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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第一章 サルナーレの戦い
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009.王子出陣す




 アイリの尽力によりようやく補給の手配がついたので、イェルケルは用意させた傭兵たち用の駐屯場所にこれを運ばせる。

 彼らは遠く国境地帯から王都側まで来るというので、イェルケルは一晩だけでも彼らを労えるよう、落ち着ける駐屯場所と温かい食事と酒の準備をする。

 料理の準備はイェルケル、アイリ、スティナ三人の家の使用人が行う。さすがに使用人たちを荒くれ傭兵と関わらせるのは申し訳ないので、給仕は自分たちでやってもらうことにしたが。

 この準備に一番手間を割き、気を配ったのはアイリであった。

 他所の家の使用人でも当然の顔をして指示し、補給品を運んできた元帥府の人間まで使って事前にアイリが決めた通り、僅かな場所のズレもなく正確に物資を置かせる。

 補給品は細部に至るまで数を確認し、一つでもズレがあればすぐに対応させる。物資を運んできた人間がうんざりするほど細かく確認し、もう逆らう気も無くなるぐらいへばったところで駐屯場所用意の作業を手伝わせるのである。

 夕方頃になってアイリの仕事ぶりを見に来たイェルケルは、一緒に来たスティナに小声で訊ねる。


「もしかしてアイリ、段取り組むのとか得意か?」

「部下をこきつかうのも得意ですわよ。あの子の所の使用人、本当に大変そうですもの」


 結局、丸一日かけて場所と物資の準備を終えた。この場所は傭兵たちが来るまで、昼間は使用人を置いておけばいいが、夜は少し物騒なのでアイリが自ら見張りに立つ。

 アイリの家の使用人は、一度だけアイリに自分たちが夜番を代わると言うが、アイリが断るとそれ以上は何も言わず屋敷に戻っていった。


「……よく教育されてるな」

「あれは調教って言うんですわ」


 二人に気付いたアイリが手を振っている。


「おお、二人共。どうされましたか?」


 イェルケルとスティナはアイリの方に向け、荷物を掲げて見せる。

 イェルケルは両手に一杯の弁当を、スティナは同じく両手一杯に資料やら地図やらを。


「今日はこっちで寝ると聞いてな。私たちも付き合おうかと思ったんだ」

「アンタ居ないと作戦の話が進まないのよ。殿下も今更野宿に文句を言うつもり無いみたいだしね」


 ぱぁ、っといった擬音が聞こえるほど、アイリの顔が歓喜に花開く。


「わ、わざわざこんな所まで、まったく、二人共仕方が無いのう。私がおらんと駄目なのだからっ」


 スティナはアイリの側まで行くと、荷物を乱暴に地面に投げ捨てつつアイリの脇を肘でつつく。


「嬉しいくせに、正直にそう言いなさいよっ」

「そ、そんなことだ、だだだれも言っておらんしっ!」

「素直じゃないわねぇ、そういう所可愛くないわよー。私が可愛くなるようにしたげるから、そこで服脱いで横になりなさい」

「なあああああにを言い出すんだ貴様はあああああああ!」


 二人で謎の揉み合いを始めるのを、イェルケルは混ざりにくそうにしながらそっぽを向く。


「明日も晴れるかなー」


 後ろからアイリの悲鳴が聞こえる。


「で、殿下ああああああ! お、おーたーすーけー!」

「馬鹿めっ! 殿下に今のアンタの姿を正視する度胸は無いっ!」


 そっぽを向いて空を見上げたままのイェルケル。


「スティナ、それ正解。ああ、もう星が見える時間だな。さて、火でも起こしてくるか」

「でんかあああああああああああ!」


 とりあえず、最終的にアイリの純潔だけは守られたそうな。






 傭兵を迎える日。

 この日に至るまで、イェルケルは元帥府から聞くべきことを聞けなかった。

 敵数も、後続軍の規模と出陣時期も、敵の援軍予定や糧食の量等敵情報も、今後の補給計画も、三人が走り回って得たものであって、元帥府は最後まで一切の情報提供をしなかった。

 致命的なのは命令内容の確認ができなかったこと。『先発隊としてサルナーレ辺境領に赴き、カレリア王軍の武威を示せ』という曖昧な命令で、六倍の敵と当らねばならなかった。

 既に三人の間では、曖昧な命令であることを盾に、積極的すぎる交戦は避けようという話で落ち着いていた。

 丘の向こうから、金属の輝きが見えてきた。

 日の光を浴び、身に付けた鎧や槍が鈍く照り返される。その数五百。稜線に沿って波打つように行軍してくる彼等を、イェルケルたち三人は駐屯場所にて出迎える。

 騎馬は無し。皆が槍を手にしており、ほぼ全員人相が最悪だ。

 イェルケルの前で先頭に立つ男が行軍の停止を命じる。


「バッツ傭兵団団長、アンスガルっす」


 イェルケルの整った上品な風貌は、一目で相手に貴族と伝わり易いからこういう時は楽である。


「第十五王子、騎士イェルケルだ。こちらは同じく騎士アイリ・フォルシウスと騎士スティナ・アルムグレーンだ。よろしく頼む」


 二人の女騎士を見た傭兵たちの目の色が変わるが、少なくともアンスガルはそれを表に出すような真似はしなかった。


「王子様の下で戦うってな初めてでして、何か失礼があるかもしれやせんが、どうか堪忍してやってくだせえ」

「いや、こちらこそ色々学ばせてもらおうと思っている。そちらに食事と酒の用意があるので、キャンプを張り終えたならそれで今晩は寛いでくれ」


 眉根に皺を寄せてアンスガルは問い返す。


「は? 食事と酒、っすか?」

「ああ、長旅の後で疲れただろう。明日にも出発するから、せめても今日ぐらいはゆっくりしてほしい」


 アンスガルの側に居た傭兵が、酒と食事があるという場所まで駆けていき、目を見開いて驚き飛び上がる。


「すっげぇ! 本当にありやがる! おいお前ら! そこの王子様が酒を用意してくれたってよ!」


 隊中から歓声が上がる。逆に皆が喜びすぎてイェルケルたちの方が引くほどだ。

 アンスガルも強面を崩し笑顔を見せる。


「こいつはありがてぇや。早速頂いちまっても?」

「もちろん、そのつもりで用意したものだ。給仕はおらんからそこは自分たちでやってくれよ。後、任務に関して話し合いたいことがあるから、君と主要の人間はそこの天幕まで来てくれないか」

「了解しやした。てめぇら! 宿営の準備終えたら酒盛りだ! 三隊の連中は酒と食事の用意しろ!」


 アイリからすれば適当すぎる指示の仕方に見えたが、傭兵たちは皆が一斉にてきぱきと動き出し、アイリはいたく感心したものである。

 一つだけ既に張ってあった天幕には、イェルケルたち三人と傭兵隊長アンスガル、それに彼の副官である二人の傭兵が入っていた。

 天幕中央にイェルケルが座り、これと相対する形でアンスガルが座る。

 それぞれの配下は、イェルケルとアンスガルの後ろに控える形で待機。それでも天幕の広さには余裕がある。


「まず、これからの作戦だが、とにかく状況が悪い。敵は三千。味方はお前たち傭兵軍の五百のみだ」


 他にも命令が曖昧なこと、後続部隊の到着が半月後になりそうなこと、敵は迎撃の態勢をとっており、こちらは一戦するためそこに飛び込まねばならぬこと、などを説明する。

 アンスガルは表情を変えなかったが、後ろの二人はあからさまに不安そうな顔をしていた。


「とまあ、こんな最悪の状況でな。辺境領の地図や戦場になりそうな土地の詳細な地図を用意しておいたから、何か良い手がないか一緒に考えてほしい」


 人が悪そうに笑うアンスガル。


「なるほど、酒は餌ですかい」

「餌があろうと無かろうと、私もお前たちも最早逃げられんだろう。頑張ってほしいとは当然思うが、それ以上の下心は無いさ」

「はっはは、まったくで。しかし弱りましたな、六倍の敵相手にぱぱっと勝ってぱぱっと逃げるような都合の良い手はさすがに心当たりがねえ」


 二人の間にイェルケルが地図を広げる。


「君が来る前に三つほど検討してみた案がある。いずれも無茶な要求が各所にあるから話半分に聞いてほしいが、どれか使えるものは無いだろうか」


 実際三人が考えた案は数十あったのだが、絞りに絞ってこの三つである。

 イェルケルの説明に、アンスガルは途中途中で口を挟み更なる説明を請う。そうしていいとイェルケルが言ったからであるが、途中で話を切らされてもイェルケルは嫌な顔一つせず質問に応じていた。

 なのでついアンスガルも本気で作戦談義を行い、イェルケルたちが持ってきた案を修正し、実用可能な所まで持っていってやる。

 その時のアンスガルの話を、イェルケルだけでなく後ろのアイリやスティナも懸命に聞いていて、それがなんともくすぐったく、アンスガルは居心地が良いやら悪いやらと頭をかく。


『全く、惜しいねえ』






「おい」

「はい」


 執務室にて、アンセルミ王子は側近ヴァリオと対していた。


「おいっ」

「はいっ」


 アンセルミの前にはサルナーレ討伐軍の陣容が書かれた書類が。


「この一つだけ明らかに浮いているイェルケル傭兵軍というのはいったいなんだ」

「此度の戦の名誉ある先鋒を命じられた部隊です」

「あるのは名誉だけだろうが! 後続部隊とも離れすぎててこいつら全滅するまで戦ったところで戦況には一切関わってこないぞ!」

「戦場を確かめる目的だそうで」

「そういうのは斥候の仕事だ! 初陣指揮官の部隊が斥候の真似事したところで上手くいくはずなかろう!」

「彼らに下った命令がまた洒落ていますよ。聞きます?」

「……言ってみろ」

「カレリア王軍の武威を示してこい、だそうです。傭兵雇って王軍の武威と言われても、イェルケル様とて困るでしょうに」

「困る所はそこではなかろう! 元帥は全く反省する気は無いようだな……どうしたものか」


 ヴァリオは落ち着いたままである。


「どの道五百では動きようがないでしょうし、あの王子なら堅く守って本隊が来るのを待つでしょう。宰相閣下にできることがあるとすればその後になります」

「ほう、案外お前の評価は高いのだな。戦の後、命令違反を咎められたら私が守ってやるさ。幾らなんでもこれはやりすぎだ。他の者への示しも含め、一度強く言って聞かせるとしよう」


 これで後は戦の終わりを待つばかりだ。しかしヴァリオには一つ懸念がある。

 彼の耳に入った情報では、イェルケルはバルトサール侯爵とケネト子爵をも敵に回しているという。

 彼ら二人が、敵をそのままにしておくことなぞ絶対に無い。ましてや戦の最中という好機を、彼らが見逃すであろうかと。






 イェルケル、スティナ、アイリの三人は三人共が、騎士の騎士たる所以とまで言われている金属鎧を使わずに革の鎧を使っている。金属鎧は重量云々以前に、動きが制限されるのが嫌なのだ。

 手には槍を、腰には剣を。装備はそれだけ。

 三人は揃って部隊の先頭を行く。

 道中には戦の気配は無く、長閑な田園風景は延々と続く。

 ずらずらと並ぶ隊列の先頭で騎乗した三人を、農民たちが興味深げに眺めている。さすがに近寄るほどの度胸は無いようだが、それでも幾人かが集まって話し合っているのが見える。

 兜をしていないので、三人の内二人が女である事はすぐにわかる。それが彼らの目には奇異に映るのだろうと、イェルケルは予想してみる。

 彼らを見ているとイェルケルは自分の領地の民を思い出す。


「そういえば、スティナにもアイリにも領地は無かったのか?」


 馬にまたがる時、鐙を限界一杯まで短くしないと足が届かないアイリがまず答える。


「内乱以前はありましたな。私も王都ではなくそちらで育ちましたし」

「アイリは領地経営も学んでそうだな」

「はい。おかげで自分でやるより人にやらせた方が効率が良いということは学べたのですが……戦だけはどうにも。手間をかけて育てた者は、もったいなくて前線に出す気になれません。どうせ育てるのなら事務や監督を覚えさせたいところですなぁ」

「それは意外だ。てっきりアイリは領地経営もまず戦ありきだと思っていたが」

「戦は私がします。その分他の者は領地をより豊かにすることを考えればよろしいのです」


 うーむ、と感心するイェルケル。ふと、話に入ってこないスティナを見てみると、この話題には入らないぞ気配を漂わせながら明後日の方を向いていた。


「……スティナは領地経営は苦手か?」


 気付かれたか、といった顔をするスティナ。


「べ、別に苦手ではありませんわ。ただ、昔盛大に失敗したもので……」

「いったい何しでかしたんだ」

「ちょっと、ええ、ほんのちょこっとだけ、税金ちょろまかしてそのお金で家出しただけですわっ」


 アイリは堪えきれず笑い出す。


「ほんのちょこっとと来たか! ぶはははははははは! 豊作で倍増した増収分を全部持ち出したのであろう! しかも増収分は別に王都関係ないんだから王都への納税は去年と同じ額でいいじゃない、とか意味のわからんこと言ってな! あれはかなり有名な騒ぎであったからなぁ」

「ちょっとアイリ! 余計なこと言わないでよ!」


 イェルケルは思わずつっこむ。


「それは失敗とは言わない。ただの犯罪行為だ」

「挙句その金で隣国にまで足を延ばして、国境を治める他所の国の領主を殴り飛ばして逃げ帰ってきたんだったな。もう、ホント、なんて言っていいかわからぬほどヒドイ話であったわ」

「ちっ、違うのよっ! あれは私の身分を知った豚領主が宴に来い来いってぶーぶーうるさいから仕方なく行ったら、あの屑豚私の足触ってきたのよ! そりゃ殴るでしょ! そんでもって怒って兵士向けられたら逃げるでしょ!」


 イェルケルは笑うに笑えない。


「よくもまあ逃げ切れたものだな。てかそれ外交問題にならんか?」

「そりゃもう私その頃から用心深かったですし! 馬は常に数頭確保しておきましたし、脱出路もさりげなく確認しときましたから! 後外交問題になる前に内乱が起こったのでその辺はうやむやになりましたわ!」


 本当にヒドイ話だなぁ、と嘆息するイェルケル。スティナはすぐさま反撃に出た。


「アイリだってあるじゃない! ノドヴィック山の盗賊焼き討ち事件!」


 今度はアイリが焦る番のようだ。


「なっ! そ、それは違うぞ! 誤解だ! 世間に流れている風説は真相とは著しく異なると前に言ったであろう!」

「なーにが誤解よ。盗賊退治の兵に無理言って混ざった挙句、馬鹿正直に攻めることはあるまい、とか言って盗賊がたまっていた砦、勝手に火付けて燃やしちゃったんでしょ」

「だからあれは勝手にではないと言ったであろう! 偶々、ほんのちょっと連絡が入れ違いになっただけで……その、まさか焼き討ちは駄目だと言われるとは思わなくてだな……」

「生け捕り目的で盗賊の十倍の兵用意したのに焼き討ちなんてやって良いわけないでしょ! てか一人で焼き討ち成功させるとかどんだけ手際良いのよアンタ」

「……ここだけの話、最初っから焼き討ちするつもりで砦の造り調べたりとか必要な資材とか全部用意しておいた。だって、こんな馬鹿みたいな作戦で兵が怪我でもしたらヤだったしっ」


 イェルケルが総括してやる。


「うん、物事には限度ってものがあるんだ。二人共それをまず学ぶところから始めよう」


 むすーっと二人は頬をふくらませる。

 スティナは恨みがましい目で、上目遣いにイェルケルを見上げる。


「殿下はそういうの無いんですかぁ? ていうかありますよね、無い訳ありません。その老成した物腰に至るまで、ぜったいどこかで派手に失敗してるはずです」


 アイリもうんうんと頷く。


「ここは一つ、殿下も白状すべきです。ささっ、遠慮は無用です。我々もまるで欠片も遠慮容赦なく笑うつもり満々ですのでっ」

「そんなフリされてあるなんて言えるか! 大体私にはお前たちのソレに並べられるような話は……」


 そこで言葉が一瞬止まる。


「特には、無い、かな」


 当然二人は見逃さない。


「でえええええんかああああああ? あれあれ~? もしかして殿下隠そうとかしてません?」

「良くないですぞ! 実によろしくないっ! 殿下、一人だけ安全域で見下ろそうなぞと、許されざる暴挙ですぞっ!」


 手をぱたぱたと振るイェルケル。


「あー、そんなんじゃないって。二人のびっくり話に匹敵するような話じゃないんだから、むしろその二つの話の後に出すのが恥ずかしいような……」


 スティナとアイリは口を揃える。


「「じゃあそれで」」

「お前等本当こういう時は息ぴったりだよな!」


 結局言わされるのである。


「騎士学校に入ってすぐの頃。あまり他の貴族たちのことに詳しくない私は、色々と回りの大貴族の子弟たちが自慢してるのを真に受けてたんだ。やれ人を斬ったことがあるだの、軍の訓練を受けてただの、従軍経験があるだのとかいうのをな。で、その頃まだ私は他と比べてそんなに剣の腕に差があるなんて思ってもみなかったもんだから……」


 ばつが悪そうなイェルケル。


「そこまで言うんなら是非試してみたい、とか言ってな、内の一人と一騎打ちしたんだ。うん、まあソイツ一合も打ち合えなかったんだけどさ。それで私な、調子に乗っちゃって、そういう偉そうなこと言う奴片っ端から試してみたんだわ。一人ぐらい本当に修羅場を潜り抜けた奴居るだろうと。顔見ればわかりそうなもんなんだけどなぁ……んで、気がついたら教官たちに呼び出されてた」


 イェルケルはその時の自分を思い出したのか、本当に辛そうな顔になる。


「教官曰く、貴方は自殺願望でもあるのですか、と来た。皆に袋叩きにされても知りませんぞとね。まさか大貴族の子弟がそんな無法な真似をするはずがない、と思ってたら次の日私は貴族たち二十人に囲まれてた。いっそ、そこで負けておけば良かったんだが……」


 あー、と先を読むスティナ。


「全部張り倒しちゃったんだ」

「ああ。囲まれて恐ろしかったのもあるし、卑怯な真似に腹が立ったのもあって、こう、加減をあまりせず……で、だ。結局私への処分は無かった。無かったのは、その、だな、その時の首謀者を……屋敷でうんうん唸ってたんだアイツ。倍に腫れ上がった顔を見られたくなかったみたいで周りに人は居なくって、屋敷の壁をよじのぼって、そいつの部屋に乗り込んで、気を失うまでぼっこぼこに殴り続けた」


 ドン引いてるアイリに、大笑いしているスティナ。


「結局そいつ学校辞めたんだけどさ、そいつがもう二度と私に関わりたくないと言って学校辞めたせいで、この件生徒側からは誰も追及しなかったんだよなぁ。ダレンス教官にはものっすごい怖い顔で釘刺されたけど」


 アイリは頬をひきつらせている。


「殿下……正直、それ王族というか貴族というかまっとうな人間のやることではありませぬぞ……」

「わああかってるって! 本当、あの時の私はどうかしてたんだ。追い詰められて、とにかく奴を黙らせないとって必死になったらつい……」


 延々笑ったままのスティナ。


「あはっ、あははははっ、殿下、さいっこう。それすっごくいい。王都下町のケンカ自慢が手強い敵にトドメを刺す時使う手とおんなじって、仮にも一国の王子が、ああ、面白すぎますそれっ」

「……楽しんでいただけたよーで何よりだよ」


 馬に揺られながら、三人は下らない話を繰り返し、本当に楽しそうに旅をする。

 こうしていると、三人共年相応の若者に見えるものだ。

 そんな様を、傭兵隊長アンスガルは嘆息しながら見つめていた。



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