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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
94/212

094.カレリア最強王子の威力



「で、お前何しに来たんだ? 言っておくが今はもう、お前に殺されてやってる暇ねーぞ」


 ノーテボリ砦の指揮官執務室にて、開口一番ヘルゲはイェルケルにそうのたもうた。

 イェルケルも今すぐどうこうというつもりもない。


「ああ、そうじゃない……ん? 違うのか? うーむ、何か変なことになってきたな」

「変なのはおめーだ。意味がわからん。俺を殺すんなら三人の騎士使えばいいだろうし、何故かお前が来た挙句、砦にまでくるとか何考えてんだ」

「そう、それだ。俺もさ、お前をどーしたいのかわからんから、ここは直接お前のつもりを聞こうと思ってな」

「あ?」

「お前はどうするつもりなんだよ。元帥がいなくなったらもう、俺たち止めらんないだろ。なのに仕掛けてくるでも逃げるでもなく、よくわからん砦に一人で行ったとか、お前いったい何考えてるんだ?」

「砦に来たのは命令だっつの。宰相閣下直接の話らしいし、宰相閣下は俺たちを和解させるつもりなんじゃねえのか?」

「……んー、そりゃ、そう、なるか。あー、なるほど。とりあえず距離置かせてって話か。うわ、あっぶね。これ、何も考えずアイツらの言う通りにしてたらエライことになってたかも」

「なんだそりゃ。殺せとでも言われたか?」

「それもあるが、最終的には俺の好きにしろとよ。どっちでもいいとか言われてもなぁ」

「……そーやって当人前に、殺すだのなんだのと平気で話題にするおめーこそどーにかしろよ。んで、俺がどうしたいか聞きにきたってか?」

「おう」

「三千の包囲をわざわざ抜けてまでか?」

「そんなにいたのかよ。……あれ、それだと脱出、難しくないかもしかして」

「おせーよ! お前単身なら突破ぐらいはどうにかなるって話か?」

「どうだろうな。さすがに二度も許してくれるほど敵さんも間抜けじゃないとは思うが。ま、三千なら砦に篭って踏ん張れそうか?」

「こっちは三百しか居ないんだぞ。それにありゃ先遣隊だ。いつになるかはわからんが本隊が来る。多分、万を超えるだろってのが俺の読みだ」

「……おい、おい、おいっ。なんだそりゃ」

「こりゃ死んだなと腹くくったところだったんだよ。多分、お前が居ても結果は変わらん」


 本気の顔で考え込むイェルケルであったが、解決方法は思いつかない。

 どう考えても援軍より敵本隊が先だ。そして一万が来たら、砦があろうと一戦で踏み潰される。

 もちろん、そこにイェルケル一人居たところで結果は一緒だ。


「今すぐ逃げるしかない」

「十倍だぞ。できる、か?」

「できなきゃ皆死ぬ。選択の余地は無いだろ」

「いいや、あるさ。命を諦めりゃ砦でギリギリまで敵を引き付けていられる」

「馬鹿な!」

「馬鹿だが、これが普通の軍人の思考って奴だ。お前の所が異常なんだよ。だが、お前がいれば可能性はあるか? いや、幾らお前でもこの数は無理か」

「……俺一人なら突破はきっとできる。馬は無いのか?」

「十だ。意味ねー数だな。突破に手間取れば包囲してた兵も集まってくる。詰みだな」

「なあヘルゲ。俺に一つ考えがあるんだが、お前の判断を聞きたい」

「その前に、だ。お前はさっさと逃げねえのかよ馬鹿が」

「あ? 誰が馬鹿だ。わざわざ砦の中まで来たってのに、何もせずそのまま帰る馬鹿があるか」

「そもそも砦に来るのが馬鹿だっつってんだ馬鹿め」

「こんな所でいきなり死に掛けてる馬鹿に言われたくないな馬鹿が」

「あ?」

「あ?」


 にらみ合うまでしたところで、お互いアホなことしてると気付いて目を逸らす。

 イェルケルが咳払いしつつ言った。


「俺が城壁下に飛び降りて敵を迎え撃ちながら篭城したら、かなりのところまで堪えられるんじゃないか? それで疲れたら城の中に戻ればゆっくり休めるし」

「……本当に大丈夫なのか? お前確か、三千に三人で突っ込んでぎりぎりって話だったろ」

「逃げ場所が無いんならこの数はちょっとありえないんだが、危なくなったら砦に逃げ込めるからな。かなり楽できると思ってる」

「悩ましいところだな。それで三千、そして一万をどこまで防ぎきれるか。かといって三千を三百で突破ってのも……つーかイェルケル、お前自分のことだろ。三百連れて突破できるかどうかわかんねーのかよ」

「俺が率いたことあるのは騎馬隊だけだ。それにしたところで四人全員揃っての話なんだから、俺一人でどこまでできるかなんてわかるわけねーだろ」

「ん? そういやお前の所の残り三人はどうした?」

「本隊においてきた。こんなことなら連れてくるんだったな」

「距離がありすぎるか。くっそ、駄目だ。なんとか包囲突破したとしても、結局追撃食らって全滅する。今脱出しても敵さん楽させるだけで何一つ良いことなんかねえ」

「城壁あると無しとじゃ全然違うからなぁ。やっぱり砦って偉大だ」


 一瞬で城壁無効化してくれた非常識人をヘルゲは抗議の目で見るが、当人イェルケルはその視線に気付かず手をぽんと叩く。


「よしっ、それなら篭城だ。報せは行ったから援軍来るまでおよそ……一週間? おい、やっぱ無理だろこれ」

「万の兵に対抗する軍なら十日以上かかるぞ馬鹿め。イェルケル、お前どーせ来たんだからギリギリまで付き合ってけ。一人で逃げるだけならなんとかなるんだろ?」

「簡単に言うな。だが、まあ、ここで兵達置いて逃げるはないな。敵がボンクラなら生き残る目も無いわけじゃないだろ」

「包囲のしかた見る限りじゃ望み薄だがな。とはいえ、こっちのイカレ騎士見て少しでも判断乱してくれりゃ、いけるかもしんねえな」


 よし、やるか、と二人は並んで部屋を出る。

 ふと気が付いたようにイェルケルはヘルゲに問う。


「イカレ騎士って誰だ?」

「おめー以外にいるか馬鹿! お前実は騎士学校の頃から全然成長してねーだろ! そのド天然どーにかしろっていつも言ってたろーが!」








 イジョラ魔法王国所属、カレリア侵攻軍先遣隊隊長、グレーゲル・カールソンの苛立ちは頂点に達しようとしていた。

 そこが重要な砦であることは知っていたし、敵も相応の備えがあるだろうという予測も立っていた。

 だが、見張り塔を完璧に封殺し、一瞬の仕掛けで全てを決してやろうとしていたら、何故か見張り塔を落としたことが敵にバレ、こちらが襲い掛かる前に備えをされてしまったのだ。

 それでも力押しで押し切れる、そう考えて丸一日攻め立て、各所に綻びが見え始めた頃、いきなり変なのが突っ込んできた。

 その動きをグレーゲルも見た。

 そして叫んだ。


「何故カレリアに魔法戦士がいるのか!?」


 魔法の力によって様々な強化を受けた戦士を、イジョラでは魔法戦士と呼ぶ。

 極めて強力な個体であるが、強化を受ける側の人間の頑強さと、施術する魔法使いのセンスが問われる難しい魔法であるため、実際に魔法戦士をその目にした者は少ない。

 特に、戦士側が頑強であればあるほど魔法の成功率自体も落ちていくのだから、優れた個体が滅多に見られないのも当然であろう。

 そんなバケモノが、魔法とは全く縁の無い蛮人共の集まり、カレリアにいるというのはとても信じ難いことであった。

 あれを止めるにはこちらも魔法を使うしかない。

 グレーゲルは舌打ちしつつ、配下の魔法使い二人を呼び出す。

 イェルケルの剛勇を目の当たりにし、魔法使い二人は恐れ怯えるが、グレーゲルが怒鳴りつけるとようやく動き出す。

 少しして、二人はすごすごと戻ってきた。


「ま、魔法、効きませんでした」


 グレーデルは二人に見えるぐらい大きく舌打ちしてやると、二人は怯えて肩をすくめる。

 とはいえ予想されたことではある。

 カレリアのような蛮威の国の住民の中には偶に、強固過ぎる自我を持つせいで魔法が効き難い者がいる。

 それがどういったものであれ、強い力を持つ者はそうした傾向が出やすく、あれほどの暴威を振りまく存在ならばさもありなんと思えるのだ。

 あれこれしている間に、魔法戦士紛いは、城壁を飛んで登っていってしまった。

 二人の魔法使いが、戦場とはとても思えぬ馬鹿面を晒しているが、グレーゲルもまた自分が同じ顔をしてる自信があった。


「なんだ、あれ?」


 思わず溢したグレーゲルの言葉にも返事は無い。

 城壁をあのような非常識なやり方で無効化した者なぞ、どこの史書を探しても見つかるまい。

 城壁上に登ったアレは、イェルケル王子と名乗った。

 偉そうに何やら語ってくれていたが、イジョラ側は反論する気力すらなかった。

 上からの指示が無くても前線では以前からの指示が生きていたので、正気に戻った兵士たちは攻城戦を再開したが、それは誰が見ても精彩に欠けるものであった。

 それまでの積み重ねを考えれば、敵城兵の疲労は限界に近いはず。

 ならば攻勢はもっと勢いづいても良いようなものだが、あの思わぬ援軍で敵兵たちは息を吹き返したようだ。

 気を取り直したグレーゲルは、力押しを止め丁寧に敵の疲労を積み重ねるやり方へと切り替えるべきか迷う。

 その迷いを晴らしてくれたのは、他ならぬ援軍イェルケルであった。

 しばらく戦いが続いた後、あの魔法戦士モドキイェルケルが再び城壁上に現れたのだ。

 士気を鼓舞するつもりか、とグレーゲルが苦々しく見ている最中。

 アレは城壁上から、とうっ、とばかりに飛び降りてくれた。

 これもまた、飛び上がっていった時と同じぐらい意味がわからない。

 壁際を落ちていく。ソレは見えた。

 だが途中何度か落下速度が減速しているようにも見えた。

 そして着地、したと思われるが兵士たちが邪魔でその姿は見えない。

 が、最前線にて悲鳴と怒号が聞こえてきたので、アレはきっと無事に着地しただろうことと、アレが何をしに飛び降りてきたのかがはっきりとわかった。

 グレーゲルはまたしても、指示を出し損ねてしまう。

 普通、城を攻められている方が兵士を外に出すなんてこと、想定なぞしない。

 城門も開けずに城壁を出入りする存在なぞ、兵士たちも指揮官も皆、想像すらしていなかった。

 そして城門へと迫る兵士たちは皆、頭上に盾を掲げている。

 上以外からの攻撃なぞ考える必要も無いからだが、あの王子イェルケルはロクに反撃もできぬこれらの兵士たちを、それはもう面白いようにすぱすぱすぱすぱ斬っていくのだ。

 驚いた小隊長が剣を抜いての攻撃を指示。

 イェルケルへ殺到する兵士たち。そこに、頭上より雨あられと矢が降り注ぐ。

 地上で剣を振るうはたった一人だ。

 その対処にそこまでの人数は必要無い、はずなのだがこの男だけは別だ。

 さながら死を司る精霊のように、脇を通り過ぎるだけで周囲に死を振りまいていく。

 グレーゲルは、これはまっとうな対応では戦えぬ、と判断した。

 予想外の出来事に驚きうろたえながらもこう考えられたのは、彼が魔法という非常識に常日頃より触れているせいでもあろう。

 弓隊を揃え、味方ごとこれを射掛けさせる。

 他所の国の兵ならば動揺もしようが、イジョラの兵は上の命令に対し躊躇なぞしない。

 僅かな停滞もなく命令は実行され、イェルケルとその周辺に矢が雨と降り注ぐ。


「おおっ!」


 思わずそんな声をグレーゲルが上げてしまったのは、降り注ぐ矢雨の全てを、イェルケルが剣にて弾いてみせたせいだ。

 それは、あまりに美しく、あまりに鮮烈で、まるで生まれて初めて高位魔法を見た時のような興奮と感動をグレーゲルにもたらす。

 グレーゲルが第二射を命じたのはイェルケルを攻撃し殺すためというよりは、この奇跡をもう一度見たいと思ったためであろう。

 イェルケルは一歩を踏み出し飛び上がりながら、目にも留まらぬ剣閃にて再び矢雨全てを斬り落とす。

 その流麗な動きに、グレーゲルの美を愛でる心が刺激されてやまないが、変な顔してこちらを見ている魔法使い二人の視線に気付いたグレーゲルは、こほんと咳払いを。


「……い、一度兵を引き、城壁からの矢の届かぬ場所にあれを招き寄せよ」


 誘き寄せるではなく招き寄せるなんて言ってしまう辺りに、グレーゲルの心の内が漏れてしまっている感はあるが、兵たちは指示に従い後退。

 が、当然イェルケルは矢の射程外までは踏み出さず、さっさと戻っていった。

 壁を蹴って登って。

 イェルケルが視界から消えて冷静な思考が戻ったグレーゲルは、そこでようやく事態の深刻さを悟る。

 これはつまり、あの男への対策がなされねば城壁側には近寄れないということなのだから。




 翌日も戦闘は続く。

 だがグレーゲルの苦悩は何一つ改善されぬまま。

 今日も城壁前で連中は好き放題にやってくれていた。


「良し! 一度引けイェルケル! 深追いするなよ!」


 城壁上からの指揮官の怒鳴り声に、騎士イェルケルは大地の上より怒鳴り返す。


「馬鹿言うな! すぐ先に敵指揮官いるんだからとりあえずこれ殺るまで待ってろ!」

「どー見ても罠だろそれ! おめーはそこからじゃ戦場見えねえんだから黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」

「ふっざけんな、なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃなんないんだよ! 他の誰の指示聞いてもお前の指示に従うのだけは絶対に嫌だね!」

「あー!? 寝言ほざいてんじゃねえぞてめえ! ウチの連中がわざわざクルシュのチーズとパン揃えて待っててやってるんだからさっさと戻れボケ!」

「よしわかったすぐ戻る!」

「ホントにチーズで釣れやがった!? 子供かお前は!」


 城壁上は爆笑である。

 圧倒的多数で取り囲み、今日明日にも落城するかもしれぬ砦とは思えぬ士気の高さだ。

 あの二人の騎士は、兵士の士気を保つことが篭城でどれだけ大切なことかよくわかっているのだろう。

 実に小癪である。

 カレリアは兵士たちに魔法も施していないというのに、こんな絶望的戦況でも士気を保っているのだ。

 グレーゲルは昔から言われている言葉を改めて実感する。


「カレリアは戦上手の集まり、か。忌々しいことよ」



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