軍次第ではありますが」

「魔法兵団はどっちだ」

「西です。ドーグラス元帥死去の報せは、どうでしょう。届いているのかどうか。ノーテボリに来なかったのは、ドーグラス元帥による万一を警戒してのことでしょうね」


 イジョラ魔法兵団は以前に、ドーグラス突撃によりとても痛い目に遭っていた。

 伯爵領の方は王都に待機させていた将軍に任せるということで話がまとまる。

 この段階で既に、アンセルミはイジョラに勝つ算段はついた、と考えている。

 イジョラは確かに魔法に長け、特にその魔法兵団は近隣に敵無しと謳われた強大な戦力であるが、国軍の仮想敵の中にはイジョラも含まれていたのだ。

 積み重ねた訓練と研究し尽くした戦術を駆使すれば、決して負けることはないとアンセルミは信じていた。

 むしろ問題は戦後にこそ山積していよう。

 それらに対応するための協議を、アンセルミは側近皆を集め始める。

 凡そ三時間ほど。

 話し合うべきことを話し合い、今確認すべきことを全て確認し終えたところで、一時休憩となる。

 側近たちが食事に出向く中、執務室にはアンセルミとヴァリオのみが残った。


「食事は取らんのか?」

「閣下こそ」

「…………その気にならん」

「万全ではないにしても、備えはしておりましたからこそ、敗北を考えないで良いのでしょう?」


 オスヴァルトの報告の中にはヘルゲの去就のこともあった。

 砦から逃げ出すこともできず包囲されたと。

 イェルケルもそちらに向かっていたようだが、いかな勇者とてたった一人で何ができようか。

 アンセルミは目をつぶり、そのままで口を開いた。


「私の、不覚だな」

「はい」

「これで何度目だろうな」

「正確に数えてはおりませんが、閣下がそう口にしたのはもう十回を超えていますね」

「その度出ないでもいい死人が出ているわけだ。今回は、ヘルゲ・リエッキネンか」

「もう何度も言ってきたことですが、アンセルミ宰相閣下は神でも超越者でもありません。責任を負うべき立場ではありますが、たとえそうだとしても全てを事前に察知し、起こる災害被害全てを防ぎきることなどできようはずがないのです」

「元帥が、私にと贈ってくれたものだ。それをこんなにも早く、私の失策で失うとはな……」


 ヴァリオはこのいつ見ても王族らしからぬ王子、アンセルミ宰相と初めて出会った頃を思い出す。

 これでも随分マシになったものだ。

 最初の頃はなまじ能力が高すぎるだけに、この世全ての事柄は自分の知恵と工夫で解決しうると本気で考えていたフシがあった。

 だから、問題が起こった時、予期せぬ死者を出した時、アンセルミはその全てが自分の責任だと、本気で思っていたのだ。

 あの頃に比べれば随分マシになったとは言え、根本的な性質は変わりようがなく。

 彼はきっと、こうやって何人もの死者を抱えながら生きていくのだろうと。

 せめてもヴァリオにできることは、少しでも彼の負担を和らげてやることぐらいか。


「悪いことばかりでもありませんよ。これで、元帥の残したものは全て価値ある犯しがたきもの、という風潮の広がりを抑制することもできましょう」

「……コイツもなぁ。これで本気で慰めてるつもりなんだから堪らんよなぁ」






 イェルケルは石造りの階段を駆け上る。

 後ろからは聞くに堪えない怒声が。

 さんざてこずらせてきたのだ、イジョラの連中も何がなんでも逃がすつもりはないのだろう。

 砦の端、突き出した見張り塔のようになっている場所のてっぺんに辿り着く。

 ここは行き止まりで、外から見てもそれとわかる構造なので、敵兵たちはこれで追い詰めたと喜んでいることだろう。

 イェルケルは壁際に寄ると、これを思い切り蹴飛ばした。

 一度では上手くいかず、二度、三度。

 頑強な石造りの壁が、この蹴りで砕けぶち抜け、綺麗な穴になる。

 方角、良し。距離、助走すれば良し。敵、無し。

 イェルケルは、せーのと勢いをつけると、壁の外へと飛び出した。

 そこはもう城壁より高い場所であるからして、眼下の景色はいつぞや崖より落ちた時を彷彿とさせる。

 着地は、ほんの少しズレたが概ね狙い通り。

 城壁の上に飛び移ったイェルケルは、すぐにごろんと一回転。

 そのままの勢いで起き上がりつつ三歩分踏ん張ると、減速は完了する。

 敵が城壁へと飛び移ったイェルケルに対応する前に、イェルケルは城壁から外へと飛び降りた。

 一応、これを見ていたイジョラ兵もいた。

 たまたま外で作業をしていた兵士は、上から物音がしたのでこれを見上げると、砦の一角に穴が開き、そこから人が飛び出した後、とんでもない距離を一飛びで越え、城壁上へと飛び移っていくのを見た。

 彼はそれを上司に報告したのだが、最初にそうした時は、嘘をつくなと危うく殺されそうになるぐらいに怒られたそうな。




 スティナ、アイリ、レアの三人がイジョラ侵攻を知ったのは、ノーテボリ砦から馬で半日ほど離れた場所にある砦に来た時だ。

 さすがに慌てた三人が集まった敵の情報を整理したうえで砦を出ようとしたところ、イェルケルがここに辿り着いた。

 ずっと走り詰めであったようでかなりの疲労を溜めてはいたが、目立った外傷は無し。

 イェルケルは三騎士だけではなく砦の責任者も呼び、イェルケルが知る限りの情報を伝え後の対応を任せた後、寝る、と言ってそのままの格好で寝入ってしまった。

 砦の責任者は年配の兵士で、イェルケルを休ませる部屋を提供した後、得た情報をすぐにこちらへと向かっている本隊に連絡しつつ、自分たちの撤収準備を進める。

 馬で半日かかるノーテボリ砦からイェルケルが半日で辿り着いた点に関しては、三騎士が説明してやると彼も納得した。いや納得なぞしてはいないが、反論はしなかった。

 三騎士はイェルケルが休んでいる部屋から離れた場所で、三人だけで相談をする。

 レアが真っ先に気にしたのは、イェルケルのことであった。


「王子、落ち込んでる?」


 アイリもそこが真っ先に気になるのか、すぐに話題に乗ってくる。


「先の口調からはそんな気配は無かったが。自ら手を下したのであろう? なら、さすがに平静ではいられまい」


 スティナはというと、少し苛立っているようにも見える。


「ヘルゲ・リエッキネンは、味方になるならかなり役に立つはずだったのよ。私たちの実力も正確に把握できてるみたいだし、絶対に、居たら有益だったはずよ。ただでさえ私たちは使える味方なんてそうそう作れないっていうのに。それを、よくもまあ……しかも殿下が一番傷つくような形で……ねえ、殿下が起きるまで、私ちょっと行ってきていいかしら」

「何をする気だ貴様は。さんざアレを殺せと煽っていたのも貴様であったろうに。大体、手柄は立てるなと釘を刺されておるだろう」

「知ったことじゃないわね。イジョラだか魔法だか知らないけど、私たちの殿下になめた真似してくれた報いを、くれてやらないと収まらないわ」

「同意、する。ヘルゲは、どーでもいいけど、王子がヤられたんなら、私たちが、やり返すべき」


 アイリは呆れ顔だ。


「お前らはどこのチンピラだ。そも、今の殿下に必要なのは休息であろうに。そのうえでどう動くかは殿下に決めていただく。それがイジョラ軍と戦うというものであれば、私も武を惜しむつもりはない」

「何よアイリ、アンタは頭に来ないの?」

「お前らが先に怒ったせいで、逆に冷静になってしまったわ。まあ敵であるし、復讐であろうと八つ当たりであろうと連中を殺すことに異存は無いが、それでも殿下が判断されるまでは動くでない。わかったな」


 はーい、とあまり乗り気でない返事が二つ。

 アイリは、こうして本気で怒っているスティナを見ていると、共に山に篭っていた頃のスティナとの違いに思わず笑いがこみ上げてくる。

 高位の貴族といったものをほとんど信用していなかったスティナが、最も高位の貴族、王族であるイェルケルをこうまで信用するとは。

 あの状況のアイリとスティナを騎士として拾ってくれたのだから、恩に感じるのは当たり前と言えば当たり前だが、それだけでは無い。

 アイリもよくわかる。

 何度も共に死線を潜りぬけた。それだけでもない。

 一般的な常識からすれば明らかに異常な戦力差にも、怖じず恐れず飛び込める、そんな尋常ならざる武を持ち、同じ戦場に立つことができる数少ない同志であるのだ。

 レアをあっさりと受け入れられたのも同じ理由だ。

 この四人しかいないのだ、自らすら死ぬやもしれぬ戦場を共に駆け抜けていけるのは。

 きっと、遠くない未来、誰かが欠け、人はどんどん減っていくだろう。

 アイリがいつ死ぬか。最初か、或いは最後か。

 こんな無茶な戦を続けていれば当然そうなるとしても、それでも、このまま駆け続けていたいと願う。

 己が刃に命そのものを賭け戦場を往く戦士として、第十五騎士団の武がどこまで届くのか、試してみたいと思うのだ。



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