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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
93/212

093.王子登場



 ノーテボリ砦はおよそ五百人の兵士にて運用することを前提に作られたものだ。

 この定数が揃っていれば、兵士たちは交代で休憩を挟みながら戦い続けることができる。

 ただ、一般的にそうした定数をきちんと揃えている砦は少ない。

 ましてやこの砦は多数の見張り塔に人を配さなければならないのだから、砦そのものの人数は少なくなりがちだ。

 それでも、兵士たちの熟練度次第で砦は十二分に機能する。

 この砦が実戦に使われたのはもう何十年も前のことであるのに、ここに配された兵士たちは備えも訓練も怠らなかったようだ。

 前任者たちの意識の高さに感謝しながら、ヘルゲは防戦の指揮を執る。

 たかが砦一つと敵がなめくさっているのは敵兵の攻め方でよくわかる。

 なのでヘルゲは、わざと通り一遍の対応をしてみせる。

 敵指揮官、調子に乗ったか強引な力押しを選ぶ。


「間抜けが」


 城壁の一方に集中した敵軍が引っ込みがつかない所まで、つまり城壁の半ば以上を登る所まで押し込ませておいて、ヘルゲは対応速度を一気に上げる。

 カレリア側の対応速度では城壁を這い登ってくるイジョラ兵に対応しきれない、そう思わせておいていきなり対応速度を上げることで、実は殲滅可能であると示したのだ。

 必死に城壁をよじ登ろうとしている兵士たちは気付けない。

 だが小隊指揮官たちは違う。このままでは全滅する、と青ざめ上に対応を求める。

 見事ひっかけられた形の先遣隊の将は、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。

 参謀がこの機嫌を取るように、カレリア側の対応は確かに早いが、こちらもより強い攻勢をかければ突破できる程度だ、と進言。

 もちろん、馬鹿か、と一蹴されたわけだが。

 敵将は一時撤退を命じ、第一次攻勢はこれにて収束する。

 砦の中は快哉を叫ぶ声とヘルゲを称える声で溢れるが、こんなものは一矢報いた程度でしかない。

 次よりはイジョラもじっくりと腰をすえた攻撃を始め、ヘルゲたちは敵の攻勢にあちらこちらと振り回されることになる。

 そんな状態で丸一日、耐えに耐えてきたヘルゲたちであったが、敵も交代制でひっきりなしに攻撃を続けてくる。

 うまいことやりくりしながらカレリア側も休憩を取ってはいたが、さすがに充分な睡眠を取ることはできず、誰しもが疲労を積み重ねていく。

 敵の総攻撃がいつ来るか、それを待ち構え続けながら精神をすり減らし、確実に迫る回避しえぬ死を少しでも先へと押しやる。

 覚悟の決まった自分ならば、どこまでだって耐えられる。

 そう信じていたヘルゲであったが、この苦しさは想像を絶する。

 今すぐにでも膝を折り、全てを終わらせてしまいたい。

 どうせ、こうして堪えることに意味などないのだから。

 そんな誘惑を跳ね除け続けながらの戦闘は心の芯に響くのだ。


『何が一番キツイかって、信じてついてくる兵士たちに知っていること全部ぶちまけらんないことだよな。生きるも死ぬも一緒のコイツらに、隠し事なんて一つたりともしたくはねえんだけど……ははっ、言えねーよ。どうせ死ぬんなら、前向いて死なせてやりてえもんな』


 ある意味最後の最期であるこの状況下で、ヘルゲは軍で聞いた様々な話を理解できるようになった。

 どんなに優れた兵士でも、どれほど戦果を挙げた指揮官でも、ほんの少し間が悪ければ、信じられぬほどの無様を晒すものだ。

 そんな話は軍には腐るほどあって、ヘルゲはそれをずっと理解できないでいた。

 だが今ならわかる。

 これは、常人に耐えうる重圧ではない。

 ヘルゲもここで、一つでも逃げ道が見つかってしまえば自分が何をしでかすか自信が持てない。

 戦いとは、死と向かい合うとは、斯くも厳しいことであるのだ。

 一晩を潜り抜け朝を迎え、それでもまるで状況は変わらぬまま、朝日に照らされた煌びやかな敵軍を見下ろしていると、心中より湧き出でてきた絶望がヘルゲの体を縛ってくるのだ。


 だが。

 兵士たちが言った。


「おい、ありゃなんだ?」

「ケンカでもしてんのか?」

「馬鹿言え。敵の砦の目の前でケンカする馬鹿があるか」

「じゃあ……あれは、イジョラの敵か?」

「それはつまり……」


 ヘルゲも彼らの視線の先へと目を向ける。

 多数の兵士たちが集まり大騒ぎをしている。

 そりゃ騒ぐだろう。

 ここから見てもわかる。

 騒ぎの中心にいる奴が、剣で当たるを幸い片っ端から兵士を叩っ斬ってるのだから。

 ソイツは、数百の兵士たちが集まるそこに突っ込んだようだ。

 それでいてまだ生きている。

 いや、見れば見るほど、死ぬ気がしない。

 あの男一人だけが、まるで別の世界に生きているように動きが速い。

 ヘルゲも、よく知っている顔だ。

 イジョラの襲撃で、ヘルゲの頭から放り出したあの顔が、何忘れてんだボケがと言わんばかりに現れたのだ。


「イェルケルだあ!? なんだってあの馬鹿がこんな所にいやがるんだよ!」


 ヘルゲの声に、兵士たちもあの騒ぎの原因が何者なのかを知る。そしてその名は、彼らの耳にも入っているものだ。


「イェルケル、って、あの、闘技場で二百人抜きしたっていうあれ?」

「俺、あの時王都いたんだけど見れてねえんだ。第十五騎士団の団長様だよな」

「嘘だろ、イェルケル王子っていや、西部の戦いでも信じらんねえ武勲挙げたって噂じゃねえか」


 ヘルゲたちが砦の上でわいわいやっている間に、城壁下で乱戦まっただ中のイェルケルは敵兵士たちを振り切りながら城壁目掛けて走ってくる。

 我に返ったヘルゲは大慌てで兵士に言う。


「ってアイツ本気でこっち来る気かよ!? おい! 縄無いか縄! 下まで届くやつ! あれ使って一気に上まで引き上げるぞ!」


 城門は開けられない以上、これ以外イェルケルを城壁内に入れる方法は無い。

 兵士が急いで駆け出し、樽の側にまとめてあった縄をヘルゲに手渡す。


「よし! お前ら一斉に引けるように構えとけ! 俺が合図出すから……」


 縄を皆で掴んで、一気に引き上げられるよう構え、ヘルゲはというと城壁から身を乗り出して下のイェルケルを確認する。

 敵からの矢が怖いが、今はそんなことを言っていられない。


「イェルケル! 門は開けられん! 縄を投げるから掴まれ!」


 そして、ヘルゲたちだけではなく、敵兵士たちまでもがその場で硬直した。

 城壁へと駆け寄ったイェルケルは、大地を強く蹴り出し飛び上がって城壁に足をつく。

 そこは壁だ。確かに壁であった。

 だがイェルケルが蹴ると、その体は横ではなく真上へと飛び上がるのだ。

 イジョラの兵たちはあまりに理解を超えた光景に思わず見入ってしまっている。

 これを責めるべき立場の指揮官たちですらそうなのだから、この瞬間は完全に、イジョラの攻撃の手は止まってしまっていた。

 そして城壁上から見下ろすヘルゲだ。

 拳ほどの大きさのイェルケルが、見る間に大きくなっていくのだ。

 その増幅率は、例えばまっ平らな地面の上であったなら理解はできたろう。

 人が走ってくる速度であれば、近寄るにつれ人が大きくなっていくのも当たり前として受け入れられよう。

 だが今のこれはなんだと。

 縄を投げて引っ張り上げなければならぬ、と身を乗り出してみれば、まるっきり走って近寄ってくるのと同じ速さでイェルケルが大きく見えてくるのだ。


「は? は? は? は?」


 思わずイェルケルが壁を蹴る度アホな声を出してしまうヘルゲ。

 そして充分巨大に育ったイェルケルが、ヘルゲのすぐ側を抜け飛び上がる。


「うおわっ!?」


 城壁内に転がるようにして倒れたヘルゲは、何事も無かったかのように城壁上に辿り着いたイェルケルがこちらを見下ろしているの見て、慌てて立ち上がる。


「ようヘルゲ。いったいこれ、なんの騒ぎだ?」

「イジョラだよ。同盟破って攻めてきやがった。お前、本隊に連絡は?」

「やっぱりか。連絡はここまで案内してくれた兵に頼んだ。てっきり友軍だと思って声かけたもんで、いきなり襲われて泡食ったぞ」

「……間抜けは学生の頃から全く直ってねえんだなお前。まあいい、お前ちっと来い。話あんだろ」

「ああ。だが、その前に少し待ってろ」


 そう言うとイェルケルは城壁端に立ち、その身を外に向かって晒しだす。

 そして吼えた。


「イジョラの裏切り者共! 今! ノーテボリ砦には第十五騎士団団長! 王子イェルケルが入ったぞ! さんざ好き勝手やってくれたようだが! 次はこちらの番だ! 貴様ら一人残らず皆殺しにしてやるから覚悟しておけ!」


 その意味のわからない戦闘力と、城壁を飛んで登るなんて人間離れした真似をしでかしてくれたおかげで、イジョラの兵たちはこんなイェルケルの放言にも反論も反撃も無い。

 カレリア側はというと、これはもう意気上がるなんてものではない。

 大歓声とイェルケルコールで城壁上は大いに沸き立つ。

 その様を苦々しい顔で見ながら、ヘルゲはイェルケルと共に砦の執務室に向かった。







 イェルケルの説得を任された将軍は、この役目は宰相に任せたかったのだが、今後もイェルケルを支え守り立てていかなければならないのだから、と宰相に言われると断りきることもできず。

 しかし昨日イェルケルのテントを訪れたところ、ちょうど出かけているところだったそうで。

 第十五騎士団の騎士達がそう伝えてきたので、そうか、と出直し今日この時間に来ると伝言したうえで再びイェルケルのテントに来たのだが、三人の騎士はやはりまた、イェルケル王子は留守であるという。

 さすがに怪しむ将軍。

 三人はにへらーと締りの無い笑顔。

 美女三人の笑顔だ。男なら誰しも心動くものであろうが、歴戦の老将軍をこれで誤魔化そうというのは無理があろう。


「それで、殿下はどこに?」


 三人を代表してスティナが口を開いた。


「どうやら任務も与えてもらえないようですし、殿下は殿下で私事を解決していただこうかと。もし突発的に軍務が発生しても私たち三人で対応できますでしょうし」


 ぬけぬけとそんなことを抜かす。

 将軍は口論は無駄だろうと、怒りを堪える。


「ヘルゲ・リエッキネンのもとに向かったのではないだろうな?」

「さて、私にはそこまでは」

「宰相閣下からヘルゲと殿下を和解させよとの話が来ておる。無視する気か?」

「命令ならばもちろん、殿下は従いましょう。ただ、命令が届く前のことでしたら、殿下も私たちも従いようがありませんわね」

「……本気で殺す気か」

「さて」


 スティナはじっと将軍を見つめた後、体から力を抜いて答えた。


「どう転ぶかは、私たちにもわかりかねます。これはここだけの話にしてほしいのですが……多分、殿下は斬れませんよ」

「多分? お前のあやふやな言葉を信じろと?」

「んー、一つ、いいですか?」

「なんだ」

「何故、敵を殺すのを止められねばならないので? 止める気があるのなら、最初にそうすべきだったでしょうに。それとも、さっさと殺しておけば良かったと? 私たちは宰相閣下に配慮してここまで我慢してきたのですよ?」

「くくく、笑わせよる。体裁を整えることで次々怨敵を屠ってきたお前たちが、殺意を向けられようとなんだろうと、正式な形で整えられた任務にケチを付けるのか?」

「理屈を整えるのと殺すかどうかの判別をするのはまた別の基準です。……私たちの敵はそのほとんどが向こうから仕掛けてきたものばかりですよ。自衛も認めないというのですか?」

「なら、ヘルゲは外れるだろう。わだかまりは時間で解決できるし、信頼関係も時間をかければ新たに作り上げられるものだ」

「それを、私も聞いた話としては知っていますが、将軍のようにその目にしてきたわけじゃないんです。どこまで時間なんてものがアテにできるのやら」


 将軍は胡散臭げな顔になる。


「不意に距離感を詰めたり離したりするのは、女子特有の立ち回りだな。ワシにそんなもんが効くと思うてか?」

「しぜんに話してるだけですー。将軍こそ斜に構えすぎではないですか?」

「馬鹿言え、男が最も警戒せねばならぬのは見目麗しい女子だぞ。ましてやお主のように狐気配漂わされては、警戒心抜きでは前に立つのも難しいわ」


 額を押さえながら、スティナはアイリの手の平を軽くはたく。

 はいはい、とアイリがスティナに代わってやる。


「将軍、これでもスティナは歩み寄ろうとそれなりに努力しているのです。まあ確かに、言うこと為すこと胡散臭くはありますが、当人これで素なので。あまりイジメないでやってください」

「それは本当か? まるで信じられんな。とはいえそれが真実だとすれば……随分と難儀なことじゃの、お主らも。美人というのはそれだけで得しているものだと思っておったが、なるほど、良いことばかりでもないようだ」

「ご理解いただけたようで何より。……もし何かが起こっているとしたら既に手遅れだとも思いますが、将軍がおっしゃるのでしたら我らで殿下をお迎えに向かいましょうか?」

「そうしてくれ。それで宰相閣下へのせめてもの言い訳としよう」


 まさかノーテボリ砦で危急の事態が起こっているとも思わず。

 どこかがちょっかいを出してきていたとしても、主力である反乱軍が失われたのだから最早大きな抵抗は無いだろうし、軍を動かす好機は既に失われていると。

 将軍も三騎士も、この時点ではほぼ戦は終わったと考えていたのだ。


「ほら、スティナ。さっさと行くぞ」

「ふーんだ。どーせ私は怪しげ女ですよー。せっかく将軍は味方だから可愛くみせよーってしたのにっ」

「貴様は時々とんでもなく面倒くさくなるな。相手は道中でしてやるからほれ、いくぞ」


 アイリに引きずられるように移動するスティナに、レアは同情するように語りかける。


「そんな無理して、可愛いフリしなくても、スティナは見た目はとても可愛い。スティナの中身がどんなに、あくぎゃくひどーでも、それは変わらないから、安心していい」

「私基本、必要な作業しかやってないわよね? なのに、ねえ、私いつそんな悪逆非道とかやらかした? ねえ、ねえ答えてよレア」


 アイリが口を挟み、めんどくさい時のスティナは放置が一番、と言ってきたのでレアは言われた通りに、つーんとそっぽを向いた。

 スティナは心の中で泣いた。



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