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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
95/212

095.イェルケルとヘルゲ



 イェルケルとヘルゲの二人は、城壁の上で並んで立ち、彼方を眺める。

 ノーテボリ砦は周囲の地形の関係上、どうしても視界が通らぬ方角がある。

 だが、奴らはそんなものお構いなしだ。

 むしろわざと砦から見えやすい場所を通っているのではないか、そんな気すらしてくる。

 万を超えるイジョラの大軍勢。

 これがノーテボリ砦に向かって進軍してきていた。

 イェルケルの顔は引きつっている。


「あれが、一万か」


 ヘルゲの方はというと予想していたことでもあり、それほど動揺は見られない。


「だが、編成は妙だな。……フン、今更か。ここから先はどれだけ増えようと結果は変わらん」

「いやさ、聞いてくれヘルゲ。俺な、ついこの間一万に突っ込んだんだ」

「らしいな」

「けどな、その時はもう夜中で真っ暗なもんでさ、一万って言われてもぴんと来なかったんだよ。ただもうそこら中に敵がいるっぽいけど、よく見えないから知るかーって、勢いで突っ切った感じだ」

「……それもどうかと思うが」

「だがな、これは参った。一万だぞ一万。なんだよあれ。兵士で街道びっしり埋まってるぞ」

「ああ、まあ、言いたいことはわかる。味方の三万見た時とは比べ物にならねえ迫力あるわ。これは、ビビるわ。お前、コレに突っ込んだんだろ?」

「無い。見えてたら絶対に俺もビビってた。こんなの勝てるわけないだろ。磨り潰される未来しか見えない」

「だよなぁ。お前も色々気の狂ったことしでかしてきたみたいだがそれでも、一万の兵はヤバイよなぁ」


 地平線の先まで続く街道を、どこまでも兵士の列で埋めていくのだ。

 兵士はどんどん前進しているのに、この街道奥からわき出してくる兵士たちはいつまで経っても尽きることはない。

 ゆっくり、じわりと、浸透してくる銀の川。

 人の意思で、明確な殺意を持って、敵を殺すためにうねり蛇行する大河の行く先は、このノーテボリ砦なのである。

 きっと、第十五騎士団の三騎士全てが揃っていたとしても、これに勝つのは不可能だ。

 イェルケルは改めて一万の軍勢というものの威を思い知ったのだ。

 イェルケルはヘルゲに、何かを言おうとして口篭る。

 ヘルゲもまたイェルケルに声をかけようとして思い留まる。

 二人は無言のままで、じっと彼方のイジョラ軍を見つめ続ける。

 先に割り切って動き出したのはヘルゲの方であった。


「おい、まだ時間はありそうだし、飯でも食おうぜ。一度動き出したらきっと、飯食ってる暇もないだろうから山ほど詰め込んどかねえとな」

「お、おう。それもそうだな。そうだ、知ってるかヘルゲ。長時間戦する時は、戦の最中でも飯食わないとマズイんだってよ。実際俺も食うようにしてるしな。いやそれがさ、敵と戦いながらだと血やら何やらが口に入って変な味になるんだよ」

「普通は戦闘の最中に飯食わなきゃならんほど何時間も続けて戦わねーんだよ。お前は神経が太いんだか細いんだかわっかんねーよな。酒は飲むか?」

「戦の前に酔っぱらってどーする。……とはいえ、兵士たちに一杯ぐらいはいいか」


 イェルケルもヘルゲも、なんとも不思議な感覚であった。

 両者共に、相手を滅ぼさねばならぬほどの怒りが、確かにあったはずなのだ。

 その怒りには正当な理由があったはずで、怒りを晴らす正義を確かに持っていたはずなのだ。

 だが、今、こうして並んで歩いている相手に、恨みも、怒りも感じない。

 いつからこうなったのか。

 イェルケルには明確にいつとはわからないが、きっかけはそんなにややこしいことではなかったとも思う。

 案外お互い同士だけの話ならば、殺しあうほどの仲違いも、そこからの信じられぬような仲直りも、こんなものなのかもしれない、とイェルケルは思う。

 だが、お互い事情を抱え、家族を、友を、仲間を、抱えている身だ。

 イェルケルが抱える三人はかなり本気で好きにすればいいと言ってくれたが、ヘルゲはきっとそうもいかないだろう。

 そういった様々な問題も、ヘルゲが頭を下げればそれで概ね解決してしまうような気もする。

 だがイェルケルは、頭を下げるヘルゲはできれば見たくはない、と思った。







 この世にこれほど恐ろしい光景が、他にあるものか。

 イェルケルは本気でそう思えてならない。

 城壁へと至る大地にはびっしりと兵士たちが詰まっており、ある者は頭上を見上げながら弓を構え、またある者は盾をかざしつつ隙間から城壁上を睨む。

 どこに矢を射ても当たるだろうが、今のイェルケルたちにそんな余裕は一切無い。

 城壁側になると、動きが激しくなってくる。

 十本近い長い長い梯子が城壁にかけられ、兵士たちは恐れる気もなくこれをよじ登ってくる。

 また中には梯子がかかってなかろうと構わぬとばかりに、城壁に張り付いたまま登ろうとする者までいた。

 その死をも恐れぬ旺盛な士気は、圧倒的多数に支えられた安心感か。

 無数の殺意と怒声が、これまで安全を約束してくれていた城壁を乗り越えてくる。

 殺しても殺しても、敵兵が尽きることは無い。

 いやもう、殺している余裕も無くなってきている。

 とにかく城壁に登らせぬよう、突き落とし、梯子を落とし、結果として死ぬことはあっても殺すことが目的ではなく、登らせぬことのみに専念している。

 兵士たちの誰もがわかっている。

 この攻勢は止められぬ。城壁を乗り越えられるのも時間の問題で、そうなれば確実に皆殺しになると。

 それでも持ち場を離れないのは、他にどうしようもないからだ。

 ただひたすらに役目を果たし続け、何かの間違いで攻勢が収まる奇跡を待ち続けているのだ。

 それは指揮官であるヘルゲにしてもイェルケルにしても一緒だ。

 恐怖に押し潰されたりしないのは、やることが目の前に山積していてくれるからだ。

 ヘルゲはいかに効率的に敵を追い返させるかのみを考え続け、イェルケルはいかに効率的に敵を叩き落とすかを考え動く。

 既に兵士たちは、イェルケルに何ができて何ができないかを把握しており、イェルケルができるぎりぎりの所を任せるように動いている。

 この辺、兵士たちの対応力にイェルケルは随分と助けられた。

 自身が必死にあちらこちらと走り回る中、どうすればいいなんて聞かれず、周囲から自然に最適解を要求してもらえるのだから、イェルケルは思考にそれほど力を割かなくても良かった。

 イェルケルたち戦っている者からすれば慌しく動き回る時間、攻撃を指揮している者からすれば淡々とした代わり映えのしない時間を過ごす。

 そして前者からすれば遂に、後者からすればようやく、城壁の一角をイジョラ側が占有する。

 こうなるともうひっくり返すのは無理だ。

 イェルケルをそちらに放り込めればそれも可能かもしれないが、イェルケルもまた下から登ってくる者を叩き落とすのに必死なのだ。

 どうする、と一瞬判断に迷うイェルケルであったが、ヘルゲは備えていたのか即座に退却の指示を出す。

 城壁を諦め、今度は砦の建物のなかに逃げ込みここで敵を迎え撃つのだ。

 この後退を、イェルケルが必死になって援護する。

 敵が城壁を下る階段から降りてこられないようここに陣取りただの一人も通さない。

 まだ敵は城門を開けていない。なら、建物の中に逃げ込む時間ぐらいは、と思っていたところで城門より重苦しい起動音が。


「行けイェルケル!」


 ヘルゲの叫び声。

 いつの間に来たのか、イェルケルのすぐ側にヘルゲは居た。

 ほんの僅か躊躇する。

 もちろん城門が開くことで突っ込んで来るだろう敵兵に怯えたのではなく、ここに残すヘルゲが気になってのことだ。

 だが。


「ここは任せる! ドジるなよ!」

「誰に言ってんだ! 引き際見失うんじゃねえぞ!」


 イェルケルは城壁をいつものように飛び降りる。

 もう味方は誰もこれを見ても驚いてはくれなくなったが、敵兵はそうでもないようで、城壁上に居た兵士たちは皆目を丸くしている。

 一人残ったヘルゲは、首を左右に振って音を鳴らす。


「来いよ雑魚共。これで、カレリアじゃ十本の指に入るって自負してんだぜ」


 同時に三人の敵兵が突っ込んできた。

 一瞬でその急所を見抜いたヘルゲは、真ん中の男の剣を潜りながらその懐に入り体当たり。

 左右の二人を右、左、と一刀にて屠った後、体当たりしたことで咳き込む男の首を刎ねる。


「ここは通さねえ。それがわからねえ間抜けは幾らでもかかってきな」





 城壁上から階段を転げるように駆け下りてきたヘルゲは、味方の陣取る建物内に飛び込むと、その場でひっくり返ったまま荒い息を漏らす。


「や、やばかった。さすがに、調子、乗りすぎたわ」


 単身、城壁上に残って迫る敵を十人以上叩き斬り、敵の城壁内進入を阻止していたのだ。

 疲れて当然である。

 少しして、イェルケルもまた城門前から建物内へと駆け込んできた。

 こちらも疲労し汗だくであったが、ヘルゲのようにぶっ倒れるほどではない。

 ヘルゲが動けないのを見ると、イェルケルは代わりに建物内での防戦の準備を確認する。

 二階へと上がる階段前に陣取り、味方は全てその後ろに。

 狭い通路を用いて敵が大軍でも戦えるように。

 難点。

 敵が梯子なりを使って二階に登ってきたら即撤退が必要なこと。

 幸い二階は簡単に外から登れるような構造ではないので時間稼ぎにはなる。

 報告を聞いたイェルケルを上機嫌に拳を手に打ち付ける。


「よーっし! これでまだまだ殺せる! この程度の損害で俺たちを殺せるなんて思われちゃカレリアの恥だ! お前らわかってんな!」


 威勢の良いイェルケルの声に、兵士たちも歓声で返す。

 皆、疲れきっているだろうに、誰もその先のことを言わない。

 少しでも時間を稼ぎ、一人でも多く敵を殺す、それしか考えないよう思考を止めてしまっている。

 まずは兵士たちが壁となって、敵を防ぐ。

 この間にイェルケルは休息を取りつつ戦闘指揮を。

 ヘルゲ、水をがぶのみして石畳の上に寝転がったまま。

 敵の集団が散発的にこちらに来るようになってきた。

 これらを撃退していると、少しの間敵兵が全く来なくなった。

 ヘルゲは身を起こし、兵士たちに後退を命じる。イェルケルもまた前に進み出つつヘルゲに言った。


「俺だけでやるつもりだったんだが。ヘルゲはもう大丈夫なのか?」

「手数、いるだろ。すげぇ数で一気に押し潰しに来るだろうからな」

「まあな。俺が突っ込んで崩すから、散った連中のトドメ頼む」

「おうよ。なあ、イェルケル。これ、さ、ずっと言おうと思ってたんだが」

「なんだよ」


 ヘルゲはまっすぐ前を見て、イェルケルとは目を合わせぬままに言った。


「闘技場、楽しかったな」

「……そうだな、凄く楽しかった」


 他にも言うべきことはあったのだろうが、ヘルゲが選んだ言葉はこれだ。

 そしてこの短いやりとりだけで、ヘルゲもイェルケルも、充分だと思えたのだ。

 直後、雄叫びと共に敵兵の集団が廊下の角を曲がり突っ込んできた。







 剣はこれで十本目だ。

 イェルケルは歪な形によれてしまった十本目の剣を、そこらに投げ捨てる。

 二階へと登る階段は死守したが、敵は梯子を使って二階に回りこんだようだ。

 上階では先ほどまでひどい騒音がしていたのだが、今ではもう騒がしさは無い。

 もう逃げ時であろう。

 振り返る。

 壁によりかかって座り込んでいるヘルゲは、疲労の極であるのかその場から動こうともしない。

 通路の奥を見るが、あまりに殺しすぎたせいか、敵がこちらに向かってくる様子は無い。


「ま、戦いたいならまず死体どけないとだな」


 狭い通路に無数の死体が転がっているため、通行の妨げとなっている。

 もちろんこれでは戦闘どころではないだろう。

 ふん、と鼻を鳴らしたイェルケルは、座り込んでいるヘルゲの隣に座る。

 自分は懐の中から固めに焼いたパンを取り出し、もしゃもしゃと食べ始めた。


「お前も食うか?」

「……食う元気なんざ、残って、ねーよ」


 そっか、と一人でそそくさと食い終える。

 イェルケルは、すがるような目でヘルゲを見た。


「もう少し、頑張れよ。逃げ道、確保してあんだろ」

「あれはお前専用だ馬鹿め。それより、だ。行く前に、やることあんだろ」

「…………」


 ヘルゲは薄笑いを浮かべながら言った。


「行く前に、忘れず俺を殺していけよ。ここまで粘ったんだ、イジョラの連中にヤられるのは気に食わねえ」

「……イヤだ。やりたきゃ自分でやれよな」

「おまっ、普通これ断るかよ。大体だな、自分で自分殺すのどんだけ根性要ると思ってんだよ。こっちはめちゃくちゃへばってるんだから、そんなキツイ作業やらせんな」

「くっそ、俺はやっぱりお前は嫌いだ」


 これだけ殺してくれたのだ。もし生きたまま捕らえられれば、きっと目を覆わんばかりの地獄が待っていよう。

 含むように笑うヘルゲ。


「クックックックッ……殺せよ、イェルケル」

「ああ、わかったよ。やりゃいいんだろやりゃ」


 起き上がり、剣を構え、そして、突き出した。

 取り返しのつかない一撃であるはずなのだが、いつもそうするのと大して変わりはしないものだった。

 ヘルゲは笑っていた。

 意地でも笑っていてやると言わんばかりに。


「あー、くそっ、痛すぎて腹立つなコレ。おいイェルケル、お前も……さっさとこっち来ちまえよ……バーカ」


 そんな呪いの言葉を満面の笑みと共に吐き出しながら、ヘルゲ・リエッキネンは息絶えたのだった。



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― 新着の感想 ―
あああああ、ただただ悲しい。
[一言] ヘルゲ…
[一言] ここでくっ殺が出てくるのか… いい回だなこれ
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